透明な敵
「えーーと、着いたし合流したわけですけど……」
小室と深長、そして天海はマネージャーが襲われたという事件現場に着いていた。
路地裏のような場所にあり、換気扇や様々な管が嫌でも目に入ってくる。
小室は冷や汗を垂らしながら、事件現場の目の前にある黄色と黒のテープを見つめている。
テープの奥には数人の大人がなにか作業をしているらしい。
「あれってどう見ても警察の人達ですよね……どうやって調べるんですか!!僕達ただの学生なんだからあんな所に入れるわけないじゃないですか!!」
至極真っ当な意見をのほほんと眺めている二人にぶつける。
だが二人は部外者は、事件現場には入れないという常識をまるで知らないかのようにズカズカと事件現場に向かって行く。
「大丈夫大丈夫、まぁ見てなよ」
そう言いながら深長はテープの奥にいる警察官一人を呼び寄せる。
――何が大丈夫なんだろう……?ただ追い返されて終わりだと思うんだけど。
だが小室の考えとは裏腹に、深長と話した警察官は一礼した後テープをまくりあげ、通る道を作ってくれた。
「ほら、大丈夫って言ったじゃん。早く来なよ」
「え?な、何で?」
困惑する小室を置いて、天海は引きつった顔をしながらテープをくぐっていく。
何を思ったのか一般人に頭を下げる警察など、今まで会ったことがない小室は頭の中をハテナで埋め尽くしながらも、迷惑をかけないように早くテープをくぐって中に入った。
三人はその世界と境目になっているブルーシートをカーテンのようにめくり中にはいっていく。
「ヴッ!!何だ……これ……?」
ブルーシートの中には、事件の現場がそのまま保存されているようだった。
地面には被害者の倒れた姿がそのまま形どられたであろうチョークの白線がある。
うつ伏せになるように倒れていて、形どられた頭の先から真っ赤な血のシミがあふれるように残っていた。
そして嫌でも目につくのが隣にある凶器らしき鉄バットだった。
初めての事件現場で小室は吐き気を催したが、なんとか最悪の事態は免れた。
「お待ちしていました、こちらが事件の資料です。それと人数分の手袋と靴カバーです、ちゃんと着けてくださいね」
そう言いながらブルーシートの奥から、堅物をそのまま体現したかのような仏頂面の男が出てきた。
深長はそれらを受け取った後、二人に着けるように命じた。
そして仏頂面の男の前に立ったかと思えば小室達に自己紹介をし始める。
「この人は僕の一番中のいい警察官、佛木 眞面目先生。一般の事件とかそういうのを調べる時には割とお世話になると思うよ」
「佛木 眞面目です。君たちの先輩ってことになるんでしょうか……まぁどうでもいいですね。これが今回の事件の資料です。ちなみに僕が君たちに事件のことを話しても無害なのでどんどん質問してください」
表情を一切変えず淡々と喋るその姿は地蔵に見えた。
小室と天海は差し出された捜査資料をパラパラとめくり読み始める。
捜査資料には被害者の状態や傷の跡、事件が起きた時間などが詳しく記されていた。
そして淡々と読み続けていた深長のページを捲る手が止まった。
「あの、佛木先生ちょっといい?何個か聞きたい事があるんだけど」
「先生はやめてください……それで?どこです?」
「これ……容疑者の欄に誰も書かれてないんだけど、どういうこと?」
――あれ、ホントだ。現場のこととかはこと細かく書かれてるのに容疑者の欄だけ真っ白だ……?何でだ?
「これはそのままの意味ですよ。現場を色々と調べたんですけど、人がやったと言える証拠は出てこなかった…… ありえませんよ、容疑者が全く絞れない。まるで透明人間です。一般人がやった、ならですけど……」
佛木さんの顔がより一層固くなった。
「つまりプロの犯行ってことね……まぁそれならこの違和感にも合点がいくな」
捜査資料を見直しながらニヤリと深長が笑う。
「あの違和感ってどこらへんが……?」
「俺に聞かないでください……分かるわけ無いでしょう?いつも捜査資料を見てる深長さんしか分からないですよ」
――ですよね〜〜捜査資料を見るのなんて深長さん以外初めてだから違和感になんて気づける訳が無い。
「まーー分からないよね。簡単に説明すると、今まで佛木さんの捜査資料は現場証拠とか、そういう犯人につながるものを詳しく書かれてたんだけどね……今回だけは違った、犯人像がまるで分かってない。つまり何の証拠も残さずに人を一人殴って誰にも目撃されず逃げ出した、あまりの手際の早さに慣れてるとしか言いようがない。だから――」
「プロの犯行ってことですか……」
「正解、警察でも見つけられないってことは、予想以上の大物に被害者は狙われたらしいね」
小室は背筋がゾッと冷えるような感触を覚えた。
秩序を守る警察でも太刀打ちできない人間が、この世にいるという事実を受け止めたくなかったのだろう。
「だから僕達警察は今必死に現場を調べてるってわけです、まぁ未だに何も見つかっていませんが……どうします?まだ調べることがあるなら、残ってもらっても構いませんが、学園に戻るんでしたら送りますよ?」
そう言って佛木さんは車のキーを見せびらかした。
小室と天海は深長がどう言うのかを待った。
深長は少し悩んだあと、こう言った。
「そうだね……学園に戻りますか」




