【第61話】 できることとやるべきこと
熱賛の眼差しと声が喝采となって、アルフェルに向けられる。
が、しかし、アルフェルはその喝采を浴びるのを拒否するように、声のトーンを落とし物静かに首をゆっくりふる。
「僕の考えた答えはここまでだ。残念だけど規律に至る解答はちょっと分からないや」
六歳という年齢に適した幼い笑顔を浮かべて、アルフェルは降参を告げる。
マーリンにはそれはあまりにも大きな謙遜といっても言い過ぎではなかった。
「ほっほっほ、坊ちゃま。そう仰っても、推測の答えはついているのでしょう?」
「うん、これまでの流れからして、翼が関係するのは察してるけど憶測から判断した上での、解答の成否は身になるとは思えないから、マーリンの教えに傾聴させてもらうよ」
「たしかに情報の不足部分からの憶測はミスリードに発展しかねませんし、成否問わず良くも悪くも記憶に残り、時が経つと、思考した努力だけが記憶保つこともありますからのぅ」
「それにこれは授業だよ。マーリンは僕に教えることが大事な役目だろう?」
「そのとおりですのぅ。では、魔法に関する魔魔法使いにはなく、我々天使のみにある三つ目の規律の内容は、翼を収納時に収納している魔法系統を使用すると無詠唱同様に追加で一つ消費してしまうことなのですじゃ」
「なるほど。ということは、翼を収納時に収納している魔法系統を無詠唱まで併用すると最大三つの魔法使用回数を使用するってことかな?」
「そういうことですじゃ。さすが坊ちゃま、飲み込みが早い。今回、この授業を行ったのも坊ちゃまが昨日、顕現させました五翼と六翼、特に五翼に秘められてる魔法がとても重要性が高く坊ちゃまの身の上で欠かせないのですじゃ」
「僕の五翼に秘められた魔法? もしかして、教えた『実体二元回帰』と『太陽からの贈り物』のこと?」
アルフェルは自分が顕現させた翼と天使のワッカ《エンジェル・ハイロゥ》に宿る魔法と効果を兄であるエルクリフにマーリンに随時告げるように教え込まれていた。
本来は魔法の起源の情報流出は命に関わるものだが、幼いアルフェルには兄の教えであり、育ての親でもあり師匠でもあるマーリンにならという安心感もある。
最古の魔法使いと呼ばれるマーリンの魔法の運用方法は間違いなくアルフェルの力になっていた。
アルフェルが三つ目の規律を四つの翼を顕現させながらも知らなかったのはひとえにマーリンの教えにある。
翼は城内滞在時だけ顕現を許可されており、それ以外の場所では常に翼を収納するように教えられてきた。
城内では己の力を制限なく振るえるように、場外では護衛であるマーリンたちの力で護られてきたことをアルフェルは授業の上で悟った。
それは自分がさきほど提案した内容が、これまで自分が享受してきた内容にそっくり反映されていることにも気付く。
―― 顔を覚えられない限り、不意打ちされることもないだろうし、翼を隠すことで本来の使える魔法系統魔魔法使いに知られることもない。不安なら多少の護衛を付けるくらい魔魔法使いの暴行がある以上、ありふれた日常風景の一つだろう。
(なんてことないすでに実証されていたんだ、僕も対象に)
照れ隠しながらに答えたとき以上の恥ずかしさと嬉しさを覚えさせられるとは、数分前の自分には想像できまいと思うほどの感情を与えた当のマーリンはアルフェルの赤面した様子に気付きながらも質問に答える。
「そのとおりですじゃ。六翼や他の魔法も強力ですが、あの二つの魔法だけは扱い次第で坊ちゃまの生存力を大幅にあげてくれるのは間違いないですからのぅ。いいですか? この魔法は坊ちゃまが仰ってた状況を選ぶ魔法ですじゃ」
マーリンがずずいっと、アルフェルに顔を近づけて念を押す。
「分かったよ! マーリン、教えてくれ」
