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英雄の系譜  作者: 松葉
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第一話:英雄の仕事

3月3日、大規模改稿作業完了しました!


スピード間のある展開に変更しました!

 北方の死地グラキエス。そこは神が世界を創り替えた際のゴミ捨て場のような、燃えカスの如き荒野であった。  



 空は万年、低く垂れ込めた鈍色の雲に覆われ、地脈から噴き出す魔力が結晶化した雪となって降り注ぐ。



 だが、魔族はこの不毛の大地を大切に確保し続けてきた。

 なぜならば、ここには世界有数の魔石鉱床があるからである。



 魔族が滅んだ今、この大地を支配している種族は人間、そのなかでも最大の国力を持つ聖王国である。




 魔術協会クリスト派、北方視察団。その規模は、総勢六十名。

 ただの視察団が騎士団の一個中隊に匹敵する規模になっているのは、それだけこの視察が重要だということを意味している。


 隊列の中央には、四頭の魔獣「凍原竜」に引かせた、巨大な装甲魔導ソリが鎮座していた。

 表面にはクリスト派の象徴である黄金の紋章が刻まれ、周囲には二十名以上の結界魔導師たちが交代制で『常時発動型・恒温防御結界』を維持している。  




 結界の内部は、春の陽だまりのように暖かく、花の香りが漂う。




「……ようやく、我らの時代が来るな」




 装甲ソリの豪華な応接間で、クリスト派のトップであるメルクリウスはクリスタルグラスを揺らしていた。  


 彼は、非常に満足していた。

 魔族の生命線だった、この広大な利権を、誰が手中に収めるのかで政争は混迷を極めていたが、ようやくクリスト派がモノにしたのだ。




「執行官、間もなく予定の鉱床地点です。いよいよですな!」




 側近の言葉に、メルクリウスは薄く笑った。

「ああ。これで、我らクリスト派が聖王国の実権を握る日も遠くない」




 窓の外では、吹雪がさらに激しさを増していた。  

 視界は五メートル先も見えない。索敵魔法さえもノイズに掻き消される魔力の嵐。




 ――ミシッ……。




 かすかな「異音」。  

 その音は猛吹雪にかき消され聞こえない。

 だが、音にならない音。魔力振動を複数の護衛魔術師は捉えていた。



 メルクリウスの隣にいた魔術師が何かに気づき、口を開こうとした瞬間――視界のすべてが、巨大な「黒」に塗りつぶされた。



 ――バリンッ!!

