【第32話】 教えて、クローディア先生 その1
「それじゃ、リーダーとの約束の時間も迫ってますし、部屋に戻りましょうか。けど、その前に桃華、さきほどの木刀を借りていいかしら?」
「これ? はい」
手にしていた木刀をクローディアに渡す。
「ありがとう。これをこうしてと」
クローディアの手の中にあった木刀が跡形もなく消え去った。
「え? 木刀が消えちゃった?」
「消えたというわけじゃないのよ。木刀を持って町を闊歩するわけにはいかないでしょう?」
たしかにただでさえ首輪を着けてないのだから、目立つ様そうは極力、避けておいた方が無難だ。
「私の魔法の一つで魔法アイテムを別の異空間にしまえるの。簡単にいえば自分の意思で出し入れできる見えないロッカーが常にそばにある感じかな」
「へぇ、すごい魔法だね」
「そ、そんなことないわよ。きっと桃華の方がすごい魔法使いになれるわ」
「そ、そうかな」
互いに照れあう。
お互いの距離感がこの短時間ですごく縮まった気がする。
「本当にそう思えるわ。桃華が選んだ木刀は本当にすごかったもの! まるで桃華に選ばれるのを待っていたかのように桃華の手に渡った瞬間、鞘から剣が解き放たれたみたいに容量ができたもの」
「容量?」
「そう、容量。魔法アイテムには基本的に特殊能力を付与できる容量があるのだけど、この木刀は容量がとても大きいの」
容量が大きい。
パソコンでいうとハードディスクドライブのようなものだろうか?
修学旅行のお土産品くらいの価値と見ていたけど、本当にすごい木刀だったなんて、まさに瓢箪から駒とはこのことね。
リーダーは最初から見抜いていたみたいだけど、あの人の言葉の信憑性のないことに本当に感謝だわ。
好きな武器を選んでいいよと言われる中で、木刀を選ぶのなんて私くらいなのもあるんでしょうけど。
「この木刀に最初から付与されてあった『障壁貫通』に加えて、私が新しく『異空間固定』を追加したんだけど、まだまだ特殊能力を詰め込める感じがするわよ。すごい一品が眠っていたものね。まさに掘り出し物だわ」
クローディアが興奮冷めやらぬ様子で、知らない単語をぽんぽんとはき出す。
「クローディア、ちょっと悪いんだけど聞いていい? 障壁貫通とか、そのクローディアが付与してくれたギフトってなんのこと?」
「ああ、ごめんなさい。桃華が予想を超えて、こっちの世界の言葉の意味を知っていたからつい。そうね、歩きながらで悪いけど説明するね。それじゃまずは障壁から」
障壁、なんかどこかで聞いたことある単語な気がする。
「障壁は簡単にいうと、天使全員が生まれつき持っているバリアみたいなものね。強度は天使、個人個人で違うわ。特に魔法を使う天使たちは一般の障壁とは別物で簡単にはそれを貫通できないわ」
「すごい便利な能力を天使は持っているのね」
「ええ、私たちから見れば厄介なものよ。障壁は基本的に銃や剣では傷一つさえつけることはできないけど、その例外もあるの」
クローディアの手の中に私の木刀が現れた。
「この木刀に付与されてある『障壁貫通』の特殊能力や私たちの使う魔法は障壁を貫通できるわ」
なるほど。
けど、私は何度かアルくんの頬をたたいたことがあるんだけど、あれはどうしてできたんだろう?
「あとは、天使が意識していない時は障壁は発動しないから、不意打ちや寝込みが有効ね。悪意のない攻撃も障壁を貫通できるみたいだけど、これは普通の人にはできないからいいわ」
これで納得。
不意打ちと悪意がないという両部分を満たしていたからできたのね。
「つまり、天使ってよほどのことがないと、けがしないのね?」
「ええ、さすがに神様が創っただけあってすごいわ。ただ、この世界には神様はいないみたいだから天使の起源は分からないのよね」
「神様はいない?」
「ええ、神様って単語自体知らないみたいよ。神話のような超常現象が起きる世界なのに不思議よね」
なんだろう? 神様がいない? この単語を知っている人がいない? いろいろと気に掛かり、心がモヤモヤする。
答えが喉まで出掛かっているのに、それをはき出せないまま、クローディアの次の説明が再開した。
「障壁についてはこんなところね。次に私の『異空間固定』だけど、具体的にはさっき説明したとおりなんだけど、そうね、見せた方が早いわ」
そう言うと、クローディアが立ち止まり、廊下の上空を不規則な動きで指を差していく。
まるで見えない電話のダイヤルを押しているようだ。
「こんな数かな? じゃ、いくよ?」
クローディアがパチンと指を鳴らすと、廊下の上空には無数のナイフが宙に固定されたかのように浮いていた。
ナイフには紐も何も吊るされおらず、微動だにしないその様相が魔法によるものだと訴えかけてくる。
「これが私の『異空間固定』よ」
魔法で固定されてると分かっていても、自分の頭上にナイフがあるのは精神的に落ち着かない。
横へ一歩、移動する。
「私が異空間に取り込んだ無機物は私の半径十メートル以内なら、好きな位置に配置できるの。なにもない空間限定のみね。有機体は指定できないし、無機物では冷蔵庫の中にデザートを入れるときにしか使ったことないわ」
「それは便利ね。テレポートみたいなものなの?」
「そうね。一度、取り込んだものはこんなふうに取り出すこともできるのよ」
クローディアが「はい」と私に木刀を渡す。
それを受け取ると、次の瞬間、クローディアの手のひらには菓子パンが二つとイチゴのジュースがどこからともなく現れた。
「すごい! まるで手品だね」
「うふふ。種も仕掛けもありませんよ? お客様。はい、気が利かなくてごめんなさいね。おなか減ってるでしょう?」
おなかがぐぅ~と鳴り、クローディアの質問に対しての返事を生理現象が行った。
恥ずかしいけど思えば朝、食事をとって以降なにも口にしていないから、当然な体からの要求だ。
「元気のいい返事ね。はい」
くすりと笑い、クローディアが手にしてた菓子パンを渡そうとしたが、私の手にはさきほど受け取った木刀が手の中にある。
「桃華、その木刀を見えない箱に納める気持ちで手を離してみて」
「見えない箱に? 納める?」
「そう、桃華の目の前には見えないショーケースがあると想定して、そこに木刀を置く感じね」
「うん、やってみる」
私は言われるままに木刀をなにもない虚空から地面へと体と一緒に腕を下げていく。
中腰の体勢になったときにそれは起きた。
手の中にあった木刀は消えてなくなっていた。
さっきまであった木刀の重みもなにもなく、感触だけが掌に残っている。




