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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
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第12章 地球帰還の先遣艦隊編成 02節

 この時点でイシガヤは多忙である。CPGをまとめると同時に、国会への根回しもする必要があったからだ。彼は決して働き者ではなく、むしろ怠け者で働きたくなどないのであるが、執権という立場はそれを許さない。故に、首相のエンドウを私邸に招き、そこで密議を行っていた。

 「それでイシガヤ王、今後の政策はどうなさるおつもりですかな?」

 エンドウ首相がそう聞くのも無理からぬ話だ。短期的政策は国会や内閣を通して決めればいいものだが、長期的な戦略政策はやはり王族の関与が必要である。王族は世襲にして任期は無いために数十年を見据えた政策を行うことすら可能だが、大臣は数年も務められればいいほうだからだ。

 「衆院と貴族院はなんと言っている?」

 衆院は民間から選挙で選ばれた人間が議会を構成し、貴族院は世襲貴族や民間で功績を上げたものから採用される一代貴族からなる。民意は衆院で汲み上げ、国家の長期戦略は選ばれた貴族院の人間が判断する。大衆に任せる民主制は当然素晴らしいものではあるが、しかし金がない議員は政治をするために資金調達に割く時間が取られすぎるし、また選挙で勝つ為の政治選挙活動に力をさかねばならない。そんなことをしなければならない以上、目先の実績やパフォーマンスに目が向けられ、長期戦略を立てられる人材はそう多くはない。一方で貴族は違う。ある程度の金か地位が保証されている。だからこそ自分の権利の現状維持に力を入れる必要はなく、国策を考えればいいのである。また貴族の本質は国家に寄生する特権階級である。国という存在があってはじめて生かされるのであり、長期的に自らの利益を守るには、国家の安全と豊かさを維持しなければならない。ゆえに国家が正常であれば貴族制もまた有効であると言えよう。

 「衆院は早期開戦を望んでいるようです。イーグル王の一件で確かに我々は多くの損害を受けましたが、実際の死者は両軍合わせて五千もおりません。この規模の戦死は過去に何度もありますから感覚が麻痺しているのでしょう。」

 「難儀な事だ。」

 戦乱の時代である。人の命は安く、日々の平穏の価値のほうが高い。それがこの時代であり、エンドウ首相やイシガヤなどはまだそれらを憂慮する気持ちが残っているが、一般的にはそうではないものも多いのであった。

 「一方で貴族院は慎重ですな。戦力を整えるだけで二年以上、将兵の育成にも数年必要だと考えています。ただ、やはり開戦時期を遅らせたほうがいいというレベルでしかありませんな。」

 「さようか。」

 そうなれば、基本的には開戦の方法を検討するだけである。もっとも、開戦するつもりであったイシガヤからすれば国民を説得する必要が無く都合は良い。

 「それでイシガヤ王はなにをお考えで?」

 「貴族院に近いな。結局のところ、ハーディサイトの残党は討伐しなければならない。相手がハーディサイトであったならまだ良い。彼は他国の侵略者ではあったが、日本の中に溶け込み賢き所と調和しながら統治を行う器ではあった。潜在的にみれば我々伊達幕府も同じようなものだ。だが、いまのハーディサイト軍の残党は違う。ハーディサイト程の名将はいないし、賢き所と調和できるかも不明だ。今後の脅威となるならばいずれ排除せねばならん。また、もう一点あるのだが、伊達幕府臣民のアイデンティティの問題だ。かろうじて仙台領は残ってはいる。だがこれはタキ殿に預けてあり自分達の領土とは数えがたい。我々は日本の民であるのに、肝心の母国に故郷があるとは言い難いのではないか。日本にあってお飾りとはいえ天皇という主上を奉じ奉らればならん。」

 「わからなくはありませんが。」

 エンドウ首相が言い淀む。確かにイシガヤの言う事は正しいが、かといって開戦するためにはそれなりの政治工作が必要となってくるであろう。彼としては気が重いのもうなづける話である。

 「二年だ。二年で戦力を用意して地球に戻る。将校はクキ海軍提督、リ空軍提督ともにこの木星にいるのだ。彼等は後進の指導者としても優秀であるから各士官学校の臨時校長にして教育に当たらせれば良い。それでも教育期間は足りないが、あまり帰還を延ばしては機を逃す。日本の食料もそれなりに備蓄があるとはいえ、当国からの輸送が確保できねば苦しい状況に陥ろう。ついては、下士官も兵卒も徴兵より公募を優先しろ。ただし、兵卒は徴兵もやむを得ない。下層民に家族へのしかるべき報酬を用意すれば多少なり集まるだろう。」

