第11章 イーグル反乱の戦後処理 03節
木星首都鎮守府『敷島』、国会前公開処刑場。
公開処刑が行われることは人道的ではないという批判もされるが、今の乱世に人道的な国家は限りなく少ない。とくに伊達幕府は武力をもって成り立つ国であるから、蛮行自体はそのアイデンティティの一部ともいえるのだ。また、処刑とは言っても、重大な売国奴や謀反人以外を公開処刑にすることはないので、特別大きな文句が国民から上がることもない。今、この処刑場には、イーグル・フルーレの反乱に加担した人間が並べられている。そして、その処刑場の演台の上に、伊達幕府執権である、石谷太政大臣隆信が登り、そして言った。
「1人の英雄の物語が終わる。今を生きる人々から恐れられ、尊敬され、その軌跡を讃えられた彼の終焉。彼の人生を後世の歴史家はなんと書くだろうか。世界の覇者を目指した一国の王と書くのか。世界中で戦い、数々の勝利を得た名将と書くのか。……圧政を敷いて飽くなき戦禍を招き、最後には滅亡した愚将と書くのか。それは今生きる私たちにはまだわからない未来の話だ。ただ、彼の下に生きた私たちにはわかる。彼はまさに名君であり名将であった。その号令によって多くの人々、……家族であり恋人であり友人であり、……多くの人が死んでいった。私も皆と同じく、父母、義父、妻を……、戦火の中で失った。彼等は喜んで死んでいった者もいれば、悲しみに暮れ望まない死を迎えた者もいる。それが良いか悪いかの問いには、人間が人間である限り答えは出ないだろう。だが1つ言える事は、今を生きる私たちが国家として侮辱されず、国民としてその存在を認められ、人間として生きているという事だ。この乱世に弱国の人々は蹂躙され、まるで家畜のように扱われ、泥水を啜って命を繋いでいる者も多い。しかし私たちはどうだろうか。暖かくて美味しい食事を三食食べる事が出来るし、雨風を寄せ付けない建物の中でやわらかな布団に包まれて眠る事が出来る。この瞬間を生きる為に生きる必要は無く、未来を生きる為に生きる事が出来る。それは平和な世界では当たり前の事だが、しかしとても幸せな事なのだ。彼は多くの血で贖ったとはいえ、この幸せを多くの人々に分け与えた。例え後世の歴史家が彼を暴君として蔑もうとも、私は彼を名君として心に刻むだろう。たとえ、最期には反乱を起こし賊となったとしても。私は、今ここに、国家大逆の罪を犯した朝敵イーグル・フルーレ一党の処刑を宣言する。しかしあなた方には、せめて今を生きるあなた方には覚えておいてもらいたい。彼は国賊ではあったが間違いの無い英雄であった。私たちは彼の力によって今、未来へと生きている。私たちは生前彼にそうしたように、彼への畏敬の念をもって死後の彼に向かう必要があるだろう。それをもって彼とその一党への手向けとする。」
イシガヤはそういうが、イーグルは事実、英雄だった。長い間国を支え、多くの勝利の中で幕府はその生存を保ったのである。イシガヤの言葉に涙を流すものも多いが、それは感謝の涙であった。だが、それとこれとは別の事だ。イシガヤはおもむろに右手を上げ、告げる。
「処刑執行人に命じる!ライフル構え!……撃て!!」
その発言に合わせて手は振り下ろされ、公開処刑場には銃声が轟くのであった。
星海新聞
故イーグル王一党公開処刑
宇宙世紀0279年11月24日本日昼、故イーグル王の家族の中で国家に反抗を企てたもの、フルーレ家家臣の中で反乱に加わったもの、及びその反乱に加わった軍士官が公開処刑された。フルーレ家当主バーン様の兄姉とその家族36名、木星方面軍で反乱に参加した師団長以上とその家族54名、その他特に罪のあるものとその家族60名、合わせて150名。子供を含めて銃殺されたが過去最大の粛清である。またフルーレ家の中で中立を保った方17名は王族から追放され、幕府側についたフルーレ家の方のみが王族籍を許された。なお自発的に王族籍を返還された方も多く最終的にフルーレ王家は5名となる。この状況に対してバーン様は一言、悲しい事だ、とのみコメントされた。
宇宙世紀0279年11月25日
シルバー大佐はニッコロ中尉を伴い、蟄居するバーン大尉の屋敷を訪れていた。
「バーン兄上、蟄居してないで出てきなさい。」
シルバーが親しい呼び方で呼びかける。彼女にとってバーンは従兄にあたり、実際子供の頃はそう呼んで面倒を見てもらったこともあるのだ。
「うっせー。」
自室の扉越しにバーン大尉はそう答える。やる気のない声だ。
「さっさと出てきなさい。」
「だが断る!」
ホイホイと顔を出すわけにもいかないという事実もあるが、流石に一連の処刑で彼の心労も大きい。多くの親族を処刑されているのだから。
「困った方です。昇格させてあげますから早く出てきなさい。」
シルバーの良い方は、すねる子供を諭すように、という表現が正しいだろうか。
