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英雄の系譜  作者: 松葉
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第十二話:聖王国の真実

 聖都エリュシオンの巨大な城壁を見上げる街道の木陰。

 クラウスは一人、冷たい風の中に立っていた。



 護符のおかげで、問題なくここまで来た。

 後は聖都に入るだけだが、ここに立っているのには理由があった。

 一人の男から、連絡があったからである。



 やがて背後の茂みが微かに揺れ、その男が音もなく姿を現した。

 ……ジーンである。



「……お久しぶりです、隊長。いやはや、一人で向かってるらしいと噂を聞いた時は耳を疑いましたよ」



 ジーンは深く頭を下げ、抑揚のない声で告げた。

「久しぶりだな。いつもながら、地獄耳だな。でも、今回は助かるよ」



 ジーンは、悪辣な笑みを浮かべる。

「色々隊長には借りがありますからね。で、知りたい情報ですが、まずヴァレリウスは今、神聖騎士団本部の最上階、自身の執務室にいるみたいです。例の騒動から警備の数は増えているので気を付けて。……それと、ヴァルグの件ですが」



 ジーンの言葉が、僅かに淀む。



「彼が神聖騎士団の宿舎を襲撃した際、凍結結界にやられたみたいです。恋人と一緒に凍結されたようで、それで自ら結界を受け入れたみたいですね」

「……そうか。一緒になれたのか」


 クラウスは、少しだけ安堵した。

 ヴァルグに、最愛の人がいることは知っていた。その人と一緒にいられたのなら、幸せだったのだろう。


「で、遺体はどこに?」

「どうやら、もう無いようです。というのも、彼が『エリクシルリーフ』を持っていたらしく、そのせいで死亡後に解凍され、処分されたとか」


 エリクシルリーフ……。万病を治す伝説の香草の名前だ。

 なぜ、ヴァルグがそんなものを持っていたのかは不明だが、今は考えている時間はない。


 思考をやめ、頭を切り替える。


「そうか……。調べてくれてありがとう」

 それだけを言い残し、クラウスは一人、城門へと歩みを進める。



 ラミロから受け取った『聖王家の紋章』が刻まれた護符を提示すると、重武装の門兵たちは顔色を変えて道を開けた。



 三年ぶりの、聖都エリュシオン。

 白亜の建造物が立ち並び、美しい石畳が続く大通り。かつて神聖騎士団の象徴として、彼自身が何度も凱旋した輝かしい街並み。



 景色は、何も変わっていない。



 だが、今のクラウスの目には、この街の全てが汚れているように見えた。

 

 英雄として利用し、価値がなくなれば簡単に殺す。

 そんな偽善者たちの集う街だ。


 

