【第9話】 天使の恩返し
アルくんは私の行動に驚くも、怒りは収まらないのか抗議する。
「トウカお姉ちゃん!? なにするんだよ! コイツはっ! コイツはねぇッ!!」
「分かってる! お兄さんが馬鹿にさてたことが許せないんでしょ!? けど、今、アルくんがやろうとすることはダメだよ! それはとてもダメな気がする。だから、ダメだよ」
がむしゃらに私の腕の中で、アルくんはじたばたするが、私が退かないことを悟ったのか、ややあっておとなしくなった。
「……分かったよ。トウカお姉ちゃん。確かにお姉ちゃんの前で、殺してしまうのも……だしね。うん、分かった。……だから、トウカお姉ちゃん、ちょっと僕を離してくれないかな? 苦しいよ」
「……へ?」
アルくんの弱々しくなった抗議に自分の体勢を確認してみる――私の腕の中――というより、胸の中にアルくんの顔がすっぽりと埋まっていた。
「わわわっ!? ご、ご、ゴメンね。苦しかった?」
「べ、別に苦しくは……いい匂いだったし、柔らかかったし……って、はわわッ、なにを言ってるんだろ? ボク……」
小声で何かを言いながらあわあわと、なぜかテンパッているアルくんに異変が感じた私は、
「大丈夫? 顔が真っ赤だけど」
アルくんの額に手を当てた。
熱は――なさそうだ。
「良かったぁ」ほっと心弛びする。
けど、気のせいかな? アルくんの顔がさっきより赤くなっているように見える。
「だ、ダイジョウブだよ、だよっ?! そ、それより、トウカ姉ちゃんはコイツをどうするつもりなの? 放っておくと碌な目に遭わないと思うけど」
コイツとは勿論、地面をさっきまでゴロゴロとのた打ち回り、鳩尾を殴られた衝撃による呼吸困難状態からようやく回復してきたチンピラ天使のことだ――それにしてもこの天使、意外とタフね。
変なことに桃華は感心しつつ、チンピラ天使の間近まで行き話しかけた。
「ねぇ、オジサン?」
「な、なんや!?」
アルくんの力量を感じ取り、生殺与奪を握られていると感じているのかチンピラ天使は戦慄いている。
ちょっとかわいそうに思えるけど、アルくんがいなければこのチンピラ天使に酷いことをされていたのは私だったのは明白だ。
そう考えると、アルくんにあらためて、感謝の気持ちが募る。
「オジサン、私、今、と~~~っっってもッ、疲れているの。だからもう帰ってもらえないかな? そして、もう二度と私達の前に現れないでくれます?」
今、心から願う気持ちを口にする。
酷いことを言ってると自覚しながらも、私にもアルくんにもやったことを思うと配慮なんて、とてもできなかった。
「確かに弟分さんには悪いことをしたけど、もとはといえば、オジサンたちが悪いワケだし、アルくんが怒ることを言ってこうなったのも自業自得ともいえるんだから……それに正直、私もアタマにキテるんです!」
私の怒り心頭の声にチンピラ天使は出会ったときの余裕はどこへやら、完全に萎縮してしまっている。
「……けど、このままお互いがお互いを許すことができないんじゃ終わりがないから、今、ここで今日あったことをお互いに水に流しませんか? ……ええっと、オジサン風にいうと手打ちってやつ……?」
チンピラ天使は私の提案が埒外だったのか目を丸くして私を見ている――私おかしなことを言ったかな? 頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「……オカシなお嬢ちゃんやな。もうちぃっと、大人の意地と怖さをみせたっかったんやけど、相手が悪すぎや。王が相手じゃオレの障壁程度じゃ紙切れも同然だわなぁ……ええやろ。人間風情に助けられたのは癪に障るが、オモロイもん見せてもらったしな。お礼にお嬢ちゃん、いいことを教えたる」
そういうとチンピラ天使は私にしか届かない小声でこう言った。
