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1記憶ダイアリー

書かないと忘れちゃう女の子の、苦い青春話。

夜、寝る前に絶対しなくちゃいけない事がある。

蛍光灯の下机に向かって、辞書みたいに分厚いノートにシャーペンを走らせる。

「記憶ダイアリー」

これは大事な日記帳。

1日の出来事をこれに事細かに記す事で、その日の記憶を自分の中に永久保存。

毎日この作業をやるのは面倒くさいけど、仕方ない。

ちゃんとやっておかないと、一日の出来事をスッパリ忘れてしまうんだから。

なんでそんな謎生態を持って生まれたのかについては・・・私の方が聞きたいです。突然変異こわい。

そんなわけで、今日も今日とて保存作業。最初の頃は楽しく沢山日記つけてたけど、今じゃ流石にしんどくなって、必要最低限の事だけ書いてる。しかも大まかに。

そのせいで何度、「忘れっぽいよね」って言われた事か。

まあそれはともかく。

今日もまた、机に向かって日記を開いた。


-------------

○月×日


7:00|起床

8:45|熱海と琉香と教室で談話

9:30|HP

9:50~12:25|午前授業

14:30~15:45|午後授業

16:?|熱海と帰宅

20:30|数学の課題終了

22:00|就寝(予定)

-------------


「こんなもんか」

ばた、と日記を閉じて端に退ける。

そしてもう一つ、別の日記帳を引っ張りだして広げた。


それにも今日の事を綴っていくのだけど、内容はちょこっと違う。


---------------

○月×日


7:45|幸斗先輩と登校

12:35|幸斗先輩と屋上で昼食

16:00|部室で幸斗先輩に「また明日」

19:00|電話で幸斗先輩に課題を教えてもらう

20:30|(電話越しに)幸斗先輩にキスされる

---------------


書き終えて日記を閉じ、その上に手を置いた。

保存したばかりの記憶を思い返すと、顔だけ熱い。

これはいわゆる恋人専用ダイアリーで、だから特別視というか普通の日常とは別に大切に閉まっておきたくて、わざわざ分けて保存している。ぶっちゃけ痛い行いだなとは思います。

でも忘れたくない事ばっかだから。

だから今日もしっかり頭にインプットして、日記を引き出しにしまった。

おやすみ、また明日。



一日経って、夜が来た。

だから日記を開いて、今日の事を記しにかかる。

書き終えて、大事な事を零していないかを確認すると、もう一つの日記を引っ張り出した。

「・・・・・」

机の上に広げたそれに文字を書く事が何だか億劫で、暫く無心に白紙のページを眺める。

でも早く終わらせて眠りたくて、握り締めたシャーペンの先をページに押し当てた。


------------------

○月×日


今日は幸斗先輩と会わなかった

------------------


溜息まじりに日記を閉じて、布団に潜る。

・・・今日の事は、仕方ない。

私と違って、あの人は受験生で。

部活やってて、最後の大会が近くて、忙しい。忙しいんだ。心労だって多いんだ。

すれ違うのは当たり前。こんな時に気を配るのは当たり前。

ぐるぐるする頭の中、自分に言い聞かせながら眠った。



飛んでそれから数日後。

その日はいつも以上の大まかさで一つ目の日記を書き上げると、もう一つの方を机に放り投げた。

ミシミシと呻く程に強くペンを握り締め、白紙のページに殴り書く。


-----------------

○月△日


すれ違いが原因で幸斗先輩と喧嘩

現在音信不通

-----------------


バンッ と荒々しく日記を閉じる。

とにかく今は、物にでも当たっておかないと泣くかもしれない。

最近、先輩の忙しさに拍車が掛かってきたのは遠くから見ていても判った。

だから用が無い時の訪問は控えて、やり取りはメールだけにしてたのに。

先輩はそれが気に食わなかったらしい。

オマケに今日友達の熱海と笑談してたら、偶然バッタリ出くわした。

普段は男友達と割り切っているのを了承しているのに、こういう時は嫌に疑り深くなるんだなと学んだ。

それで私も色々癪に障って、言い合った。今日ほど白熱した喧嘩は、過去にあったろうか。少なくともメールの返信が来ないのは初めてだった。

腹立たしかった筈なのに、熱が引くと後から欠落感やもの悲しさが襲ってくる。

(明日、やっぱり謝ろう)

そう決めて、犬歯で唇を噛み締めた。



次の夜。

私は泣き泣き机に向かっていた。

分厚い方の日記より先に、恋人専用ダイアリーを広げて。

机に突っ伏したまま、嗚咽と涙を零し続けた。

ぐしゃぐしゃの顔を拭いもせずに、震えるシャーペンの先をページに押し当てる。


------------------

○月□日


フラれた

------------------


書き上げた文に涙が落ちる。

濡れた文字をなぞれば、その時の光景がリアルに浮かんで来た。

目の前で消去された自分のメアドとケー番。素っ気ない「サヨナラ」と「今までアリガトウ」の言葉。

しゃくりが上がる。

知らない間にやり直せない場所まで来てたなんて気付かなかった。きっと許してくれるなんて甘えに縋って馬鹿みたい。

呆気なく来ちゃった終わりに、ただ泣いた。

(もうコレ書く必要ないんだなぁ)

