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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
19/30

▷俺の仕事は。


2人が帰って、家に俺と(そう)ちゃんだけになった。

寝室まで移動して、ゆっくり話をした。


「ずっと昔、覚えてるかな?」


(そう)ちゃんのその話に覚えはある。

昔無理やり大学の展覧会か何かに連れて行かれた時の事。

そこで見た、絵の事。こんな絵を描く人が、この世界にはまだまだ居るのかと。

現実を突き付けられて、自分の未熟さを知って。

鳥肌が止まらなかったのを鮮明に覚えている。

俺もこんな絵を描きたいと、強く強く思わされた絵。


「さすがに覚えてたかぁ。じゃああの絵を、

描いた人の名前は覚えてる?」


そう言えば、どんな名前だったっけ。

絵を見て感化された俺は名前を見もせず、家に帰りたがった様な気がする。

絵を見てからすぐに自分も絵が描きたくなって、

とにかく少しでも"そこ"に近付きたい一心だった。

今思えば名前くらいちゃんと確認すべきだと思う。


「それじゃあ名前を聞いたら、驚くだろうなぁ。」


(そう)ちゃんは名前を知っている様だった。

俺が覚えているのは、あの絵だけ。

絵だけは鮮明に、さっきの事の様に覚えている。

そうだ確かあの絵は…。


「あぁ、そんな絵だったね。とても綺麗な色使いで素人の僕だって分かったよ。

確かに"彼"には、才能があるのだと。そう思う他なかった。

あの"絵"に、そう思わされた。」


(そう)ちゃんは何やら棚から1枚の小さな紙切れを持って来た。

見るとそれはどうやら、名刺の様だ。

しかしそこに記されている名前に、見覚えはない。

(そう)ちゃんはその名刺を俺に差し出す。


「それ、あげる。その人はきっと紫乃(しの)の力になってくれるよ。

さっき話した展覧会でもだけど、何より…。

絵を描いた人物について、話してくれるはずだから。

きっと良い刺激になる、僕が保証する。」


(そう)ちゃんは何だか楽しそうに笑っている。

(そう)ちゃんがそんなに言うなら、会ってみる価値はあると思うが…。

俺が初対面の人に対して上手く話せるか。…訓練だと思ってやるしかないか。

名刺の裏には丁寧に携帯の番号が手書きで添えられていた。


翌日。

文仁(ふみひと)さんに、とある場所まで送って貰った。

(そう)ちゃんは最後まで一緒じゃなくて大丈夫か心配してくれたし、

何だかんだ文仁(ふみひと)さんも心配そうに俺を見ていた。

しかしそんな2人を断り、俺は1人大学の校門をくぐる。

確かに2人が居てくれた事に越したことはないんだが、

事前に連絡は取れているし人に慣れる訓練にならないから。


「あぁ、君が連絡をくれた子かな?」


待ち合わせの場所に行くとすぐ、声を掛けられた。

"同じ歳"とは思えない様な、大人びた姿に後ずさりしたくなる。

笑うその姿はとても眩しかった。

…洋服とか文仁(ふみひと)さんに用意して貰って良かったな。


「初めまして。 樋之山(ひのやま)(せき)と言います。」


「あ、紗浦(さうら)紫乃(しの)です。突然の連絡になってしまい、

申し訳ありません。快諾、感謝致します。」


「あぁ、気にしないで。堅苦しいのはこの位にして、移動しよう。」


同じ歳という事もあってか、敬語とさん付けは嫌がられた。

お互いに下の名前で呼び合う事になった。

移動して来たのは大学内の食堂。朝早い事もあってか人は少ない。


「それで俺に聞きたい事があると言ってたよね。

それについて、聞かせてくれる?」


「あぁ、聞きたいのは3年前の…。」


「…3年前の、展覧会の事?」


(せき)くんの顔色が一気に変わった。威圧的というか、空気が重くなる。

しかしそれは一瞬で、すぐに表情は元に戻った。

何というか、ころころ空気の変わる人だな。

それが悪いという訳ではないが、いまいち掴めない人で警戒が解けない。


「君は確か真琴(まこと)が今勤めてる会社で絵を描いていて、

真琴(まこと)が担当者…。って事で良いんだよね?」


「え、あはい。 真琴(まこと)さんには凄くお世話になってて…。

ですがどうして真琴(まこと)さんの事…。」


「…それで3年前の展覧会の事か。」


納得した様に呟く(せき)くん。俺の声は聞こえてない様で、

何かを考えていた。とにかく俺は、今の状況をありのまま話す。

この人は得体が知れないというか、つい警戒してしまっているが

(そう)ちゃんはこの人を知っている様だった。

だったら尚更、そこまで危険な人に思えない。

俺が真琴(まこと)さんについて知っている事は真琴(まこと)さんは確か昔、

絵を描いていたけど"何か"があって辞めてしまったという事だけ。


3年前の展覧会というのは俺が唯一影響を受けた作品に出会った時の事。

(たちばな)さんは明確には言わなかったが、話の流れで何となく察した。

きっとあの日見た作品は、 真琴(まこと)さんの作品。

そんな偶然あってたまるかと思いもしたが、

(そう)ちゃんは今も昔も絵に関して詳しい訳じゃない。

誰かが仕組むにしても、動機が分からないし。

(せき)くんが言うに真琴(まこと)さんが絵を描かなくなったのは、

大学卒業後突然の事だったらしい。何の前兆もなく、本当に突然。


「展覧会当時の真琴(まこと)さんの様子は?」


「何も変わりないよ。いつも通り旧校舎で絵を描いてた。

元々は展覧会に出展するつもりはなかったらしいけどね。

先生に言われて、嫌々…って感じだった。まぁそれもいつも通りの反応って感じだよ。」


当時の事や真琴(まこと)さんの事を話す(せき)くんは、

すごく優しい顔をしていた。雰囲気も柔らかい。

俺は今の、仕事が出来る真琴(まこと)さんしか知らないから。

(せき)くんの話す真琴(まこと)さんは何処か別人に聞こえて仕方なかった。

絵を描くという事も、人に対して冷たい態度をとる事も。

俺に対して真琴(まこと)さんが笑ってない時なんて、あっただろうか?


