第03章 第2次釧路沖会戦 01節
時は石狩会戦からいくらか遡る。
「石谷関白太政大臣藤原隆信、そちはこれより、朕の申した通りに行動するが良い。」
そのようにイシガヤに申し伝えるのは、当代の今上天皇、名を凪仁と言う。
「御意。しかし陛下、最期に一合戦はお許し頂きたく。今は私と将兵の命に代えても民を逃がさねばなりません。」
「止めても無駄であろうな、良かろう。だが、もし死んだとしても化けて出ぬようにな。」
「御意。」
現状において日本協和国に属する伊達幕府は、新地球連邦政府東南亜細亜連合の盟主ナイアス・ハーディサイトの軍勢の侵略を受けている。元々東南亜細亜連合と伊達幕府は比較的親しくしており、今回も東南亜細亜連合による日本国領海付近での軍事演習の通達があり、日本協和国はこれを許諾しているのである。が、実態は伊達幕府侵略の為の集兵であり、友好国であろうという油断が伊達幕府にとって命取りであった。
「御屋形様、お戻りで?」
そう、小柄な少女に呼ばれた青年は、タカノブ・イシガヤ……軍階級は伊達幕府軍軍団長を務める少佐ではあるが、日本協和国伊達幕府の執権を務め、朝廷においては最高官である関白太政大臣を務める人物である。
「あぁ。私の可愛いソラネ、退去を急げ。」
イシガヤがそう単刀直入に指示を与えるが、それもこれもこのソラネという少女がイシガヤ家の家宰を勤め、基本的な情報はすべてその私設諜報機関である黒脛巾を束ねて掌握しているからである。
「陛下はいかがなされると?」
「今上陛下は仙台の城を動かん。東国・西国の兵を御所の仙台城に集兵中であり、皇軍も展開中だ。最終的には我が軍の残存部隊も合流する。」
伊達幕府軍を除く日本協和国の軍勢は、皇軍が1個軍団、東国・西国の戦力が計4個軍団となるが、今上天皇の采配と知謀もまた恐るべきものがある。当代の天皇凪仁陛下は、早くから帝王学を修め、また多くの外国諸勢力と独自に交流がある。そして国内政治家からは内政について聴取し、幕府、東国、西国の三国の意見を纏めており、その内政知識は1国の首相に勝るとも劣らないものだ。さらに熟練の諸将より軍略、戦史について講義を受け、盤上の軍事演習については類い稀なる成績を納めている。伊達幕府の先代の執権、イーグル・フルーレなどは、凪仁天皇が玉体にあらざれば、娘を嫁与えて王位と執権職を譲りたいほどだ、と、嘆いたものである。それだけの逸材であるから、イシガヤとしては今上天皇を地球圏に放置する事に関してなんら不安視していない。そしてまた、伊達幕府の本拠木星圏には凪仁天皇の第1皇子である雪仁親王が居るため、仮に玉体に何が起こっても何とかしようと思えば何とでもなるのである。
「そうですか、一先ずは安心ですね。」
それらの事を良く理解できるソラネはそう言う。安心と表現したのは、イシガヤが愁う必要が無いからだ。
「あぁ。」
「イシガヤ家臣の退去は完了しました。後は機密書類の処理だけです。」
「苦労をかける。ソラネ、必ず指輪と内々の結婚式の写真、その他私や諸王族と写っている写真類を忘れるな。身寄りもなく、表向きは侍女長のお前にとって、それが身分を証明するものになる。また、換金可能な貴金属は必ず持つように。何かあっても金には困らんように。我が家の支配する木星圏に辿り着けば、私の私財の中からお前が自由に引き出せるものは多々あるが、地球圏においてはそうやすやすとは行かない。気をつけろよ。」
「はい。御屋形様……タカノブは……」
「天のみが知る事だ。イシガヤの家の事はお前に任せる。」
些か心配げにそう言い澱んだソラネに、イシガヤはそう返す。生き残れるのか生き残れないのか、それを今考えても無駄な事だからだ。
「クスノキは?」
イシガヤが問う。
「現在、諜報部隊黒脛巾を指揮して情報収集中です。」
