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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
52/171

第11章 イーグル反乱の戦後処理 01節

 木星圏……この木星の半分を支配する日本の伊達幕府は、あまりにも日本らしい。かつて木星には軍事国家が存在し、彼らはこの過酷な環境で生活をなしていた。しかしながら一部の支配階層はその状況に満足せず、いや、木星と比べあまりにも恵まれた地球を憎み戦争を仕掛けてきた。結果として彼らは滅ぼされ、国家はなくなり人だけが残った。彼らをまとめ新たな秩序を作ったのが、伊達幕府執権タカノブ・イシガヤの先祖である。200年前にはすでに存在し、その後大規模化しつつあったクリスタル・ピース・グループ(CPG)を纏めるイシガヤ家当時の当主は、開発資源を得るために木星に進出。武力をもって海賊などを討伐しつつ、インフラと貿易を独占し経済を支配していった。このように表せばいわゆる侵略者に過ぎないが、実態は必ずしもそうとは言い切れない。かつて大東亜戦争で日本が行った事と同様な同化政策による支配であったのだ。現地の人材を登用し重職をすら任せ、現地との格差はその地理的環境による如何ともし難い差をのぞけば存在しなかった。インフラはCPGの支配を維持するためであると同時に、そこに暮らす人々のためであり、貿易他のCPGに莫大な利益をもたらす仕事は、同時に現地の人々が満足な生活をするための収入源であった。CPGと木星の人々は支配者・被支配者の関係ではなく、共生する関係を築き上げた。また、日本に根拠地を持ち、日本の文化を色濃く引くCPGは、多くの日本人や日系人の社員や仕事を求める人々の移民を求めた。木星には多くの仕事があり莫大な利益すら存在したが、それに比べて人が足りなかったのだ。幸いにも当時の地球圏は荒廃しており、ここに仕事と安定した生活を求める人々は多かった。CPGが経済を支配してからというもの、瞬く間に木星経済は立ち直り、地球とくらべても遜色ない生活が保証されており、唯一の不便は母星である地球とあまりにも離れている程度であったのだ。このようにして木星圏には日系人が増えていき、更なる日本風土が形成されていったのである。またこの時移民した多くが日系人であり日本の性質をもっていたのが幸いであったのであろう。その多くは、やや排他的な面は残すもののタウンを形成するでもなく、木星のCPG勢力圏の人々と広く融和して行った。またCPG自体が日本文化の担い手であったことから、必然的に言語、風俗、政策、文化あらゆるものが日本にウェイトを置くものとなり、緩やかに、しかし代を重ねる際には急速に木星の人々は日本人化していった。そして宇宙世紀0179年の時が来る。当時世界はまたしても戦乱に包まれており、数多くの勢力がその覇権を競い合っていた。これを機会と見た当時の若きダテ家当主マサムネが、新地球連邦に反旗を翻したのである。公式にはあまり言われない事だが、元々ダテ家とイシガヤ家は交友関係にあり伊達家の乱に置いて彼らが手中にした兵力は、イシガヤ家が纏めるCPGの防衛戦力を強奪したものである。またこの乱に際してCPGは彼らを賊と公言し度々戦闘を行う事になったが、事あるごとに資源や兵力輸送船を奪われている。この乱に際し、現在の王族でありダテ家、イシガヤ家と交友関係にあった、クラウン家、フルーレ家、ロウゾ家がマサムネと行動を供にし、反乱軍の首脳となっている。