第03章 第2次釧路沖会戦 03節
思いおく、言の葉なくて……
釧路港に伊達幕府の特攻艦隊が艦列を組む。最後部に双海級戦闘空母『双海』、洞爺級護衛艦『洞爺』『月見』『渚』『氷雨』『鳴門』、左翼後方に神威級高速巡洋戦艦『神威』『靖国』『護国』『敷島』、中央に超絶弩級戦艦『大和』、右翼前方に神風級ミサイル重巡洋艦『神風』『御旗』『楯無』。先の海戦での残存艦を含むため、損傷した艦も散見されるが致し方ない。
「大和帝国とも揶揄された伊達幕府の艦隊は、今やこんな数か。」
そのように嘆息するのは執権たるイシガヤである。亜細亜最強と謳われた艦隊も、今や無惨な姿を晒す。これでは太平洋戦争末期の様相である。無理もない話だ。
「大和はまた沈む。」
「しかし我らは日の本の民です。日は沈むともまた昇るものですよ。」
イシガヤの嘆息にそう切り返すのは総司令シルバー・スターである。別段夫のイシガヤを励ましているわけではなく、そうでも言っていなければこんな負け戦やってられない、というようなものか。
「釧路沖は私、シルバー・スターが向かいます石狩湾へは、セレーナ・スターライト少佐、カリスト・ハンター大尉を配備します。また石狩平野では、カナンティナント・クラウン中佐、ヘルメス・バイブル少佐が備えます。旭川にはヨシノブ・オニワ大尉、参謀本部にはツナムネ・カタクラ大尉。フジユキ・クキ少佐、ミン・リ少佐は木星に離脱させます。分散させれば誰かは生き残るでしょうから、幕府は安泰でしょう。」
「その中に俺は含まれていないわけだが。」
シルバーが列挙したのは伊達幕府の軍を預かるに足るであろう将軍の名前である。
「貴方が総指揮を取るとなると不安ですからね。」
「ぇー」
「それにしても、大和が戦列に加わったことは幸いです。全長約800m、最高海上速力60ノット、艦首拡散ビーム砲、艦首ビームラム、3連装46センチ高速連射型レールガン3基、3連装28センチマシンキャノン2基。多弾頭魚雷発射管6基、対空機銃座多数。装甲は重装甲艦の2倍以上で対ビーム用バリアとと対ビームコーティングが施されている。単発の火力は並の超弩級戦艦ですが、速射性能が段違い。オーバーキルをせずに一対多で戦える戦艦と言うのは、この戦況下では好ましい。」
実際問題この戦艦1隻にどれだけの資金をつぎ込んだのかは知らないが、この戦艦の装甲を貫ける実弾砲はそうそう存在しないであろうし、その連射速度は数十隻の戦艦の砲火に並ぶほどである。対艦戦では無敵と言って過言では無いだろう。
「さて……艦隊の準備は整ったようですね。私はサイクロプスのアマテラスから全軍の采配を執ります。」
アマテラスは日本最高の女神の名前を冠する、伊達幕府最強のガディス・システム搭載機である。ましてや女神補正が高い上に最高のパイロットでもあるシルバーが載るのであれば、まさに最高の機体と言えるだろう。圧倒的な装甲、圧倒的な機動力、そして熱核レーザー砲……だが、この1機で戦況が覆るわけでもない。
「タカノブ、また蓮の上で逢いましょう。」
「銀、願わくは、またこの世で逢いたいものだ。」
だが、戦況を覆す必要などないのだ。
伊達幕府艦隊が釧路港をたったとの情報を得たハーディサイト中将は、偵察哨戒機を展開しその奇襲に備えていた。既に大半の戦力を失った伊達幕府が彼らに対抗するとしたら、何らかの奇襲戦を置いてほかに無いからである。また、内心では即時釧路港に攻め入りたかったものの、敷設されているであろう機雷を確認しつつの進軍となったため、思ったより時間が掛かっていた。実際、機雷や自動発射式の魚雷は多数見つかっていたが、この慎重さのおかげで被害を出さずに今に至っている。
「ハーディサイト中将、敵の艦隊が接近中です。」
そのハーディサイト中将に索敵手がそう報告する。既に旗艦の正面モニターには偵察機からの映像が映し出されている。
「何だあの黒い巨艦は……」
奇襲ではなく艦隊を率いてきた伊達幕府の軍勢に拍子抜けすると同時に、その見知らぬ戦艦を見てハーディサイト中将が疑問の声を上げる。見るからに伊達幕府の有する巨大空母双海級に匹敵するであろう船体でありながら、空母でなく戦艦の体をしている謎の艦艇である。どれほどの戦力を有するかは不明であるが、危険であろうことは確実であった。
「データにはありませんが。」
「艦隊を展開。敵は儂の首を狙ってこよう。縦深に陣を敷き、敵の攻撃を防ぐ。また、敵の射程は長いと推察される。接敵すれば敵との距離を詰めよ。」
