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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0271年6月) ソラネとマーズ・ウォーター社<完結済み>
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外伝 ソラネとマーズ・ウォーター社 04節

 武蔵野は けふはな焼きそ 若草のつまもこもれり 我もこもれり



 それは、艦の格納庫が、海賊機のサーベルでこじ開けられた刹那、である。

 「勝手にっ!」

 赤と白を基調とした、線の細い女性型に見えるサイクロプスが淡光を放ちながら宙に飛び出す。宇宙空間において、女神かとも思える一瞬の美しさを魅せるその機体は、コスモ・ガディス、つまりソラネの乗っている特別なサイクロプスである。

 「勝手に動きます!」

 悲鳴をあげながら必死に説明をしようとしている彼女であるが、全く説明になっていないままにその機体の肘窩の先に搭載されたアームガンが敵のコクピットを撃ち抜き、確実にとどめを刺すようにその同様に小手の部分に装備されたアームナイフによって、敵機の急所を穿つのである。

 「勝手、なっ!なな……うぅ……」

 ソラネ自身はGに耐えきれなかったのか、嘔吐の音の後に声は消えるが、コスモ・ガディスはお構いなしにアームガンの乱射を続けるのだ。それに恐れをなした海賊が艦から離れるが、チャンスである。

 「今のうちに撃破しろ!」

 ロムルスの砲撃が敵機を掠める。先ほどのレールガンに持ち替えての砲撃だったのは、ソラネの危機に慌ててのことであろう。射程と威力はそちらの方が上だからだ。撃墜には至らないが、その敵機の脚部と背面スラスターは吹き飛びまともな推力を得られないまま虚空を流れる。

 「他も!」

 だが、またしても砲撃で動きを止めたイシガヤ機に海賊衆の砲撃が集中する。如何に高度に訓練を受けているとはいっても、実戦経験は大してないのがイシガヤである。

 「若!」

 部下の一人が彼をかばい、敵機を一機仕留めるが……



 降りしきる花火の雨

 傘を差すとも雫は墜ちて

 雨滴はその袖を濡らすものか

 華火と散る彼岸花の朝露は

 万華鏡の走馬灯のように

 そしてその儚いその魂は

 滑り落ち、消えて逝くのだ



 「こん畜生がぁ!」

 イシガヤのロムルスには、敵味方の爆散した破片が突き刺さる。当然戦場であれば味方の死は発生するものだが、戦場にまだ不慣れな彼である。

 「ほとんどのカメラが死んだか!くそが!」

 ブラックアウトしたコクピットの中で叫ぼうとも、何がどうなるものでもない。ともかくもシールドを構えて海賊の攻撃を防ぐことに専念するが、如何に専用機であっても被弾数が多ければ、弱い装甲の部分や内部の部品から徐々に破壊されてしまうものである。

 「えぇぃ!……南無観世音菩薩!」



 怖恐軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散 妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念 念念勿生疑



 「イシガヤ会長を救い出せ!」

 イシガヤの搭乗するロムルスの破損が酷くなり大破も間近と思えた時、アークザラットが率いるCPGのエウロパ防衛隊が、2小隊を展開し最大戦速で急速に迫る。今回、イシガヤはマーズ・ウォーター社長の立場で動いてはいたのだが、同時に彼はCPGの名誉会長でもある。それは最大株主であるイシガヤ家当主が代襲しているものであり、現時点においては名目上のものに過ぎないレベルの役職ではあったが、使えるものは使う。それがアークザラットのやり方である。正当に受けているエウロパ防衛任務にかこつけて、気を利かせて自身も周辺に待機していたのであった。誤算があったとすれば、思いのほか早くイシガヤが開戦してしまったことと、一定の距離を置いていたために救援に時間がかかったことであった。

 「助かるが、誰だ!」

 「アークザラットです。CPGのエウロパ防衛隊を展開しました。」

 「すまない!」

 モニターが死んでいるため通信のみで問い合わせていたイシガヤに、アークザラットが直接応える。これは彼が気を利かせての事だ。知らない人間から通信を受けるよりも、知っている者からの通信の方が圧倒的に安心できるに決まっているのだから。

