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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
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世界のハナシ。


絵が好きだった。俺の世界の全てだった。

1人で居る事は苦ではない。

好きな事を気にせずやれるし、自由だから。

1人で居れば誰に何を言われる事もなく、絵が描けた。

普通の家庭に生まれた俺には、弟と妹が居る。

父は公務員、母は小学校教師。


両親は教育熱心で、勉強については特に厳しかった。

遊ぶな、ゲームは買わない程ではないが

成績が落ちれば凄く怒鳴られるし、

しばらく自由に出来ず勉強させられた。

俺の場合は絵を描く事を制限されてしまい、

あまりのストレスに2度と成績は落とさないと誓った。

それから著しく成績を落とした事はない。


俺は、勉強が嫌い。成績は特別悪い訳ではなかったが。

これでもクラスの中では上位の方を維持していた。

しかし両親の求めるものが高く、

俺の成績はお気に召さなかったらしい。

何より勉強に対して意欲的ではない俺の態度が

気に食わないらしかった。

そんな俺に対して、父親の態度や言葉は、冷たく鋭かった。

比べて弟や妹は、とても出来が良い。

真面目に勉強していたし、性格面も良いらしい2人。

弟は空手、妹は弓道をしている。

好成績を納めていて、両親共に可愛がられた。


俺が兄妹の中では1番怒られていたが、

母はどうにかコミニュケーションを取ろうとした。

出来損ないの、自覚はある。

だからこそ、母の態度が気持ち悪かった。

こんな出来損ないの息子、本当は嫌で嫌で仕方ないくせに。

どうして、笑って、話しかけてくるのか。

日を追うごとに、家に帰らなくなっていった。

もちろん親子関係は崩れ、悪化する一方だった。


その上学校でも人間関係が上手くいかず、1人で居た。

俺は絵が描けるなら、どうでも良かった。

何度か声をかけてくる奴も居たが、

数日無視し続けると何も言ってこなくなった。

放っておいて欲しかった、静かに絵を描きたかった。

あれこれ言われるのが嫌で、勉強もちゃんとした。

それ以外の時間は全て、絵を描いた。


そんな調子で、高校生になる。

家族との距離感も相変わらず、部活には入らず絵を描いた。

変わったと言えば、バイトを始めた。

バイト代のほとんどは、絵を描く道具に消えた。

高校はバイトを許可していたが、両親には反対された。

バイトをするくらいなら、少しでも良い成績を取れと。

顔を合わせれば成績成績と、毎日の様に怒鳴られた。

どうでも良い、成績は俺の優先順位の中で下位だから。


高校でも初めの頃は話しかけてくる奴が居たが、

無視し続ければ次第になくなる。

中学が一緒の奴が数人居たらしく、そいつらから

俺の事が広まり話しかけられる事が中学より少なく済んだ。

そしてクラス内でもグループが出来始め、

ようやく落ち着くかと思っていた時。


『おはよ〜、何してんの?』


『…。』


最近妙に声をかけて来る。

無視し続けているにも関わらず、毎日。

名前も知らない、同じクラスかも分からない。

ただうるさい事だけは確か。

今までの奴らの比じゃないくらいうるさい。


『あ、そう言えばいつもこれ持ってるよね?

