【第8話】 虹の行方
互いに、にこりと笑う。
端から見ればそれはとても仲の良い兄弟にも見えたのかもしれない。
ただ、こちらの住人たちには仲の良いご主人様とペットに見えているのが現実なんだろう、それでもほほ笑ましいものを見たように通行人が目を細めた。
「トウカお姉ちゃん、イケメンてなに?」
アルくんは好奇心旺盛な瞳をたたえてる。
まるで気になることは、なんでも解き明かす探偵みたいだ。
「イケメンていうのはね。カッコいいとか魅力的な顔をした男性への褒め言葉だよ。つまり、私にとって、アルくんはカッコいいってこと」
言ってて恥ずかしい気持ちを悟られないように、お姉ちゃんぶって話してみる。
――だめだ、恥ずかしい。
きっと顔は真っ赤だ。
ちらりとアルくんの方を見ると、真っ赤なりんごのように顔を紅潮させ恥ずかしそうにしている。
「そ、それならトウカお姉ちゃんだって美人さんじゃん。優しいし、足も速いし、カッコいいし。その珍しい洋服もすごく似合ってる」
「――あ、ありがと」
ベタ褒めである。
顔はさっき以上に真っ赤っ赤。
正面から見れば、瑞々しいリンゴが二つ並んでいるように見えるのかも。
アルくんの褒めてくれたこの制服は私もお気に入りだ。
水色柄のボレロの制服に合わせての、襟元の赤いリボンがとてもチャーミングなのだ。
高校に入学して、この制服にそでを通したときはとても興奮したのを憶えてる。
制服姿を褒められたのがうれしくて、長い黒髪を指でクルクルと回した。
うれしいときにでる私の癖だ。
アルくんとそんな会話をしながら、アルくんの家へと帰路を辿る。
二十分ほど歩いただろうか。
住宅街を抜け、さらに五分ほど歩く。
周囲にはこれといった建物や遮蔽物のない町の郊外らしいところへ出た。
「あと、ちょっとで着くよ。虹が目印だから分かりやすいよ」
「虹が目印?」
虹が目印になんてなるのかな? 空は曇り一つない空々漠々たる大空が広がっている。
虹は自然現象で発生する現象に近い。
シャボン玉で簡易に作成することもできるけど、大掛かりな虹となると水滴は必須のはず。
しばらく歩くと空に架かる七色の橋が見えた。
虹だ。
「ほら、あそこが僕の家だよ」
アルくんの指す指の先には、遠目からも分かるほど、このなにもない空間を全てこれだけのためにといわんばかりの雰囲気を持つ豪勢かつ重量感溢れるお城が建っていた。
まるで西欧映画の中から切り取ったみたいだ。
さらに遠目だからか、お城に虹の先端がまるで刺さっている様にみえる。
――まさかね、ゴシゴシと目を擦り、ムンと目をいっぱいに開き観察してみる。
――うん、良く見えるぞ。
――虹が刺さっているのが。
すごいものを見ちゃったと言わんばかりに。
「アルくん! アルくん! アレ!」
「うん? 虹を見るのは初めて? 向こうの世界ではなかったの?」
「いや、あったけど」
住んでる住人にしたら当たり前なのか、私の驚きに大した興味を持っていないアルくん。
家というよりお城と表現した方がしっくりくる建物。
その建物に直接、虹が刺さっているのを見るのは当たり前だが初めてだ。
――虹は元来、光が水滴に反射することによって発生するから、水面に浮かぶ月のように触れることはできないはずよね? 科学の授業でそう教わったけど、科学の点数はクラスの平均くらいだから自分の知識に確証は持てないや。
「とりあえず、家に入ろうよ。疲れたでしょ?」
と、アルくんが促してきた。
――言われてみれば、今日はいろいろとありすぎた。
正直、体も精神も限界に近い。
これ以上、疲労を重ねる前に、ここは素直に言葉に甘えようとした瞬間。
「見付けたぞ! クソガキとお嬢ちゃん」
苛立ちを乗せた胴間声が鼓膜をたたく。
疲労だけではなく、トラブルまで積み重なったよ~(泣)今日は厄日に違いない。