「本当に1人が好きな奴だった。だったけど…俺が傍に居る事を嫌がらずに許してくれた。

だから俺もあいつの傍が安心したし嬉しかった。俺は俺だけは特別なんだって。」


「…。」


「初めて話したのは高校の時。俺が真琴(まこと)の絵に興味を持った。

最初はスケッチブックを持ち歩くちょっと変わったクラスメイトってだけで

特に接点もないし気にもしてなかった。

けどある時決してわざとじゃなくて、偶然絵が見えちゃったんだ。

その時はちらっとしか見えなかったけど、素直にすごいと思った。」


幸せそうに笑う(せき)くんの目には、当時の光景が映っているのだろうか。

安心する、その言葉はとても共感出来た。

相手からの確かな言葉はない。それでも良かった、傍に居るだけで。

…まぁ俺はそんな事をしていて壊してしまったのだけど。

(せき)くんは途中の自販機で買ったコーヒーを飲む。

(せき)くんはずっと笑っているけれど、

目の奥がどうしても悲しげに見える。…きっと気のせいじゃない。

そんな姿に俺は、何も言えなかった。


「そのあと別の日に話せる機会があったから、すぐに話しかけた。

すごく嫌そうな顔をされたけど、そんなのお構いなしだったなぁ。

とにかく仲良くなりたかったんだ。酷い時なんて声掛けただけで

振り向きもせず全力で走って逃げられたよ。

…まぁ俺もそれを追うんだけどね。」


「…。」


さすがにちょっと引いたし、 真琴(まこと)さんに同情した。

…人見知りが酷いあまりに逃げたのか、

(せき)くんがしつこいあまりに逃げたのか分からないけど。

しかしそんなところからよく親しくなれたなと感心もした。

真琴(まこと)さんが俺を諦めなかった姿のには、

(せき)くんが居たのかなだったのかな。……いや、知らないけど。


真琴(まこと)の絵はとても優しい。絵を見るのも好きだけど

何より絵を描く真琴(まこと)を見るのが好きなんだ。

それに影響されて絵を描き始めたんだけど、それはもう酷くてさぁ。

けど真琴(まこと)が、俺の絵を笑った事なんて1度もなかった。

…ちょっと引いてたかもしれないけどね。」


そう笑う(せき)さんは、泣きそうだった。

すると立ち上がり、付いて来て。と言われた。

言われた通り(せき)くんの後を黙って付いて行く。

着いたのは教室っぽいところの扉の前だった。

鍵は掛かってないらしく、黙ったまま扉を開いた。

中には沢山のキャンバスが所狭しと収納されていた。

俺はどうする事も出来ないので、ただ黙って見ていた。

すると1つのキャンバスを持って出てきた。


「これ、見覚えは?」


「!?えあ、ります、けどこれって、」


「…3年前の展覧会。 真琴(まこと)が出展した絵だよ。」


覚えてるみたいで良かった、と笑う(せき)くん。

俺は思わず、声を失った。3年も前の作品をこうして見る事が出来るなんて…。

今見て尚、刺激される何かがある。俺の感覚は間違ってなかった。

そっと、キャンバスに触れる。絵の具の感覚が懐かしい気持ちにさせる。

当時もこうして、絵に触れたのかもしれない。もう覚えてはないが。

でも確かに同年代の人間が描く絵に衝撃を受けて、感化された自分が居た。


「…どうして、辞めてしまったんですか。」


「それは、俺にも分からない。」


無意識に出た言葉に、 (せき)くんの悲しげな声が聞こえた。

振り向くと俯く(せき)くんが居た。表情は見えない。

たださっきよりは確実に、悲しい雰囲気が強くなった。

何か、まずい事だったのだろうか。聞いてはいけない事だったか。

背中に冷たい汗が流れるのが分かる。

俺に気付いた(せき)くんが顔を上げる。

笑っているのに、目の奥はずっと悲しげだった。


「俺は、辞めないで欲しかった。続けて欲しいと思った。

真琴(まこと)が絵から離れるなんて、考えられないんだ。

それでいて俺はあいつが苦しいって分かってたのに、

何もしてやれなかった。いや、何もしなかった。後悔したのは失ってから。

当時は俺の気持ちをぶつけてばかりで、追い詰めている事に気付きもしない。

それが、優しさだと思ってたのかもしれない。あいつは違ったのに、

俺が、救えたかもしれないのに。」


俺に向かって話しているはずなのに、何処か遠くで話している様に見えた。

きっと真琴(まこと)さんには真琴(まこと)さんの思いがあって。

(せき)くんには(せき)くんの苦悩があった。

それを俺は分かる事は出来ないし、どうしようもない。

だけど、そうだとしても。


「… (せき)くん、今日は提案があって来ました。

俺の、話を、聞いて頂けますか。」


俺は話すのが苦手だ。自分の意思を伝える事も。

それでいい、俺なりでいい。そう教えて貰ったから。

上手くいくかは正直分からないし、保証もない。

状況は崖っぷち。まぁそれも"俺らしい"と言ってしまえばいいかと思った。


それじゃあ今から、"俺の"仕事をしよう。


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