【第23話】 見えない来訪者
結局、危ない思いをさせたくないというアルくんの気遣いにより、お留守番になった私。
けど、どうしても諦めきれずお城から抜け出そうとしても、外にあと少しってところで前触れなくトトさんが現れ、お説教された。
その説教も本気で私を思ってのことだから、余計に優しさがつらかったり。
実質、街に出れば私は自分の身に迫る危険を対処する自信がない。
それに花蓮の『飼い主』だった天使『シュレン』は当時と違い、今は危ない仕事についているとのことだからなおさらとのこと。
――それでも私はシュレンさんに会って話を聞きたい。
妹のことを、どのように出会い、どのように接し、どのように行方不明になって、なにか手掛かりはないのかを。
そして、もし、妹を大事にしてくれていたのなら姉として、お礼を言おう。
もし、妹を苛めていたなら、姉として思いっきり――ブン殴ろう。
実際問題、私にできることはおとなしくアルくんの帰りを待つだけしかできない。
魔法でもあればなぁ。
私にも魔法は使えるハズなんだけど、そんな片鱗はカケラもみえない。
アルくんたちは魔法なんて使えなくていいよと言ってたけど、やっぱり、ちょっとは興味がある。
まぁ、使えるようになる条件が命の危険っていうのはリスキーすぎるけど。
そんなことを考えながら私は、外一面を見渡せるテラスに来た。
ここでならアルくんを一早く見つけられるはずだ。
まだ、アルくんが出掛けて一時間くらいしかたってないのに今か今かと待ち侘びる私は、まるでお土産を持って帰ってくるお父さんを待つ子供みたいだ。
私はテラスのベンチに座り、トトさんお奨めの本を開き、読書に興じた。
一時間、二時間と時間は雲のように流れて行く。
アルくんはまだ帰って来ない。
ゆったりとした優しい空間、太陽が真上で燦々《さんさん》と照り続ける中でそれは起きた。
なにか物音が聞こえた。
アルくんが帰ってきたのかと思ったけど、その様子はない。
周囲を見回すも辺りは誰もいない。
この広いお城には私とアルくんとマーリンさん、トトさんと合計四人しか現在住んでいない。
動物を飼育してはいるが、それは外周の方にある。
屋上のここには当然、放し飼いもしていない以上、存在はありえない。
トトさんが姿を消した状態で周辺に来てる? ううん、トトさんはあの日以来、ずっと姿を現したままだ。
アルくん曰く、トトさんは見知らぬ来客があれば必ず、姿を隠して観察する癖があるらしい。
私の周囲には来客者はいないということは、当然、トトさんもいないということが成立する。
それなら、確かに聞こえるこの物音の正体は? 視界で動いているのはなにもない。
強いてあげるなら、遥か上空の雲くらい――なハズ。
だけど、間違いなくいまこの周囲になにかがいる! コツン、コツン。
それは靴が鳴らす足音のように聞こえてきた。
ふと地面に視線を落とすと不自然な影が揺れていた。
そう、影だ。
地面には私の影と突然、現れた影が二つある。
私の影は当たり前だが私の体が光を遮ってできたものだ。
だけど、もう一つの影には――影を作るためのもとがなかった。
人も天使もおらず、物体もなにもない。
なのに影はそこに存在し、ゆらりゆらりと少しずつ、足音とともに私の方へ向かって来ている。
空を見上げても、天使どころか鳥の姿一つもなく、依然として正体の掴めない怪現象に私の精神は磨耗していく。
影の形から推測するに人型のように見えるが、そこが精一杯。
影の正体を暴くような行為をするつもりは毛頭ない私は私の安全を守ってくれてきた、そしてこれからも守ってくれるだろうお城へ身を翻そうとしたそのとき。
「待ってくれ」
はっきりとした声が聞こえた。
声のした方を見てみるが誰もいない。
目に見えて変わった変化は、人間が走っている風な感じに影が形を変えただけだ。
その見えない恐怖と変化に急ぎ、お城に戻ろうとするところで再び、先程の声が聞こえた。
「ちょ、ちょっマジで待って! 待ってください!! 僕、体力あまりないんだから、ハァハァ、待ってくださ……い、ハァハァ……」
