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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
51/144

第10章 木星会戦 10節

 「征東将軍伊達銀、シルバー・スター、専用機エオス出る!」

 シルバー大佐の専用機『エオス』。それは脳波コントロールシステムの一種、ガディス・システムを搭載した彼女専用のサイクロプスである。過去のパイロットの操作履歴をデータ化したガディス・システムは、パイロットの思考に合わせて次の動きをしやすいよう、機体を自動調整し、或いは自動操縦まで実行される。このシステムを活かすためには、データ化されたパイロットと同系統の思念派が出ている事が重要であり、選ばれたパイロットしか操縦する事が出来ない。このシステムにより過敏過ぎるほどの反応速度を誇り、レールガン砲やミサイルランチャー等の高火力実弾兵装、特殊合金外装を搭載した高性能機である。ホーネットこそないが、ほぼ同スペックである『ヘル』に後れはとらない。

 「ヒビキ中尉、女神隊で私の近衛小隊を展開せよ。私は主力隊を率いイーグルと雌雄を決しますが、露払いは任せます。」

 「わかったよん!全機、シルバー大佐を守り抜くよ!」

 このヒビキ中尉率いる女神隊機もまた、ガディス・システムを搭載したニンフと呼ばれる少数量産機である。エオスやアマテラス、或いはコスモ・ガディスといった専用機クラスには劣るが、特殊合金装甲と高機動ユニットを備えている。少数量産機のニンフですら製造コストは一般機に比べて桁が違い、パイロット適性が高ければ1機で数個小隊を相手に出来るとも言われる機体である。



 それはまるで対極のように

 相いれぬ凄惨な狂宴

 煉獄深闇の女神と

 天照す太陽の女神の凶事

 ヘルは死を誘う小鬼どもを従え

 地獄の業火に彼我を焼く

 しかれどまた

 妖精従え舞うエオスにしても

 その日輪の灼熱に無辜の彼我の滅す

 対極に生まれ、しかし同事

 まさに凄惨な凶宴



 「シルバー大佐、双方の前衛部隊が崩れつつあります。また、イーグル機『ヘル』を確認しました。」

 「うむ。」

 「シルバー大佐、突入は御控えを!」

 カリスト大尉はシルバー大佐が逸らないように注意をする。

 「当然です。カリスト艦隊は、イーグルのいる地点へ砲火を集中させなさい。」

 シルバーはそう言うが、それは単に、現時点では砲撃戦を主導した方が都合がいいからにすぎない。 



 「イーグル様!」

 シルバー大佐率いる艦隊の砲撃密度が上がったため、イーグルの兵が彼を守ろうと集結し始める。

 「寄るな!敵は儂に集中砲火をしてるというに、儂に近づけば弾に当たりやすくなるぞ!散開せよ!」

 だが、それは愚策である。イーグルは直ちに自分から離れさせ散開させることで、密度の上がった砲撃雨から友軍兵を守りに掛かる。だが、大将たるイーグルを守ろうとする兵は後を絶たない。

 「しかし!」

 「えぇい!サタケよ、中央の奥の艦隊は、先ほど蹴散らした指揮官だな?」

 「指揮を交代したのでしょうな。用兵パターンは先のカリスト艦隊と同一ですのぉ。」

 流石に歴戦の猛者であるイーグルやサタケ元少佐からすれば、艦隊指揮官の変化は手に取るようにわかる。微妙な癖ではあっても、それらの匂いを嗅ぎ分けてきたからこそ、これほどの英雄として立っているのだ。

 「その手前はゴトウじゃな。……サタケよ、艦隊突攻をいたせ。弾幕を盾にサイクロプス隊を突入さすわぃ。」

 「御意に。」

 砲撃戦を続けていては不利である。敵の艦隊指揮官が一格落ちるカリスト大尉になったのは、彼らにとって艦隊突攻のチャンスである、そう考えるのは自然だ。そして、そうなったからにはシルバー大佐はサイクロプスで出撃するのだろう。シルバー大佐はそうするしかなかったのであろうが、それはそれでイーグルにとっても都合のいい展開である。お互いに戦術の癖は知っている仲だ。奇計奇策で相手の裏をかくなどできようもないのである。