「あれは死ぬ事はあるまい。私に何かあれば、イシガヤの血を引くクスノキがイシガヤを継ぐだろう。」
クスノキと呼ばれた人物は伊達幕府軍中尉を務めるマサノブ・クスノキであり、合わせてイシガヤ家の黒脛巾の頭領を務めている。古く言えば数代前のイシガヤ家党首の落胤の流れを組み、イシガヤ家においてクスノキ家は代々重要な役職を歴任している。当代のマサノブ・クスノキはタカノブ・イシガヤの少し歳の離れた兄のような存在でもあり、筆頭級の重臣でもある。
「オニワは?」
「ヨシノブ・オニワ様は旭川に向かわれました。」
「そうだった。オニワはこのまま地球に残る事になるだろう。準王族として国の顔になってもらう必要がある。ただ、その前に旭川に隠匿していた弩級戦艦朝凪、夕凪を稼動させねばならんからな。」
ヨシノブ・オニワと呼ばれる人物は、イシガヤ家の宿老を務める準王族オニワ家の次期当主であり、伊達幕府軍大尉を務めている。
「それとソラネ、私の身に何かあれば、我が妻シルバーか、友人のセレーナに庇護を請え。間違ってもクスノキやオニワに従うなよ。御家争いになって命が危ないからな。」
マサノブ・クスノキ、ヨシノブ・オニワと、タカノブ・イシガヤは兄弟のように育っているが……彼らに死後頼れないのは皮肉だ。自分に息子等がいればまだしも、御家断絶になれば妻達は跡目争いに巻き込まれる。順当に行けばイシガヤ家の跡目はクスノキが取るにしても、王族としての順位から言えばオニワ家が優先されるだろう。それらのごたごたの中で、当然イシガヤ家の財産も合わせて争いの対象になることは言うに堅くない。ソラネにはそのような苦境を味合わせたくない、というイシガヤの内心であった。
「……承知しました。それと、御方様達ですが……御正室のシルバー様は、最期の決戦に備えてサイクロプスをお持ち出しになりました。既に釧路港に御着きになっているはずです。」
「サイクロプス……アマテラスだな。」
「はい。」
シルバー大佐には専用機エオスがあるが、先の釧路沖会戦で損傷して居ることに加え、アマテラスの整備が間に合った為是を使うものとしたのであろう。特にアマテラスについては特殊兵装が装備されており、多対一での対艦戦闘でこそ真の性能を発揮し得るものである。
「シルバー……ギンの事はいい。伊達の当主として、軍司令としてやるべきはやらねばならん。」
イシガヤがそういうのも当然で、王族であり総司令としては、自分の命や家族の命などより優先するべきことが多いのだ。とやかく心配した所でどうしようもない。
「それより他の者は?」
「側室のクオン様はオニワ様と供に旭川にて旧長門級戦艦朝凪・夕凪の準備をしています。機能立ち上げにもうしばらく掛かる見込みです。」
「思いのほか時間が掛かるな。」
朝凪、夕凪は伊達幕府の旗艦を勤めた事もある勇武名高い戦艦である。その当時は艦名自体も長門・陸奥を称していたが、先の執権イーグル・フルーレが新型の旗艦を建造しフェンリルと名付けた際に、その日本の旗艦に相応しい名前を変更し現在の朝凪・夕凪の名前となったものである。その後、フェンリルが第一線から退く際には旗艦として新型の長門級戦艦が開発されている。そう考えれば朝凪・夕凪の活躍していた時期はもうだいぶ昔であり、イシガヤの子供の頃に退役している事から、機能立ち上げに時間が掛かったとしても仕方ないといえようか。
「しかしクオンが旭川なら有事には役に立つ。クオンはギンの影武者になり得るからな。」
側室のクオン・イツクシマは、彼の正室であるシルバー・スターと容姿がそっくりで、髪型と色を合わせれば親しい者でもなければ見分けたつかないほどであるため、その影武者を務める事もある。指揮能力こそ無いが、その智謀はシルバーにも劣らない為早々見破られる事もない。有事においては重要な要素である。