「承知しました。ビーム撹乱幕は如何しますか?」
「必要無い。奴らの主兵装は実弾兵器であるから、ビーム撹乱幕はむしろ友軍のビームを減衰させ邪魔となる。」
そういうハーディサイトは先の海戦に学んだというよりも、かつて知る伊達幕府先の執権イーグル・フルーレから直接聞いた話から取る対策である。そもそも伊達幕府が実弾兵器を好むのは200年程前の伊達幕府王族が経験した戦争に起因するもので、ビーム撹乱幕によってその要塞砲を封じられた事をいまだに気にしている事に拠る。実弾兵器は遊爆の危険もあり、また重量物であるため艦や機体の速度を低下する恐れもあり、またビーム砲に比べて容積あたりの弾数が著しく劣る欠点があるが、重量や炸薬に拠って必ず何らかのダメージを与える事が出来る事が強みである。長期戦等には不利である事を指摘すれば、伊達幕府の戦闘教義に長期戦など無い、と、豪語した彼の姿を以ってすれば、この大戦艦もまた同様のコンセプトで作られているに違いないのだ。
ハーディサイト中将が伊達幕府の攻撃に備える一方、伊達幕府側もまた突撃の準備に移っていた。既にハーディサイト艦隊とは射程圏間近と迫っている。
「総司令シルバー・スターより、全軍将兵に告げる。……これより最終決戦に移行する。」
伊達幕府軍の戦力は全体的に射程も長く、特に大和の有するレールガンの射程は長く、今ほどハーディサイト軍を射程圏に捕らえたところである。順当に考えればこのまま射程圏外からの砲撃戦を開始し、1隻でも多くの敵艦を削ってから艦隊特攻に移るべきところだ。事実、距離を詰めるべく魚鱗陣での進軍を続けるハーディサイト軍に対し、雁行陣に組んだ伊達幕府軍は、鋭鋒をかわしつつ砲撃をするような陣形である。が、
「全艦最大戦速!全艦、穿て!」
艦隊に、総司令であるシルバーの声が轟く。いきなりの特攻である。
「最大戦速?……大和、砲撃準備しつつ最大戦速に移行っ!」
その命令にイシガヤが慌てて従う。
「イシガヤ少佐、神風級ミサイル戦艦を追い越しますし、後方の双海から距離が離れますが!?」
「構わん、進め!」
幕府最高の戦術家でもあるシルバーの命令である。それにイシガヤ程度が異議を唱えたところで意味は無い。
「了解!」
「全主砲用意っ!全魚雷発射管開けっ!艦首拡散ビーム砲準備っ!」
「敵艦隊急速前進を開始!」
幕府軍の特攻開始に気がつかない東南亜細亜連合では無い。その情報は即時総司令たるハーディサイト中将に伝えられる。
「慌てるな。装甲艦を我が艦の前方へ移動せい。全艦砲戦用意。」
落ち着き払ってそう命令を下すハーディサイト中将だが、しかし内心に動揺が無いわけではない。普通に考えれば東南亜細亜連合の方が砲撃戦では有利である。艦艇の数だけ見ても圧倒的差があり、それに伴う砲門数はやはり同様に伊達幕府軍のそれを超越している。伊達幕府の巨艦に搭載されているであろう砲の射程や威力は我が方に勝るとしても、これだけの砲から釣瓶打ちを食らって耐えられるとは到底思えない。その中での突撃である。普通であれば、幕府軍は距離を取ってアウトレンジ攻撃を狙うべきなのだ。
「索敵手、敵の軍旗は?」
「は?」
突然軍旗を聞かれた索敵手が混乱する。
「敵艦の艦長は誰かと聞いている。伊達幕府軍の主要将校は、独自の軍旗を掲げているはずだ。」
「確認します……。の巨大戦艦に『青地に日輪とイルカに南無観世音菩薩』、です。」
「イシガヤの軍旗だな。他には?敵空母双海に『白地に赤丸』または『竹に雀』は翻っていないか?」
ハーディサイト中将が挙げた軍旗は伊達家の軍旗である。シルバーが指揮をしていれば必ず揚がっているはずのものだ。
「いえ、ありません。」
「では誰の旗がある。」
「『貂の皮』、海軍師団長ワキサカ大尉の旗のようです。」
「ワキサカ?この機にそんな三下を使う?」
ワキサカ大尉とて世界の艦隊指揮官の一人としては優秀な部類ではあるが、伊達幕府の中ではいくら霞む将校である。この決戦に置いて使うには、些か能力不足だ。
「なにか?」
「指揮官がイシガヤであれば、特攻の恐れがある。敵の突撃に備えよ。また、総指揮官が別の者の可能性がある。探せ。」
「はっ!」
同じくイシガヤにしても突撃能力はかねてから狂将の二つ名を取る程度に強力ではあるが、ここで捨石にするとは些か疑問を持つハーディサイトであった。
「敵との交戦距離に到達。」
ハーディサイトの思惑などいざ知らず、幕府軍のオペレーターがイシガヤにそう述べる。大和の速度を以ってすれば距離を詰めるなど容易いことである。
