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第12話:最強の矛

 神聖騎士団本部軍議室。  


 百年大戦の最中、人類の存亡を懸けた作戦が幾度も練られた場所である。


 かつて倒した魔族の長たちの紋章が剥製のように飾られ、擦り切れた机や椅子は当時の面影をそのまま残していた。  

 そして、今ふたたび、この場所に神聖騎士団が一堂に会することとなった。


 ただ、1点。

 相手が人間であるということを除いて……。


 神聖騎士団。  

 それは単なる騎士の集団ではない。

 百年戦争の折、各国の軍から選りすぐられた精鋭たちで組織された人類最強の軍団である。


 百年戦争当初、元々は各国の部隊がそれぞれに寄り集まり、独自の戦法で戦っていた。

 しかし、所詮は烏合の衆。

 指揮系統も疎らな人の群れは、為すすべなく魔族に駆逐されていった。


 軍事調練をしようにも、出身も考え方も何もかも異なる混成軍では上手くいかない。

 そこで、旗印となる精鋭部隊を組織すべしとのことで生まれたのが、神聖騎士団である。


 戦時は、この神聖騎士団が各国軍の指針であり、目印となって、一丸と戦うことが出来たのだ。


 要するに、神聖騎士団は漏れなく精鋭の集まりであり、戦闘においてプロ中のプロということになる。


 軍議室中央に据えられた4つの机。その机の背後に複数の机が並べられている。


 前方にある4つの机に坐するは、全十部隊を統括する師団長たち。

 後方には各部隊長や副部隊長たちが並ぶ。  


 右側の机に坐するは、第一師団長(第一・二・三部隊)のアイゼン。

 鋼を打ったような厳格な顔つきをしたこの男の部隊は、かつてバルガスも所属していた人類最強の『盾』である。  

 主に部隊の前衛を務め、防御力や突進力に優れた兵士が多く所属している。


 神聖騎士団における前衛部隊としても強力だが、何より後衛に魔術士を配置した魔術協会との混成部隊は、いくつもの魔族部隊を打ち破ってきた。


 対して左側には、第三師団長(第八・九・十部隊)の、バルトロメウス。

 ジーンやカミラの古巣であり、敵陣をかき乱す「目」と「耳」を司る斥候師団だ。  

 戦闘能力のみならず、卓越した戦術眼を持つ兵士が多く在籍しており、多くの対魔族戦術や布陣が彼らによって考案されてきた。


 そして、第四部隊。中央に座るヴァレリウスの少し後方にクラウスが構える。


 第四部隊は、他の部隊とは異なり総長直轄の部隊である。

 独立遊撃部隊として、各師団の「エース中のエース」のみを抜き取った超少数精鋭。

 一部隊の長であるクラウスが師団長格に近しい位置に座っているのは、第四部隊が神聖騎士団の切り札であることに他ならない。


 最後に、ヴァレリウスの対面にある机。

 第五・六・七部隊を統べるはずの席には、主がいなかった。  


 高い機動力と個々の能力が高い武闘派集団で構成され、神聖騎士団の『矛』と呼ばれる第二師団。

 その長たるゲールハルトの姿は、どこにもなかった。


「予想通り……というわけか」


 アイゼンが低く、地を這うような声で吐き捨てた。  

 彼にとって、騎士の寝返りは何よりも許しがたい不潔な行為であった。


「ゲールハルト……。魔術協会クリスト派の汚れた金に目が眩んだか。聖王への忠義を、利権という秤にかけたというわけか」


「愚痴っても仕方あるまい。だが、総長」  

 第三師団長バルトロメウスが、銀髪を揺らしながらヴァレリウスに鋭い視線を向けた。

「ゲールハルトの謀反は確定なのか。戦争で艱難辛苦を共にした間柄だ。陰湿な魔術士の流言という可能性はないのか?」


「残念ながら、事実だ。証拠もある」  

 ヴァレリウスは冷徹な面持ちで、クラウスが確保した魔石を卓上に、無造作に放り投げた。

「詳細は銀鴉にて通達した通りだ。奴は既に、北方防衛師団をも第二師団に取り込み、どうやら黒鉄の砦にいるらしい」


 会議室に、空間が一度に沸騰したようなざわめきが広がった。


 ゲールハルト師団は『最強の矛』である。

 かつての戦争を牽引し、魔族の首を最も多く上げたのは彼らの突撃であった。


 ここにいる部隊長たちの中にも、彼らと共に死線を潜り抜けたものは多い。

 その矛が自分たちに向けられるという事実に、将官たちの顔が苦渋に歪む。


「事実であれば、これほど厄介な相手はいない」  

 バルトロメウスが部下に目配せし、大きな地図を円卓へ広げさせた。


 聖都周辺の起伏と防衛施設が精緻に記された地図の上に、彼は黒と白の石を配置していく。


「黒鉄の砦は確かに堅牢だが、本命ではないだろう。あそこは山背にあり、守るには最適だが攻めに転じるには足が遅すぎる。機動力を誇るゲールハルトがそんな場所を橋頭堡に選ぶはずがない」