なんともいえない情けない声に恐怖心は幾許か薄れ、もう一度振り返ってみるが――誰もいない。
声のもとであろう影が、まるで人間が肩で息を吸うかのように、その場に留まって肩を上下させている様に見える。
人間臭い挙動をする影の動きに恐怖心より好奇心の方が上回り、見えない人間? に声を掛けてみた。
「だれ? だれかいるの? 姿が見えないんだけど」
ぜぇはぁぜぇはぁと呼吸を整えようとしている影に、問い掛けてみる。
――すると、影は大きく深呼吸をした風な挙動の後、私の問いに答えてきた。
「驚かせてゴメン。姿も見せなくて申し訳ないけど、さすがにアルフェルがいないからといって、最古の魔法使いのテリトリーで姿を現すのは、命がいくつあっても足りないので非礼を許して欲しい」
姿はいまなお見ることはかなわない。
「というか、矢継ぎ早で悪いんだけど、こう話している今でも生きた心地がしないから、単刀直入に言うけど、君を救に来た」
姿が見えていたら、最高の笑みを浮かべているだろうと予測できるほどに張りのある声で、『君を救に来た』と言う姿無き来訪者の言葉に思わず私は、
「…………はい?」
間の抜けた返事で返してしまった。
が、私の返答など気にしていないのか、お構いなく彼? は喋りだした。
「うんうん、ゴメンね。つらい思いをさせたね。僕たちも一刻も早く助け出したかったけど、君を捕らえた天使は大物でね。今日という日しか君を助けるチャンスはなかったんだ。……無事に救えて良かった」
はちきれんばかりの達成感が声からすごく伝わった。
「けど、まだ安心はできない! この城には、まだ二天の魔法使いが残っているからね。ブルブル、油断は禁物だ。この屋敷の住人たちの恐怖は君の方が知っているか。さ、詳しいことは道すがら話すから逃げる準備をしてきて」
え? あ、ちょっ。
口を挿もうとする隙間さえ与えないかのように、姿の見えない彼? は捲し立ててきた。
なんか命からがらココにいるみたいな言い分だったけど、結構、余裕があるように見えるのは気のせい? 姿が見えない以上、その片鱗は言葉通りの額縁でしか受け止めるしかないし、実際にマーリンさん、トトさんに見つかったらタダでは済まないかもしれない。
とりあえず、私は最初に伝えるべき重要な要素だけを伝えることにした。
「あの私は別にアルくんに捕まった訳ではありませんし、むしろ、助けてもらった立場です。アルくんだけではなく、マーリンさんにもトトさんにも良くしてもらっていますよ?」
ありのままの事実を私は伝えていく。
「まぁ、マーリンさんはちょっとHだし、トトさんもツンの状態だと少し、意地悪ですけど、あなたが言うほど、非道い方々ではないですよ?」
アルくんたちのことを悪く言われたせいか、ちょっと、語気を強く言ってしまったかも。
私の言葉を聞いて、影が大きく震えている。
ちょっと、怒らせてしまったかな?
「な、なんてことだ! ゴメン、本当にゴメンよぉ。僕らがもっと早く行動していれば、天使に洗脳なんてされずに済んだのに……クソぉ、クソォオおおぉーッ!! アルフェルめ!!!」
――はい? なんでそうなる? 大丈夫かな? この人?
「……あの、私、洗脳なんてされてませんけど……」
「分かっている! 君に洗脳されたなんて意識はないだろう。だから、余計に惨いんだ。さも自分の意思で動いているという意識で鳥篭を彷徨う君が!!」
ちょっと失礼極まってないか、この人。
姿は見せず、一方的にアルくんたちを断罪したり、私を鳥篭の鳥取り扱いなんて。
こんな人について行っても大丈夫か? 大丈夫! 問題ない! わけない!!! ――はぁ、結果はひどいことになりそうだ。
せっかく、来てもらって悪いけど、お引取り願おう。
「あの、すみませんが――!? うぐぅっ??」
なに? 急に意識が――――――
「手荒なことをしてゴメンね。今の君にはなにを言っても、僕の言ってることが解らないかもしれない。けど、必ず、僕たちが洗脳を解いてあげるから、今は我慢して。ゴメン」
薄れていく意識の中で声だけが響き、瞳を閉じる最後まで声の主は姿を現さなかった――




