とある白蛇(イケメン)に起きた不幸な出来事
存在する世界は1つではない。沢山の世界が点在し、それぞれの文明を築き、互いに干渉することなく独立して存在する。
その中にある、シャングリ・ラ、と呼ばれる世界は、十二支を神として祀り、それぞれの十二支を筆頭とした獣人が住んでいる。
その中で南南東の地域を治めるのは翠玉であり、十二支神が一人、蛇神として与えられた国を治めていた。
彼は十二支の中でも特に中国文化が好きで、彼自身はもちろんだが、国中が昔の中国を模して作られていた。
その為か翠玉が暮らしている城は、かつて存在していた紫禁城に似ており、様式もそれに則られていたのだった。
気だるそうに煙管を吸い、甘い匂いのする煙を吐く一人の美しい人が、城のなかでも最も豪華絢爛の調度品が整った部屋の中の、これまた豪華過ぎるベッドに横になっていた。
その人は女物の漢服......中国の歴史ドラマで妃が纏っているような、チャイナ服の原型の服......を身に付け、華美になりすぎない程度の宝飾品を着けており、一見すると女性にも見えるが、翠玉は列記とした男性である。
だるそうに右の人差し指でくるくると巻いて遊ぶ長い髪は、絹糸のように白く滑らかで、キューティクルは艶々と輝き、虹色に光っていた。
「暇だ」
翠玉は煙管をトンっと煙草受けに打ち付けながら、つぶやく。側に控えているはずの内官......男としての機能を無くした(無くさせた)、王の側で様々なことをする使用人で、その権力は中々に強い......が返事をしてくれず、たいそうつまらなかった。
「暇だ」
もう一度つぶやく。しかしながら内官の返答はなく、瞳を向けた所で、口を開く事はなかった。
内官の呆れるような視線を受けた翠玉は、鼻を鳴らして瞳を宙に向けると、煙管をくわえて甘い煙を吸い込んだ。
しばらく煙管を吸っていたが、翠玉はその花のような顔を、わずかにしかめて、立ち上がった。
「もうよい」
翠玉は複雑な術式を宙に指先で描き始めた。術式を見た内官やお付きの女官たちが、慌てて引き止めにかかったのだが、術の発動の方が早く、一瞬で姿がかき消されてしまった。
(ここはどこだ...)
翠玉はいつものように城を抜け出す術式を組んだと思っていたが、転移した先であまりにも視線が低く、ごみごみした空気に、眉をひそめた。
空気の悪さに手で口元を覆いたがったのだが、手が動かず代わりに体が蛇のように動いた。
蛇神として、人化、獣化、獣神化の3つの姿になれるが、今はどうやら獣化した姿の白蛇になっているらしい。仕方なく、力を使って人化しようにも、うまく術式を組めなくなっている。
どうしたことだと悩んでいる翠玉は、その場でとぐろを巻いて、鎌首をあげる。
「おい、こっちにこいよ、蛇だぜ」
「きもちわりー、殺しちまえよ」
「そうだな、こんなとこにいたのが運の尽きってことで」
下品な男たちの笑い声、考え込んでいた翠玉は瞬時に逃げることができず、捩ろうとした頭をねじ切られるように抑え込まれ、そして......。
声にならない叫びをあげて、男たちに蹂躙されたのだった。
神に近いとはいえ、痛みは感じるし、傷もつく。翠玉は抵抗したが、抵抗すればするほどに、男たちからの一方的な暴力がひどくなることに気づき、そこからは無抵抗になった。
気が付くと、薬品の香りのするところにいた。先ほどは痛みを与えるだけの手が、優しく体を撫でていく。
目線を上にあげれば、涙目の女がそこにいた。
「大丈夫ですよ、出血の割に傷は大したことがなかったですから」
「は、はい!」
男がそういうと、私を持ち上げて透明な箱に入れて、女に手渡した。
おとなしく見上げていれば、女の瞳から涙が一滴落ちてきて、私の体に触れ、そこから暖かい何かがしみ込んでくるようだった。
そこから、女......淳美との生活の始まりだった。
彼女は蛇の姿である私を嫌悪することなく受け入れ、優しく迎え入れてくれた。
そのやさしさに触れ、愛に包まれ、ずっと側にいたいと思った。
彼女への気持ちがあふれてくると同時に、力がようやく復活してきた私は、まず彼女を迎え入れるための準備を行った。
自身の力を肌を通して魂に刻み込み、番として作り変えていく。徐々にではあるが、人としてではなく、蛇神の番たる形へと近づいてくるのが分かった。
完全に魂の理が人から外れたとき、私は彼女を連れて帰る決意をした。
大変お待たせしました。