絵描くの好きな…』


『…っ!おい、触るな…』


本当は学校に居る時間も絵を描きたいが、

それきっかけに絡んで来る奴が面倒で描かない事にした。

しかしスケッチブックは常に持っていないと、

何か落ち着かなかった。

だからいつも、筆箱と一緒に机の上に置く癖がついた。

それに目をつけたそいつは、スケッチブックに手を伸ばす。

驚いて思わず、大きな声で手を払ってしまった。

手が当たった拍子に、スケッチブックは宙を舞って落ちる。

…絵が描かれているページが開いて、床に落ちた。


…焦った。慌てて拾って閉じるが、確実に絵を見られた。

背中に冷たい汗が噴き出る。

どうする、こんなうるさい奴にバレてしまった。

絵を描いているだなんだと、騒ぎ立てられるか。

そしたら面白がる奴らに、何をされるか分からない。

どう考えても、面倒な事しか浮かばない。

顔を上げられずに居たが、いつまで経っても声が聞こえない。

何より絵が描けなくなる事だけが、怖い。


『…おい、』


『凄い。』


恐る恐る顔を上げると、

呆然と一点を見つめたまま固まるそいつ。

思わず声をかけると、小さな声で呟いた。

その言葉が何に対してなのか、分からなかった。

ただ、凄いという一言に面食らってしまった。

しかし聞き返すのも、何だかやりたくない。

さっきは仕方なく声をかけたが、出来れば関わりたくない。


『あ、ま〜たやってる。

(せき)〜、毒吐かれるぞ〜。』


『え〜?毒吐くって何。笑』


『いやアイツさ。中学の時から声掛けたら全員無視、

しまいには『うるさい。』とか言うんだよ。』


『はっ!そんな事言われたのお前!やっば〜笑』


ぞろぞろと教室に入ってきた男女のグループ。

大きな声で人の事を好き勝手言って笑っている。

頭の弱そうな笑い声に、嫌気がさす。

だがこれでこいつも話しかけて来るのを止めるかもしれない。

そう考えると良いきっかけになったと思えばいいか。

何と返すかと思えば、そいつはまだ固まっていた。


『お〜い?せきも無視〜?』


『え?…あぁ、ごめん聞いてなかった。』


間の抜けた返事に、グループの奴らが笑う。

笑い声は大きく、教室内がざわつき始めた。

このままじゃ、いい笑い者になってしまう。

俺は端の方で誰に気付かれる訳でもなく、静かに過ごしたい。

徐々に苛立ちが大きくなる。

だからと言ってここでぶち撒ける訳にはいかない。

筆箱とスケッチブックを手に持ち、立ち上がる。

行く当てなんてないが、ここに居るより何倍もましだ。


『あ、待っ…!』


せき〜、無駄だって。諦めろ〜。』


せきくん、あんな奴放っときなよ〜。きゃははっ!』


耳障りな笑い声が背中に刺さる。

振り向く事なく、教室を後にした。

それから始業の時間まで、

廊下やトイレを行き来し時間を潰した。

窓から見る外の景色は輝いていて、

まるで自分は牢獄の中に居る様な気持ちになる。

何枚か参考にする為に写真を撮って、教室に戻った。


さっきのざわつきは落ち着いていて、

各々授業の準備を始めている様だった。

さっきせきとか呼ばれていた奴は、

同じクラスだった様で、廊下側の席に座っていた。

俺を見た途端バツの悪そうな顔をして立ち上がったが、

俺が席に着くとちょうどチャイムが鳴った。


その日から、話しかけて来る事はなくなった。

いや、何度か声をかけようとする姿は目に入った。

しかし困った様な顔をして、

伸ばしかけた手を下ろす姿を何度も見た。

俺が無視すれば尚更、傷付いた様な顔をして。

…。


そんな中、運の悪い事に先生に頼み事をされてしまった。

教材を運ぶという簡単なもの。

1人では大変だからと余計な事を言う先生が

手伝う様に言った生徒は、(せき)だった。

…本当に運が悪い。

教材を取りに職員室へ向かわなければならない。

教室から出ようとすると例のグループの奴らが、

1人でやらせろだのと(せき)に言う声が聞こえる。

俺に聞こえる様に、大きな声で。

俺も、その方が有難い。出来れば来ないで欲しい。


_ガンッッ


『…やめろよ。』


教室から出る1歩手前で、足を止めた。

背中越しに聞こえた、冷たい声と大きな音。

驚いて振り返ると、

机を蹴ったらしい(せき)に視線が集まっていた。

グループの奴らも驚いた顔をして、一瞬場が凍り付く。

しかし馬鹿が居て、すぐに笑いが起きた。

冗談っぽい雰囲気になっているが、(せき)の表情は曇ったまま。