「艦首拡散ビーム砲、準備。敵の射程に入り次第、撃つ。」
「敵の射程まであと二分です。しかし敵の装甲艦が正面に展開……これでは…………」
イシガタにそう述べる索敵手が沈鬱に伝える。装甲艦に施される防御は物理的なものだけではなく、ビームに対するものもある。これに対して艦首拡散ビーム砲を撃ち込んではその威力がかなり減衰されることは明らかであった。
「構わん。ビームが減衰したところで破壊力は充分ある。神風はあとどれほどで射程に入る?」
「1分です。」
「神風には大和砲撃を待つように伝えろ。被ると無駄だ。」
神風級ミサイル戦艦は対艦ミサイルの一斉射撃にある。もしこのミサイルを先行して発射してしまった場合、大和のビームで撃ち落とされてしまう恐れがあるからの指示である。
「シルバー大佐より通信。敵サイクロプス隊が発進すると思いますが、構わず突撃しなさい、との事です。」
護衛戦闘機すらないなかでの突撃である。もっとも、大和の弾幕の前では味方戦闘機も退避せざるを得ないし、散開して退避すれば恰好の的ではある。
「承ったと伝えろ。」
「敵艦発砲!」
イシガヤの眼前には歴史的にも稀に見るほどの大艦隊が待ち構えている。それに対して友軍は敗残艦隊を集めた貧相な艦隊である。それは絶望的な光景であるが、イシガヤの内心は心躍るものであった。死に向かって猛進するというのは、或いは大和民族にとって最高の美酒と同じなのであろうか。
「艦首拡散ビーム砲、穿てぇぇええっ!!」
イシガヤの咆哮の直後、強大なビームの束が大和の先端より吐き出される。海を割るほどのその光景は花を咲かすほどに鮮やかであった。
限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心みじかき 春の山かぜ
蝦夷の春は遅く、
大山桜の満開にはまだ早い。
それでも……
ほのかに若い花が開き、
この枯れ山野を微かに彩っている。
ただ、この春は……
東南の風が激しく荒び
この小さき花弁が
どれ程舞い散り海底へと沈むものか
僅かに浮き残る花の舟はいかほどか
東南の風の思惑次第、だ。
「続いて神風級によるミサイル斉射がはじまります。神風級減速!」
神風級が一度に20発以上のミサイルを、まさに弾が尽きるまで撃ち続ける。先のビームに加え、ミサイルの着弾でこの釧路の海上が桜舞い散るように春めく。狂い咲きの花であった。
「大和はなお直進せよ!」
その死兵をどうして止められようか。
「損害は把握できたか?」
伊達幕府軍のビーム攻撃を受けたハーディサイト中将は、その被害に驚嘆しつつも、冷静にその被害状況の確認を行っていた。もし彼が凡将であったならば、この大損害に右往左往の事態になったであろうが、戦歴を重ねた彼にとって、想定外の敵の攻撃の経験は何度となくあった普通のことであった。
「ハーディサイト中将、報告申し上げます。装甲艦6隻轟沈、巡洋艦2隻轟沈、駆逐艦4隻轟沈。」
装甲艦6隻はハーディサイト中将の持つ防衛用艦艇の主力の大半である。痛手ではあるが、しかしそれであの攻撃を防げたのであるから、良しとするしかない。
「装甲艦の大多数が沈んだか。」
旗艦撃沈は免れたが、しかし第二射を受けては受けきれないだろう。それほどの火力である。
「残る装甲艦二隻をこの艦の前方へ。それ以外は少しずつ中央に寄せながら、陣形を維持しつつ砲撃を継続。敵に第二射を撃たせる余裕を与えるな。」
防げないなら、撃たせなければいい、ハーディサイトはそう考える。あれだけの砲は充填に時間が掛かる事は明白であり、砲撃を受け続ければ満足にエネルギーチャージなどできないだろう。伊達幕府には金に任せて建造されたオーパーツのような性能の兵器が多々あるといっても、流石に、である。
「ハーディサイト中将、敵の巨艦にこちらの砲が通りません!」
その報告にハーディサイトは苦虫を噛み潰したような表情をする。それだけの装甲、どれほどのコストをかけて作ったものか聞いてみたいものである。平然と戦艦数隻分、などという回答が得られるであろう。
「砲手に通達。戦艦の脇腹は装甲が厚いのだ。甲板を狙え。」
「しかしビーム砲では直線弾道が多く……」
「それでも艦橋と砲塔は狙える。ミサイルも使え。サイクロプス、護衛戦闘機各隊発進。イシガヤめ、殴り合いとはなんと無粋な……」
会戦などと気取った戦いではない。これではまるで、生死を掛けた手負いの猛獣との戦いである。