 「シルバー大佐、敵艦隊突入してきます!」

 「むやみに叩かず、左右に広がりながら包みこみなさい。」

 索敵手の報告にシルバー大佐が応じる。


 灼熱の砲火


 「ぬるいわっ!」

 「艦隊、直進じゃ!我がフェンリル狼に遅るな!」

 イーグルとサタケ元少佐がそれぞれ雄叫びを上げ、サイクロプス隊と艦隊を進軍させる。


 地の業火をものともせず


 「へ、ヘルにフェンリル狼が!?撃て、撃ちつづけろよ!近づかれたら終わるぞ!」

 前衛艦隊を率いるゴトウ少佐がパニック気味に砲撃指示を続ける。同僚のハラダ少佐の戦死が彼の心を大いに乱してしまっているのだ。長らく平和が続いていた木星方面軍においては、身近な将官の戦死はこれまでなかったのだから仕方のない面もある。

 「ゴトウ、艦隊が乱れている。落ち着きなさい!」

 「し、しかし!」

 それで落ち着いたら手間は掛からない。

 「クスノキ、艦隊を前に繰り出し、ゴトウの救援を!」

 シルバー大佐は後方のクスノキ艦隊を増援に出すことで、心理的収拾をつけようとするが、

 「間に合いません。また、当艦隊は猛攻に耐え得るほどの統率はありません。」

 艦隊指揮官としては二流のクスノキ中尉では、混戦になりうる戦場への進軍もままならない。

 「くっ…………」


 瞬く間に席巻する


 「味方本隊敗走中!」

 イーグルに索敵手が告げる。イーグル艦隊も幾らか恐慌状態には陥っているが、攻め掛かっている分心理的負担は小さい。そこまで読んでの強襲である。

 「かわまんわい。目前の伊達の小娘さえ討てばこちらの勝ちじゃ!サタケよ、進めぃ!」

 「イーグル様、さようですな。全隊イーグル様を守護し、小娘を討てぃ!」


 地獄の王者



 「シルバー大佐、本陣のクオン曹長より通達。敵主力艦隊を撃破。敵は敗走を開始。追討はシロイシ艦隊が行い本陣は反転、こちらの援護に向かう。です。我らは一時後退を!」

 混乱し始めたシルバー大佐の艦隊において、カリスト大尉は冷静に声のトーンを落としてそう報告する。流石に戦場経験が多く、酷い戦場でも生き残ってきた彼女は胆力が違う。

 「カリスト、それでは間に合わない。」

 だが、シルバー大佐はカリスト大尉の意見を一蹴する。冷静に考えて、理論的に行動する。それは確かに理屈としては正しいが、戦場の指揮としては正しいとは限らない。この場において後退すれば、この第四艦隊は壊滅する。後退に伴い被弾率が格段に増加する上に、左右のリ、クキ艦隊を退かせてからでなければ、各小艦隊が分断されるだろう。そして、各個撃破される。イーグルは追撃戦の名手だ。