「また婚約者のヤオネ様ですが、石狩戦線のサイクロプス隊指揮官として赴任しました。」
「ヤオネか……。しかし、ヤオネもまたオニワの一族であり幕府の栄光ある士官だ。覚悟くらいしているだろう。」
婚約者のヤオネ・カンザキはイシガヤ家家臣筆頭のオニワ家の血を引き、この婚約も半分は政略的な意味がある。婚約自体は幼少の頃から決まっていたのだが、ヤオネ自身の考えからまだ正式な結婚状態には無い。
「それとヤマブキ様ですが……」
ヤマブキ・スターはシルバー・スターの妹であり、イシガヤの側室……実態は姉のシルバーを慕ってくっついて来た押しかけ女房である。また、イボルブと呼ばれる超能力者の一人でありパイロットとしては一流だ。
「ヤマブキも石狩戦線だな。だが、ヤマブキはヤオネと違って後方待機だからひとまずは安心だ。」
「いえ……」
「ん?」
「お止めはしたのですが……ヤマブキ様はペルセウスで前線に立つとおっしゃいまして……」
「なんだとっ!?」
安心しきっていたイシガヤにとってみれば衝撃の内容である。
「伊達の家の者が、後ろで怯えているわけにはいかない、と……」
「バカかっ!伊達あっての伊達幕府だぞ!王族伊達家の直系はギンとヤマブキしか居ないというのに……ギンは将軍として前線に立つのは仕方がない。しかしヤマブキは曹長だ。出なくていいものをあいつは!」
伊達幕府の王族伊達家の血を引く王族でそれなりの年齢の者は、現在シルバー、ヤマブキ、そしてフルーレ家のバーンの3人のみである。先代もシルバー、ヤマブキ姉妹が小さい頃に暗殺されており、その血統はか細いものである。そして、まだイシガヤとシルバー、ヤマブキの間に子はない。本来であれば伊達家存続の為、ヤマブキだけでも撤退する必要があるはずなのだ。
「御屋形様、それはイシガヤの家も同じです。イシガヤ家は遥かに遠縁のクスノキ様しか一門はおりません。」
「むぅ……」
それはイシガヤにとって耳の痛いところである。
「……石谷は潰れても、伊達幕府は存続できる。まだいい。」
故にそういい逃れるしかない。
「ともかく、もう出てしまったものは止めようが無いし、その暇も無い。ソラネ、お前はともかく安全な所へ退去しろ。後ろ髪を引かれては戦ができん。」
シルバーやヤマブキは王族伊達家の人間であるから、なにかあってもその身は国に保証される。ヤオネも準王族オニワ家の縁戚であるから問題無い。クオンに後ろ盾は無いが、シルバーの影武者としての役割もあるし、今の幕府に必要な知謀を持ち、戦術参謀としての活躍の場もあるためしばらくは安全だ。だが、ソラネにはそれらがない。政略や家臣をまとめる力はあるが、これはイシガヤの後ろ盾が無ければ使えないスキルだ。第一、他の妻達と違いソラネには王族イシガヤ家の家政を統べさせている。クリスタル・ピース・グループの経営、マーズ・ウォーター社の経営、イシガヤの財政管理、家臣の管理、政治外交窓口、諜報部隊との調整、私設軍隊の管理……重要な事を知り過ぎているのだ。当然、イシガヤがそれだけ彼女を信頼しているという事でありイシガヤ健在の内は絶大な権限を持っていても何の事はないが、イシガヤの跡目を狙う者が居れば粛清の対象になり得る。
「いいな?何かあれば伊達家に従い石谷の家を委ねろ。それもダメなら女神隊軍団長のセレーナ少佐に庇護を請え。セレーナはそれなりにお前を必要とするはずだ。もしくはヤオネに庇護を請え。ヤオネはオニワの一族だが、お前を無碍にはしない。」
「……わかりました。何も無いことを祈ります。」
「ではソラネ、また逢おう。俺は逝く。」
「お早いお帰りをお待ちしています。」
絶望的な戦場に赴く夫を見送るソラネにしても言いたい事もあろうが、このような時に統治者へは言ってはならない事がある。それを理解して対応が出来るが故に、これだけの寵愛を受けるのであった。




