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9 適材適所

 

 フォリアさんとブレンダさん。美と豊穣の象徴としてバハティエで名を馳せるこの2大女史が、僕と勇者様の暮らす家にやってきたのには理由がある。毎日必ずどちらかがやってきて、至らない僕の家事を手伝ってくれているのはあまりにも有名な話。けれど今回の目的はそれだけじゃない。


 今日は美容オイル作りの日。朝食のあとに勇者様にも塗ってあげたあのオイルは、週の終わりの日に僕たち3人で作っているものだ。作るのは簡単で、それぞれが持ち寄った材料をよくかき混ぜて油壷に入れるだけ。それだけなんだけど、油の入った壷はとても重くて運ぶのに少しだけ体力がいる。


「慎重にね!! 滑らせて割ったりしたら大変だから!!」

「アリー、壺の後ろに回らないで。アンタは横から支えてて」

「なんでなんで!? そろそろ信頼してくださいよ!?」

「アンタの事なんてとっくに信頼してるよ。だからこそさ」

「アッハッハッハッハ!! ちょっと!! 笑わせないで!! これで最後!!」


 といった感じで、僕たちは今日も仲良く力を合わせて荷車に油壷を乗せる作業を終わらせた。



 出来上がったオイルは週の初めにウアム・ショールという近くの町まで売りに行ってもらう。町とバハティエを繋ぐ街道は騎士が見回りをしているけど、それでも山賊なんかが出るときがあるらしい。そういった危険のある仕事はどうしても若くて腕っぷしの強い男の人じゃないと任せられない。地元最強の女ブレンダさんは息子たちも豪傑ぞろいで、この仕事にすごく適した人たちだった。悲しいけれど兄弟の中で唯一体格に恵まれなかったバードさんを除いた、2人の男たちによって僕たちの作ったオイルも村の特産品も町に運ばれて取引されている。


 オイルの売り上げは1回で小銀貨150枚分にもなる。小銀貨は25枚で大銀貨1枚分。僕と勇者様の婚宴を開いてもらうために必要なお金は大銀貨30枚。明日オイルが売れれば、目標の金額に到達するはずだ。オイルの作り方や商売の仕組みだけじゃなく、勇者様の身の回りのお世話のやり方やお金の数え方、その他の日常生活に関すること、本当に何から何まで全部、よそ者の僕に教えてくれたフォリアさんとブレンダさんには頭が上がらない。



 オイル作りの仕事を終えたら今度は家の掃除が始まった。掃除の途中で修理道具を持って戻ってきたバードさんはあっという間に寝室の窓を直してくれた。窓の修理を終えたバードさんは外から家の中にいる勇者様を見て少し寂しげな表情を浮かべていた。


「アリー、お昼の鐘が鳴る前にご飯を作っておいてくれる? ここは私たちでやっておくから」

「わかりました」


 僕がフォリアさんとブレンダさんの2人に唯一手放しで褒められたのがごちゃまぜのスープだった。ある日、僕がありったけの材料を使って適当に作ったスープが濃い味を愛するバハティエ育ちの2人に大うけした。以来、台所だけは1人で任されるようになった。フォリアさんのおかげでハーブなんて使い放題みたいなものだから、どんな食材を使ってもスープは美味しく仕上がる。だけどこの村の人たちがちょうどいいとする塩加減には、たまについていけなくなる時もある。最初にスープを作って出したあの時だって、塩がいっぱい入りすぎちゃったから絶対怒られると思っていたくらいだった。


 台所に入った僕はあることに気が付いた。パンはブレンダさんが今日焼いたものを持ってきてくれたからそれが使える。だけどチーズも野菜も全部納屋にしまったままだった。


 納屋といえばバードさんが絶賛作業中だ。僕は黙って仕事をしてくれている彼の為に何か温かい飲み物でも作って出してあげようと思い、勝手口の戸を開いた。


 戸口には、まだ納屋に入れられていない物資の数々があった。酢漬け、塩漬け、燻製。冬の為の様々な保存食がそろっているけれど、これを今日使っちゃうとブレンダさんに怒られる。食べ物は古い物から順に消費するのが鉄則だ。でも液体だったら怒られない。むしろ早く消費しないと逆に怒られる。僕は何か使えそうなものはないか木箱の中を漁った。