 「カリスト。」

 「はい?」

 「カリスト!」

 「はいっ!?」

 シルバー大佐がカリスト大尉を繰り返し呼ぶ。比較的冷静な彼女にしては、珍しいことだ。

 「カリスト艦隊は右、クスノキ艦隊は左に開き、中央から離脱。イーグルを、左右からの砲火で討ちます。」

 中央にゴトウ艦隊を残し、カリスト艦隊、クスノキ艦隊で敵を半包囲する。それは鶴翼のようなものである。

 「ちょっ!シルバー大佐危険過ぎます!中央が持ちません。」

 カリスト大尉の指摘はもっともだ。既に混乱しつつあるゴトウ艦隊はそれでは維持しきれない。味方が遠ざかることでさらに心理的にパニックになるだろう。

 「私のサイクロプス隊が留まります。」

 それに対するシルバー大佐の回答はそれである。確かにシルバー大佐が陣頭指揮を執り、サイクロプス隊を残せば、ある程度は戦線自体は維持できるだろう。

 「なお危険です!それに、開いても最初と同じに各個撃破されます!」

 「今度は開く距離が短い。敵を完全に挟みこめる。」

 先とは違って各艦隊の距離は短めという事だ。実際イーグル艦隊が中央に突入してきている現状において、包み込むためにそこまで離れる必要はない。

 「反面、左右の味方艦隊の攻撃が相互に当たる可能性があります。同士討ちになりますよ!」

 「それでもイーグルを討てればよい。」

 シルバー大佐の判断は非常に非情だ。

 「そんな……」

 「クスノキよいな!」

 シルバー大佐が絶句するカリスト大尉を尻目に、クスノキ中尉に指示を下す。この場合、黒脛巾を率いて冷酷非道とも呼ばれるようなクスノキ中尉に同意を求めるほうが早い。

 「御意。」

 彼は当然そう答えるのだから。



 「ゴトウ少佐!味方の艦隊が左右に広がっています!」

 「なんだと!」

 シルバー大佐が艦隊の指揮を採る一方で、ゴトウ少佐の艦隊は混乱の輪をさらに広める。

 「索敵手、シルバー大佐はどこか!?」

 見捨てられたのではないか、そう思いながら彼は味方位置を確認させる。先ほどからシルバー大佐からの直接指揮が途絶えているのだ。

 「正面にシルバー大佐の専用機エオス!サイクロプス隊を率いておいでです!」

 「なんと!ただちに大佐に撤退を願え!そこにいては敵の主力に飲み込まれる!」

 彼はそう言うが、実際はシルバー大佐を見捨てて撤退ができないからだ。その状況で逃げればここで生きても、後に軍法会議で死刑である。

 「ゴトウ少佐!れ、連絡が取れません!本隊と連絡が!」

 「……な、なんだと!」

 指示が無いのではなく、通信を完全に切っているという事である。それはもはや、此処で死ね、そういう意味でしかない。彼は、絶望を顔に浮かべて必死に砲戦を続けるしかないのだ。シルバー大佐がそこにいる以上、それ以外の選択肢がない……



 「伊達の小娘、なんと潔い。」

 イーグルが感嘆の声を上げる。武人として、これほど卓越した心の持ち主が他にあろうか。権力を取るだけなら、なにもここまで危険な賭けをせずとも、よい。少なくとも、シルバー大佐にしてみれば、である。だが、イーグルを討つためだけに、これをしてみせる。

 「だが、国主とは潔くて務まるわけではない!」

 これほど潔い君主が天下をとったためしはない。君主はいずれも、貪欲に権力を維持伸張せねばならないのだ。

 「君主に足らぬ小娘に、我が師の国を任せるわけにはいかんのじゃ!」

 シルバー大佐の祖父、イーグルが師、伊達政宗公は、まさに君主であった。僅かな兵力を元手に、死ぬまでにこの大帝國の基礎を作り上げた。冷酷にして仁愛溢れ、良く民を従え、敵を破った。それは、国を奪い国力を拡大するという、貪欲にして偉大な野望があったからである。だが、シルバーは野心もなく悪戯に兵を動かすのみ。国民を富ます君主には足らぬ!イーグルはそう考えるのだ。

