死の生命 4
大我の部屋を離れ、二人並んで人々行き交う道を歩くラントとアリシア。
この数日間、街はいつやってくるかもわからない未曾有の脅威に身構え、ピリピリとした雰囲気に包まれていた。
しかしその常に身体を強張らせているような状態が、人々の間で何日も続くわけもなく、少しだけこれまで通りに近づいたような、脳裏でどこか不安を覚えつつも日常を過ごすという、ややアンバランスな感覚の中で過ごしていた。
「なあアリシア、エヴァンさんは今どこに?」
「お兄ちゃんだったら、他のみんなをユグドラシルに連れてった後どこかに行ったよ。どうかした?」
大我がバレン・スフィアを消滅させたその後、自身のうちに何かが晴れていくような感覚を覚えたエヴァン。
それの正体がわからないまま過ごしていたある日、大我がボロボロの状態で戻ってきたことと同時にその自分達を苦しめた球体の消滅を知る。
後から追加されていった情報から、エヴァンは以前に感じたその感覚はバレン・スフィア消滅によるものだと確信。ならば他の皆に繋がれた見えない鎖は解かれたのではないかと予測し、アレクシスやグレイスを筆頭にアルフヘイムに戻った仲間全員を一人ずつユグドラシルへと運ぶ。
その予測は的中。グレイスが口にしていた、穢れを受けた者への甚大な精神攻撃は完全に鳴りを潜め、自由に外に出歩くことが可能となっていた。
エヴァンは全員の回復を女神へと嘆願した後、アリシアが言っていた通り、一人でその感情と状態を落ち着ける為にどこか人目につかない場所へと移動していたのだった。
「いや、こういう時にどんな気持ちでいればいいのかってちょっと聞こうと思ったんだよ。今度来るっていう化物、エルフィから少し話聞いてたからな。そんなとんでもねえ敵と戦うのは初めてだからさ、心構えもどうあればいいのかわからねえんだ」
今までずっとずっと先にいた憧れの人達が行うような領域に踏み込むであろうことに、不安、興奮、いくつもの感情が入り混じるラント。
ついに自分の力を発揮する時が来たのかもしれない。街を、皆を守るという大前提を胸に置くが、逆にどこにその感情の在処を置けばいいのかわからないというその不慣れさに、ラントは少し動揺していた。
「……そういうことは、後々考えるくらいでいいんじゃない? あたしだって、そういうのはいっつもお兄ちゃんがやってたから、ラントと同じくわかんないしね」
肩をポンポンと叩き、自分も同じだからあんまり気負い過ぎるなと同情の方向から気持ちを落ち着かせようとするアリシア。
その言葉通り、彼女ももしかしたらそんな相手と直接戦うでことになるあろうという未知の領域の出来事に、いつものように元気に振る舞いながらも悩みに悩んでいた。
偉大な兄から教えてもらった闘法や魔法は身に染み付いていても、それを全開で使ったことなどほぼない。
実際その状況になれば吹っ切れるかもしれないという半分根性論じみている解決方法に身を任せるほかないと、自分にも言い聞かせるようにラントにも口を挟んだ。
「……そうか。そうだな。それで割り切るか。そん時はそん時だ」
言葉の断片を受け取り、ラントは自分の中の考えを改めてかきまわす。
どうせいつか正面からぶつかることになるのならば、無駄に考えても仕方が無い。その時はその時、持てる力を全てぶつけていけば、おそらくはなんとかなるだろう。
緊張からか、自分らしくない思考に陥っていたことに、顔を叩いて改めてしゃきっとさせる。
「よし! 細けえことはなしだ! 向かってくる奴らは全員ぶっ飛ばす!」
「そうその意気! それでこそいつものラントだよ」
このような時こそ、今まで通りの精神、平常心が求められる。
あれこれ考えるよりもとにかくいつも通りにやろうと、ラントは一時の沈み込みからの復帰を果たした。
それに釣られるように、アリシアの気分も少しずつ上がってくる。
いつやってくるかもわからないタイムリミットまでの時間、二人の状態は下手を打たないよい状態まで引き上げられた。それが幸となるかはまさしく神のみぞ知る。
「なあ、今回のこの戦い報酬もらえるんだっけ? なんか耳に挟んだぞ」
「あそこの主人がこの街を救ったら金をやるみたいなすげー大雑把なこと言ったらしい」
「モンスター一体につきとか、細かい指定はしてないのか?」
「そこまでは聞いてなかったな……貼り紙あるかもしれないし、行ってみようぜ」
いつ逃げるか、準備は済ませたか、どんな敵か、どうやって戦うか。不安。焦燥。その中身は千差万別。
ラントやアリシア以外の人々も、まるで何かの流行であるかのように、間もなく来たる外敵への話題を交わし合っていった。
* * *
「現状報告は以上です」
「そうか、ありがとう。少しばかり身体を休めてくれ」
南門入口付近、調査団から現在のB.O.A.H.E.S.の状態を聞き入れた、ネフライト騎士団副団長のエミル。
眉をひそめ、現場から街までの時間差を考える。報告の為に移動する直前には既に動きを見せていたとなれば、とっくに何かしらの行動を開始し始めているとしても不思議ではない。
下手すれば、悠長に事を考えている余裕すらないかもしれない。出来れば街への被害は最小限に抑えたい。情報を元に唸りながら考えている最中、背後からぽんっと肩の鎧がぶつかる音と共に握られるような感触を覚える。
「この後どう動くべきか悩んでる?」
肩を叩いたのは、同様に万全の準備を整えたシャーロットだった。
「そういうわけじゃない。人々や街への被害を少なくするにはどうしたらいいかと」
「完全に倒せること前提であるのね。さっすが怪物クラス」
「人を度々怪物だどうだ言うのは感心しないな」
「ごめんごめん。けど、負けることを考えてないのはすごいと思うわ」
「皆のことを信頼してるからね。ネフライト騎士団も、この街の人々も。何より、リリィ団長を」
本心からの団員や人々への信頼を飾らずに口にするエミル。その姿が、シャーロットには眩しく思える。
「そう言ってくれると嬉しいわ。それぞれの隊は、いつ標的が来てもいいように門の外含めて配置についてる。これを破ることなんて到底……」
「前方に敵影らしき物体を確認!」
自身に溢れた自分達の隊の実力を口にしようとしたその瞬間、門の上部に待機し、遠方まで注視していた監視員が、これまでに出したことのないであろう叫び声で、門下にて待機する無数の人々に報せを飛ばした。
「詳細を」
騎士団や、そこから離れた場所にいる人々はその言葉に耳を傾ける。
エミルはついに動きが現れたかと瞬時に緊張感を高め、次の報せを要求する。
「そ……それが……なんと形容すればいいのか……」
「無理に伝えようとしなくていい! 見たまま感じたままを話してくれ!」
「は、はい! き、木が……無数の動物の身体を生やした木や、見たこともないキメラがこちらへと走ってきています!」