 「報酬と言われましても財源が……」

 戦争は兵站の良し悪しで決まる。財源が無ければまずそこからして問題があった。

 「戦争だぞ。ほしがりません勝つまでは、とは言わんが多少の増税もやむ無しだ。ただし、軍事特需があろうから、軍需関連からの税収も増える。」

 「兵器はどうするのです?」

 兵器を増産するにしても、施設には限界がある。

 「CPG自衛軍の残存兵力と軍事関連施設をCPGから買い取る。」

 「その資金は?」

 「我が家はCPG創業家であり、また最大株主であり、全体の55%に及ぶ株式をもっている。このうち全体の10%をCPGに買い取らせその資金でCPGの兵器を買う。またグループ内子会社も多数保有していたから、マーズ・ウォーターを除きこれも手放して、軍事施設調達に充てる。基本的にはCPGに買わせる故、市場崩壊はさせないつもりだ。CPGは多くの内部留保を吐き出すが、その金でこちらはCPGの兵器を買って国に納めるのであるから、金が市場に溢れることはない。」

 「!?」

 エンドウが驚くのは、イシガヤがその最大の手札であるCPG株を手放すからである。世界に冠たる大企業でありながら、個人経営に近いその異常な運営体制にテコ入れがなされるということである。

 「歴史の転換期だよ。CPGが創業家の手を離れる。イシガヤもこれで収入は大幅に減るが、黒脛巾を維持する資金があればよかろうよ。今の我が家では強大過ぎていつか民の怨みを買い、急激に滅び行くだろう。それよりはこの苦境において我が家も民と痛みを分かち、緩やかに威勢を無くそうと思うのだ。」

 「そこまでの覚悟でいらっしゃいますか。」

 普通に考えればそれは深刻な問題であって、並みの胆力で決断できるようなものではない。イシガヤ家は今からでも伊達幕府に反乱を起こし、木星を牛耳る事すら可能なのである。その原動力を担保する株を手放す、ということは、まさに歴史の転換期であると言えるのであった。

 「世は諸行無常だ。」

 先代以前が築いた財産を潰す。彼は出来の悪い子孫ではあるが、そもそも何のために築いた財産であったか。誰ひとりとして豪奢な生活をした当主はおらず、各時代で軍備をし国の一大事に備えることに専念していた。彼の本領は静岡にあり、本領は代々墓守りをしなければならないかもしれないが、他は天下からの預かりものである。今こそ預かりものをかえすべきである。そう言った思想なのだ。

 「いずれにしてもだ、先ずはいかなる方法を使っても敵を討たねばならん。軍備はCPGのものである程度めどがつく。あとは経済だ。食物はエウロパが健在である以上問題はないだろう。兵員数十万を何年だろうと食わせる事は出来る。ただし、生産した食物は兵糧として加工する設備をフル稼働させよ。また、エウロパの防備は特に厚くする。工業は軍事物資優先体制に移行させよ。地球に降りたあとはなるべくその時輸送完了した物資で戦いたい。例えば汎用鋼材はいくら在庫があっても構わない。政府で買い上げればよい。ただし、市場価格ではなく固定レートでだ。アミューズメントは映画を準備せよ。過去のものを流用してもよい。多言語吹き替えで伊達政宗と家臣団、石谷貞清、九鬼嘉隆、李如松、真田幸村、楠木正成など、幕府要人の先祖に当たるとする人物を据えた時代劇でよい。宣伝用としてつかい他国での伊達幕府要人の知名度を上げると同時に、幕府要人が先祖に顔向けできる行いを行う戒めとする。軍需品についての開発は台湾と歩調を合わせよ。戦艦空母クラスと専用機級の兵器は技術協力してはいかんが、巡洋戦艦以下と量産兵器については台湾でも作れるようにする必要がある。地球に降りたらOEM生産を頼むかもしれん。また台湾は地政学上最重要な国であるから、かならず独立と繁栄、最低でも何処かに併呑されないように協力出来ることはするのだ。」

 「南京や朝鮮は?」

 北海道を回復するために会戦する場合、アジア情勢は重要になる。時間がかかる場合、横から攻められてはたまらない。南京は比較的友好的な国であり、朝鮮は現時点では敵対していない国である。ただ、後者は国主が悪く、国家は混乱気味であった。

