第06章 イザナギ・イザナミ要塞沖宇宙会戦 06節
ヘルメス少佐がルドルフ中尉に謀議を指示している一方、クラウン中佐とカリスト大尉は、旗艦夕凪から負傷者救助の指揮を執っていた。
「クラウン中佐!イシガヤ少佐が見つかったって、ホントですか!?」
その艦橋でカリスト大尉が声をあげる。
「本当だ、カリスト大尉。タカノブは負傷し意識不明だが、特に重体と言うわけでもない。暫くすれば眼が覚めるだろう。」
カリスト大尉が興奮するのも当然である。諸将の中でもイシガヤは彼女とは縁が深い。彼女自身は元々イシガヤ家の侍女を務め、その際に軍才を見出されてカタクラ長老に師事し、女神隊士官に登用されている。また女神隊に属してからは遊撃隊のイシガヤと組んで戦場に立つ事が多く、まさに戦友という間柄の為であった。
「良かったです!シルバー大佐にご連絡しますね!?」
そして彼女は心配しているであろうシルバーに急ぎ報告をする。カリスト大尉はまた、シルバー大佐とも親しい為であった。
「任せる。」
クラウン中佐は、そういって席をはずすカリスト大尉を見送る。カリスト大尉は戦術立案と指揮は優秀ではあるが、政治的に見れば御しやすい素直な人物であった。
「カリスト大尉、暫く後に世界に向けて戦況報告の放送をする。それまでに通信を終えるように。放送中は静粛にしてもらいたい。」
「了解しました!」
嬉しそうに通信室に走っていく彼女はとても人間らしく、一方で彼は冷徹に指揮を執り続けるのであった。政治と言うのは、人間らしさなど時に必要としないのである。それはたとえ畜生道に落ちようとも、国富の為に行動しなければならないのであるから。
「全軍に告げる。これより全世界に向けて放送を開始する。放送終了まで厳粛にせよ。」
混沌の世界において、有象無象魑魅魍魎は跋扈し、諸国の謀将が神算鬼謀の政略と戦略を争う。
「クラウン中佐、世界への放送準備が整いました。」
通信兵がカナンティナント・クラウン中佐に伝える。伊達幕府軍の軍事的に必要な政略は、総司令たるシルバー大佐ではなく、従来から彼が総指揮を執っており、また日本協和国の内大臣として高位にある。彼の発言は事実上の総指揮官の発言と同じであった。
「うむ。」
「3・2・1・どうぞ!」
「全世界に放送する。私は、日本協和国伊達幕府軍副司令カナンティナント・クラウン中佐である。先日から、我等伊達幕府は暴虐の徒ハーディサイト中将指揮下の反乱軍と交戦していたが、本日彼に勝利した。」
その背後には、無傷のそして悠々と進む勝者の艦隊が映し出される。交戦したシルバー大佐の軍ではなく、一戦もしていないクラウン中佐の借りてきた艦隊である。その軍旗として……コロニー諸国軍のものが掲げられている。それは……幕府軍と伴に戦った国のものばかりではなく、軍旗だけ提出した国のものが多数含まれている。艦数は少ないが、映像に映る部分にのみ乱雑に密集させているため、さも大軍に見える。
「観たまえ、我らの戦いを。」
そうして映し出されるのは戦闘映像。味方し参戦した援軍諸国軍の活躍と伴に、自国軍の優勢な所だけが映し出される。
「私は、この戦闘で負傷された当国執権、タカノブ・イシガヤに代わり、我が軍味方し、暴虐の徒と伴に戦った諸国軍、またその英雄達に謝辞を述べる……。」
さらに強調して、一国一国その活躍が述べられ……
「彼らの活躍によって、暴徒ハーディサイトを破ることが出来た。しかし、我らは如何に敵が暴虐の徒であっても、現状の平和的解決をもとめるものである。願わくば、現在占領されている北海道の地の返還を求めたい。これは、幕府国民の切なる願いである。」
その彼の発言は抑揚のない淡々とした報告で締められ、後は彼の配下である報道官の報告に変わる。あくまでも強調されるのは味方となったコロニー諸国軍の活躍であった。
「カリスト、なにを悩んでいますの?」
その放送を見ながら頭をかしげるカリスト大尉に、セレーナ少佐が声をかける。
「あ、セレーナねぇさん!もう傷は大丈夫なの!?というかこの艦に乗ってたんだ!」
カリスト大尉の心配や疑問も最もである。セレーナ少佐は先の石狩会戦で艦隊の総指揮を執っていたが、戦傷を受け意識不明で治療の為後方に送られたはずであり、戦闘行動中のこの艦に乗艦しているとは考えにくかった為当然である。
「ヘルメス少佐にハメられたようですわ。起きたらこの艦の治療室で……」