マサムネ率いる反乱軍は、日本に駐屯しやはり古くから友好関係にあった、現在の東国鎮守将軍、西国鎮守将軍の先祖であるのタキ将軍と政治家のマキタを籠絡し、たちまちのうちに日本を制圧し天皇に謁見並びに天皇の幽閉を行い、伊達幕府を僭称した。この事態に業を煮やした新連邦政府であったが、各地の反乱に動きを封じられ、討伐軍を向かわせる事の出来ない状況が続いた。この間、類稀な戦術能力で亜細亜各国までその勢力を肥大化させた伊達幕府軍を前に、自前の戦力では思うように動けない新連邦政府は、この状況になお木星で経済活動を続けるイシガヤ家当主の詰問のため彼を地球に呼びつけている。そこで新地球連邦政府は友人達の反乱と防衛戦力や資源を奪われている状況について責任を求めると同時に、CPGの資源をもって反乱を鎮圧するべきく命令を下した。この見返りにあらゆる特権を得たイシガヤ家は、安全な木星に軍事拠点と大規模な生産設備を数多く作り、そこで生産した戦力をもって反乱軍を討伐する事になる。この時従っていたのが、イシガヤ家と繋がりがあり新連邦軍に所属していた、スズキ家(バイブル家)、イシガヤの家宰でありCPGの副会長であったオニワ家、CPGの企業スパイ集団黒脛巾を纏めるクスノキ家である。CPGの兵力からなるこの軍団は地球圏に降りた後、先ずは南米の新連邦軍本部周辺の反乱軍鎮圧を行い、ついで勢力を伸ばしつつあった伊達幕府の勢力とぶつかる事になる。戦術は伊達幕府側が圧倒的優勢を誇ったため、イシガヤ家は野戦築城や戦略で対応する戦いで挑んだ。熾烈……とは言い難い冗長な戦闘は続いたが、ついに戦略外交で伊達幕府が屈する時が来る。戦力と勢力基盤を残したまま降伏した伊達幕府を新連邦軍は力ずくで解体させる余力は無く、彼らを日本国に押し込めて従属軍閥にすることでお茶を濁すこととなった。このとき監視役に選ばれたのがイシガヤ家とスズキ家である。が、新地球連邦政府には目先の戦乱を鎮圧するのに必死で、危機感が欠如していたのだ。イシガヤ家は突如として反乱を起こす。地球とは遥かに離れ新地球連邦の勢力が満足に及ばない木星で、伊達幕府鎮圧軍を作るために作った生産拠点を利用したのだ。既に経済とインフラを握られていた木星は、ここにきて武力ですらCPGに逆らえぬ状況になってしまい、瞬く間に木星のほとんどが制圧されてしまった。また民衆にとってみてもイシガヤ家は実質長い間共生してきたCPGの支配者であったため、彼と戦おうという意志も希薄だったのだ。ここにきて新連邦政府は再度、いや伊達幕府討伐軍以上の軍を組織する必要が生まれたが、その余力などあろうはずもなかった。新連邦政府は先に討伐した伊達幕府盟主であるマサムネを召喚しこれをもってイシガヤ家を説得する策にでる。交渉は難航したものの、エウロパをイシガヤ家が私有し木星圏の半分をCPG領有とし、残る木星圏は新連邦政府に返還。返還の代償として火星圏と地球圏に軍事物流拠点を建造する許可を得た。また伊達幕府の奉じる天皇家には日本国の施政権を与え、CPGとイシガヤの有する領土は天皇家に従う伊達幕府に降伏した形をとり、改めて新連邦政府に所属する日本国の一員として正式に認められる事になった。この2つの反乱で特に影響をもった一族、伊達、多喜、槙田の家が各々征東将軍、東国鎮守将軍、西国鎮守将軍として天皇家に役職を与えられ半独立国家元首となり、さらに三カ国共同で天皇家を奉じ象徴とする日本国を形成した。また伊達幕府にはマサムネの下で特に功績があった一族、フルーレ、ロウゾ、クラウン及びイシガヤの家が執権になる権利を与えられ、バイブル、オニワの家が前述5家に次ぐ地位を与えられ、現在の国体に至る。このようにして、権威と権力は分断され、また世界的にみても複雑な何重もの統治形態をなす日本特有の曖昧な統治が行われるようになっている。