「ま、まだトラブルは続くの? 人生、山あり谷ありっていうけど、勾配が急すぎるよ」
「……お兄さんもしつこいね。お仕事熱心というか、お連れの仇討ちもあるんだろうけど、ここまで頑張る姿には頭が下がるよ」
声の方へ振り向くと、そこには誘拐犯の片割れ、フランクにアニキと呼ばれた人さらいの天使がいた。
フランクがいないところを見ると、まだ、アルくんの一撃から目を覚ましていないんだろうか? その疑問視にはすぐに答えが返ってきた。
「アッ!! 連れの仇討ち? あんな使えねぇボンクラなんざどうでもいいんだよ! 今頃、ボスに仕置きされてるだろうからよ!! んなことより、ガキ!! オレはコケにしてくれたおまえが許せねぇんだよ! 横から獲物を掻っ攫いやがって、ゴメンナサイじゃ済まねぇことを教えてやるよ!」
喋り方が誘拐犯どころか、チンピラである。
相変わらずの物言いに、ムッときた。
「獲物って、私は」
「ウルセェ! 嬢ちゃんは黙ってろ! もとはといえばテメェがちょろちょろと逃げ回るからこうなったんだ! 嬢ちゃんは女に生まれたことを不幸に思える、いや、女の幸せと不幸の両方を教えてやるよ。楽しみにぐぺぇ」
ボォウ! っと、一陣の風が舞った。
アルくんがまるで風のようにチンピラ天使に接近すると、大地につけた左足で推進力を吸収と同時に溜め込み、その反動を勢いよく右足に乗せてチンピラ天使の顎めがけて突き上げた。
蹴り上げられたチンピラ天使が勢いよろしく、空を舞い推進力がきれると、まるで生者を奈落へと引き込む亡者の如き重力に圧され地上へと帰還する。
ドスン! と効果音つきで。
私はふと気付く。
アルくんの背中に生える翼が四枚になっていることに。
「お兄さんていうより、オジサン。勝手にトウカお姉ちゃんの人生を決めたらダメだよ。トウカお姉ちゃんは僕にとって、大事な友達なんだからね」
至当のことと公言するアルの言葉に――ドキッとした。
ぐぎぎっと呻き顔を、次いで体を起こしチンピラ天使が怒り狂う。
「このガキ! 二度も大人を足蹴に、どんな躾を親にされたんだ? あぁ! だから、ペットの躾もできてねぇんだよ!!!」
「だから、私はペットじゃない!!」
私の言葉から言質を取ったりといわんばかりに、チンピラ天使が邪悪に笑う。
「へっそうかよ。だってよ、クソガキ! この嬢ちゃんはおまえのペットじゃねんだとよ。じゃあよ、先に見付けたオレのモノじゃねぇか!!! となると、横からイチャモンを付けてるのはテメエになるなぁクソガキ!!」
しまった! 自分の失言に気付く。
面倒事を作ってばかりじゃないか、私は。
「おかしいと思ってたんだよ。街を通ってきたはずなのに首輪をいまだに付けちゃいねぇし、つないでいるのは鎖じゃなくて、お手てとキタもんだ。まるでよ、人間大好き倒錯の王と一緒だなぁ。ギャハハハブゥ」
瞬間、風が疾風はしった。
目にも留まらぬ速さ。
因果を歪め、結果を持ってきたかのように、アルくんの拳がチンピラ天使の鳩尾に納まっていた。
ウゲーと嗚咽を吐き出し、崩れ落ちるチンピラ天使にアルくんは冷ややかな視線を穿つ。
実際に寒気を生じさせる瞳とは対象に、アルくんの口調はマグマのように触れれば、ただではすまない激高をたたえていた。
「おまえはもう喋るな! 兄さんを!! 王を侮辱した罪に対し、秤の測定者として、僕は貴様に罰を与える。祈りを捧げ、黙祷に伏し、沈黙を友とせよ、さすれば悠久の眠り、ここに与えん」
アルくんが呪文のような言葉を唱えると、アルくんの背中の翼が六枚に増え、アルくんの体が光に包まれる。
その光がアルくんの手の中に凝縮されていく。
それはとても――キレイで。
そして、アレは――――――。
「ダメェ!!」
直感で判断し走り出す。
アルくんの元へ。
アレがキレイでキケンなものだと、心が叫んでる。
私はなにも考えず、ぎゅっとアルくんを正面から抱きしめた。