 「南京は友好国だが技術協力の必要なはい。必要とみれば台湾がやってくれる。朝鮮は味方ですらない。必要なら焼き払えば良いのだ。技術をやって懐柔する必要などない。」

 「焼き払うですと?」

 流石にその発言にエンドウ首相は驚く。執権たるものが容易に話すべき内容ではなかったからだ。

 「言いすぎた。しかしだ、旧世紀の二次世界大戦を考えれば、占領しても益の無いばかりか後代害になる。仇敵というべき国でもあるから、戦うならばその戦力をなくし経済を破壊すればいいのだ。どのみち害になるのだからな。」

 隣国と仲良くできるわけがない。特に地理的条件によってはどうにもならない国はあるのだ。

 「いずれにしても余の意向は幕府執権の意向である。内閣はその点考慮して貰いたい。」

 「承知しました。イシガヤ王、それでは他も含めて追って国会での答弁をお願いします。」

 「承知した。」

 いわゆる事前打ち合わせ、である。



 イシガヤ及びエンドウ首相は場所を移し、それぞれの立場として国会に挑む。

 「執権石谷王、伊達将軍は?」

 「伊達将軍は軍務に忙しい。政務は余が委任されている故問題あるまい。本日の質疑の結果を受けて将軍はおいでになる。」

 エンドウ首相の質問に、イシガヤは文句は言わせぬ、という様子でそう告げる。

 「承知しました、よろしいでしょう。それでは、本日の議会を開廷いたします。」

 そう言われてしまえば流石のエンドウ首相も他の国会議員も抵抗することはできないのだ。もっとも、シルバーが参加しないことはエンドウ首相には既に分かっていた事である。それゆえにイシガヤと打ち合わせをしていたのだ。

 「さて……」

 エンドウ首相が話を続けるが、当面の議題は税制である。現在兵力の急拡大を行う予定のため、一週間以内に増税と債券の発行を行う法案を通し、軍事費の確保をしなければならない。この難事に合わせて国会は内閣改造を行い、外務次官であった準王族聖書家の当主である聖書月詠(ツクヨミ・バイブル)を財務大臣に緊急起用し、準王族の力によって閣僚や省庁に根回しを行わせ財源を確保している。聖書家は大企業CPGを中興させた者の一族であり、また弟の鈴木須佐雄(スサノオ・スズキ)が現役の財界人であるだけに経済財務に明るい。また妹の聖書経芽守(ヘルメス・バイブル)は軍務・朝廷政治にも明るく、軍事費と諸国との政治バランスを計るのにもまた役に立つ。本人の才覚も抜群ではあるが、弟妹との連携の冴えもまた際立つ閣僚である。

 「聖書財務大臣の独壇場だな……」

 家来と官吏を使って作らせたのだろう資料を片手に、各法案を説明していく様には圧倒される。まぁイシガヤとしては何もしなくて良いだけに楽だ。質問されても頷けば良いだけである。

 「ふむ……」

 「……ガヤ執権…………」

 「……」

 「石谷執権!」

 「ぉおぅ?失礼した。エンドウ首相、なにか?」

 「議題は先の戦争についてに変わっております。質問がございますのでこちらへ。」

 「承知した。」

 「執権に質問致します。」

 基本的には事前に打ち合わせをした内容である。だが、国会という公衆の面前で、打ち合わせた内容を発表することに意味があるのだ。重要な出来事を密談で決めることは簡単であるが、かといってそれでは国民の政治意識は育たない。

 「なにか?」

 「先ずは釧路沖第一次会戦ですが、軍は国会の許可がおりぬまま戦っています。軍はシビリアンコントロールをせねばなりません。これについてなにか弁明はございますか?」

 この話は愚問である。だが、それでも弁明と言う形は必要なものだ。

 「軍を動かした責任は軍部にある。それは否定せん。だが、我々軍部はこれを後悔してはおらん。なぜならば、我々は軍の責務である民間人の保護を見事成し遂げたからだ。避難対象者はやむを得ず残る者を除き、総て宇宙か青森、仙台に逃がすことに成功した。あの釧路沖会戦がなければ果たして同じ結果を得たかはなはだ疑問である。否、釧路を簡単に抜かれれば民間人離脱中の苫小牧、旭川宇宙港や函館湾への脅威となる。釧路からなら補給の必要なく航空戦力を投入可能だからな。故に、釧路を守るべく釧路沖で敵を迎え撃ったことは戦術的には正しいと考えている。我々は独断専行した事を否定はしないが、民間人に被害をださず全員避難させ得た旨は評価いただきたい。」

