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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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33/64

33 【聖歌隊、不良シスター、ウーリール先生】

 

 とてつもなく高ーーーい天井の礼拝堂は、100人や200人が入ったとしても、まだまだ余裕で人数が入れると確信をもって言える広さだった。堂内の壇上にはシスターたちがずらりと並んでいて、彼女たちからは美しい歌声のハーモニーが発せられていた。礼拝堂を抜けて町に出る予定だったはずが、僕は足を止めて、すっかりその歌声に聴き入ってしまっていた。


「聖歌103番ですね。聖夜祭で毎年歌われている歌です」

「綺麗な声……」


 様々な年代のシスターたちが織り成す高音と低音の調和。オルガンの伴奏は聖歌103番の持つ神秘性と哀愁を見事に引き立てていて、聴いているだけで心が清らかになっていくような気にさせられた。


「そうでしょう? あそこにいる、シスター・ロリクスがここへ来られてから、聖歌に力を入れるようになったんです」

「あぇ~……」


 マリアさんは聖歌隊の指揮をしている修道女に、尊敬の念のこもった視線を送っていた。僕も同じ人物の背中をじっと見つめてみた。すると30人以上はいる聖歌隊を相手に躍動していた背中が、何の前触れもなく、くるりとこちらに振り向いてきた。


「……マリア!? ちょっとアンタ、何やってんの!? そんなところでボサッと突っ立ってないで、さっさとこっちに来なさいよ!!」


 シスター・ロリクスは褐色の肌をした中年の女性だった。セクシーなハスキーボイスを堂内に反響させながら、彼女はぎこちない足運びで僕たちのいる方へと向かってきた。


「やっべぇですね。見つかりました。視線だけで私たちの存在に気が付くとは、さすがはいくつもの修羅場をくぐり抜けて来た女。しかし、彼女は膝を患っています。追いつかれる前に、さっさとずらかることにしましょう」


 ここでマリアさんが選択したのは、まさかの逃げだった。当然僕は疑問を口にした。


「ええ!? どうしてどうして!?」

「いいから、早く!!」


 マリアさんはまたしても僕の手を取ると、早足で礼拝堂を抜け出した。背後で彼女の名を叫ぶシスター・ロリクスの声が、やたらと僕の良心を突いてきた。





 暦はまだ、冬の月には入っていなかった。それなのに道端には、かき集められた雪がそこかしこに積まれていた。聖堂の下には歴史を感じさせる地味な色あいの街並みが、何層にもなって広がっていた。僕たちが目指してしたのは、街の上層部分にあるマリアさんの婚約者の家だった。


 聖堂の廊下もそうだったけど、聖堂と街を繋ぐ階段もいちいち長かった。僕たちは緩やかに続くジグザグで横幅の広い階段を一段一段、ほとんど小走りに近い速さで下りながら無駄話を楽しんでいた。


「な、なんで逃げちゃったんですか? なんかすごく、後味が悪いんですけど」

「あそこで捕まってしまうと、歌だけで1日が終わってしまいますからね。彼女には申し訳ないですが、聖夜祭までにまだまだやりたいことのある私にとって、その時間の使い方は望ましくありません」

「マリアさんも、合唱をされるんですか?」

「この私に、人と合わせられる技と術が備わっていると思いますか?」

「あはははは!」


 笑いが止まらなかった。それが彼女の問いかけに対する僕の答えだった。


「小鹿ちゃんのくせに、ずいぶんと失礼なリアクションをしますねぇ……まぁ、いいでしょう。おっ、ヘレナさ~ん!」


 マリアさんが嬉しそうな声で呼びかけたのは、すごい恰好をした年齢不詳の修道女だった。ヘレナと呼ばれたその人はマリアさんと同じ、ベールを被らないタイプの人で、どうやらひとりで階段を上ってきたところのようだった。


「……なんだ、マリアか。そっちの子は?」


 シスター・ヘレナはエッジの聞いた低音の声を出しながら、倦怠感たっぷりに癖のある長い金髪をかき上げた。


「こちらは見習いで早期退職予定の、アリーさんです。アリーさん、こちらは私の数少ない不良仲間であり、主に馬のお世話を担当しているヘレナさんです」

「へぇ、辞めちゃうんだ。短い間だけど、よろしくね」

「ど、どうも」


 僕は緊張しながらエッチなお姉さんと握手を交わした。ヘレナさんは胸とお尻だけでなく、手も大きい人だった。僕は改めて、彼女の服装に見入ってしまった。


 彼女の修道服はおかしなことになっていた。首まで隠すはずの修道服は胸元まで大きく広げられ、裾の横には長めのスリットが入れられていた。時々そのスリットから男性用の靴下止めが巻かれた白い太ももがちらりと覗き見えるのが、彼女のお洒落さと色気に拍車をかけていた。


