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英雄の系譜  作者: 松葉
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【第2部】第20話:妖精族のクーフーリン

 クーフーリンは、妖精族の戦士長である。


 妖精族は広大な東方山脈のどこかに住まい、数々の秘宝を守っていると言われている。

 その実態は不明であり、その住処も判明していない。


 結果、聖王国からの干渉も受けず、この東方山脈の事実上の支配者として君臨していた。


 数多の魔獣が生息するこの地において、武の嗜みは息をするに等しいほど重要である。

 彼に匹敵する戦士は、この世界すべてを見渡しても多くはいないだろう。



 だが、ダークナイトと化したシャルロッテの動きは、武を極めたクーフーリンの予測をあらゆる面で裏切っていた。



 大地を蹴り上げ、神速で放たれる黄金の槍。一撃必殺の威力を誇るはずの突きは、ダークナイトが左手から生み出した泥沼のような瘴気に阻まれる。

 刃が肉に届くより早く、呪詛の塊が槍に絡みつき、その進行方向を強引に逸らしていく。


 手応えがまるでない。

 まるで空気を相手にしているような、不思議な感触。


 ダークナイトの振るう大剣は、定まった形を持っていない。振り下ろされる途中で無数の茨のような鞭へと変化し、あるいは巨大な戦槌となってクーフーリンの頭上から降り注ぐ。


 怒りと絶望が物理的な質量を持った不定形の刃。それはまさに、理性を失い、ただ目の前の存在を破壊するためだけに稼働する殺戮機械であった。


「凄まじい執念よ。だが、武の理から外れた刃など、この槍で凌ぎ切ってみせる!」


 クーフーリンは全身から黄金の闘気を爆発させ、足さばきも軽やかに無数の連撃を放つ。流星の雨を思わせるその槍捌きは、迫り来る闇の刃を次々と空中で相殺し、大気を震わせた。


 しかし、ダークナイトには疲労も、恐怖も、そして痛みすら存在しない。


 弾かれた闇の刃は即座に形を変え、毒蛇のようにクーフーリンの死角へと絡みつく。


 さらに異常なのはその体捌きだった。

 重心の移動すら無視した不気味な姿勢から、関節の可動域を完全に逸脱した角度で重い一撃を放ってくる。


 戦闘時間が経過するにつれ、クーフーリンの息が徐々に上がり始めていた。


 彼の放つクオリアは極めて純度が高く、強靭だ。そして、クオリアには際限がない。

 だが、心は別である。


 一撃も落とせない極度の緊張の中、冷静に心を保つのは至難の業である。

 

 熟練の戦士であっても、少しずつ、確実に摩耗していく。


 瘴気の奥で妖しく瞬く赤い光跡が、虚空に残像を描く。

 それは獲物を追い詰める獣の双眸。


 ダークナイトが大きく踏み込むと同時に、足元の石畳が爆発的に粉砕される。その規格外の反動を利用した、防御不能の突進。


 大上段から振り下ろされた漆黒の濁流に対し、クーフーリンは持てる全てのクオリアを槍に込め、正面からの迎撃を選択した。


 避ければ背後の大地ごと消し飛ばされるほどの威圧感があったのだ。



 両者の力が正面から衝突する。



 周囲の瓦礫が余波で巻き上げられ、激しい暴風となって吹き荒れる。空気が悲鳴を上げ、空間そのものが軋むような錯覚。



 拮抗は、ほんの数秒の出来事だった。



 クーフーリンの誇る黄金の槍に、致命的な亀裂が走る。



「……ここまで、か」



 限界を超えた瘴気の圧力が、クーフーリンのクオリアを食い破る。

 圧倒的な質量を持った闇の一撃がクーフーリンの胸部を薙ぎ払い、彼の体を後方へと大きく吹き飛ばした。


 妖精族は、防御面においては非力な種族である。

 この一撃は、クーフーリンにとって、決定打となった。



 崩れかけた時計塔の壁に激しく叩きつけられ、口から鮮血を吐き出すクーフーリン。もはや立ち上がる力は残されておらず、手にした槍も半ばから無惨に折れ曲がっていた。



 勝敗は決した。



 ゆっくりと歩み寄るダークナイト。

 

 その手には、瘴気に包まれた不定形の巨大な剣が握られていた。


 無慈悲な刃が天高く振り上げられ、戦士の命を刈り取らんとした、まさにその時である。




 夜空が、唐突に割れた。




 天頂から降り注いだ眩い光の柱が、ダークナイトとクーフーリンの間を分断する。

 振り下ろされた絶望の刃は、突如として展開された虹色の結界に触れた瞬間、春の雪が溶けるようにあっけなく霧散した。



 光の粉雪が舞い散る中、透き通るような美しい翅を背に広げた青年が、重力を無視してふわりと舞い降りる。


「オーヴェロンさま……」


 妖精王、オーヴェロン。

 その両手には、淡く発光する二振りの短剣デュアルダガーが握られていた。


「大丈夫か、クーフーリン。ひどくやられたな。なに、ヤバいって聞いたから飛んできたが、間一髪だったな」


 不敵に、オーヴェロンは笑みを浮かべる。


 標的を奪われたダークナイトが、咆哮なき怒りとともに幾筋もの闇の触手をオーヴェロンへと放つ。

 だが、妖精王は涼やかな微笑を崩さない。


「まるでケモノだな」


 オーヴェロンが軽やかに一歩を踏み出す。


 瞬きする間すらなかった。


 彼が双剣を振るった軌跡には、遅れて幾重もの虹色の斬撃が現れる。


 それは武術の域を超えた、芸術的なまでの神速の剣舞。

 空間そのものを切り取るような圧倒的な双剣技の前に、ダークナイトの放った高密度の瘴気は紙切れのように細切れにされ、反撃の隙すら一切与えられない。


 流れるような連撃の最後、交差させた双剣がダークナイトの胸元――禍々しい瘴気の中心を正確に十字に斬り裂いた。


 ダークナイトは両ひざをつき、その場に倒れこんだ。


 黒い瘴気が、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく霧散していく。

 後には、気を失って倒れたシャルロッテの姿だけが残された。


「こ、こんな少女が……」

 クーフーリンが、驚きの声を上げる。


 オーヴェロンはシャルロッテが巻く淡青色のスカーフに、そっと触れる。

 

「ったく、団長はめんどくさいことを残していきやがって」


 オーヴェロンは、そのままシャルロッテの体をオーラで包み込むと、クーフーリンと共にどこかへ転移していった。

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