 伊達幕府独立戦争開始から100年、叛徒イーグル・フルーレによって奪われた伊達幕府木星領であったが、既に乱はほぼ鎮静化され、民間には日常が戻りつつある。そして凱旋の門は開かれた。宇宙世紀0279年11月19日伊達幕府征東将軍伊達銀は逆賊イーグル・フルーレを撃破しその残党を討伐、各拠点を解放した上で、この日木星首都への凱旋を果たした。この内戦での被害は大きく、人的被害はおよそ8万人弱、経済的被害で130兆円とも言われる状態である。しかしその被害をもって尚、戦乱に明け暮れるこの世界の中で見れば伊達幕府の存続が危なくなるほどの損害ではなく、いやむしろ、その勢力の膿を出し勢力を拡大する布石になったとも言えよう。実に……皮肉な世界情勢であった。



 「久しぶりだな、ギン。ソラネは息災か?」

 凱旋艦隊の入港している軍港にて、シルバー大佐に対してそう気安く呼びかけるのはイシガヤである。

 「久しぶりに逢ったと思えば他の女の子の話とは不粋ですよ。」

 シルバーは少しすねたような発言をする。珍しいことだ。

 「すまん、しかしソラネは人質扱いでお前のもとに残したからな。」

 イシガヤがいう事ももっともで、彼が反乱でも起こせばソラネの命は絶たれる、そういった意味合いでの人質として預けたのだから気遣う必要もあるのである。

 「ソラネはクオンと伴に私の荷物を降ろさせています。もっともクオンはお茶を飲んでいるだけとは思いますが。」

 クオンはそういった雑事を好む人間ではない。そのあたりはシルバーも同じであった。

 「さよか。ギンも無事で何よりだった。イーグルとの決戦、さすがに心配をしたのだ。」

 「あら、私が負けたらさっさとエウロパに篭る準備をしていたと聞きますよ。」

 別に隠していたわけではないが、エウロパでは籠城の準備も行われていたことからそのあたりは明白であった。充分な兵站基盤を持たないシルバーからすれば国民を見捨てて籠城などできようはずもないが、イシガヤ家は国民を見捨てた上で単独の勢力でも長期戦に耐えられるだけの勢力を有し、イーグルが死ぬか、エウロパからの穀物供給を絶ち木星圏の兵糧を干上がらせるまで待つという戦略も取り得たのである。大将がタカノブであるからいいものの、潜在的には最大の脅威ではあった。

 「うむ!それとこれは別さな。ともかくも無事で良かった。残党討伐もあったことだ、休むか?」

 「そうですね。ニッコロ中尉はいますか?」

 荷卸し等の指示や今後の事務処理に向けて、集まりつつある参謀連に向かってシルバーが問いかける。

 「はっ!」

 彼は参謀連の中では主要人物の一人であるから、まずいないという事はない。

 「後の事はここにいる遊撃隊軍団長のイシガヤ少佐が責任をもって対応してくれるそうなので、私は休ませてもらいますね?貴方も適当に少佐に仕事を押し付けて休みなさい。彼は貴方には遥かに劣りますが、将校の中では兵站管理に強い方です。」

 「ちょまっ!?」

 イシガヤが驚きの声を上げる。

 「女心がわからない罰です。」

 「えぇ……」

 「それじゃ、あとまかせますね。お疲れ様。」

 シルバー大佐はそう言い残しスタスタと立ち去ってしまう。

 「えぇ…………」

 残されたのはイシガヤのそんな発言だけだ。

 「ダメですよイシガヤ王……いえ少佐。シルバー大佐もまだ若い女性なのですから。」

 ニッコロ大尉がそう助言する。真面目そうに見える彼ではあるが意外とプレイボーイな面もあった。少なくとも年齢の上でイシガヤよりはるかに手練れである。

 「言われてみればギンもまだ二十一か。結婚して既に三年もたっているから、気安くてな。」

 「今日はシルバー様の屋敷に泊まられた方が良いですよ。クオン曹長やソラネさんとのご機嫌の兼合いもあるとは思いますが……」

 「その点クオンは大丈夫だな。そういうのに無頓着だ。もっとも……亡くなった父母の件があるからな……」

 「その遺品の始末にソラネさんを同行させたらどうですか?昼間のうちは少佐が直に慰められる必要があるとは思いますが、片付けなどソラネさんに任せれば、夜にシルバー大佐の所に行けます。クオン曹長もあるいは実家で少し一人になりたいかもしれませんし。」

 「さすがニッコロ中尉は違うな、助言感謝する。じゃあここはニッコロ中尉にまかせるな?」

 待ってましたとばかりにイシガヤが続ける。もはや逃げる気満々である。

 「えぇ…………あ、カリスト大尉では無いですか?」

 「あー!ニッコロ中尉にイシガヤ少佐じゃん?こんにちわー!」

 幸運の女神はすぐに捕まえなければならないというのは、イタリアの偉人ニッコロ・マキャベリが残した言葉である。

 「カリスト大尉……」

 「なに、ニッコロ中尉?」

 「凱旋してきた艦隊の係留作業や兵員の退艦業務をカリスト大尉に任せるとイシガヤ少佐が。」

 「マジでっ!!!?」

 「マジで、です。」

 「ウン、マジマジ。」

 「ぇぇえええーっ!!!?」

挿絵(By みてみん)

 「やはりこういう任務は神速のカリスト大尉に限ると。私や少佐のような陰鬱な顔をしたものが指揮を執るよりも、カリスト大尉のように美しく朗らかな女性指揮官が采配を振った方が、疲れた士官の士気も上がる事でしょう。」