俺は黙って、教室を出た。

するとすぐに、俺を追ってくる足音が聞こえて来た。


その足音が俺を追い越す事はなくて、

少し後ろの方から着いて来る。

職員室に着いたところで俺の前に行き、先生を呼んだ。

教材を手分けして持ち、重い空気のまま準備室に移動する。

早く終わらせたい一心で、作業する手が早くなる。

後ろの方でも同じ様に聞こえてくる作業する音。


『…なぁ。』


不意に話しかけられ、振り向いてしまった。

いつもなら、無視して反応しないところなのに。

俺より多めに教材を持っていたくせに、

その手元にはもう教材は残っていなかった。

思えば、変な気はしていた。

教師たちから見れば俺は、優等生に分類されるんだろう。

(せき)はつるんでいるグループがそうだが、

不良とは言わないにしても手のかかる生徒に分類するはず。


けど実際こいつは、ちゃんと仕事するし手際も良い。

周りがうるさいだけで、授業中も騒いだりしない。

馬鹿な奴らは教師にタメ口をきくが、せきは敬語で

生意気を言ったりするところも見た事がない。

見た目は確かに、優等生とは少し遠いのかもしれないけど。

こいつ1個人は、そんなに悪い訳じゃない。


この時初めて、ちゃんと(せき)の顔を見た。

教室の端で背景と化してる俺なんかに、

こんな顔をするのはこいつくらい。

何時ぶりだろう、人の目に映る自分を見たのは。

外から入る太陽の光が、きらきらと輝く。


『その、ごめん、色々。あいつらも悪い奴じゃないんだ。

ちょっと、馬鹿でさ。俺も、考えなしで嫌な思いさせた。

本当、ごめん。』


『…あんたが謝罪する様な事をした訳じゃないだろ。』


気まぐれだった、返事をしたのは。

普段は思ったりしないのに、

この時は何故か無視した事に罪悪感が湧いて。

言い方こそ冷たくなってしまったが、話そうと思ってしまった。

それに俺は、間違っていたのかもと思った。


今までうるさい、目障りだと思っていたグループ。

そいつらの悪いところばかりに目がいって、

(せき)1個人を見ていなかった事に気付く。

こいつもどうせ、同じだと。

そう思ってしまえば決めつけて、頑なになった。


『いやでも、嫌な事言われただろ?』


『ふっ、疑問形かよ。』


『えっ、わわ、笑った!?』


『は?俺だって人間だから笑う。』


久しぶりに、自然に笑った気がする。

指摘されて照れくさくなって、すぐ真顔に戻ったけど。

(せき)は、とても嬉しそうに笑った。

その後俺の手元に残っていた教材を一緒に片付けてくれ、

職員室まで終わった事を報告しに行く。


『…悪かった。今まで無視して。』


『いや、俺だって。嫌がってるのに何度も…』


『あぁ、嫌がってる事は伝わってたのか。

しつこいから馬鹿なのかと思ってた。』


『ちょ、酷くね?』


声を上げて、笑う。(せき)もそれに釣られて笑った。

職員室に行くと先生からお駄賃だと飴玉を貰った。

…高校生に飴玉て。教室にはもう誰も居なくて、

俺たちのかばんだけが残っていた。

日が暮れ始め、教室内はオレンジに染まっている。

黙ったまま荷物をまとめて、帰る準備をする。


『あ、あのさ〜。

一緒に帰ったりしないかな〜って言ってみたり…。』


『…良いけど。』


出来れば家に居る時間は、短い方が好都合だしなぁ。

『今日やっぱ変だわっ!』って叫ばれたので、

無視して教室から出ると慌てて追いかけて来て笑った。

変わらない帰り道のはずなのに、

いつもより少しだけ明るい気持ちになった。


きっかけなんて小さな事で、第一印象が良かった訳でもない。

あの日教材運びを頼まれなかったら

話す事も関わる事もなく、卒業していた。

ここからまた少しすれ違ったり喧嘩したりもしたが、

いつの間にか大きな存在に変わっていた。


1人の時間が好きだったのに。

お前と居る時間がいつの間にか増えて、

その時間の方が幸せだと思う様になった。

1人の方が自由で好きな事が出来ていたのに。

お前が居なくても明日会ったらこれ教えてやろうとか、

お前を考える時間が出来た。


本当に、大切な親友だった(せき)

お前は何も悪くなくて、むしろ感謝ばかりで。

…ごめん、大切に出来なくて。

絵も、(せき)も、大切なのに、

あの日俺は人生のどん底を痛感する。

全てをあの日に、失った。


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