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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
27/171

第06章 イザナギ・イザナミ要塞沖宇宙会戦 05節

 「ヘルメス少佐、軍総司令シルバー・スター大佐から電文です。」

 「そうですか。ルドルフ中尉、大佐はなんと言っていますか?」

 そう尋ねるのはハーディサイトとの決戦から逃れ、別行動を取る伊達幕府艦隊の参謀を務めるヘルメス少佐である。彼女達はコロニー諸国軍から援軍を借り受け、この戦線に向かいつつある。援軍、とはいうものの、戦闘参加のためというわけではなく、戦後処理の為であった。勝ったにしろ負けたにしろ、体裁を整える事は重要であった。

 「我、ハーディサイト中将ならびにその旗艦を撃破し、現在敵軍掃討中なり。直ちに合流せよ。また……」

 「また?」

 ヘルメスが問う。

 「カゲムネ・カタクラ様、戦死。」

 「えっ!?」

 その報告にヘルメスは絶句する。カゲムネ・カタクラ、即ち片倉景宗と言えば、4人目の片倉小十郎として幕府内外問わず有名な将軍だった。その祖を奥州伊達家家臣「片倉小十郎景綱」とし、仙台藩初代藩主伊達政宗の子孫にして同名の伊達幕府初代征東将軍の伊達政宗の腹心として、幕府独立戦争で活躍した人物であった。政宗公亡き後は幕府軍遊撃隊軍団長及び幕府軍副司令を勤め、不穏な情勢下の地球でよく幕府の利権を守り通した英雄であった。また彼の門弟にはシルバー・スター、セレーナ・スターライト、カリスト・ハンター、ツナムネ・カタクラ、シゲムネ・サナダ、クオン・イツクシマ等の軍才優れた武将がいる。

 「続いて、ツナノブ・オニワ様、戦死。」

 「……。」

 ツナノブ・オニワ、即ち鬼庭綱信もまた、伊達幕府内外を問わず有名な人であった。彼は100年前からイシガヤ家の腹心を勤める家の出身であり、幕府独立戦争でもイシガヤ家の宿老として軍政問わずに活躍した人物であった。政宗公亡き後は政務官に転向し、政治経済に疎い幕府軍をよく支え、日本協和国を構成する1国として民主的でありながら帝國体制をとる法統治の礎を築いた。彼の門弟では、タカノブ・イシガヤ、ヨシノブ・オニワ、カナンティナント・クラウン、ヘルメス・バイブル、ヤオネ・カンザキ、加えてセレーナ・スターライト等の政略にも対応できる武将を輩出している。

 「被害はかなり甚大ですわね。」

 現状、前述の2人を除き幕府独立戦争開戦当初に士官を務めた名のある生き残りといえば、前幕府執権仮王イーグル・フルーレ、イシガヤ家宿老にしてCPG社の後見役を務めるレイジ・モガミくらいしか残っていない。



 無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いづくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし、熟観ずる所に往時の再び逢うべからざる多し……



 「また、タカノブ・イシガヤ様が行方不明です……」

 「……そうですか。」

 イシガヤの能力的損失は大した事はないが、それでも幕府執権が行方不明と言うのは、少なからず問題であった。外交においては国家の最高権力者の一人を亡くした状態であり決裁が遅れる可能性が考えられ、また内政においても経済政策が遅延する恐れを考慮しなければならないのである。

 「カナン、どうします?」

 だがこれは、彼女達にとってチャンスでもある。長老達とイシガヤが居なくなれば、クラウン家とバイブル家の影響力は劇的に跳ね上がるのであるから。

 「……大佐にお伝えせよ。追撃を直ちに中止し、宇宙要塞イザナミに撤退。生存者の救出は我らにお任せあれ、と。」

 「イシガヤさんは?」

 ヘルメスのそのはっきりとしない言葉は、イシガヤを意図的に探索せずに見棄てよう、という提案である。ペルセウスは撃破されたとはいえ、戦死確認が取れているわけではない。王族専用機であるからには、脱出装置も一般のサイクロプスよりは強力に作られているのである。生存の確率はそれなりにあった。