 クラウスは迷うことなく、大通りの中心に聳え立つ神聖騎士団本部へと向かった。



 本部の巨大な正門の前。

 クラウスは立ち止まり、腰の剣に手をかける。



 ゆっくりと、金属の摩擦音だけを響かせて白銀の刃を引き抜く。

 そして、腰に結びつけていた鞘を外し、無造作に石畳の上へと投げ捨てた。



 ガシャンと大きな音を立てて、鞘が地面へと落ちる。

 クラウスにとって、剣を収める鞘はもう必要のないものだった。



「おい、貴様! ここで何をしている!」

 異変に気づいた見張りの衛兵が、槍を構えて鋭く問い詰めてくる。

「武器を捨てろ! ここは神聖騎士団の……」



 衛兵の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。



 クラウスは一切の言葉を発することなく、瞬きをする間に衛兵の懐へと滑り込み、その首を刎ね飛ばした。

 血の噴水が上がり、頭部を失った肉体が重々しく崩れ落ちる。



 表情一つ変えず、クラウスは血濡れた剣を提げたまま無言で正門を潜る。

 もう一人の衛兵が、自らの同僚が瞬殺された光景に恐怖で顔を引きつらせ、悲鳴を上げながら緊急警報の魔導鐘を乱打した。



 鼓膜を劈くような警報が本部全体に鳴り響く。

 無数の足音が重なり、完全武装した神聖騎士団の兵士たちが四方八方からクラウスの元へと殺到してきた。



 戦闘は起きなかった。

 いや、正確には戦闘と呼べる代物にすら発展しなかった。



 クラウスは何も語らない。

 名乗ることも、怒りを叫ぶことも、怨嗟の言葉を吐くこともない。

 ただ呼吸をするのと同じように、視界に入る騎士や魔術士を斬り続けた。



 最新鋭の防御魔導具が、紙切れのように両断される。

 多重に展開された魔法陣ごと、術士の肉体が真っ二つに裂かれる。



 彼らは、何かを発する間も、考える間もなく、屍と化した。



 クラウスはただ無表情で、静かに最上階へと向かった。

 一つ一つのフロアに自身の分身体を残し、背後からの追撃も許さない。



 白亜の壁が赤く染まり、瞬く間に神聖騎士団本部は血の沈黙に包まれた。




 ――総長執務室。


 


 クラウスは苦々しい表情を浮かべながら、豪華な装飾が施された両開きの扉を開いた。


 部屋の奥で、ヴァレリウスが恐怖に顔を歪め、腰を抜かして震えていた。窓から逃げようとしたのか、その手には金貨が詰まった袋が握られている。



「ひっ……! ク、クラウス! ま……」



 言葉は、受け付けていない。弁明も、交渉も、必要ない。

 懇願の言葉を発するためにパクパクと動くヴァレリウスの首が、胴体から滑り落ちた。



 クラウスは血の滴る剣を執務机に突き刺し、散乱した書類を漁った。

『北方の魔石供給に関する条項について』

『反主流派の恩赦について』


 やがて、一枚の書類に目が留まった。

『追放者ヴァルグの処分について』


 そこには、ヴァルグが幻の霊草『エリクシル・リーフ』を所持していたこと、そしてその霊草を無傷で回収するために、遺体を氷結結界ごと解体し、すでに焼却処分したという事実が、事務的な文字で淡々と記されていた。



 クラウスは、ただ無言で書類を握りつぶす。

 書類はクラウスの手に付着した返り血を吸収し、真っ赤に染まっていた。



 クラウスが部屋を出ようとすると、カチンという音と共にデスクの引き出しが開いた。どうやら、ヴァレリウスの死と連動してロックが解除される仕組みになっているようだ。



 引き出しを見ると、厳重に魔力封印が施された一通の手紙がそこにあった。


 差出人の名を見て、クラウスの眉が動く。

『最高評議員議長 パルテノス』。

 聖王の側近であり、議会のトップに君臨する男からの密書だった。



 封を切り、中身に目を通す。

 そこには、かつての魔術協会のトップであったクリスト派・メルクリウスを失脚させるための暗殺計画の全容。そして、北部の魔石採掘場を独占し、聖王国を世界の覇者へと押し上げるための軍事膨張計画を、ヴァレリウスが見事に遂行したことへの賞賛が記されていた。