前のめりで近づけた顔を引っ込めると、コホンと咳払い一つすると、マーリンは威厳を乗せた声をアルフェルへ届ける。
「まずは『太陽からの贈り物』の使用回数は三回。これは非常に強力な予防系の魔法となりますが、使用するべき状況は当然、重度の病等の攻撃に対してが基本になるでしょうが、喉を潰された、または、声を出せぬ環境や妨害行為をされれば強力な魔法も意味をなせません」
もっともなっことだ。
どんなに強力な魔法でも一度きりしか使えなければ、対応方法は意外とあることをこれまでの授業で教わってきた。
口を塞ぐだけでその魔法は封じることは可能なのだ。
アルフェルは培ってきた知識を適用しながら、耳に神経を集中する。
「ですから、この魔法は翼を全て顕現している状態を除き、無詠唱前提でご使用するのですじゃ」
『太陽からの贈り物』を無詠唱前提で使用する、それはつまり――。
「一日に一度の使い捨ての魔法で運用しろってこと?」
「そうですじゃ。この魔法は一時間の効果能力と坊ちゃまの殲滅能力から鑑みれば、一度でも強力ですのじゃ。三回全て使用する状況に挑むとあれば、それは坊ちゃま、必ず、ワシに相談してくだされ!」
マーリンの瞳からはそのときは、何が何でも付いていくという意思が言葉にせずともアルフェルに訴えてくる。
「分かったよ。二重の意味でね」
「ならいいですじゃ。続けますぞ? 『実体二元回帰』の使用回数は五回ですな? これはいわずとも状態異常系の攻撃を受けたら使用し、追加の状態異常攻撃を防ぐために『太陽からの贈り物』とのコンボですじゃ!」
語尾をちから強くエコーがかからんばかりの声量に、アルフェルも応える。
「うん、それで?」
そんな分かりきった組み合わせを提示されても? と淡白な表情と白い眼がマーリンを捕らえる。
「いや、そのの・・授業に緩急を付けようかと思いましての・・」
「そういうのいらないから、続き・・あるんでしょ?」
「・・はい。『実体二元回帰』は『太陽からの贈り物』同様、無詠唱で構わない・・ですのじゃ・・ぐすっ。残りの二回は・・ひっ・・く、保険として・・ふぐ! 詠唱で御身か救出者にお使いくだされ・・すんすん」
「・・・・・・」
マーリンの泣き声と嗚咽が混じりながら、必死で授業を継続しようとするマーリンにアルフェルは多少の罪悪感を抱く。
(まったく、とんでもない緩急だよ)
まだ聞き取れる範囲であり、理解もできる言語でもあったからいいが、これ以上は言葉がゲシュタルト崩壊しかねないのもあるが、何より、集中できないこともあり、アルフェルは一息ため息つくと慣れた感じで優しい声色でマーリンにいう。
「マーリンの気遣い、たしかに大事だ。実際に僕の集中力は変わったしな。だから、泣き止んでくれないか?」
見慣れた一輪の花が咲いたような笑顔がそこにあった。
あくまでようなである。
「坊ちゃま、なんと優しいお言葉。ずずず! お見苦しいところを申し訳ないですじゃ」
「いや、構わないよ。・・それで授業は終わりかな?」
「いえ、大事なことがまだですじゃ。坊ちゃまは人間にとくに魔魔法使いに対しては冷静さを失うほどの攻撃性を持ってしまうことがありますでしょう?」
マーリンの指摘は痛いところを突いてきた。
過去にそれを見抜いていたマーリンが精神の抑制力をかける訓練のために、理想郷の鐘の末端の構成員を使ったことが何度かある。
(最初は見るだけで、苛立ちが修まらず、殴って燃やして、反抗する部位を片っ端から壊してやったんだっけ)
現在も継続中の訓練を思い出す。
(口が罵倒と苦痛に動けば、手足が拘束具で抑えるのが難しくなれば、瞳から憎悪や懇願を覗かせれば、必死で諦めない意思を示せば、六十六人目でようやく感情を少しはコントロールできるようになったつもりだけど)
成長している自負はあれど、実践とは程遠いあくまで訓練なのは自分でも分かっている。