 「だからこそ、儂が、我が師の代わりにこれを正さねばならぬのじゃ!」



 烈火の如く……



 「がぁぁぁああっ!」

 「ゴトウ少佐!ご無事ですか!?」

 ゴトウ少佐が悲鳴と呻きの合わさった絶叫を上げる。敵艦隊の火砲か、サイクロプス隊の砲火か、或いはその両方が突き刺さったのだ。

 「どうなっ……た…………」

 「艦橋下に着弾……。操舵手以下多くが戦死…………です。」

 そう答える兵はまだ無事なのだろうか。

 「むぅ……ぐぅ……。」

 「ゴトウ少佐、大丈夫ですか!?」

 「おぉ……、お……内臓が飛び出ておるわ…………。オカシイものよ、痛くも無い…………」

 「ゴトウ少佐!?」

 「シルバー大佐に……、事付けを…………」

 彼は虚ろな目で近くの兵にそう言う。

 「はっ!」

 「御怨み申し上げる……。我らを……、無言のまま……、捨て駒になさった。あれでは死ぬしか……、ある……ま…………。せめ………て、死ねと……はっき……………」

 「ゴトウ少佐!少佐ぁぁああっ!」

 だがその言付けも虚しく、彼の旗艦は生き残った兵を巻き込み爆発四散する。



 燃やし尽くす。



 「シルバー大佐、ゴトウ少佐戦死です。」

 カリスト大尉がシルバー大佐に状況報告を続ける。艦橋においても一部の兵は既に恐慌状態だが、カリスト大尉が激励を続けどうにか士気を保っている。本来の仕事ではない索敵から通信まで、カリスト大尉が介入して対応中である。補佐官としての技能一切を習得しているからこそできる荒技だ。

 「……うむ。」

 「艦隊戦はこちらの有利になりはじめました。」

 「うむ。」

 「しかし……、我らは正面の敵サイクロプス隊に飲み込まれつつあります…………」

 「うむ……」

 流石にシルバー大佐であっても、眼前の状況に飲み込まれる。イーグルの進軍は凄まじい。同じような練度の兵を率いているとは思えないほどの突破力である。

 「大佐、だいじょぶだよん!」

 その戦場にやや切羽詰まりつつも明るい声が響く。

 「ヒビキ中尉か。」

 「左翼には、バーン大尉の部隊がいるじゃん!」

 とはいっても、バーン大尉はイーグルの息子である。この状況下で寝返らない保証はない。起用したのはシルバー大佐ではあるが、しかしこれほど押されるとは思っていなかったのだ。均衡状況で裏切るような人物ではないが、負け戦になってはどうなるか保証はない。

 「バーン大尉の副将はニッコロ中尉だからしんぱいないよ!だいじょ〜ぶだよん!ぜったい!」

 適当な理由だ。根拠はないのだろうが、それでも大丈夫と言われれは少しは精神的に落ち着く。

 「シルバー大佐、敵きます!」

 「護衛はまっかせて!」



 大軍は怒涛と押し寄せるとも

 太陽の女神とその守兵に

 微塵に砕かれ血潮と散る



 ガディス機……。女神隊士の駆る機体は鮮烈である。女神といえば、たおやかで慈愛満ちた姿を思い浮かべるかもしれない。が、神話の女神は、その気性激しく峻烈にして、人の運命を弄び、男勝りの輩も数多い。

 「さぁ!墜ちちゃいなっ!」

 近接武器の長巻きを手に、近衛隊長を務めるヒビキ中尉の機体『ニンフ』が舞う。

 「護衛御苦労。」

 彼女と旗下女神隊士の小隊は凄まじい。次々とイーグルの猛攻に倒れゆく味方の中、此処だけ、ある種静謐な空間を作り出しているのだ。

 「ヒビキ中尉、貴女の武勇、柳生宗矩にも劣らないでしょう。」

 シルバー大佐がそう彼女の武功を賞す。

 「よくわかんないけど、ありがとっ!」

 柳生宗矩は、大阪夏の陣で迫り来る敵の豊臣勢七人を斬り倒し、将軍徳川秀忠の窮地を救った剣聖だ。

 「さて、私も…………」

 シルバー大佐が近接武装に切り替えようとするが……

 「シルバー大佐は〜、イーグルが来るまで温存を……ぉっ!?」



 迫り来る一閃の鋒矢



挿絵(By みてみん)