 「優先して捜索する。」

 だが、クラウン中佐の判断はイシガヤを助ける、という内容であった。

 「王族より兵の方を優先するべきではありません?」

 それでもヘルメスは食いつく。もし夫のクラウンに王権を狙わせるならば、今ここでイシガヤなど見殺しにした方が早い。そして、イシガヤを除けばクラウン中佐が一番執権に近い位置に居るのである。

 「……タカノブを優先して探す。これは決定だ。そう大佐にお伝えせよ。」

 「……わかりました。」

 クラウンにはその気はない、と言うことである。流石のヘルメスも夫の強い意志の下には引き下がらずを得ない。

 「ヘルメス少佐、シルバー大佐より直接通信入ります!」

 その空気を割ってルドルフ中尉が報告する。

 「おつなぎなさい。」

 そう指示するヘルメスのモニターに、シルバー大佐の姿が映し出される。

 「ヘルメス少佐、援軍ご苦労。これより追撃戦に参戦せよ。」

 いたって涼しい顔をしているシルバーではあるが、しかし……恐らく内心は焦っているのであろう。普段は直立不動の姿のまま指揮を取るような彼女が、その長い黒髪を撫でながら指示しているのである。心の動揺が目に見えるようであった。

 「いえ。大佐はイザナミに撤退し、残存戦力を再編成してください。」

 「何故か?」

 ヘルメスの提言にシルバーが聞き返す。

 「敵は完全に敗走中です。おそらくハーディサイトに何かあったのでしょう。しばらくは安心できますわ。」

 「完全にトドメをさそうと思います。」

 ヘルメスの言に反対するシルバーの言葉は、本心でありまた本心ではない。そんなことは充分承知のヘルメスはさらに言葉を進めるのであった。

 「結構な事ですが、残存兵力は我が援軍を含めても30機に届きません。この後に及んでコロニー諸国連合が裏切ったらことですわ。万全を期してお退きください。イザナミ・イザナギ要塞ならば、300機のサイクロプスの襲来にも充分耐え切れますから。」

 「しかし……」

 それでも食い下がるシルバーに対してヘルメスは続ける。

 「正直申し上げて、この戦いは我らにとって不毛なものです。ハーディサイト一人を討つために100機のサイクロプスと幾分の艦艇をすり減らし、得たとしても敵将の首一つです。戦略的には大した意味はありません。」

 ヘルメスが勝手に兵力を動かしたのも、そのためでもある。最低限の兵力を維持しなければ、これから先の政治交渉で不利であるからだ。

 「それは……そうですが。」

 「どのみち我らは木星に戻る必要があるでしょう。これだけ武威を轟かせればもう充分ではありませんか?」

 「そう……ですね。」

 「イシガヤさん以下将士の捜索はお任せください。」

 結局シルバーがごねるのは、夫であるイシガヤの安否が心配な為であった。いかに優秀な指揮官であるシルバーであっても、まだ20歳に過ぎない女性である。まして先の戦争で妹を失い、そしてこの戦いで育ての親であるカタクラ長老を失ったのである。少しでも心の支えになっていたであろう夫もまた行方不明とあっては、動揺するのも当然であった。

 「大佐の傷ついた兵力はむしろ邪魔ですわ。これから政治工作を行います。カナンもイシガヤさんを優先して捜索すると申しております。どうぞお退きを。」

 そんなシルバーの気持ちを察し、ヘルメスはそう突き放すのである。

 「わかりました。軍目付としてカリストを派遣する。宜しく将士の保護に勤しみ、一人でも多くの命を救うべし。」

 「はっ!ご命令承ります。」

 シルバーの指示をヘルメスが拝命する。カリスト大尉などを軍目付にするなどヘルメスにとって見れば何のこともない。彼女にとってはカリストを言い包めるなど容易な事に過ぎないのである。