「子供じゃねぇぞギン!……昇格だと?」
「バーン大尉、貴方を陸軍軍団長代理の陸軍師団総長から昇格させ、陸軍軍団長少佐に任命する用意があります。クキ提督の推薦ですよ、大人しく任命されなさい。」
流石に昇格させらるとは思っていなかったバーン大尉は驚いて問い返すが、シルバー大佐は淡々とそう述べるのであった。
「逆賊の息子だぞ!」
「安心してください。その逆賊は私の義伯父です。」
既に亡くなってはいるが、そもそもシルバーの叔母はイーグルの正妻である。もっともこの子息はバーンしかいないわけだが。
「……。」
そう言われてしまうと、バーンも反抗を続け難い。
「ほら、ニッコロ中尉も説得してください。私はこういうことは苦手で面倒なので、サイクロプスを使って屋敷を破壊し、彼を引きずり出したいくらいです。言ってみて思いましたが妙案かもしれませんね。」
「いやいやシルバー大佐、それは流石に……。バーン大尉、早く出てきてください。少なくとも陸軍師団総長を解任されてはおりませんので、軍務が滞ります。私には重大な決裁権がありませんので、大尉がお見えになられないと困るのです。」
といっても、最終承認が必要な部分を除けばニッコロがうまく処理をしているので、事実上の弊害は今のところはない。これが数週間続くとなれば別だが。
「ニッコロ、副官のてめえが陸軍軍団長になりゃいいだろ!」
「それは山々ですが私は中尉なので出来ないのですよ。」
バーンがそういうがニッコロが階級を基にそれはできないと返す。事実、陸軍の副将格であるから、バーン大尉不在の場合の最先任指揮官は彼であった。
「じゃあ少佐になりゃいいだろ!」
バーン大尉の言い分は尤もなことである。実際少佐に任命されさえすれば、全ての問題は解決するのだ。だが、そうは問屋が卸さない。シルバー大佐がそれに応じて答える。
「上級大尉にする事については前向きに考えないでもないですが、二階級特進は国会が簡単には許しませんし、ニッコロではまだ大将としての器不足ですね。絶対にダメです。」
バッサリと。
「シルバー大佐、ここに本人がいるのですが……」
「それがなにか?」
「……。」
評価されていないわけではないのだが、流石にその物言いにはニッコロとて閉口せざるを得ない。大将とは人を人とも思わないからこそ務まるのだ、と、彼は納得する事にした。事実、シルバー大佐が彼を昇格させないのはそこに起因するのだ。いちいち人を人と思っていたら、部下を戦場に放り込む事などできようもない。
「それで大尉、諸々の事情を考えるに、蟄居してもいい結果は少ないと思うのですよ。国民は良くてはあなたの存在を忘れるだけです。それよりも軍団長になって戦功を上げることで、フルーレ家の名誉を回復する方がいいのではないでしょうか?最悪死んでも、国のために戦死した英雄として名誉は回復されるはずです。」
ニッコロがそう助言する。忘れるだけ、というのはそれでもだいぶ言葉を選んだ言葉だ。実際には、地獄の番犬と名高いバーン大尉が忘れられること等あり得ない。活躍しなければその動向で今以上に憶測が飛び交うだけであった。
「ニッコロ貴様っ!最悪死んでもとかよくいいやがる!!」
が、流石にそこまでは考えつかないバーン大尉が激怒する。これもある意味当然だ。身内がたくさん死んだばかりである。神経を逆撫でしても仕方のない事であった。が、バーン大尉を激怒させ、声を荒げさせたのは彼の計略である。
「ニッコロいるのー?」
「おいアリサ!?」
屋敷内の不穏な空気に、まだ幼いバーン大尉の愛娘、アリサ・フルーレが様子伺いで現れる。父と会話しているのをニッコロ中尉と考えての行動であった。
「おとーさん、ニッコロいるのー?来たのー?」
屋敷の廊下をまだ幼い覚束ない足取りで歩きながら、父の自室の前まで彼女が来る。そばにいるシルバー大佐も彼女にとっては親族であり、特に脅威に思うこと等ないからだ。
「アリサお前がなんでニッコロを知っている!?」
「ニッコロと遊ぶんだよ?おとーさんも遊ぶの?」
さも当然、という言い方だ。
「バーン大尉、こんなこともあろうかと……大尉が地球圏の戦闘で重傷となり昏睡状態の間に娘さんの子守をさせていただきまして、仲良くなりました。今や私と彼女はお友達です。」
一連の煽りは彼女を呼び寄せるための罠であったのだ。
「都合よすぎだろ!」
「こんなこともあろうかと、という便利な言葉がありまして。」
「ニッコロどおしたの?」
アリサがつぶらな瞳でニッコロを見つめ、そういう。流石に父が声を荒げるので不安に思ったのだ。それをニッコロに問うあたり、彼の信頼度は抜群であった。
「君はよき友人だったが、君のお父上がいけないのだよ。」
「おとーさん、メッ!でしょ!」
「もっと言ってあげてください。お父上は、働いたら負けかなと思っている。とかいうのです。」