 「こっちっ!くんなぁ〜〜〜っぁあ〜ぎゃゅっ!」

 「ヒビキっ!」

 悲鳴を上げ、ヒビキの機体が虚空を跳ねる。

 「さすがの、伊達の小娘。」

 通常回線から声が聞こえる

 「イーグル……」

 イーグルの声であるが、シルバー大佐は先ずヒビキ中尉の様子を探る。おそらくは気絶しただけであろう。彼女の機体は女神機『ニンフ』。装甲強度は一般サイクロプスの比ではない。彼女の『エオス』やイーグルの『ヘル』と同様に、コスト度外視の機体だ。だが、機体は壊れなくとも被弾すれば衝撃は受けきれない。ヘルのビームサイズで思い切り殴り飛ばされれば、たとえ死ななくても、当たり所が悪ければ気絶くらいはしてしまう。

 「我が艦隊はもはや負けたわ。サタケがいるかぎり、壊滅はせんがの。」

 この場を見ればイーグルが押し勝っているように見えるが、それも時間の問題である。シルバー大佐が左右に兵を展開したことで、少しずつ彼女の艦隊が有利になりつつある。また、別に動く本隊は圧倒的にシルバー側が優勢であり、その増援艦隊が到達すれば、どうやってもイーグルに勝ち目はない。だが、ここでシルバー大佐の首を獲れば結果は変わる。

 「イーグル・フルーレ、ただちに投降しなさい。」

 シルバー大佐が告げる。

 「笑止。この儂が、投降するわけなかろう!」

 「……。」

 「貴様の首ここで貰うぞ!」

 「……断ります!」



 干戈に蒼き閃光散り

 瞳に朱の火花散る

 両雄並び立たず

 ただ雌雄を決するのみ



 「ゆけよ、ホーネット!」

 脳波コントロール制御のオールレンジ兵装。イーグルの放ったソレが、エオスの装甲を焼く。……もっともかすり傷程度ではあるが。

 「直撃さえしなければ、墜ちはしないっ!」

 イボルブであろうと、先の王であろうと、英雄と讃えられる者であろうと、何ほどのことがあるだろうか。シルバー大佐は見事に回避を続ける。

 「ギン、貴様は確かに名将になろう。だか、天下はとれんのだ!」

 「なにを!」

 「一寸でも領地を広げねばならん。一銭でも国を富まさねばならん。それもせず、貴様は何のために血を流させるのじゃ!国民の尊い命を奪うのか!?」

 「……。平和を得ることが優先なのです!多少の犠牲はやむを得ない!」

 「言葉に詰まったな!そして、綺麗事を!貴様は物分かりが良すぎるのじゃ!」

 「何が悪いのです!」

 シルバー大佐もまた激情を晒す。

 「この帝國を築くまで、どれほど儂が手を汚したかわかるか!また、どれほど民を殺したか!」

 「……。」

 「儂は人間だそ!どれだけ心が痛んだか……!だが貴様は!」

 「私怨や憎悪で戦うなど、恥をしれ!」

 「恥じるのは貴様だ!今ほどゴトウを見殺しにしたろう。それで国主が務まるか!」

 艦隊の動きからイーグルはそれを察する。

 「妄言を。貴方とて息子を見捨てて玉座を狙っているではないですか!耄碌したか!」

 「国会に儂からも手を廻しておるし、貴様を含め息子を、バーンを殺そうとする奴などいないわ!見捨ててもな、死なないのじゃ!」

 「…………っ!」

 「国も民も儂が護る!貴様は死ね!」

 「ぐっ……!」

 シルバー大佐は裂帛の気迫に押し負ける。彼女はイーグルに比べて、国や民を護る意思が圧倒的に乏しい。イーグルの指摘する事は事実で、彼女はただ兵を動かすだけである。それでどうして気合で勝てるわけがない。

 「シルバー様お退きを!」

 そういって、間に割り込んできたニッコロ中尉の手勢も蹂躙される。ニッコロ中尉の手勢は精鋭とは言えずとも充分な練度はあるし、ニッコロの采配も俊才と呼ばれるほどに充分だ。個人の操縦技術も申し分ない。しかし、このザマである。イーグルとは、あまりにも、格が違い過ぎる。