 「カリスト大尉、ようこそ。」

 シルバー大佐の指示で夕凪に現れたカリスト大尉をヘルメス少佐が出迎える。

 「ヘルメス少佐、こんにちは。」

 元々女神隊の軍団長を務めていたヘルメス少佐に取ってみれば、現在の女神隊副軍団長のカリスト大尉は後輩に当たり、比較的互いにやりとりをしやすい関係であった。

 「大尉はしばらく休んでいなさい。後でお呼びします。」

 「えっと、私軍目付なんですけど?」

 休んでいろ、というヘルメス指示に対して流石のカリストも問題ありとして疑問を呈する。

 「先刻承知です。ですが、先の戦闘で疲れているでしょうし、休んでいなさい。」

 「えっ……と……せめて艦橋にいてもいいですか?一応軍目付けなんで……」

 無碍にされつづけるカリストがおずおずとそう言い出す。

 「艦橋?……えぇ。よろしくお願いします。私はこれから休息ですから、後はよろしく。」

 「了解しました。」

 監視役である軍目付が休んでは役割を果たせない。その中でどこで監視すればいいかといえば、通常は作戦を展開している旗艦艦橋であった。

 「カリストはお利口さんですが、艦橋というものは公の動きしか見えないもの。政略担当の参謀たちを監視する方が、よほど役目としては良いでしょうに。」

 艦橋に向かうカリストを見送りつつ、ヘルメスがそう呟く。

 「ルドルフ参謀、居ますね!?」

 「はっ!」

 幕僚を務めるルドルフ中尉が物陰から現れる。彼は優れた知略を持ち合わせているわけではないが、このように隠密行動のスキルを持ち合わせているためにバイブル家に重宝され、家臣としてヘルメスの護衛と参謀を務めている。

 「ハーディサイトは恐らく戦死です。北海道の敵駐留部隊に連絡を。」

 戦死は確定していないが、しかし生きていたところで大局的には問題ないであろう。あれだけの損害と武名の失墜を受けては、しばらくは宇宙への浸出を断念せざるを得ないだろうから。

 「どのような連絡を?」

 「大人しく撤退し、その地を我が軍に引き渡しなさい、と。」

 それはもはや実質的な退去勧告である。

 「撤退するでしょうか?」

 ルドルフ中尉が問う。わざわざ手に入れた土地である。大将を失ったからといって易々手放せるものではないだろう。

 「100兆円までなら対価として払います。しかし、普通に考えれば撤退しないでしょうね。うまく交渉するように。」

 「は?おっしゃられるように、ムリなのでは……」

 不可能だろうと言ったことをうまく交渉しろと言うのは、流石にルドルフ中尉には荷の重すぎる任務である。それほど優れた知略は持ち合わせていないのであるから。

 「馬鹿ですか?別に敵駐留部隊が、実際に撤退する必要はありませんわ。対外的に、我が方が平和的解決を求めていることが伝わればいいのです。」

 「なるほど、わかりました。」

 要は擬態だ。

 「いいですね?哀願するのですよ。いかにも悲しみながら、慈悲を請うような形で交渉しなさい。」

 「はっ!」

 哀願したところで交渉が成功するなんてありえない、と、ヘルメス少佐は考えている。これだけ痛めつけた伊達幕府を元の北海道に戻せば、たとえ伊達幕府の地球方面軍が甚大な被害を受けてはいるとは言っても、危険極まりないとしか言いようがないからである。伊達幕府には木星圏に4000機を超えるサイクロプスがあることから、少しだけ地球圏で耐えれば、100や200のサイクロプスを輸送し、軍を再建するなど容易い事であるからだ。それどころか1000機規模の大軍が送り込まれてくることもあり得る。そう考えれば、容易には復帰できないように、簡単に帰れる場所は作らせないようにしなければならないのである。それは、カリスマであったハーディサイト中将が居ないのであれば、なおさらの事であった。従って、北海道が返還されることなどまずありえない。そこで重要となるのは、伊達幕府が正義を示すことであった。実質はどうであれ、このパフォーマンスなくしては政治工作など出来たものではない。