しれっと古めかしいスラングを交えながら、ニッコロ大尉はアリサに伝えるのであった。
「ニッコロ!娘に適当な事吹き込んでるんじゃねえぞ!」
「ともかくですね、扉の前で話すのもあれなのでさっさと部屋に入れてくれませんかね。」
やれやれ、という感じで話が終わらない事に苛立ちを覚え始めたシルバーが要求する。
「わかった。」
彼の部屋に通される。机の上のウィスキーの瓶は、先日ニッコロ大尉が訪れてからたいして減ってはいない。酒に溺れる程、彼の心が弱くは無いという証拠であった。
「それで本題ですが、バーン……先ず隗より始めよという格言から、貴方を昇格させます。」
「ギン、もう少し説明してくれないか……」
結論を言って満足しがちなシルバー大佐に対して、どうしてそういう考えになったのか説明するように促す。賢い人間にありがちな行動だが、流石にバーンはそれで理解できるほど賢くはなかった。
「つまりは、逆賊の息子である貴方すら登用されるのですから、他の有象無象の市井の人員だって積極的に登用しますよ、ということです。幕府軍は人員を補充し増強が必要ですからね。」
「要は、広告になれ、と?」
「その通りです。もっとも、貴方の軍事能力はそれ相応だと考えてもいます。これからサイクロプス隊を中心にした軍編成を行っていきますが、貴方はサイクロプス戦の指揮能力においては幕府でも随一の才能を有しています。これまでは貴方が不得手な艦隊と戦闘機隊中心の編成でしたから師団総長に留め置いていましたが、サイクロプス戦となれば話は違います。国家の大計です。貴方に辞されては困ります。」
「……。」
「ぎんおばちゃん!」
「おばちゃん……」
シルバー大佐に子供の言葉が突き刺さる。年齢的には流石にまだお姉さんで通じるはずだが、それでも子供は容赦ない。
「おとーさん、またせんそーするの?」
彼女は素朴な質問を返す。
「そうです。」
「おとーさんも、おじいちゃんやおじさんたちみたいにいなくなっちゃうの?」
子供にとって、戦争とはまだ実感を伴うものではないが、周りの人間が居なくなる、という事だけは理解できている。戦争の悲惨さを端的そうあらわされると、親族を失っているシルバーにしてみても心に突き刺さるものがあった。
「……。」
「……。」
「……。」
そのため、三人とも言葉に詰まる。
「わたしさみしい……」
「子供の気持ちは聞いていません。ともかく……」
「ギン、俺たち兵隊は子供を守るために命をかけている。子供の気持ちも大事だぞ。」
「……。」
そう言われると流石のシルバー大佐も反論を唱えにくい。蝦夷の鬼姫と称される彼女とて、実際には鬼ではないのだ。だが、その場を壊すのはバーン大尉の副官であるニッコロ中尉であった。
「バーン大尉、繰り返しますが、アリサちゃんの為にも大尉は戦うべきです。蟄居していては大尉は逆賊の子のままですが、戦場に立てば、地獄の番犬の異名を取る国家の英雄です。場合によってはアリサちゃんにさびしい思いをさせるかもしれませんが、英雄の子供であれば、さびしくても胸を張っていられるでしょう。大尉、子供のようにぐずって無いで、戦うべきです。」
「しかし……」
バーン大尉にしてみれば、この後ろめたさのなかで戦えというのは酷な話だ。彼は叛逆者の息子であると同時に、父殺しの息子だ。勿論愛娘の幸せを願いはするのだが、そう簡単に踏ん切りがつくものでもない。だが、ニッコロ中尉のいう事ももっともである。ここで蟄居を続けることも決して間違いではないだろうが、いずれにしても綺麗な未来など見えようがない。見えるのは血塗れの未来だけだ。
「ふむ…………」
バーン大尉が思案顔で続ける。
「雪山に 僅かに残る 冬紅葉……」
彼は僅かに散り損じた血塗れの紅葉だ。
「……春待つ野辺の 澪標なれ」
その歌にニッコロ大尉が続ける。雪山に僅かに残る冬の紅葉は、春を待つ一面真っ白な野辺を歩くための澪標(道標)であり、血まみれの紅葉に喩える身でも、まだ真っ白な未来への指標になるため身を尽くせという事だ。
「ニッコロ、お前もたいがい和歌が下手だな。澪標は山ではなく、水辺のものだぞ。」
「これは失礼。」
それについてニッコロは悪びれない。
「よかろう。散り損じた血濡れの紅葉でも、暖かな平和な春が来る日まで、しばらくは澪標として皆の先を示そうじゃないか。」
星海新聞
バーン様、陸軍軍団長に!
宇宙世紀0279年11月26日、フルーレ王家当主バーン様は蟄居を解除され、同日、海軍軍団長クキ提督と空軍軍団長リ提督の推薦により、空席であった陸軍軍団長少佐に補任された。バーン様は一族の失態を償うとともに、万民の幸福を願い、万民の安寧を守るために、自ら剣を取り国家のために戦うことを誓われた。これに対しエンドウ首相は、バーン様の高潔さを讃え、伴に天下を支えようとの言葉を交わされたと伝えられた。