 脳裏から全身に駆け巡る激しい魔力振動が発生する。世界最高の硬度を誇るはずのクリスト派の多層防護結界が、弾け飛んだ。



「な、何事だッ!?」



 メルクリウスがグラスを投げ捨て、窓の外を見る。  




 そこには四人の騎士が立っていた。

 見間違うはずもない、『英雄』という呼称をつけられた最強の騎士たち。



「だ、第四部隊だと!」




 第四部隊の前衛バルガスがニヤリと笑い、再び斧を叩きつける。




 大地が割れ、地面が隆起する。

 装甲ソリが隆起と共に空中に放り上げられ、バラバラに分解していく。




「防衛陣形! 早くしろ! メルクリウス様をお守りするのだ!」



 指揮官が叫び、重装魔導歩兵が魔法の盾を構えようとした、その時。


 バルガスの影から、銀色の閃光が跳ねる。  

 第四部隊でもアサシンとしての特性を極めた騎士、カミラだ。



 彼女は、針のような小剣を巧みに操り、防御の隙間から的確に相手を刈り取っていく。

 重力を無視した彼女の動きは、一線級の魔術師すら手玉にとっていた。



「下がれっ! 魔術師は後方へ! 前衛出るぞ!」



 指揮官の絶叫に応え、二十名の騎士が前に出る。

 いずれも、神聖騎士団の騎士たちだ。


「第四部隊! 錯乱したか!」



 完璧なフォーメーション。

 だが、それは一人の男によって、いとも容易く崩される。

 第四部隊、いや、神聖騎士団でも単体火力では最強と呼ばれたヴァルグの前にはフォーメーションなど整列と大差がない。



 ヴァルグのデュアルダガーは、不条理に騎士たちに死を与えていく。



「なぜだ! 味方を攻撃するのか!」

 阿鼻叫喚の戦場。  



 だが、まだ終わった訳では無い。

 装甲ソリの瓦礫が大きく爆発し、怒りの形相を見せたメルクリウスが現れた。



「貴様ら! 誰の差し金だ! 騎士団か? それとも魔術協会か?」  



 メルクリウスはこの様子をじっと見つめていたクラウスを見つけると、問いただした。



「クラウス隊長! こんな任務おかしいと思わんのか!」

 クラウスは、1枚の書状を懐から取り出すと、それをメルクリウスに示した。



「お前がクーデターを画策したとする証拠だ。反逆罪で死罪とする」



 メルクリウスは、フッと苦笑を浮かべる。



「なるほどな、そういうことかヴァレリウス……」



 彼は震える手で懐をまさぐり、漆黒の輝きを放つ一つの「石板」を取り出した。



「クラウス隊長、嵌められたのだよ。お前も、私もな! だが、タダでは死なん!」



 メルクリウスが石板を勢いよく地面へと叩きつける。



 次の瞬間、大気が軋み、グラキエスの天を覆う雲が巨大な渦を巻き始める。

 大地の魔力を吸収し、主人であるメルクリウスの元へと収束していく。



 装甲ソリを引いていた四頭の凍原竜が、断末魔を上げる暇もなく泥状の魔力へと還元され、巨大な影に取り込まれていく。

 骨が軋み、肉が再構成される。



 伝説に語られる魔導獣『イフリート』。

 石板に封印されたものはその魂を模したレプリカだが、このグラキエスの大地に滞留する魔力、そして凍原竜の巨躯を糧として、本物と並び立つ魔力を有していた。


 その名も――『イフリート・グラキエス』

 まさに神話の獣が、数千年の眠りから今、絶望の叫びと共に呼び覚まされたのだ。



「全力で生還し、ヴァレリウスに鉄槌を下してやる!」


 メルクリウスは叫び、イフリートに攻撃命令を下す。


 ――だが……。  


 イフリートは、動かない。

 山を飲み込まんばかりに大きく開かれた顎が、虚空を見つめたまま完全に静止している。


「どうした、イフリート! 攻撃せよ!」


 メルクリウスが、再度詠唱を唱える。


 その時だった。


 ――カラン、と。  

 凍りついた金属が触れ合うような、硬い音が聞こえる。

 クラウスが剣を抜き、イフリートの横に降り立った。


 ――刹那。  

 巨大なイフリート・グラキエスの胴体に、三筋の「虚空」が走った。  

 一拍置いて、山のような巨躯が、重力に従って三つの断片へと滑り落ちる。  



 断面は磨き上げた鏡のように滑らかで、そこから溢れ出した膨大な魔力が、行き場を失って眩い光の粒子へと霧散していく。



 伝説は、咆哮を上げる暇さえ与えられず、ただの氷屑へと成り果てた。




「何が……」

 メルクリウスの思考が停止した。


 イフリートは物理的な肉体を持たない、高密度の魔力体だ。鉄の刃は透過し、いかなる名剣であってもその核を穿つことは不可能なはず。




 クラウスは無感情な瞳でメルクリウスを見下ろした。




「魔法で編まれた存在なら、その『術式』を斬ればいい。それだけの話だ」

「術式を、斬る……? フフ、さすが英雄たちのおさといったところか」



 魔法における術式とは、その魔力物体を構築する元素そのもの。

 そして、破壊まで実現するには、その術式の核、すなわち『原子核』にあたるものを破壊しなければならない。



 その核を正確に見抜くなど、常人離れしすぎている。



 メルクリウスは周囲を見渡し、その場に座り込んだ。

 既に、生きているものは自分だけのようだ。



「クラウス隊長。冥土の土産に一つ教えてくれ。第四部隊が極めた力、クオリア。結局最後まで、魔法では打ち破ることは出来なかった。その力をなぜ広めなかった?」


 クラウスは、ただ答える。


「命令になかったからだ」


 メルクリウスは、高らかに笑う。


「はっははは! それはそうか! 世界を変える可能性もあるというのに惜しいものだ」


 クラウスは、剣をメルクリウスの首筋にあてる。


「もういいか?」  


 メルクリウスは、ニヤリと笑い一言呟く。


「また、会おう」


 クラウスは剣を振り抜き、メルクリウスは絶命した。


 いつもの任務……。

 四人にとっては、ただ命じられた通りに剣を振るっただけだ。


 しかし、メルクリウスの最期の言葉の真意を、彼らが身をもって知るのは、聖都に帰還した数日後のことである。


 救国の英雄、神聖騎士団第四部隊。

 彼らの輝かしい栄光は、汚れた陰謀によって、唐突に終わりを告げることとなる。

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