 「それと……先の条件が受け入れられない場合、停戦交渉を行いなさい。相手も幾等かは弱気になっているはずですしね。仙台の安全を保障させるのです。こちらは本命ですからね、失敗は許しません。」

 「了解しました。」

 最初に無理な提示をしておいて、後に妥協した提案をする。いたって普通の交渉方法だ。これは恐らく成功するだろう、というのがヘルメスの見解である。相手も体勢を立て直さなければ戦いどころではないだろうし、もしハーディサイトが死んでいれば、政権交代に時間がかかるであろうから。

 「ルドルフ参謀!」

 「はっ!」

 「これらの推移は、私の義父の火星方面軍司令マーク・クラウン中佐と、木星方面軍司令ヨシノブ・モガミ中佐、及び先の幕府執権イーグル・フルーレ様にご報告しなさい。」

 ヘルメスの指示する三名は、煮ても焼いても食えない伊達幕府の重鎮である。マーク・クラウン中佐は高齢ではあるが独立戦争以降に活躍した指揮官である。息子のカナンティナント・クラウン中佐と同様に、政治外交及び経済、そして戦略指揮及び兵站に優れた人物である。伊達幕府の本拠木星から遠く離れた火星方面の軍事力は少なく、採掘用に購入した資源衛星を僅かに持ってそこに駐屯軍を置いている程度の勢力ではあるが、それだけに防衛戦能力と兵站維持能力、そして外交力が求められるのがこの火星方面軍司令の役割である。また、ヨシノブ・モガミ中佐は、先の独立戦争でイシガヤ家を支えたレイジ・モガミ長老の嫡男である。彼もまた方面軍を指揮するだけはあり、能力的にはクラウン中佐達と同様に政治外交と戦略に優れた人物であった。

 「了解しました。」

 「また、正確な情報が揃い次第、逐次情報はお送りしなさい。特に経済を握るCPG関連各所、同盟者関連各所へは優先してお知らせするように。」

 「わかりました。」

 ルドルフ中尉が頷く。

 「後は任せます。」

 「おまちください。」

 が、後を任せようとしたヘルメス少佐を呼び止める。

 「なんです、ルドルフ参謀?」

 ヘルメスは怪訝な顔で彼を見つめる。ルドルフから話があるという事はかなり重大な内容であろうからだ。

 「実は……不審な情報を2つ受けております。」

 「なんですか?」

 「1つ目は、木星の動向がおかしいことです。ヘルメス様の家臣である、工作員数名が消息を絶っています。2つ目は、イーグル・フルーレ様から通信を受けました。『何かあれば、頼む』と。」

 「……わかりました。イーグル様には、『ご心配には及びません。フルーレ家とバイブル家の親しい仲ですし、ヘルメスは幕府の為に尽力することでしょう。』と、お伝えしなさい。それと、木星の動向、よほど注意が必要ですわね。諜報員を増やしなさい。また、この件については他言無用です。」

 「了解しました。しかし……本当にそのようにお伝えしてよいのですか?」

 ルドルフ中尉がそう言うのは、イーグル・フルーレに謀反の可能性があるからである。仮に謀反でなかったとしても、明らかに異常事態であった。

 「……ルドルフ中尉、余計な口出しは無用にしなさい。」

 「はっ!申し訳ありませんでした!」

 まさに動乱の気配である。



 限りなき宇宙

 限りある人生

 望むべきもなく

 ただ、つらつらと生きる

 ただ、時に……

 世界の覇権をこの手にせんと

 埒もないことを考えては

 まどろみの中に、遊ぶ

 夢か現か幻か……

 それを知るべきもなく……………

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