「『お嬢ちゃんの王子様は、お嬢ちゃんに対してだけ王子様やで』……この意味はまぁ、そのうち、イヤでも分かるやろうけどな」
服についた埃や土をパンパンと払うと、自虐的な笑みをチンピラ天使は浮かべた。
「そもそも最初から王と分かっていれば、こんな骨折り損の草臥れもうけなんてしなかったわけやし。ああ、勿論、あの坊ちゃまが王様なことは口外せんよ。命が惜しいからな」
もうこりごりとでも言いたいのか、チンピラ天使は大袈裟に体を震わせた。
「ほな、命の恩人のお嬢ちゃん、この恩は忘れんけど、二度とあんたらの前に現れんから恩は返せん! だから、礼だけ言わせてや。ありがとな。おかげで死なずに済んだわ。じゃ、帰らせてもらうわ……」
こちらが口を挟む隙も与えずに、チンピラ天使は言いたいことだけを早口に捲くし立て、一刻も早くここから離れたいといわんばかりに翼を広げて飛び去っていた。
私はチンピラ天使の去り際のせりふの意味が気になり、心の中で反芻する。
――私の王子様は、私に対してだけ王子様。
なんだろう? オジサンは忠告みたいに言っていたけど、この言葉を反芻するたびに――なんかうれしいんですけど! でへへ。
「ト、トウカお姉ちゃん……?」
――ハッ、イケない、いけない。
自分の世界に入り込むところだった。
「大丈夫? なんとも表現しづらい表情をしていたけど、疲れているんだね。早く家に入ろう」
アルくんが手をつないで促してくる。
「え、ええ。そうね」
考えなくてはならないことは山ほどある。
妹の行方や元の世界に帰る方法。
アルくんについてもチンピラ天使の言葉にあった『王』という単語、あれはアルくんの事を指していて、アルくんの兄も……『王』ということ? いろいろ、聞きたいことも山ほどあるが今は聞いてはダメな感じがする。
また、いつかアルくんの方から話してくれるだろうか?
そんな考えを巡らせてる間に、アルくんが立派な城門を開ける。
中に入ると香草の芳しさが鼻腔を擽った。
門を開城したためか、閉じ込めていた花の香りが一斉に解放されたみたいだ。
嗅覚だけでなく、視覚にも色鮮やかな折々の花たちが飛び込み楽しませてくれる。
まるで妖精の楽園にでもお招きされたみたいだ。
「すごいすごい! なにこの庭園! すごすぎるよ!」
感情の高ぶりと合わせて賛嘆する私を見て、うれしそうにほほ笑むアルくん。
「喜んでくれると、うれしいよ。この庭園はトトが毎日、手間暇掛けているから、会ったら感想を伝えてあげるとすごく喜ぶと思う」
「トトさんがこの庭園のお手入れしているんだ。すごいなぁ」
お城の大きさからしても、修学旅行でいった熊本城の半分くらいはあったように見えた。
その半分でもこの広さを手入れしているんだから、庭園のレベルもさることながら、これを維持となると、とんでもない労力と人員が掛かりそうだ。
そのとんでもないことをやっているトトさんはとても有能な人物に思え、興味が沸いてきた。
なにより、これからお世話になるのだ。
どんな人物か知っておきたいのは当然だ。
「ねぇ、アルくん。トトさんってどんな方?」
アルくんは至極難問を吹っかけられたように、顔を歪ませる。
「どんな? う~ん、トトは僕のお世話係みたいなもので、基本は年若い女性の姿なんだけど、う~ん、説明しづらい。会ってみたほうが早いよ」
思考を放棄した感じのアルくんの言葉から、トトさんに気難しい印象を受けながらも、アルくんの誘導に従い歩き、城内へと続く扉へ辿り着く。
扉にアルくんが触れると、蒼白い光を扉が発光し、すぐに光が収まるとガチャリと鍵が開く特有の音が鳴る。
扉を手前に引き、体を城の中に滑らせるように入るアルくんに続き、私も中に入る。
「ただいまー」
と、アルくんの元気な声が城内に響く。
間をおいて
「おじゃましまーす」
と、私の緊張に包まれた声が響いた。




