第2話:不条理な謝罪
神聖騎士団本部、大広間。
そこは地下の「鉄の檻」と同じ街にあるとは思えないほど、眩い光と贅に満ちていた。
天井には伝説の魔鳥の羽根を用いたシャンデリアが輝き、床には真紅の絨毯が敷き詰められている。
その豪華な空間の中心、大きな円卓を囲んで二人の男が座っていた。
一人は、神聖騎士団総長、ヴァレリウス。
もう一人は、魔術協会の汚れ仕事を一手に引き受ける執行官、メルクリウスだ。
二人は、まるで戦時中からの戦友であるかのように談笑しながら、高価な香りが漂う茶を楽しんでいる。
重厚な扉が開き、クラウスを先頭に、ヴァルグ、カミラ、バルガスの四人が入室した。
地下室の血と脂の臭いを僅かに纏った彼らの姿は、この洗練された空間では異物でしかなかった。
ヴァルグは皮肉めいた笑みを浮かべようとしたが、クラウスが視線だけでそれを制し、総長の前で膝を突く。
「……第四部隊長クラウス。お呼びにより参上いたしました」
ヴァレリウスは茶器を置き、眼鏡の奥の細い目をさらに細めた。
「ああ、来たか。クラウス、まずはメルクリウス殿に挨拶をしろ。先ほど、お前の部下が協会のエドワードを少々手荒に扱ったそうでな。メルクリウス殿がひどく心を痛めておられる」
クラウスの背筋を、冷たい不快感が走る。
北区で「不純魔石」を捌いているネズミを捕らえ、協会に揺さぶりをかけろと内々に命じたのは、他ならぬヴァレリウス自身だ。
それが今や、まるでクラウスが勝手に暴走したかのような言い草である。
メルクリウスが、唇の端を吊り上げた。
「いやはや、ヴァレリウス総長。謝罪などという大層なものは結構ですよ。ただ、うちのエドワードは繊細な質でしてね。騎士団の方々に無理やり『手土産』を持たされたショックで、ひどく怯えてしまいまして……。おかげで、北区の流通に支障が出て困っているのですよ」
嫌味な声が広間に響く。
背後に控えるバルガスが、巨大な斧の柄を握りしめ、ミシリと嫌な音を立てた。
カミラは冷めた目で天井を仰いでいる。
「聞いたか、クラウス」
ヴァレリウスの声から、温度が消えた。
「お前の思慮の浅い行動が、我々と協会の良好な関係に泥を塗ったのだ。……メルクリウス殿、この場を持って、正式に謝罪をさせよう。クラウス、頭を下げろ」
沈黙が広間を支配する。
クラウスは顔を上げず、床の絨毯を見つめていた。
この絨毯の赤は、かつて魔族との戦争で散った騎士たちの血の色だと言われている。
その血の上に立ち、英雄の末裔であるはずの総長は、利権のために昨日の敵と握手し、汚れ役を演じた部下の首を平然と差し出している。
「……申し訳ございませんでした。メルクリウス執行官」
クラウスは、搾り出すような声で言った。
その言葉は、口の中で鉄の味がした。
「ははは! いい、いい! 顔を上げてください。第四部隊といえば、騎士団の誇る精鋭ですからね。その隊長に頭を下げさせるなんて、私としても寝つきが悪くなる」
メルクリウスは立ち上がり、クラウスの肩を親しげに叩いた。
その指先には、薄らと魔力の残滓が感じられる。
威圧ではなく、ただの侮蔑だ。
「ヴァレリウス総長、これで貸し借りなし、ということで。……例の『北方の採掘権』の件、予定通り進めましょう」
「ああ、約束しよう。……クラウス、お前たちはもう下がれ。それと、当面の間、第四部隊の北区への立ち入りを禁ずる。謹慎のつもりでいろ」
部屋を出る際、クラウスは一度も振り返らなかった。
廊下に出た途端、ヴァルグは壁を力任せに殴りつけた。
「……ふざけやがって! 俺たちにやらせといて、あの言い草は何なんだ! 謝れ? どの口が言ってやがる!」
「隊長、あんなの放っておいていいの? 完全にナメられてるじゃない」
カミラも苛立ちを隠さず、棍棒を肩に担ぎ直す。
クラウスは足を止めず、真っ直ぐに出口へと向かった。
その横顔は、感情が抜け落ちた石像のようだった。
だが、握りしめた拳は、爪が掌に食い込み、赤い血を滴らせていた。
「……声が大きいぞ。我々は猟犬だ。飼い主の気まぐれに吠えるな」
その時、クラウスの脳裏に、メルクリウスが去り際に囁いた一言が蘇った。
『――北の雪原は、死体を隠すのに丁度いい場所ですよ、隊長殿』
それが、単なる皮肉でないことを、クラウスの野生が告げていた。
聖都の夜が、さらに深く、汚濁に満ちていく。




