【第38話】 常識の埒外
「まずい! 香霧の口を閉じさせろ!」
リーダーが切迫した口調で声を上げる。
「え! なんで!? ……あ!?」
ひょっこりと通路の向こうから天使の少女がこちらを覗き見ていた。
その顔は狐に抓まれたような顔をしていたが、声の出元がどこにもないことに気付いたのか、みるみると顔色が青ざめていった。
それもそのはず、香霧さんの説明を思い出せば道理だ。
私たちの声は聞こえなくても香霧さんの声は周囲には聞こえる。
つまり、あの天使の少女からしてみれば誰もいないのに笑い声だけ聞こえているのだ。
「き、キャー! な、なにかいるわ~~~っ!」
天使の少女は大きな声を上げて、その場から走り去っていった。
「まずいぞ! 上空の天使がさっきの少女の声を聞いたのか、こちらを見てる」
ルーファスさんの言葉通り、一人の天使がこちらを注視していた。
「おい! とりま、ココに留まるのはマズすぎるから裏通りから行くぞ! 香霧、いつまで爆笑してんだよ! マジ頼むわ!」
香霧さんは笑いを堪えるので必死なんだろう。
空いた左手で自分の口をふさぎながら、コクコクと了承の合図を送る。
「ふう、ガチでテンパッたぜ! とりま、物陰だし見つかることもねえだろ。んじゃ、時間もねえしサクサクと作戦伝えんぞ。つっても、桃華に対しての作戦だけどな」
「私に対しての作戦?」
「そ! 具体的な動きはもうクローディアたんがまとめて、こいつらには伝えてあるから問題ナッシングなの。今回のイレギュラーであるおまえが問題ってわけよ。ちゃんと聞いといてくれよ?」
そうだ。
私は今回の同行は無理を言って付いてきているんだ。
迷惑はかけられない。
「分かったわ。作戦を教えてちょうだい」
「ん、作戦その一。俺たちのやることに口出ししない。これは絶対だ! その場では言ってくるだろうから先に内容も伝えっけどよ、天使も人間も俺たちが殺しても口出しすんなよ」
「……天使も人間も殺す? どうゆうこと?」
この世界において一日の長は間違いなく彼らにある。
だからというわけではないけど、指示に従うのは勿論、当然のことだ。
それでも、リーダーの言ってることが分からない。
理解できないことには従うのは難しい。
「そのままの意味だよ。今から行くところで俺たちがやることは拘束された人間の救出だ。当然、天使のヤツラはせっかくの奴隷を手放したくないから、反抗するわけよ。だから、邪魔する天使も人間もぶっ殺すってわけ」
「……殺さなきゃいけないの? 話し合いで」
「あ~! イライラする! あなた、馬鹿なの? 人間を奴隷としか見てない天使相手に話し合いが成立すると本気で思ってんの?」
私の言葉に不快感を丸出しにした言葉が前方から届く。
「あ~、あなたが代わりに奴隷になれば成立するかもね。あなた、見てくれだけはまぁまぁいいし……いい肉○器にはなれるんじゃない?」
「に、にく? い、いやよ! だれがそんなこと!」
首を私に向けて、にこにこと笑顔でとんでもないことをソフィアが告げてきた。
このコ、見た目に反してトンでもない毒ばかりはいてくる。
さすがに今回はアタマにきた私は言い返そうと勢いよく口角を開こうとしたが別の声に遮られてしまう。
「だが、桃華嬢よ。君が言っていることはそういうことしか成立しないことなんだぞ」
ルーファスさんだ。
重く威厳を感じさせる風格には言葉にも、それを感じさせるのだろうか? 私は口を開くのも躊躇った。
けど――。
「それでも殺すのは……それに天使だけじゃなく人間まで! 同じ人間を助けに行くのにどうして!」
「うざっ! さすが平和大国ヤポーニャね。この世界に来てまでアタマの中がお花畑なんて、まだそっちのチンパンの方がマシだわ」
「ソフィアちゃん、それひどくね?」
「ふん! ひどくないわよ。いざとなって、あなたたちお得意の命は大切なの! 一つしかないのよ? とか言われても困るのよ。そんな当たり前のこと言われなくても知ってる! たった一つしかないから奪われる前に助けに行くんでしょ!」
今まで同様、毒に感じられる言葉だけど、どこか端端に皮肉とは違う感情が込められている感じを受けた。
ソフィアはもう正面を向いており、私からは表情は窺えない。
「ソフィア、そう感情的になるのは君の悪い癖だ。桃華嬢、私たちの元の世界でも善い人間もいれば、悪い人間もいただろう。こっちの世界でも悲しいことに人間の本質は変わらないのだ」
「どういうことですか?」
「自分や家族を守るために、自分より弱い人間を身代わりにすることで、天使の恩寵を受けるものがいる。この世界の人間にとって天使は絶対的な存在なのだよ。同じ人間ならたしかに話し合いも通じる可能性はある」
「じゃあ」
「だが、天使には無理だ。例えば、もし私たちの世界の動物と会話できたとしよう。君は家畜の豚や牛が食われるのも搾取されるのも嫌だから、解放してくれと言われて解放できるかい?」
「それは……」
言葉に詰まった。
私には農場を営む親戚がいる。
幼いころは牛さんたちが殺されてお肉になるのをかわいそうと泣き喚いて困らせたことがある。
だけど、そのころにはもうお肉の味も知っていた。
祝い事のごちそうとして喜んでいた私がいたことを覚えている。
結局のところ、大人の決めた社会だから、幼い自分が騒いでもどうにもならないことってあのころから知っていた気がする。
もし、農場の家畜たちを野に帰せば叔父さんたちは生活することはできずに路頭に迷うことになるのは、この年になれば嫌でも分かる。
だから、私は今も二の句が告げることできないのだろう。
「理解してもらえたようで何より。だが、納得してはいないのだろう? 少しでも君の疑念を払拭できればいいのだが」
「ああ~、ならそれは俺がやるわ」
間髪入れず、リーダーが口を挟めた。
「リーダー! すまない。任せる」
「りょ! 任された。さてと、これから話すのはクローディアの幼いころの話だ。七歳でこっちの世界に来たクローディアは当然、自分の身に何が起きたか分からず、あっちこっち動き回っていたらしい」
七歳、聞いてはいたけどあらためてそんな幼い年齢でこの世界に来ていたらと思うとゾッとする。
いや、妹はもっと幼いときに来ているのだ。
そう考えると胸がざわつき不安に襲われてくる。