ヘルメス少佐がセレーナ少佐を乗艦させるのにも、理由が無いわけでもない。事実夕凪の治療室と艦医は一流の医療機関並ではあるのだから。ただ、有力武将の一人であるセレーナ少佐をこの艦に乗せていることは、彼女を手元のカードとして使うためでもあるに違いないのだ。
「それはともかく、この大事に寝ていられませんわ。傷も痛いことは痛いですが、命に別状はありませんから。」
セレーナ少佐がそう落ち着いて答える。普段であれば『尊大な』表現をしつつ答えるであろう場面でのこの回答であるから、それなりに落ち着いては居ない、ということであった。
「じゃあ、えっと……なんかクラウン中佐の演説がおかしいと思うんだけど、ねぇさんなんか分からない?」
「カリストでもわかりましたか。」
セレーナが素で驚いた表情を浮かべる。
「でも、ってなによ!」
と、いうのは、カリスト大尉は優秀な軍指揮官ではあるが、政略は三流であるからだ。
「あの演説は、『コロニー諸国が我らの味方である』という既成事実を作り、宣伝するために行っているだけですわ。」
「でもでも、うちら幕府の軍人が一番頑張ったのに、ちょっとおざなりすぎるんじゃないかなぁ……」
「幕府軍人の奮戦は、わざわざ報道しなくても充分に伝わります。各国の諸将はそれくらい調べますからね。これは民衆に向けての放送ですわ。味方を多く、そして強く見せることで、我々の地球方面軍が襲われる事を防ぐ、そのための方略でしょうね。」
セレーナは冷静に指摘する。特別頭を必要とするほどの思案ではないが、カリスト相手には致し方のないことであった。
「なるほど。必ずしも味方になるとは限らない諸国ではあっても、一度助けたことがあれば二度助けることもあるかもしれないし、ましてその軍が強いとなると準備不足の中で攻撃するとかしづらいね。」
「流石の理解。軍略だけは優秀なカリストで助かりますわ。」
政略に疎いとはいっても、軍略は幕府軍内でも指折りのカリストである。
「なんかさっきから貶されまくってるんですけど……。北海道の返還もとめているじゃんか?こっちは?」
「えぇ。あれも、形式的なモノです。もし本当に返還されたら問題ですし、この状況で返還されるとは到底思えません。」
セレーナは断定する。
「えっ?形式的なの?ダメ元で血を流さずに国土の返還希望かと思ったよ?」
一方のカリストは本当に素直な性格であった。
「いえいえ。返還されたらそれはそれで困ります。返還されたとしてどうやって守りますの?もう一度攻められたら、守り抜く兵力も資材もありませんわ。日本協和国全体の兵力が使えるならばまだしも、そちらが動かない場合、幕府の残存兵力ではフィリピン1国の兵力ですら落とされる可能性の方が高いですわ。」
「確かに……」
現に動かせうる地球上の有力な戦力と言えば、朝凪、夕凪の戦艦2艦と双海級空母1隻程度であり、サイクロプスも有力な女神隊機とはいえ2個小隊規模の戦力しか残っていない。戦闘機も双海級の定数の半分を切る30機が動かせればいい所だ。
「それに、国会あるいは朝廷は開戦を望んでいるのでしょうね。国土が返還されてごらんなさいな、開戦する理由が無くなってしまいますわ。」
「なるほど……でも……」
「戦略的にどうするか、ですか?」
カリストが疑問に思い、セレーナが問いかける事はもっともな事だ。兵力を蓄えて領土を奪還してかつ守りきれるだけの兵力を有して開戦、というのは理想である。だが、その状況をどうやって準備するか、それが重要な問題である。理想的な戦術を考えたところで、それを維持する為の戦略的兵站が無ければ何の意味もないのだ。そして、結果としてどういう未来図を描くか、だ。
「そうですわね……現在世界はいくつかに勢力が分かれているでしょう?」
「うん。」
「ならば……私達伊達幕府が、その一方を担っても問題はないでしょう?木星に戻り大軍を伴って地球圏の一地域に覇を唱える。我々にはそれだけの国力があるのですわ。」
「えっ?」
カリスト大尉が本当に驚いたような声を挙げる。セレーナの発言はこれからも続く戦乱の示唆でしかないのだから。
「かつての歴史に、大東亜共栄圏、と言う構想がありました。クラウン中佐や朝廷が考えるのは、その焼き直し、といったところでしょうね。早く……シルバー様と合流し今後の事について打ち合わせをしたいものです……」
セレーナの思いは宇宙の闇にただ虚しく響くのであった。