 「海賊に降伏を呼びかけますが、よろしいですね?」

 「構わない。その辺りに漂っているやつと、ソラネのガディスも回収してくれると助かる。」

 「承知しました。」

 もはや完全に趨勢は決した。援軍が無ければ、海賊はイシガヤなどを人質に艦を奪うなどの可能性もわずかとはいえ残されてはいたが、戦力差が大きくなりすぎてそれは不可能である。イシガヤ機はボロボロと言ってもそうすぐに捕まるほどの損傷をしているわけでもなく、ソラネは気絶していたとしても自動AIシステムが応戦する。残る黒脛巾の1機もまだ応戦は可能だ。逃げ延びる方法はもはやなく、そうなれば金で雇われた海賊は脆い。ただ、死刑前提では敵も必死になるため、アークザラットは司法取引による減刑を条件に、海賊に降伏を呼びかけたのである。



 「無事、御屋形様をお救い出来ましたが、今回は逸り過ぎでしたね。」

 アークザラットは、司令室にイシガヤを呼び、そう話しかける。

 「その通りだ。CPGにも借りを作ってしまったから、計画がうまくできるかもわからないな。」

 「CPGへの借りは、まぁ大丈夫でしょう。結果としては失敗点が多いですが、CPG経営陣としてみれば、御屋形様が置物ではなく一筋縄ではいかないであろう、という印象を受けたかと思われます。その分抵抗も増えるかと思いますが、出せる膿は出さざるを得ないでしょう。」

 そう述べるアークザラットの目は、猛禽類のように鋭いものだ。普段は柔和に見える彼ではあるが、決して油断ができる甘い男ではないのであろう。

 「そう言ってもらえると助かる。」

 イシガヤはそれにやや安堵してそういうが、

 「しかし御屋形様。今回の件の失敗について、ご自身で理解していることを教えてください。勇猛さは必要ですが、蛮勇の将であれば、我々も考えなければならないことはあるのです。」

 同時に、イシガヤに対してもその目は向けられるのである。

 「……そうだな。まず、充分な兵量差が無いのに安易に仕掛けたところだ。機体性能やパイロット能力で勝ると考え、相手の戦力を過少評価した。」

 「その通りです。」

 戦闘の基本は、敵よりも多い兵力で敵に当たる事である。もちろん兵や兵器の質も関係するところではあるが、数負けしている状況で安易に仕掛けて良いものではない。

 「……次に、敵の母艦を最初に撃沈してしまったことだ。」

 「それもその通りです。」

 敵を攻める場合、どこかに逃げ道を残しておかなければ、戦うしか生き残る方法のない敵が死兵と化し、能力以上の力を発揮するものである。イシガヤの失敗は海賊が逃亡する方法を喪失させてしまったことであり、アークザラットが司法取引を持ち出したのは、海賊に逃げ道を作るためである。

 「……それ以外だと、用兵が拙かった。俺の機体は頑丈なのだから、防御は自分でやることに集中して、部下の機体を縦横に動くように指示した方がよかっただろう。それと、射撃時に機体停止してしまったことも良くない。」

 「黒脛巾が御屋形様の防御に回ったことはわかる話ですが、それでも指揮を取るのが指揮官の役目ですからな。それに射撃時停止の件は、完全に失敗です。」

 「最後に、一番大きな問題は、大事な部下を失ってしまった事だ。戦闘をするという事は、そのことをちゃんと踏まえて考えるべきだった。」

 些か沈鬱な顔でイシガヤが答える。ただでさえ信頼できる部下が少ない状況であるのに、彼を守ろうとした忠義の部下を1人でも失ったことは大きいことだ。そして、戦端をひらくという事は、部下が死に得るという事である。それを安易に行ったことは、彼の最大の失敗であろう。

 「兵は国の大事、存亡の道、察せざるべからず、と、孫子の序文に言いますが、まさにその通りです。指揮官たるもの、兵の死や民間人の死はそれなりに踏まえて行動せざるを得ないものです。悲しむべきことですが、兵を死なす、民を死なす、という事は、それはそれで指揮官の役割ですから、やらなければならないときにはやるべきです。しかし、安易にそれを行ったことは最大の失敗ですな。」

 「ぐうの音も出ない。」

 犠牲を払うべき時に犠牲を払えない指揮官や君主は無能である。少数の犠牲を活かして、より多い人々を救わなければならないのが、軍事指揮であり政治なのである。だが、安直に犠牲を強いる指揮官や政治家には、兵も民もついてはこない。普段から犠牲を抑えること心がけ、兵や民に信頼されていてこそ、有事に犠牲を強いることが出来るようになるのである。犠牲ばかりを強いて居れば、いずれ後ろから撃たれるのがオチであろう。

