【第2部】第18話:カルデラ山脈の砲台
カルデラ山脈の中腹。
青白い閃光となって飛来した『人間大砲』は、エリオの極限の真空魔法とテオの防壁によって摩擦と衝撃を殺しきり、着弾した。
木々をなぎ倒し、岩肌に巨大なクレーターを穿ったその様が、衝撃の強さを物語っている。
「ゲホッ、ガハッ……! 生きてるか、テオ!」
「死ぬかと思ったよ……。でも、着地は成功だ」
もうもうと立ち込める粉塵の中から、二人が立ち上がる。
視線の先には、山頂にそびえる巨大な砲台があった。
その上空には、禍々しくも黄金色に輝く魔法陣が描かれている。
「おかしい……」
異変に気が付いたテオが、声を上げる。
本来、あの大規模な砲撃を可能にするには大量の魔石が必要となる。
連発するならば、想像を絶する量になるだろう。
だが、この山には『輸送のための山道』がないのだ。
飛来している時にも、いま周囲を見渡しても、整備された大きな山道が見当たらない。
「まさか!!」
テオが山の土を手に取り、軽く握る。
土は乾ききっており、まるで砂のようにサラサラと手から零れ落ちていった。
「直接、大地から魔力を吸い取っているのか……」
魔石とは、大地を流れる魔力の流れが滞留し蓄積、結晶化したものである。
大地を流れる魔力はこの星の生命そのものであり、その魔力を直接吸い出すことは星の生命を奪うにも等しい。
よって、最も御法度とされている行為であり、この星の人間であれば、誰もが知っている。
「馬鹿な! 聖王国は魔力国家だ。そんなことをしたら、自らの首を絞めるようなもんだろ」
エリオが、怒りに声を震わせる。
星との共存を最も重視するエルフにとって、聖王国の蛮行は筆舌に尽くしがたい愚行なのだ。
「許せねえ! いくぞ、テオ。ソッコーで破壊してやる」
だが、着地の爆音を聞きつけ、既に多くの兵士たちがこちらに向かってきていた。
「侵入者だ! 空から降ってきたぞ!」
「魔導砲台を死守せよ! 一匹たりとも通すな!」
戦略兵器を護衛するために配置されていた聖王国の兵士たち。
完全武装の精鋭部隊が、二人に向かって殺到してくる。
「お前ら、自分たちが何をやっているか、わかってるのか!」
兵士たちに疑問を呈しながら、エリオは風槍を振るう。
兵士は応えない。
ただ、目の前の敵を駆逐するだけの存在であるかのように、無心で攻撃を仕掛けてくる。
次々と襲いかかる兵士たち。
テオが黄金の『絶対城壁』を前方へ楔のように展開し、エリオがその内側から無数の真空の刃を放つ。
完全なる盾と、鋭利な槍。
雨あられのように振り注ぐ魔法の雨をテオが全て弾き返し、重装兵の壁をエリオの風槍が食い破る。
「どけェェェッ!!」
エリオの咆哮と共に、血路が開かれる。
満身創痍になりながらも、二人は一歩、また一歩と確実に砲台へと近づいていく。
やがて、二人は砲台に到達する。
だが、二人を待っていたのは期待したものとは全く異なる光景であった。
巨大な砲台は、ただその形をしただけの、置物に過ぎなかった。
動力源である魔力コアはなく、大きさこそ途轍もないが、形状はどう見ても旧大戦時代の産物だ。
「なんだよ……これ」
エリオは風槍に魔力を込め、ハリボテの砲台を叩き壊す。
砲台は、ガラクタであると誇示するかのように力なく、その場に崩れ落ちた。
上空の魔法陣は消えない。
魔力源が、他にある証拠だ。
周囲を見渡そうとしたテオとエリオだが、その必要はすぐになくなった。
「あら、戦姫がくると思ったのだけど、アテが外れたかしら?」
二人の背後から、ひどく冷たく、それでいて甘く艶やかな声が響いた。
振り返ったエリオたちの全身から、一瞬にして血の気が引く。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
純白の軍服に身を包み、背には漆黒のコウモリのような翼。
美しくも冷酷な顔立ちに、血のように赤い瞳。
「本命ではなかったが、まあ良い。高度なクオリアと魔力の操作技術は縁の者であろうて」
彼女が一歩を踏み出した瞬間、山頂の空気が物理的な重さを持って二人にのしかかった。
呼吸すらままならない、圧倒的で絶対的な次元の違い。
「お前、誰だ! 魔族か?!」
彼の者は、そのエリオの問いに不敵な笑みを浮かべると、おもむろに片手を振り上げる。
「テオ、防壁を――!」
エリオが叫ぶより早く、魔族の手が振り下ろされる。
次の瞬間、テオが咄嗟に展開した黄金の盾が、いとも容易く、まるで薄い紙を引き裂くように破壊される。
「が、はっ……!?」
テオの体から鮮血が舞い、力なくその場に倒れる。
「テオォォォッ!!」
エリオが激昂し、風槍を構える。
「凪を裂け。一陣の刃となって跳べ――」
詠唱しつつ、その魔族へと突進する。
風神と称された神速の一撃をエリオは繰り出そうと仕掛ける。
だが、その魔族は微動だにしない。
「遅い。弱すぎる」
魔族の赤い瞳が、真っ直ぐにエリオを捕らえる。
直後、視認すらできない速度の殴打が、エリオの腹部に深く突き刺さった。
全身の骨が軋む嫌な感触と共に、エリオの体は宙を舞い、地面を何度もバウンドして力なく転がった。
「な、何が……」
何が起きたのか、エリオには考える間もなかった。
クオリアのガードは魔力の干渉を受け付けない。
それをいとも容易く貫通してきた。
考えられる事実は、一つである。
「ま……さか……」
エリオの意識は遠のき、そのまま気を失った。
一瞬。
本当に、ただの一瞬の出来事だった。
「ふむ、悪くない。魔力との相互連携も十分だな」
魔族は、満足そうに自身の手を見つめた。
一人の兵士が、そばに駆け寄ってくる。
「この二人は処分しますか? ブリュンヒルデ様」
ブリュンヒルデは、転がる二人に視線を移す。
「聖王国に移送しろ。本命は戦姫だ。報告によれば、この二人は誘き出す餌になる」
「展開した魔法陣は、どうしますか?」
「ああ、もう消滅させてよい。地脈を使った砲撃魔法など、次撃てるのは数年後だろうて」
「はっ! かしこまりました」
ブリュンヒルデは、パッと服の埃を払うと、転移魔法を唱える。
「ご挨拶は次の機会に、陛下」