「すごいですね。その修道服は、ご自分で改造されたんですか?」


 僕は気になってヘレナさんに尋ねた。


「え……興味、ある?」

「いやぁ、その……初めて見たものですから。そういう、お洒落着をされているシスターを」


 ヘレナさんは握手した手を離さずに、不思議そうに僕のことを見つめた。どこかすべてを諦めきったかのような、疲労感のある色気を放つ彼女の瞳に僕はどぎまぎとさせられた。


「マリア、この子は……何してもいいの?」

「わお! お気に召されましたか? 珍しいですねぇ? でも、この子はダメです。すでに心に決めた方がいらっしゃるので」

「なんだ……じゃあ、ベール外しときなよ」

「作戦進行中なんです。ですから、今はそういうわけにもいかなくって」

「ふ~ん。よくわからないけど、たまには私の部屋にも遊びに来てよ。2人いっぺんでも、構いやしないからさ」

「良くないですねぇ、その誘い方。私たちノーマルなんですから、変に勘ぐっちゃいますよ」

「ハハハ、別に何もしやしないさ。たまには動物以外で癒やされたいと思っただけ。じゃあね」

「そうだ。今、お帰りになられるんであれば、礼拝堂は通らない方がよろしいかと」

「あぁ、なるほど。よくわかったよ。ありがとう」


 2人のやり取りの半分以上は、僕には意味が分からなかった。結局、ヘレナさんが修道服をどう改造したのかは謎のままに、彼女とはそこで別れた。





「こちらがマイダーリンでもある、ウーリール先生のお宅です」


 僕たちが辿り着いたのはそう大きくない、煙突のついた2階建ての家の前だった。外観に施された装飾やら柱なんかもそうだったけど、僕が1番驚いたのは玄関扉に鍵穴が付いていたことだった。それはこの家が、高貴な身分にあらせられる御方の館であることをあらわしていた。


「この春から私も住まわせてもらうことになるので、私たちの愛の巣というやつですね。こんなに春が待ち遠しいことなんて、初めてのことですよ」


 マリアさんはため息交じりに自分語りをしながら、合鍵を使って玄関の扉を開いた。


「先生!!」


 目的の人物は結構遠くにいた。赤い絨毯が敷かれた廊下の先にある扉の前で、男性がマリアさんの大声に驚いて、その身を硬直させていた。


 その男性は、いかにも地位の高い人が着る襟付きの服を完璧に着こなしていて、メガネをかけていた。マリアさんは廊下を全力で駆け抜けて男性の体に飛びついた。魔物化したイノシシよりも勢いのある強烈なタックルを受けても、その男の人は彼女の全身を余裕で受け止めた。僕はマリアさんのように下品にならないように、なるべく急いで彼女たちのいるところまで行った。


 近くで見るマリアさんの婚約者の外見というか、そのサイズに僕は驚いた。彼は高い背丈と冬眠前の熊のようなふっくらとしたボディを併せ持った、大きすぎるぐらいに大きい人だった。


「先生!! 狂愛の獣です!! 正真正銘、本物ですよ!?」


 婚約者の体に抱きつきながら、マリアさんは今まで僕に聞かせてきたどの声よりも大きな声で愛する人に報告をした。


「ありがとう、マリア。初めまして、ウーリールと申します。話だけは伺って……マリア、その……人前だから。ちょっとだけ、我慢できるかな?」


 ウーリールさんはとても洗練された言葉遣いで僕への挨拶と、四肢を使ってしがみついたまま離れようとしないマリアさんへの注意をした。


「嫌です。こんな薄い修道服一枚で、ここまで歩いてきたんですよ? もう、寒くて寒くて」


 マリアさんは婚約者の胸の中で子供のように甘えた。ウーリールさんは呆れたように笑うと、慣れた様子でそのまま近くのドアを開いて、僕に部屋の中に入るように促してきた。


「し、失礼します」


 先輩シスターの女としての顔を見てしまった僕は、何とも言えない気持ちでその扉をくぐった。





 見たこともない量の本と本棚に囲まれたその部屋には暖炉が付いていた。胸にマリアさんを装備したウーリールさんが、僕の後から部屋に入ってきて、何本かの薪を暖炉へと放り込むと、僕に火打石と打金を渡してきた。


「ごめんなさい。お客様にこんなことをさせて、本当に申し訳ないんだけど、これで火を点けてもらってもいいですか?」

「あ、はい」


 マリアさんのせいでそうなってしまったことを察した僕は、すぐに頼まれたことを実行した。


「マリア、火が点いたよ? もう、降りてもいいんじゃないかな?」

「嫌!!」


 まるで2人の愛のように、暖炉の中では大きな炎が燃えあがっていた。

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