 「しかし、御屋形様については問題点を理解したご様子。今のところは良しとしましょう。……それと、ソラネ殿を連れ出したことは正解だったかもしれませんな。」

 「どういうことだ?」

 「お屋敷周辺に不審者が居りましたので、警備の者が捕らえたとの報告があります。お屋敷に残られていてもおそらく大丈夫だったとは思いますが、安全とは言い切れませんからな。」

 「それは……。しかし捕らえたのか。助かる。」

 戦闘の失敗に意気消沈していたイシガヤであったが、その報を受けては"瘴気"を取り戻したかのように怪しく笑むのであった。




星海新聞 宇宙世紀0271年8月2日

 マーズ・ウォーター社幹部の死亡多数も、経営には影響無し

 先月から伊達幕府領エウロパにて、マーズ・ウォーター社幹部の事故死が多発している。役員2名の一家が旅行中に事故死したことに加えて、管理職6名が相次いで事故死したと伝えられる。経営には影響はないとのニュースがリリースされているが、併せて、マーズ・ウォーター社社長を務める、イシガヤ家当主のタカノブ・イシガヤ様より、社員に対して交通規則や法令を遵守し、事故を発生させないよう気を引き締めて生活せよとの旨が一斉に通知されたと伝えられる。



 「これで、マーズ・ウォーター社は掌握できましたな。」

 イシガヤ邸にて、アークザラットがイシガヤを前にそう述べる。

 「そうだな。人事転換も行い、敵対的なものは閑職に追いやるなど、どうにか掌握に成功したといえるだろう。アークザラットと黒脛巾達の協力のおかげだ。皆に感謝する。」

 つまり、海賊をけしかけたり、イシガヤ家周辺にうろついていた不審者を送り込んだ者達を、イシガヤがその手勢を使って粛正したのであった。当然、状況を理解している社員達は戦慄し、その進退について考えるべき状況になったのだが、社員の混乱を抑えるべく、イシガヤはすぐに人事案を発表。友好的な者は当然として、中立的な者や敵対的ではあったが一般的に許容される程度の者なども含めて、昇格等の人事を行い鎮静化を図ったのである。これは、劉邦が過去に敵であった雍歯を真っ先に昇格させて、家臣団の論功行賞に関する不満や猜疑心を鎮静化させたことに倣ったことではあるが、この時代でも当然有効な人心掌握方法である。

 「しかし若、油断は禁物。まだCPGの事も残っております故、ご当主としての鍛錬を怠らぬようになさいませ。」

 一方のモガミがそう述べる。実際、イシガヤ家は今回の事でマーズ・ウォーター社を掌握したとはいえ、公然の秘密として社員を粛正したことは知られてしまっている。当然ながら味方の他に敵も増えているのだから、油断しては命取りなのである。

 「その通りだな。今回の一連の事を肝に銘じて、俺の旗には『南無観世音菩薩』の文字を入れることにする。」

 イシガヤがそういうのは、自らの指揮の稚拙さで失った兵、粛正した社員、そして戦場で死を覚悟したときに出てきてしまった言葉を忘れぬようにするためである。その文字は本来救いを求める言葉なのであろうが、或いは死を嘆き憐れむ言葉なのであろうが、彼のそれは、死に向かうための言葉なのである。

 「ともあれ、これでいったんは落ち着きますので、おめでとうございます。」

 「そうだな。だが、ソラネにも今以上に働いてもらわないとならない。非常勤とはいえマーズ・ウォーター社の役員であり、俺の取次役だ。この木星での成果で、地球に戻った時に立場をどうするか決めることになろうから、良く務めてもらいたい。」

 「承知いたしました。」



 宇宙世紀0271年。この年より、木星の穀物庫を一手に握るイシガヤ家の権勢復活が始まる。それは、黒脛巾という私設工作部隊を用いた粛正という恐怖と、エウロパのマーズ・ウォーター社という生命維持にもっとも必要な穀物庫を掌握した力量、そしてそれに裏打ちされた莫大な財力によるものであった。古くからイシガヤ家に仕える忠義の者達は、このイシガヤの行動を称賛し進んで傘下に加わり、イシガヤ家を食い物にしていた新参の者は戦慄に震える。これは、戦乱の絶えぬ時代の中、激しく火花を散らす経済戦争の始まりであった。

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