 淀みなくつらつらと並べ立てるニッコロ大尉は流石であった。

 「美しい……」

 「ではそういうことでお願いしますね。」

 カリスト大尉が褒められたことに意表を突かれている間に話をまとめて消え去るニッコロ大尉は、流石に軍政外交に一家言ある指揮官である。

 「すまないが俺も親王殿下に用があるからこれで!」

 イシガヤもまたそう言ってその場から逃げ出すのであった。



 場所は移り木星御所。

 「雪仁親王殿下、石谷太政大臣藤原隆信参上致しました。」

 そう申し述べるのは幕府執権のタカノブ・イシガヤである。木星首都コロニーはイーグルの影響下にはあったが、御所については不可侵なるものとして皇軍及び逃げ損ねた女神隊士などにより厳重に警備がなされており、戦後の混乱においても静謐が保たれている。イシガヤは幕府執権として、これら一連の経緯を親王殿下に報告に参上したのである。

 「石谷太政大臣、くるしゅうない。そちらの戦勝を朝廷は評価する。疾く報告を、してください……せよ?」

 雪仁親王が言い澱むのも無理はない、彼はまだ8歳ばかりの幼少であり、実務は朝廷から派遣された職員が行い、またフォローしているのである。幼いにしては優秀かもしれないが、彼に報告をしたところで意味はなく、職員が記録を取り朝廷に進上するのであった。

 「殿下、幕府軍は先の反乱分子であるイーグルを撃破し、木星圏幕府領を完全に平定致しました。お膝下を騒がせた旨、お詫び申し上げます。現在は治安も総て回復し、内閣府主導にて平時の体制に戻りつつあります。」

 「うむ。」

 幕府は軍事国家であり有事には征東将軍や執権が独自行動をする権利を持つが、基本的には国民から選ばれた議員から構成される内閣府や国会の指導で国が運営されている。些か複雑で征東将軍にも自制が求められるが、国家の成り立ち上完全に民主化することも出来ず、かといって独裁制を緩和するにはやむを得ない部分であった。加え、幕府は日本国朝廷に従属して将軍職を賜っているので、頂点にいるのは天皇家なのである。基本的に、同列になる東日本を有する東国鎮守将軍の多喜家、西日本を有する西国鎮守将軍の槇田家に較べ、圧倒的な国力と宇宙にまでその国土を有する征東将軍の伊達家は、天皇家の皇統を保護する目的で、現在は木星領に親王たる雪仁殿下を囲っていた。

 「殿下の父君である今上陛下には、イーグルを朝敵と指定いただき誠に感謝しております。後日その一党の公開処刑を行いますので、よろしくお願い申し上げます。」

 幕府は現在でも公開処刑をする場合がある。人権だなんだと言われるかもしれないが、世界は戦乱に包まれているのだから多少は過激にせざるを得ない。抑止力になれば、というところだ。

 「太政大臣、それは私も見ないといけないの?……であるか?」

 「どなたか派遣頂いても結構です。殿下の御前を血に染めることは私も好みません故。」

 「わかった!」

 流石に怖いのだろう。イシガヤも子供の殿下にそんなことを求めるつもりはさらさらない。

 「本日参上したのは、別の要件にございます。侍従長殿、宜しいか?」

 此処からは大人の話である。

 「構いません。」

 「我々幕府としては、早く地球圏に復帰し、北海道を奪還するつもりです。しかし陛下がハーディサイト家を蝦夷鎮守将軍に任命され、一旦停戦されているなか、表だって地球圏復帰目的で募兵することも憚られます。故に、表向きは先のイーグル反乱に拠る消耗を回復するため、また殿下の御身を守護するため、新規兵の募集をする事をお許し頂きたいのです。また、地球圏に復帰しする戦争をはじめる際には、殿下より錦旗を賜りたく。」

 ハーディサイト家はナイアス中将が亡くなって後、弟のケネス少将が軍を継承している。彼は武名の高い兄には劣るが、それなりの人物である。現在は軍備建て直しのためにインドネシア等の税を増やし人気を下げているが、それだけの兵を消耗しているのだからやむを得ないところであった。故にすぐすぐに日本へ再侵攻するとは考えにくいが、少しでも時間を稼ぐため、また北海道を他国に占領されているという問題を緩和するため、今上天皇はハーディサイト家を蝦夷鎮守将軍に任命することで対応したのである。だがそうなると、幕府が北海道奪還に動くのは面倒になる。いずれも天皇家に任じられた蝦夷鎮守将軍と征東将軍の戦いになるからである。

 「太政大臣殿は、親王陛下に天皇陛下と争え、そう申しておるのか?」

 侍従長が問う。

 「いかにも。」

 「父上と戦う可能性があるの?」

 イシガヤの肯定に対して親王殿下は不安げに言う。言葉を直す余裕もなく、だ。

 「表向きは、で、ございます。実際に我々が玉体を害しようとは思っておりません。陛下を退位させようとも思っておりません。さしあたりは、親王陛下より旗を賜れれば充分でございます。親族争うは戦国の常。近くは奮熟左近衛大将も父のイーグルを打ち倒しておりますし、古くは南北朝時代に天皇家が分かれて戦争をしている時代もございました。」

