死の生命 5
その声を聞いた者達の表情が一気に鋭く移り変わる。
そんな見たことも聞いたこともないような奇っ怪な植物が襲ってくるなどあり得ないと言いたいが、それは本当に起こっていることなのだろうと、これまで冒涜的とも言える姿のキメラを既に目にした者達は納得せざるを得ない。
「予想よりも早く来たか」
「どうすんのよ副団長」
「決まっている、この街には一歩も足を踏み入れさせない」
エミルは剣の鍔を親指で押し、鞘に仕舞われた刀身をほんのわずかに空気に触れさせる。
ゆっくりと剣を引き抜き、その身に空気すら焼き尽くすような赤炎を纏わせていく。
芯を通すように先端を大地に突き立て、それを合図に眼光を真っ直ぐキメラ達がやってくるであろうオルデア山と見据えた。
そして、すうっと大きく息を吸い、門の向こうまで響かせんばかりの声量で、エミルは叫んだ。
「撃退するぞ! 決して街の中へと入れるな! 知と誇りを持たない獣には私達の剣には喰らいつけないことを思い知らせるんだ!!」
戦いの意思を持つ者達を鼓舞する騎士の咆哮。
外から内側まで、それは人々の耳の中へと突き刺さるように通り過ぎた。
「気合いっぱいだな副団長」
「当然だろう。これだけの規模の防衛戦は俺達だって初めてだ。何より、人々の命が今まで以上にかかってる」
「それを背負って戦えるなんて、私達の本懐じゃない」
「そうだな。よし、俺達も副団長の意思に応えるぞ!!」
強さと人格から来る副団長への全幅の信頼を燃料に、空気を通して響いた鼓舞をその魂に響かせる団員達。
敵が来ることは既にわかっている、後はそれを叩き、屠り、斬るだけだ。
伝達の内容ではその敵は禍々しくこの世に在ることが許されるのかというような生物。だが純粋な外敵とあれば余計な感情を含める必要はない。
全身を沸き立たせるようにそれぞれの武器を握りしめ、騎士団はそれぞれの隊を率いるリーダーを先頭に前進を始めた。
「何か始まるってのかよおい」
「早く逃げなきゃ、何があっても知らないよ!」
「持てるものだけ持って、神様の足元まで急ぐぞ!」
その一方で、エミルの声による影響は戦いに向けた鼓舞だけではなかった。
脅威に立ち向かうだけの力を持っていない一般市民は、その号令を合図に街のどこからでも見える世界樹の方向へと、持てるものを最低限持っての避難を開始した。
いつもは食料品や軽食を売っているおじさんも、雑貨屋の女性も、子供を連れた夫婦も、やがて来る危険から少しでも逃れるためにとその足をそれぞれの能力や魔法も駆使して避難していった。
「シャーロット、君達は戦いの前に住民の避難を誘導してくれ。敵が正面だけから来るとは限らない。いつの間にか侵入を許し、人々が襲われたとあっては元も子もない」
「了解。それが終わったら合流するわ。いくよ皆!」
気持ちが戦いへと向いていたところにエミルから下された命令に、内心少しだけ残念に思いながらもそれも騎士団としての務めだと、シャーロットはすぐに気持ちを切り変え、自身の部下全員を連れて街の住人への手助けにその足を進めた。
万が一のために自身の武器の準備を整えながら。
その一方で、人々が世界樹を目指して逃げ走る姿を見て、逆に騎士団集う南門へと走る者たちがいた。
それは騎士団とは別に、それぞれに戦う意志を固めた実力者達。
報酬がほしい、家族の為に、実力を試したい、この先の名誉の為に、各々の理由と目的を抱えて、迫る脅威へと立ち向かう者達だった。
その中に、足早に南門へと走るラントとアリシアの姿もあった。
「ちょっとラント! もう少し落ち着いて走れ!」
「んなこと言ってられるかよ!」
「あーもーまったくよー!」
前に後ろにと流れ行く人々を避けながら、ぶつかり合いの少ない道を飛びながら、着実に交戦地帯へと近づいていく二人。
そして二人は、平和なアルフヘイムにて衝突の最前線となる場所へとたどり着く。
「まだ始まってはいないみたいだな」
「けど、みんなピリピリしてる。緊張感は伝わってくるよ」
今までに体験してきた戦闘とは一回りも二回りも違うその空気。それに関わるのは自分たちだけではない、無力な人々や大切な住処もかかっているのだという、背負うものを感じさせられる。
「き、来ました! あれです! あれが私が見たものです!!」
監視員が再び報せを発する。
今度は、姿を確認したという事前報告ではなく、深緑の向こうからついに人々のところまで降りてきたという合図。
そして、そのキメラ達の姿は門の外にいる騎士団の面々の視界にもついに入り込んだ。
「お、おい……なんだよあれ」
「なんだあのおぞましい大群は!」
「この世の終わりか何かなのか……!」
士気が上がり、何者にも立ち向かうという覚悟も確かに胸に頭に抱いていた。だが、その心は真っ直ぐ向かい来る冒涜的な光景によって亀裂が入った。
まるで正気を失った猪の如く、減速する気配もなく突っ込んでくるキメラ達。
その姿は、横たわった樹木の胴体に生えた無数の昆虫や哺乳類の足や腕、折れ曲がった樹木の隙間に溶けたチーズの如く寄生する筋肉質な繊維、ずるずるとナメクジのように動く、溶けた無数の生物の頭部が乗った肉塊。
樹木を起点にしたキメラや、これまで見かけたようなぐちゃぐちゃに生物が入り混じったキメラ。
この世の地獄が顕現したかのような様相が波のように押し寄せてくる不気味さ極まる異次元の姿に、本当に自分達の武器が通じるのかという不信感が一気に湧き出してきた。
「なんだよありゃ……煮込みじゃねえんだぞ」
「わけわかんねえよその例え」
「バーンズ隊長! 一体どうすれば」
ファンタジーの中ですら見かけるかわからない光景にたじろぐ人々。
ネフライト騎士団の団員達も、それぞれの隊長に突如湧き出た弱気から指示を待つ。
その時、後方からエミルの不安を取り除くための叫びがこだました。
「怯むな!! 奴らは統率と取れていない、強さもバラバラだ! そして私達の攻撃は通る! 私が保障する!!」
その言葉が気休めではない真実であると証明するように、エミルは門の内側から全力で走り出し、どたどたと不安定に走る一体へ炎の斬撃を斬り放った。
ただなんの思考もなく動いていた、樹木を身体にした嫌悪感煽るキメラ。その一閃に対して防御行動を取ることすらなく、正面から縦に真っ二つに分かれ絶命した。