「おっ、ネイマ」


 僕が箱の中から見つけ出したのは、ワインを作る時にタルから溢れたブドウの果汁で、その名もネイマ。これはワインよりも味が良くて飲みやすいのに、町では全然人気がなくて見向きもされない。バハティエでは日常的に飲まれていて、特に女性と子供に好まれているものだ。


 ネイマは美味しい。だけどそれだけじゃ面白くない。僕はこの秋に編み出した最強の飲み物を作り出すため、もう一度木箱の中をよく見てみた。


「あ!! あったあった」


 目当てのものを見つけた僕は爽快な気分で声をあげた。大体はチーズにされてしまうシオヒツジのミルク。このミルクとネイマを混ぜ合わせると、とんでもなく美味しい飲み物が出来上がるということを僕はこの秋に発見してしまった。貴重なはずのミルクがここに持ってこられたということは、結構古くなっているということだ。これは早めに消費しないとまずい。僕は2つの飲み物を手にしてキッチンへと戻った。



 2つの液体を混ぜ合わせた鍋を火にかけ、見事に爆発させた僕はもう一度、今度はミルクだけを温めて容器に入れてからネイマを混ぜることによって目的の飲み物を完成させた。本当にびっくりした。あんなことになってしまうなんて、温めたことがなかったから知らなかった。怖かった。もう2度とやらない。でも上澄みの部分は意外と美味しかった。たぶん下の方も美味しいんじゃないかな。どうなっているのか、怖くてよく見てないけど。


 何はともあれ完成品を届けに行くと、ちょうどバードさんが納屋から出てきて休憩をとろうとしているところだった。


「お疲れ様です。温かい飲み物を用意したので、どうぞ飲んでください」

「あ……あざます」


 この飲み物を提供するのは勇者様以外では初。自信はあるけれど評価は気になる。僕は目に力を込めてバードさんのリアクションを伺った。


 さあ飲め、バード。飲んでその美味しさにさえずるがいい。そしてもっとこの家にミルクを運んでください。お願いします。チーズも美味しいけれど、僕にあの味は濃厚すぎる。これからの時代はチーズよりもミルク。搾りたてのミルクってどんな味がするんだろう。お前のリアクション次第で僕がそれを知る人生になるか否か決まる気がする。あ、でも待って。僕がシオヒツジを飼えばいいんじゃない? 結構銀貨も貯まってきたし、無理な話じゃない。ダメダメ。あのお金は婚宴の為の物だ。でもそれを払い終えたら? あれ? またお金を貯めれば、実現できそうだ。じゃあ、いいや。適当に飲め、バード。結構美味しいでしょう?


「……うめぇ」


 勝った。何に勝ったのかはわからないけれど、そんな気分になった。


「これは……ホットワイン?」

「いや、これは温めたシオヒツジのミルクにネイマを混ぜたものです」


 僕は鼻を高くしてバードさんの質問に答えた。すると彼は目を大きく開いて驚いた表情を見せた。


「ネイマとミルク……美味しいよ、これ。本当に」


 バードさんは深く頷いてから僕の自信作を一気に飲み干した。僕は心の中で拳をグッと握り込んだ。


「今日は本当にありがとうございます」

「やめてくれ。俺たちは君らに救われてるんだから」


 それを言われてしまうと何も言えなくなる。そもそも僕は勇者様と旅をしただけで何もしてない。ただノトという人に恋をしていただけ。だから僕としては出来る限り普通に暮らしたいと思っているんだけど、どうしてもそういう目で見られてしまう時がある。僕なんていうのは、本当に何者でもないんだから、その度に困ってしまう。


「すまねぇ……ノトは意外と寂しがり屋だったろう?」

「……そう、ですね」


 僕の態度があまりにもよろしくなかったのか、バードさんはすぐに話題を変えてくれた。


「あいつを支えてやってくれ。これからも」

「はい。もちろんです」


 交わした言葉の数こそ少なかったけれど、バードさんが勇者様の内面を深く知る人だということが僕にはよくわかった。必要な食材を台所に持ち帰った僕は勇者様の旧友の分まで真心を込めてお昼ご飯を作らせてもらった。

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