【第60話】極上の意趣返し
マーリンの内心を知ってか知らでか、アルフェルは右手を軽く握り、口元へ当て、思考の海へと漕ぎ出していた。
広い部屋で教師と生徒、主と臣下はなにも言葉を交わすこともなく、発することもなく寂然とした三昧の境地がそこにあった。
しばしのときをへて、空間が音を拾い上げた。
「魔法が使えなくなったところを狙われたんじゃないのかな?」
アルフェルの出した真実はマーリンの細目を大きく見開き、口元は緩み、今にも称賛の声を上げたいのを必死で抑えている。
その様子だけで、アルフェルの解答の正誤に答えているのは一目瞭然だ。
マーリンのそんな状態を意に介すこともなくアルフェルは思考の海から掬い上げた、これから自分の糧となるであろう財宝の価値をマーリンに問う。
「魔法が使えなくなれば、いくら十二翼聖といえど、一般の天使と変わりはなくなる。そこを魔魔法使いに狙い撃ちにされれば、ひとたまりもないだろう」
「さすがは坊ちゃま! そのとおりですじゃ!」
抑え込んでいた台詞をようやく、吐き出すことができたマーリンは満足げに頷き、自慢の白髭をさする。
「ですが、まだ、あくまで魔魔法使いの行った行為が露呈された段階でありますな。その暴挙への抑止または対策案が坊ちゃまにおありであらせれば、どうぞ爺にお聞かせ願えますかな?」
この質疑に当時の十二翼聖はさぞ悩まされたのだろうとマーリンは思う。
だが、それでも主が出した解答と同じものを答えた天使が対策案を打ち出していた。
さて、今度はどれほどの時間で辿り着けますかな? と、答えに到達すること事態を信じているマーリンは時間を要することしか問題視していなかった。
が、その問題視はあっさりとハードルを飛び越えられることとなる。
マーリンの質疑を予め読んでいたのか、滔滔とアルフェルは述べ立てた。
「翼を隠せばいいだけさ。有事以外は可能な限り、一般の天使と変わらない姿をすればいいだけだろ? 十二翼聖は翼と天使のワッカ《エンジェル・ハイロゥ》を自分の体に収納できるんだから」
「ほっほっ・・」
マーリンがなにか必死な形相で告げようとするが、声になることはなく、アルフェルは自身の考えを詳らかにしていく。
「僕たち天使は魔魔法使いと違い、魔法の使用回数を引き上げることはできないけど、そこは魔法の使用回数と場面には充分すぎるほど注意すればいいと思う。難点は治安維持目的の抑止力は落ちるけど、死んだら元も子もないからね」
「ほぅ~・・そのとおりですじゃ。十二翼聖の素養の天使材発掘を含め、死ぬことにより残された者の悲しみや損害は莫迦にできぬものがありますのじゃ。坊ちゃま、肝に銘じてくださいませ」
端倪すべからざる己の主の知略に驚嘆のあまり、喉元がいがらっぽくなっていたがそれもようやく治まり、伝えたい想いと一緒に肯定する。
「ああ、分かっているよ」
軽く短い声が返る。
それは決して、なぁなぁな返事ではなく、本当の意味で理解をしていることをマーリンは知っている。
それでも、マーリンはその短い返事から揚げ足を取る形になろうとも己の願いを無礼覚悟で告げた。
「坊ちゃま! 坊ちゃまが魔魔法使いを心から憎んでいることは重々承知でお願いします。どうか! どうか己の命を大切になさってください。坊ちゃまが万が一、命を落とそうものならばエルクリフ様をはじめ、ワシやトトが悲嘆の底に突き落とされるのをどうか、お忘れないようにお願いします」
マーリンの一意専心な願いにアルフェルからは年相応の少年の姿と、一人の主としての顔が混じり合い困った表情を覗かせた。
「分かってるってば! だから、そんな顔をするな。僕が死んだら兄さんはともかく、マーリンもトトもあとを追いそうだからな。まったく、過保護すぎるよ」
呆れた風にアルフェルはやれやれと首を左右に数度振るが、困惑顔にうれしいという感情が付与されていたのは少年ゆえにうまく隠しきれてないのが見え隠れして、僭越ながらも孫として見てるマーリンには何よりも大切で命を差し出しても惜しくない宝物と再認識した。
「話を戻すよ。顔を覚えられない限り、不意打ちされることもないだろうし、翼を隠すことで本来の使える魔法系統も魔魔法使いに知られることもない。不安なら多少の護衛を付けるくらい魔魔法使いの暴行がある以上、ありふれた日常風景の一つだろう」
そんな日常は壊したいけどね、皮肉めいた調子でアルフェルは続ける。
「けど、見方を変えれば、これは人間と魔魔法使い《ユダ》の見分けに苦労していたことを、今度はこちらがそれを強いることができる日常になるのは、きっと当時の天使たちも愉快だっただろう。それは極上の意趣返しだったろうね」
「素晴らしい! ぶらぼーですじゃ!」