 「ブザマじゃの。名将と謳われる貴様が、ここまで蹂躙されるわ。」

 「…………。」

 「さらばじゃ!」

 「女神の……加護を…………」

 シルバー大佐は死を覚悟し、ただ万が一の奇跡にかけて、女神の加護を口にする。終りは、こんなにも突然に、唐突に…………

 「ぐぁっ!」

 「っ!?」

 ヘルの機体が爆ぜる。

 「親父…………」

 「バーン……、だと?ぐっ……。何をしておる!息子よ!今こそ伊達の小娘を討て!」

 「断る…………」

 戦場に割り込んできたバーン大尉が、その父であるイーグルに攻撃を加え続ける。

 「息子よ、バーンよ!小娘を討てば、もはや敵はおらん!せめて、おまえが、天下を、獲れ……!」

 「断る。天下を望んで何がある。ただ、民に平和を与えるべきだろ。」

 「その手段としての覇権じゃ!」

 「その覇権を求めて、30万の兵士を戦死させたのは親父だ。俺は、そんな血まみれの席などいらん!」

 バーン大尉はそう吐き捨てる。

 「なんと…………」

 「親父の事は尊敬しているさ。この乱世に生まれ、こうして世界屈指の国家を築き上げた。これは親父でなければできなかった偉業だ。親父の師であり義父であり、俺と、そしてギンの祖父……、国家の基礎を作った伊達のマサムネ王ではなく、ここまで維持拡張したのは親父の偉業だ。国民は親父の事を恐れ、尊敬し、まさに畏怖している。俺は子どもの頃からそういう親父を誇りに思ってたさ。」

 「……バーン。」

 「だがな、親父。覇権はいらないんだ。必要なのは平和だ。強大な国家を維持してきたツケは、多くの父や母のいない子ども達に回ってきている。そういう子ども達が、今何人いると思う、親父?…………貧民層だけで、軽く数万を数えるんだぞ?」

 彼の身近なところで言えば、イシガヤの側室であるソラネが元々そうであるが、彼女はまだ幸運な方だ。親を失い、過酷な肉体労働や遊女に売られる子供も多く、それだけならまだしも貧民として路地で死ぬものもいないわけではない。バーン大尉は貧民対策にも力を入れてきたが、結局戦自体を何とかしなければ、頭数を決定的に減らすことはできないのだ。

 「だが、国を維持できなければ、より多くの父や母が死に、親のいない子どもが増えるのだ。それに、戦に負けた国の子どもがどれほど惨めなものか。敵国の兵士達に嬲り者にされ、奴隷にされ、かろうじてその手を逃れても路頭に迷い、ゴミを漁り、残飯を漁り、人間性を無視されて生きていかねばならんのだ!よいかバーン、我が息子よ。覇権は……、それらを護る為に使うのだ、民草のためにこそ、覇権が必要なのだ!」

 イーグルは決して自身の行いを恥じていない。恥じる必要もない。実際、彼の力で幕府は興り、そして人民は天下に侮られず生活ができている。

 「親父の言うこともわかるさ……。だがさ、親父。親父はそのために息子を犠牲にした。わかるさ、大局のために、大義のために、そして君主の責務として、親父は肉親を顧みず事に望んだ。それによって、より多くの民衆が救われると信じてさ。親父が俺が殺されない前提で幕府に反旗を翻したこともわかった。」

 「そうだ。それが君主としての勤めだ。わかっているならさっさと小娘を討つのだ!」

 「だがな、親父。俺は……、俺は君主に足りないただの親だよ。親父が寝返ったことで、俺の子どもにまで、親父の孫にまで連座の刑が適用されるかもしれない。俺はな……、親父からみれば出来損ないの息子だ。国民よりも自分の子どもの方が大事なんだからな。」

 「…………。」

 実際、バーン大尉は決して無能ではない。一般的に見ればとても有能な将軍で、人望もある。だが、イーグルの跡を継ぐならそれでも不足である。そんなことはバーン自身が分かっているのだ。