 おそらくヴァレリウスは、自分がパルテノスに謀殺されることを恐れ、死後にこの証拠が残る仕掛けを打っていたに違いない。



「パルテノス……。こいつが、全ての黒幕か」



 クラウスが低く呟いた、その時だった。

「冥途の土産ですね。いい手土産になりましたか?」


 背後から、ひどく場違いな、平坦な声が響いた。

 クラウスが振り返ると、執務室の入り口にジーンが立っていた。


「ジーン……。なぜ、ここにいる。いい手土産、とはどういう意味だ?」


 クラウスが目を細めて尋ねると、ジーンは口角を吊り上げて嗤った。

 人間の顔の筋肉ではあり得ないほど、不自然に。



「そのままの意味ですよ。あなたの人生の、最後の真実です。ああ、ちなみに本物のジーンとやらは、とっくの昔に私の胃袋の中ですがね」



 直後、ジーンの肉体がまるで蝋が溶けるように崩れ落ち、全く別の姿へと変貌した。

 現れたのは、純白な法衣を纏った初老の男。

 先ほどの手紙の差出人、最高評議員議長パルテノスであった。



「なっ……」

 クラウスが目を見開く。



「くくく。これも、まだ仮の姿ですがね」

 パルテノスの姿が、さらにドロドロの黒い瘴気となって部屋中を覆い尽くす。

 圧倒的なまでの邪悪な魔力が、徐々に形となっていく。



 瘴気が晴れる。

 巨大で真っすぐに伸びた角と、漆黒の鱗を持つ「紛れもない純血の魔族」がそこにいた。



「ヨルムンガンド……」

 クラウスは、その顔を知っていた。

 かつての百年戦争の最前線で激突し、討ち取ったはずの魔族最強の将軍。




「なぜ、お前が生きている。いや、それよりもなぜパルテノスの姿をしている」

「そりゃ、魔族が世界を支配する以外に理由がありますかね?」


 ヨルムンガンドは、愉悦に満ちた声で語り始めた。


「あの戦争であなたと刃を交えた時、私は全てを理解しました。新たに生まれた種族『ハーフリンク』が操ることに長けた『クオリア』という力が、我々魔族にとって絶対的な天敵になるという事実をね」



 魔将の赤い瞳が、クラウスを冷酷に射抜く。



「あのまま戦争を長引かせれば、クオリアという力が世界中に研究され、普及してしまう。そうなれば我々魔族に勝機はない。だからこそ魔族は、早々に敗戦することにしたのですよ」


「なんだと……?」


「我々魔族は、世界を支配さえ出来れば、表向きの勝敗などどうでもいいんですよ。……戦後、私は人間の姿に化け、聖王国の中枢へと潜り込んだ。そしてヴァレリウスのような欲望に塗れた愚者を操り、クオリアを扱える者たちを危険分子として排斥し、再び世界を『魔力中心の世』へと作り変えたのです」



 ヨルムンガンドは両手を広げて、血塗られた執務室を見渡した。



「聖王国という人間の仮面を被ってはいますが、その実態はすでに我々魔族の完全な支配下にある。もう間もなく、世界は全て我々の手に落ちるのですよ」



 全ては、最初から魔族の巨大な盤上での出来事に過ぎなかった。

 百年戦争の勝利も、第四部隊の追放も、聖王国の軍事膨張も。



「ああ楽しみだ。魔族が支配することによって、どのような進化が発生するのか。どのような事が起きるのか」



 ヨルムンガンドの体から、凶悪な魔力がほとばしる。

「さて、あなたを殺すとしましょう。クオリアを正しく理解する脅威は取り除かなければね」



「出来ると思っているのか?」

 クラウスが、机に刺さった剣を引き抜く。


 ヨルムンガンドは、狡猾に笑う。

「私はずっとあなたを研究してきたのですよ。今のあなたなら、私の方が強い」



 ヨルムンガンドの手に、凄まじい量の魔力が圧縮されていく。術式にハッキリとクオリアを除外する妨害魔法が組み込まれているのが分かる。



 クラウスは剣を構え、防御の体勢を取る。

 圧縮された魔力が、クラウス目掛けて放たれる。



 その魔弾は予想通りクオリアの防御を容易く食い破り、クラウスを吹き飛ばした。



 執務室の窓ガラスが粉々に砕け散り、クラウスの体は爆炎と共に吹き飛ばされ、そのまま遥か下の石畳へと落下した。



 全身の骨が軋み、体が痺れ、心から足の先まで麻痺したような感覚。

 クラウスは血を吐きながら、ヨロヨロと立ち上がる。



 上を見上げると、砕けた窓辺から、既にパルテノスの姿に戻ったヨルムンガンドが大声を張り上げていた。



「ヴァレリウス殿が殺害された! 大犯罪者クラウスを討つのだ!」



 数十、いや、数百の騎士たちが広場に集まってくる。



(……これでいい)


 クラウスは立ち止まり、赤い小瓶を懐から取り出す。

 

『バーサーカーエキス』


 過去に一度だけ、クラウスが試したことがある禁断の劇薬。

 このエキスを飲むと、理性と知性のリミッターが完全に焼き切れ、破壊衝動のみが極限まで強化される。

 

 ただ目の前のモノを殺戮する、本能の獣に成り下がる。



「後は頼むぞ、レオニダス……シャルロッテ」



 クラウスは、小瓶の蓋を親指で弾き飛ばした。


 迫り来る数百の騎士たちと、その奥で嗤う魔将を前に、クラウスは赤黒く変色した劇薬を、一息に喉の奥へと流し込んだ。

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