 そう言われても雪仁殿下にはまだ難しい。

 「殿下、陛下と『戦争ごっこ』をして頂きたく思っておるのです。」

 「遊戯か!お父上は強いぞ!」

 「存じております。」

 父をほめられて殿下は満足されたようだ。

 「して、太政大臣殿、この話は陛下に?」

 「宜しくお伝え頂きたく。」

 「承知した。」

 当代の天皇はこれで話が通じるほどに優れている。実際、イシガヤがこう申し出るであろうことは予想のひとつには入っているだろう。彼からすれば手のひらで踊らされているようなものだが、天下を狙っているわけではないのでそれで構わない、そう思うのであった。



 木星本領へ凱旋し歓喜に湧く将兵たちであったが、叛徒イーグル・フルーレの息子であったバーン・フルーレ大尉は、木星首都コロニーへの入港後直ちに父のイーグル・フルーレ邸に入り蟄居している。先の討伐戦で最大の戦功をあげた彼であったが、流石に凱旋軍に加わるわけには行かなかったのである。それに、多くの親族の審判が待たれる中、そんな気分でもないというのが実情であった。

 「バーン大尉……」

 「ニッコロか。」

 フルーレ邸にニッコロ中尉が現れる。バーン大尉の副官であることは皆周知の事実であるから、門番からも素通りであった。

 「はっ。」

 「俺はどうしたらいいんだ。」

 薄暗い私室で項垂れているバーン・フルーレがニッコロに問う。彼の手元にはウィスキーが入ったグラスがあるが、飲まないままで幾らか時間が経過したのだろう。照明で真っ赤に照らされるその表面からは雫が零れ落ち、彼のテーブルの上は酷く濡れているのだった。

 「……。」

 その漠然とした問いかけに、彼の副官でしかないニッコロ中尉が答える事は難しい。

 「ギンとイシガヤは?」

 それに気が付かないわけでもないバーンは話題を変える。

 「ともにお休みです。軍そのものの機能は艦隊の係留作業他の業務のみ稼動しており、今回の件で司法などへの介入はありません。」

 「と、いうことは、国が裁くと言うことだよな……」

 実際この規模の反乱とあっては、たとえダテ家やイシガヤ家とあっても、フルーレ家を擁護する事は困難であった。国民にも被害が出ている現状において、下手な言動は自らの責任問題にもつながりかねないのである。彼女らに味方をしたフルーレ家一門についてはどの道お咎め無しになるのは分かりきっているのだから、余計な事をする必要は無いのである。

 「残念ながら・・・王族や軍による仲裁はありませんね。」

 「このままだとどうなる?」

 バーン大尉も政治的に疎いわけでもないが、政略については抜群の知才を誇るこの俊傑の意見も聞いておきたいところであった。

 「大尉の親族の内、シルバー様側に付いた人間は罪は無く、中立を保った人間は大尉の戦功によって王族の身分解除の上釈放、と、いったところではないでしょうか。」

 「……他は死刑か。」

 「……はい。公開処刑で銃殺が妥当かと。」

 ニッコロ中尉の言葉は冷淡ではあるが、それだけ事実をはっきりと述べたものだ。彼の任務は参謀役であり、上官の気持ちを忖度して言葉を選んでいては必要な情報を正しく伝えられないからであった。

 「ここに至っては乱取りは赦されないでしょうから、確実に死を与えられると思われます。」

 「歯がゆいな。」

 ウィスキーの水面が揺れる。

 「得策とは言えませんが、クスノキ中尉に依頼をかけますか?」

 「既に何もかも手遅れだろう。黒脛巾を使ったところで王族が自ら法を犯す事になる。俺も当主だ。覚悟は、決めんとならんな……」

 普段の豪放な態度に反して、酒に溺れたく思ってもそれすらできない生真面目な部分がある彼である。酔う事すら出来ず、親族が国民に被害をもたらした罪を背負い、それを撃破するために失わせた部下たちの命を背負い、そして親族への処断を下す決断を背負わなければならない。並みの人間には耐えがたい所であっただろうが、それでも王族として育ち、真面目にその責務を背負い、一国の英雄として戦場を駆けてきた彼であったから、国家の法を犯すなど考えもよらない所であった。

 「大尉、ところで明日の軍議には?」

 「いや……蟄居している。任せた。」

 「……了解。」

 軍議に出るという選択肢もあるが、残る一門の事を考えれば、反省の態度を示し公の詮議を待つという蟄居が妥当であった。

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