くしゃくしゃにくたびれさせてしまった日記。もう文字を綴る理由が無い。

そう思ったら、ここに記した思い出全部、手元に置き続ける気がしなくなった。

思い立てば後は早いもので。静かにページを閉じて、引き出しから同じデザインの日記帳を数冊引っ張り出す。

どれも先輩と付き合う様になってから保存してきた記憶ばかり。

それをまとめて腕に抱くと、雨上がりの庭に出た。

ドサドサと土の上に日記をバラして、持ってきたライターをカチっと鳴らす。

それで日記の一つに、躊躇う事無く火を点した。

じわじわ、燃え広がっていく火を眺める。

もう嗚咽は止んで、全くの無心なのに涙だけは止まらない。しつこいヤツだ。

ひょっとしたら焼却処分されていく記憶達との別れを、何処かしらで拒んでいたのかもしれない。

でももう遅くて。たち登る煙を追って空を見る。

雲の切れ間から、星がキレーに覗く夜だった。



次の日、いつもの様に熱海と登校する。

起きたら何故か目が赤く腫れ上がっていて、まだジクジクと痛い。

それに熱海の様子もいつもと違う気がする。

「なあ、眼ぇ赤いけど・・・やっぱ大丈夫じゃなかったの?」

「は?何が」

熱海の意味不な言葉に訊ね返す。すると何やら、怪訝な顔をされた。

「だからさ、幸斗先輩」

話辛いのか、背中を縮めて耳打ちする様に喋る。

私は「?」を浮かべた。

「誰の話してるの?」

「ッはぁ?!」

眼を見開いて驚きの声を上げる熱海に、私も肩を揺らす。

その後も学校に着くまで何だかよく判らない話が続いて・・・ちょっとゲンナリ。


昼休みになると、琉香が隣のクラスから訊ねてきた。

熱海も隣にいて、2人とも何故かソワソワオドオドしてる。

「朝からずっと何なわけ?」

居心地が悪くてそう訊ねても、答えてくれない。代わりに私が取り調べみたいに質問を受けた。

「昨日の事、憶えてないの?」

「昨日って、普通に学校でしょ」

「そうじゃなくて・・・彼氏と喧嘩したの憶えてないの?」

その台詞には、唖然とした。

何?話についていけないんだけどそれって私だけ?

「いやあのね、ワタシ17年生きてきて彼氏出来たこと一度たりともないデスヨ?」

苦笑しながらも、そう告げる。

すると熱海はキツく眉を寄せ、琉香は絶句した。何でだ。

「ていうか、知ってんでしょ?ほら!屋上で昼食べようよ!」

お弁当の包みを片手に、立ち尽くす2人の間をすり抜ける。

そこで、ふと思った。

(何で屋上?いつも教室で食べてたよね)

不思議がりつつも、まあいいかと廊下に出た。

「―――っ里奈!」

「うん?」

ドアをくぐってすぐ、大声で呼ばれて反射的に振り返る。

先輩らしい見知らぬ男子が、こっちに走ってくるのが見えた。

(誰?)

見覚えなんて無い。けど私の前で立ち止まったその人の顔は、何故だか酷く悲しげで、苦しそうだった。

「昨日はごめん!!ずっと会えなかったからって馬鹿みたく苛ついてさ、それでつい・・・。だから、マジでああ言ったんじゃなくて」

荒れた息で早口にまくし立てる見知らぬ先輩を前に、私はただ呆然と突っ立っている事しか出来ない。

この人は、何を、言ってるん、ですか?

「ちょちょっ、ちょい待って! 貴方なにいきなり!」

私は後退しながら怒鳴った。

見知らぬ先輩は、驚いたのかピタリと黙る。

「誰かは知りませんけど、相手を間違えてますよ」

とんだ迷惑だ。そう思って睨んでやる。

すると行き成り腕を掴まれた。

「里、奈?怒ってんの?」

「何で名前で呼ぶんですか?離してください」

手を振りほどこうと腕を振る。

何だか、無性に苛々した。

「・・・・を、・・・たの?」

「は?なに?」

「俺との記憶・・・・・処分、したの?」

私を捕らえる手が、怯える様に震えていた。

「・・・何ですかそれ?もういい加減にしてください!」

そう怒鳴って、しつこく拘束してくる手を叩き落とし踵を返す。

曲がり角でチラリと振り返れば、熱海と琉香が呆然と立ち尽くす見知らぬ先輩を囲んでいるのが見えた。



(何だったわけ?)

ひとり屋上に出て、さっきの事を思い返す。

結局、あの人は誰だったんだろう…。

考えても、私に分かるわけはなかった。

(寒いし・・・)

冷えた手をスカートのポッケに突っ込む。

すると、指先に薄っぺらい何かが当たった。

「?」

摘み出してみれば、それはどうやらノートらしき用紙の一部。

どういうワケか焼け爛れていて、何か書かれている様だけれど・・・判りづらい。

それでも何とか解読する。


『――― 輩と、屋上――』


「――ッ?」

読んだ途端に、視界が歪んだ。

息苦しくて、あっという間に頬がびしょ濡れになる。

何で?何で泣けてくるの?

判らない。

これって何だっけ?なんで燃やしちゃったんだっけ?

わかんない。

あの先輩は誰だっけ?

昨日はごめんって、昨日何したっけ?

「あれ?」

思い出せません。なんで?なんで忘れちゃってるの?あれ?あれなんで。

大事なことだよね。たぶん大事なことだったんだよね。だったら私、ちゃんと保存してある筈だよ。

今までだってずっと欠かすことなくそうやって、なのにこれはどういう事ですか?

どうして・・・


何も、記憶にありません。



END

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