 このあたりは芝居だ。先の戦争について国民は肯定している。

 「しかし執権、結果はともあれこれは由々しきことですぞ。」

 「確かにそうだ。我々はこれまで会戦を続けながら、自らが攻められる事を想定しない軍法になっていたのだ。実に由々しきことである。これは私見ではあるが、軍務省の大臣と官は直ちに本土防衛に関する諸規則を更新改訂追記してもらいたい。」

 「本題とは違いますが、いいでしょう。して執権、あと2つあります。」

 「なにか?」

 「ハーディサイト討伐戦もまた国の許可なく開戦している。なにか弁明はありますか?」

 実はここエンドウとしても苦しいところである。この開戦においては国会が半ば主導しており、エンドウ首相からも各国に協力の相談を行っていたからである。すべては天皇陛下からの内命によるものであったが、最終的には国会で許可を下すことができなかったのである。民主主義であるために決裁に時間がかかったことに加え、要塞防御の方がいいという意見は根強かったためである。

 「ない。それがどうしたというのだ。結局のところ、ハーディサイトが攻め込んできたため迎撃に向かったに過ぎない。確かに、余は国会の承認を待たずに義勇兵を集め、そしてハーディサイトと戦ったが、要塞に籠ってそこからどうすると言うのだ。コロニー諸国が味方であると確信できなかった以上、長期間の包囲を続けられる可能性があった。糧道を絶たれれば我々は民間人を含めて全滅であったのだぞ?少なくとも野戦で一撃しておけば、木星への撤退路を確保できたのは確実だったのだ。軍事判断は正しいと確信している。」

 イシガヤの言うことにも一理ある。実際の場では切迫の中で諸将も気が回らずそのような意見は無かったのだが、後々考えれば妥当な判断である。それ以外の方法があったとすれば、要塞を放棄して直ちに木星へ撤退するくらいしか無かったであろう。今上陛下が何処まで思案していたかは定かでは無いが、結果としては彼の意見に従ったことは正解であったと言える。

 「なるほど。確かに国会においては現場の実情までは分かりかねますからな。何れにしても国民感情も鑑み、この件は不問と致します。しかしながら重ねてお願い致しますが、国会の軽視はなさらぬようにお願いしますぞ。」

 「承知した。」

 エンドウ首相も判ってはいるのではあるが、国会の意味合いからしてこれらを追及しないわけにはいかない事情があったのである。従って、結局はただの茶番劇であった。

 「最後に1つ。CPG株式の件です。ご説明頂きたい。」

 この点は非常に重要な事である。前もってイシガヤからは国会議員にこの件を周知するべく連絡は回されている。

 「理由は2つある。1つは軍事費用の事だ。今後の軍拡で必要な費用は膨大なもので、国民にも多くの負担をお願いせざるを得ないことであろう。その中で王族たる我が家が率先して国庫に資金を納めることは、貴族としての義務であるからだ。」

 貴族と言うものは、その特権を得る代わりに国民への多くの義務を負担するものである。それを徹底しているのが伊達幕府の貴族制度であり、それ故に国民からも支持をされているのであった。

 「もう1つは我が家の弱体化のためである。今回の件で良くわかったと思うが、当家が影響をもつ軍事力は過分な程である。故にこれを一定レベルで民主化することで当家の影響力を下げ、国民を安心させたいと思ったのだ。」

 「しかしながら石谷家は木星の民にとっては古くから親しく、そしてその強大さゆえに敬愛されてきたのですから、ご心配されることはないでしょう。」

 「エンドウ首相、そう言ってくれるのは嬉しいが……、私の代はさておくとしても、その後、代を重ねていくうちに暴虐の者が後を継がぬ保証はない。念には念を入れても悪くはあるまい?」

 「それは……、そうですが……。」

 エンドウ首相の不安は、イシガヤ家の弱体である。確かにイシガヤの言う事は正しいのだが、木星圏の安定はイシガヤ家の経済力によって保たれてきたことは間違いのない事実である。この平和の前提条件が崩れ得る内容と言うのは、彼が不安を覚えるのに十分すぎる要素であったのだ。だがこれらはイシガヤ家の決める事項であって、エンドウ首相に止められる事項でもない。

 「わかりました。イシガヤ家の国家を想う気持ちは間違いのないものと皆思っておるでしょう。執権殿の考えられる国家の長計、国会一同もまた尽力して、長らく民を安んずべく尽力してまいりましょう。」

 結局は、エンドウ首相はそう答えるしかないのであった。

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