 「親父を討たねば、俺の子どもが殺されるかもしれない。俺はそういう事を指揮官達が決断しなければならない覇権を望まない!」

 「そうか……。今ギンを討てば、伊達の血族はお前の家族だけだ。そういう世界を望むことも可能だというのに……」

 イーグルの正妻はマサムネ王の娘で、その子供はバーンしかいない。シルバー大佐が戦死すれば、必然的にバーンか、或いはその子供にしか伊達家の継承権が残らないのだ。バーンの兄弟たちは皆、母を別としているのである。

 「俺が伊達を継ぐ?絵空事だよ、それは。そんな手段で手に入れて、人を幸せに導けるか?いや……、それどころか俺の子供達が卑怯者のレッテルを貼られ、いずれは悪党の家族として討伐される対象にされうるかもしれない。」

 聊かの揺らぎも無く、バーン大尉はそう反論する。

 「……そうか。…………バーン、お前は出来損ないの王族当主だが、人間としては立派だ。残念だ、バーン……。」

 イーグルはその肩を落とす。彼のしてきたことが全部否定されたわけでないが、最後に彼が遺そうとしたものは、受け入れられなかったのだから。

 「……だが一つ覚えておけ。儂は間違ってはおらん。いや、間違っていたとしても、お前達にも儂の想いが解る時が来よう。そのとき、今この時の事を忘れるなよ。…………では、逝くかの。」

 シルバー大佐とバーン大尉の二人を相手に、なお善戦していたイーグルであったが、突如としてヘルの武装を解除し無防備な状態を晒す。

 「さよならだ、親父……」

 「…………あぁ。愛しているぞ、我が息子よ。」

 「ゆけっ!ホーネット!」

 バーン大尉専用機ケルベロス搭載のホーネットが、イーグル専用機ヘルの損傷した装甲を焼き尽くす。イーグルとてイボルブだ。しようと思えば同じくホーネットで抵抗できたはずである。機体が損傷しているといっても、パイロット能力でバーン大尉に劣るわけではない。実際に善戦していたのである。しかし、最後の最後で、イーグルは無抵抗に、その愛する息子の攻撃で、散った。

 「親……、か…………」

 バーン大尉が呟く。ニンベンに夢と書いて儚い。人の夢は儚く、そして、こんなにも唐突に終わりを告げる。

 「物語ではない、か…………」

 あわや討ち取られ敗北するかと思われた中で、運良く生き残ったシルバー大佐もまた呟く。しかし、こんな終り方、ただ切ないだけだ。ただ、呆然とするだけだ。

 「シルバー様、後世の歴史家が涙を誘う物語にしてくれるでしょう。」

 「クオン……」

 クオン曹長がモガミ中佐を督促し、艦隊を率いて合流してくる。

 「艦隊を翻し急行いたしましたが、間に合いませんでした…………。見殺しにせざるを得なかった、私の父母の仇……。イーグルに一矢酬いることもできず…………」

 一方では親を殺し、一方では親を見殺しにして、この、凄惨な乱世は続いている。シルバー大佐の親は戦死してすでにいない。だが、親殺し、子殺しさえ起きるこの世界で、親が戦死したぐらいでは、まだ恵まれている方なのかもしれないのだ。

 「ギン、早く戦闘を止めてくれ!もう戦う必要なんてないだろ!!!」

 シルバー大佐にバーン大尉が怒鳴る。

 「あぁ……、呆然としていました。ありがとうバーン大尉。」

 「…………。」

 「全戦闘区域における民に告げる。叛徒イーグル・フルーレは、その嫡子バーン・フルーレが討ち取った!すでに勝敗は決したのだ、武器を納めよ!繰り返す、叛徒を討ち取った、皆の者、武器を納めよ!」

 あまりにも唐突な、ある英雄の夢の終わり……。この広大な宇宙に描いた、ほんのちっぽけな夢の絵……。それが、今、終わった…………。

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