 バルトロメウスの指先が、地図の一点を叩いた。


「ここだ。ゴルゴダ砦。聖都からは距離があるが、街道を支配する交通の要衝だ。ここに座るだけで聖都の喉元を締めることができる。……奴らは既に動いているはずだ」


「報告いたします」  

 傍らに控えていたバルトロメウス配下の部隊長が、沈痛な面持ちで口を開いた。


「既に調査に向かった斥候の報告では、ゴルゴダ砦周辺の商隊が封鎖に遭っているとのことです。ゴルゴダ砦付近の街道はゲールハルト師団によって掌握され、一切の通行が断たれました。聖都への物資流入が止まり始めています」


 苦々しい表情をアイゼンが浮かべる。

「さすがゲールハルト、動きがはやい。いくら嫌いだからといって、北方の防衛師団という閑職に追いやるべきではなかったのではないか、総長」


 ヴァレリウスは、ギロリとアイゼンを睨みつける。


 アイゼンは、冗談だと言わんばかりに軽く手を振った。


 最強の矛とは言え、所詮は一個師団だ。

 総力で当たれば、倒せない相手ではない。


 だが、クリスト派の魔法部隊が融合した混成軍であるという点が厄介だ。


 圧倒的な火力を誇る機動部隊と魔術部隊が立てこもる砦。

 これを力攻めで落とすには、神聖騎士団の全戦力を投入しても、どれほどの犠牲が出るか測りしれない。


「攻めるべきではない」

 誰がどう考えても、こういう結論になる。


 軍議が持久戦の是非へと傾き、重苦しい空気が停滞し始めた、その時だった。


 バァンッ! と石造りの扉が乱暴に開かれた。  

 駆け込んできた伝令兵の顔は、死人のように青ざめている。


 彼が持参したのは、ゲールハルトと失脚したはずのメルクリウスの連名による「宣戦布告状」であった。


『神聖騎士団および魔術協会の即時解体。聖王に仇名す政犯ヴァレリウス、およびアルゴスの聖都追放を要求する。果たされぬ場合、我らは聖都を砲撃し、これを焦土と化すものである』


「馬鹿な……。ゴルゴダから聖都までは、いかに最新の魔導砲とて届く距離ではない」  

 アイゼンが鼻で笑った。


 だが、その嘲笑は続かなかった。  


 ずっと沈黙を守っていたクラウスは、何かの気配を感じ、立ち上がる。


「どうした、クラウス」

 ヴァレリウスの問いに、クラウスは卓上の魔石を示す。


「この密造魔石があれば、不可能ではないかもしれません」  


 クラウスの指摘に反応し、バルトロメウスが魔石に飛びつく。


「攻撃魔法増幅用の魔石。それも直線攻撃を強化されるように調整されている……。そうか!」

 バルトロメウスは、しまったという表情を浮かべた。


「この魔石を起爆材とし、砲弾の攻撃魔法の出力を極限まで高めれば、ゴルゴダからでも……」


 バルトロメウスは地図にペンを走らせ、想定される砲弾の推定射程距離を描く。

 描かれた半円は、聖都全域を見事に包んでいた。


 ――ッ。  


 まず、音が消えた。あまりに巨大な衝撃が、大気を、そして鼓動を圧したのだ。  

 一拍置いて、地の底から這い上がってくるような爆音が部屋全体を震わせた。


 大気が悲鳴を上げ、鼓膜を蹂躙する轟音が響き渡る。


 天井から砂埃が舞い落ち、軍議室の燭台が激しく揺れる。  

 クラウスは迷わず部屋を飛び出し、テラスへと向かった。師団長たちもそれに続く。


 聖都の西の空から東へ。  

 そこには、尾を引く巨大な火球が、天の雲を切り裂きながら飛来していた。  


 その火球は城壁を、王城を、そして聖都に住まう数十万の民の頭上を悠然と飛び越え、城壁をかすめるように外周へと着弾した。


 ものすごい火柱が立ち上り、聖都一帯を明るく照らす。


 射程距離だけはない。

 その正確さも、その威力も、決してハッタリという次元ではなかった。


 一同は部屋に戻ると、重苦しい空気に包まれた。


「はぁ……、これは力攻めするしかなくなりましたな」

 バルトロメウスが、面倒くさそうに頭を抱える。


「その方が分かりやすいというものだ。早速、布陣の検討に入りたいが、よろしいか?」

 アイゼンが、意気揚々と宣言する。


 即刻の攻撃にて進行する軍議。


 その最中、クラウスの懐にある魔導通信機が密やかに振動した。

 カミラからの、極めて短い、だが重要な報告だった。


『隊長、屯所にヴァルグがいません。彼の装備も消えています』


 クラウスは、無表情のまま通信機をしまい、静かに軍議を聞いた。




 同時刻。  


 聖都から遥か西、ゴルゴダ砦の城壁の上。  


 着弾の火柱を、ただボーっと眺めている男がいた。


 ヴァルグだ。  


 なんの感情もわかない。ただ退屈な線香花火を見ているように、その情景を眺めていた。


「どうだ? 勝ち馬だったろう、ヴァルグよ」


 背後から近づいてきたのは、ゲールハルトである。

 かつての上司は、長い年月の中で老練さを増しているが、その視線の鋭さは微塵も衰えていない。


 ゲールハルトは、砦の中央に鎮座する、三つの巨大な魔石を核とした新型砲台を指差した。

 それはもはや武器ではなく、文明そのものを焼き尽くすための怪物そのものであった。


「どうだかな」


 ヴァルグは、相変わらず興味なさそうに、その砲台を眺めた。

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