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【完結後番外編】聖女転生物語【短編集】  作者: 神崎右京


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迎え火④

(……まさか、本当に再会することになるとは、思いもしなかったけどな)


 興味深そうに馬の香炉を覗き込む婚約者の横顔を見ながら、苦笑する。

 あの夏の日から数か月後――ナイードの片田舎で、親友が転生した美少女と邂逅したのだ。

 一年前のあの夜は、十五年ぶりに再会したら何を言われるのかと、あれこれ悩んだものだった。

 だが、現実は予想以上にあっさりしていた。


『えー……っと……』


 ひくり、頬を引き攣らせた声が、イリッツァの第一声だった。

 リツィードの母と瓜二つの顔に驚いて、思わず言葉を失っているカルヴァンに、イリッツァはひたすら気まずそうな顔をしていた。

 

『は……初めまして。イリッツァ・オームです』


 いつだって完璧な笑顔を作ることに長けていた親友はその日、初めて笑顔を作り損ねたらしい。不器用に頬を引き攣らせて、笑顔のような何かを作り出そうと苦慮しながら、たどたどしく挨拶を絞り出したのだ。


 事情を知らないカルヴァンと違って、イリッツァにしてみれば、正真正銘、十五年ぶりの再会だったはずだ。

 恨み言を言われるのか、何も気にしていないと線を引かれるのか、はたまた再会を避けられるのか――などという予想は、どれも見事に外れた形だ。

 自分がリツィードだとカルヴァンに打ち明けることはしなかったが、避けられることもなかった。明日も訪れる、と告げれば、嬉しそうに顔を輝かせる始末だった。


(本当に、全く……調子の狂う奴だな……感動の再会に涙を流して喜ぶ、くらいの可愛げはないのか)


 そもそも生前のリツィードが泣くところなんて見たことがなかった。そんな期待をするだけ無駄だとはわかっている。わかっていても、自分ばかりが重たい感情を抱いて十五年も生きて来たようで、面白くない。

 会いたくて逢いたくてたまらなくて、異文化の伝承に縋って、馬鹿馬鹿しいと思いながらも大嫌いな香を焚いたあの夜の気持ちを返してほしい。


「欲しいなら持って帰っていいぞ。俺にはもう必要のない物だし、その匂いも頭が痛くなるだけだしな」

「そう思うなら、なんでもらったんだよ……」

「知るか。あの時の俺はどうかしていたんだ」


 呆れた顔で見返されれば、当時の自分を認めるのが悔しくて、誤魔化す。


「うーん。これ、焚くのは他の香でもいいのか? もらったとしても、家で乳香は焚きたくないから――」

「なんでだ?」

「え? ……だって、家に帰ってまで、仕事のこと思い出したくないだろ?」


 イリッツァの言葉に、カルヴァンはきょとん、と目を瞬く。


「好きな香りじゃないのか?」

「は? 別に、好きじゃないぞ。嫌いでもないけど。ただ、昔ならいざ知らず、今はこの香りを嗅ぐと、『聖女』にならなきゃいけない気がして、息が詰まる気はするかなぁ」


 前世でも今生でも、彼女にとっては当たり前に身近にある匂いだった。好きとか嫌いとかを超越し、聖職者としての自分を思い出させる香りということなのだろう。

 どうやら、あの夏の日、リツィードが迷わず帰って来られるようにと思って選んだ香りは、全くの見当違いだったらしい。

 

「しかも、そんな香り焚いたら、お前、家に寄りつかなくなりそうだし。兵舎に泊まり込んで、過労死寸前まで仕事詰め込みそう。やっと最近、休むことを覚えてくれたのに」


 口をとがらせてぼやくイリッツァの横顔を見ながら、思い出す。

 そう言えば、リツィードが生きていた頃も、この部屋の中で乳香の香りを強く感じたことはほとんどない。教会から帰ってきたリツィードの服に、残り香が付いていることはあった。だが、たいていすぐに着替えてシャワーを浴びていたから、不快な思いをしたことは一度もない。

 だから、毎日必ず、リツィードがいるこの部屋に、帰って来た。


(あの時から――ちゃんと、俺と一緒にいたいとは思ってくれてたのか)


 屋敷を持たなかった当時、もし部屋に乳香が充満していたとしたら、カルヴァンはここに帰ってくる頻度が極端に減っただろう。その辺で女を引っ掛けて、その晩だけの宿を至る所で確保しながら、適当な人生を送っていたはずだ。

 カルヴァンがこの香りを嫌がっているとわかっていたから、リツィードは部屋の中で極力この香りの存在感を消していたのだ。

 今よりずっと、自分の意志も感情も表に出さなかった男だ。その不器用な気遣いを、今更になって知る。


 喉の奥が、ぐっと詰まった。


 どれほど傍にいても、決して手を握り返してくれることはないと無力感に苛まれていた日々が、いくらか報われたような気がした。

 

「でもこれ、馬の形っていうのはいいな。顔もなんか可愛い気がする」


 ふっと浮かべる笑みは、聖女の完璧な笑みではなく、十五歳の少女らしい自然な微笑み。

 少し前、遠乗りをしたときも、乗馬を心から楽しんでいたことを思い出す。女になっても、馬が好きなことは変わらないのだろう。


「馬、持ちたいのか? どこかで専用の馬が入手できないか、探ってやろうか」

「えっ⁉ ほ、本当⁉」


 ぱぁっとイリッツァの顔が輝く。頬が紅潮して、期待に胸を躍らせているのがわかった。

 こういうところは、よく知っている。昔から変わらない。


「聖女が乗るとなれば、血統書付きのそれはそれはお高い名馬が選ばれるんだろうが――まぁ、何とかなるだろ。有事の際のために乗馬を習わせておきたい、とか言って丸め込む」


 本来、聖女は最高級の馬車で移動するのが当たり前だ。本人が馬にまたがり移動するなど、お付きの者たちが不敬と神罰を恐れ、心労で倒れかねない。

 頭の固い周囲を納得させる手間を思えば気が重いが――この顔が見られるなら、安いものだ。


「馬を調達する前に一つ、聞いておきたいことがある」

「え゛。……何。いかがわしいことは受け付けないぞ」

「それもいいが、今は違う」


 急に警戒を露わにして身構えるイリッツァに笑って、手を伸ばす。

 不審そうな顔つきをしながらも、イリッツァはカルヴァンの言葉を信用して、手を取った。


 当たり前に、伸ばした手を取ってくれるのが、嬉しい。

 それが、どれほどの奇跡の上に成り立つ『当たり前』なのか、カルヴァンにはよくわかっていた。


「な、なんだよ、改まって……」

「いや、別に、大したことじゃないんだが」


 取った手を軽く引き寄せながら、カルヴァンは尋ねる。――一年越しの、質問を。


「お前が好きな食べ物って、なんだ?」

「……はぁ?」


 ぽかん、と間抜けな顔で見上げてくる婚約者に、カルヴァンはくっと喉の奥で笑いを漏らしたのだった。


 番外編「迎え火」はこれで最後です!感想やレビュー、評価などいただけたら嬉しいです!

 また何かネタを思いついたら不定期に投稿すると思いますので、お楽しみに!

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