【第24話】 開かれてく側面
「ただいま~」
上機嫌に自分の家に戻ってきた僕は、家の中に入るなりキョロキョロと周囲を見渡す。
目的の人物が迎えに来てるかなと期待していたけど誰もいなくて、チョットがっかり。
お昼前だし、料理でも作っているのかな? それなら仕方ないかと自分を納得させ、食堂へと向かう。
最近の料理は使用人であるマーリンではなく、僕が助けた人間が作っており、最初の頃と比べればメキメキと料理の腕が上がっているのが食事を採る側として良く解る。
味も僕の好みを把握しているかのような味付けで満足度も満腹度も◎。
料理そのものは、まだまだマーリンには及ばないけど直向に料理を作る姿を見たとき、胃袋だけではなく、心まで満たされたことは僕の秘密だ。
食事に関しての秘密といえば、ちょっとした約束事もあり、それが成就するのも楽しみの一つでもある。
そして、今から至福の時が準備されているであろう食堂の扉を僕は開けると、そこには食事のテーブルクロスを整えるもう一人の使用人トトがいた。
僕に気付き、トトがこちらへ振り返る。
珍しいこともあるもんだ。
トトが城内で僕の気配に気付かないことって初めてじゃないのかな?
「……お帰りなさいませ。坊ちゃま。出迎えができずに申し訳ありません」
おずおずと僕のそばでカーテシーを行う。
「ん、別にいいよ。ただ、トトが僕の気配を見落とすことが珍しいなって思っただけだから。そんなことより、おなかが減ったよ。食事の準備はまだ掛かりそう?」
トトに問いかけると、僕の言葉が聞こえていないのか、返事がない。
「……トト?」
「あ、はい。食事ですね。もうでき上がる頃だと思いますので、席に着いて待っていてくださいませ。わたくしはジジイを急かして来ます」
「ん? 今日はマーリンが料理を作っているのか。たまには、マーリンの料理もいいか。よし、急かすのはいいけど、とびっきりおいしいのを持ってきてくれよ。今日はイイコトが分かったからさ」
「……承知しました」と言葉を残し、トトは厨房の方へ去って行った。
なにか様子がおかしかったな。
不振に思いながらも僕は自分の席へ着く。
――数分後には、テーブルの上にトトが運んできた料理がズラリと並び、料理を終えたマーリンも食堂へやってきて僕に一礼後、トトと並び、それが当たり前かのように僕の後ろで待機状態の姿勢をとった。
人間の女の子が家に来るまでは見慣れていて、それが当たり前となっていた光景。
懐かしいと感じるほど、月日がたっているワケでもないのに、その光景は今の僕を不愉快にし、苛立ちを覚えさせるものがあった。
「……マーリン、トト、何の冗談だ? なんで席に着かない? なんで一人分、食事が足りないんだ?」
そう、僕をもっともイラつかせるのは一人分の空白。
今日の朝までそこにいるはずの少女の姿が見当たらないこと。
「マーリン、トト。トウカお姉ちゃんはどこにいるんだ? もしかして、病気にでも罹ったのか?」
ゆっくりと静かに「いいえ」と首を振るトト。
心なしか表情が青ざめて見える。
「じゃ、なんで食事に来ない? 気分でも悪いのか?」
今度はマーリンが首を横に振る。
「じゃ、なんでだ!?」
嫌な予感がした。
できれば、聞かずに済みたい。
だけど、ぽっかりと空いた席がまるで自分の心のようでそれを急いで埋めるかのように、僕は二人を捲くし立てた。
「なんでトウカお姉ちゃんがここにいない? 部屋は? 庭園は? お風呂場は?」
「トウカはこの城にもうおりませぬ」
トトがぴしゃりとなにかを言った。
言葉を理解できても、意味が分からない。
「な、何言ってるんだよ。今日、朝、おはようってあいさつしたんだぞ。もしかして、置いていったことを拗ねて隠れているのか」
「坊ちゃまっ! 申し訳ありません」
マーリンが謝罪の声を上げ、トトと共に頭を下げた。
「トウカは何者かにさらわれてしまいました。坊ちゃまの留守を預かった上でのこのような失態、どのような処罰でも受ける所存であります」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
さらわれた? なんで? どうして? この城周辺に侵入者が入り込めば、マーリンたちが必ず反応するはず。
けど、戦闘の痕跡も無い。
気になる点はいくつか在るけど、僕はトウカお姉ちゃんがさらわれた上での、二人の行動に頭が来ていた。
「……トウカお姉ちゃんがさらわれたのは分かった。その上で、問おう。なんで、トウカお姉ちゃんがさらわれたのに、おまえ達は呑気に食事を作っているんだ!?」
おずおずと、マーリンが返答する。
「……坊ちゃまにおなかを空かさせるわけにはまいりませんですじゃ。坊ちゃまに奉仕をするのが,ワシらの役目で――」
マーリンの弁に腹が立ち、言葉を遮る。
「そんなことはどうだっていいんだよ! なんでトウカお姉ちゃんをすぐに救いに行かなかった? マーリン、トト! おまえ達なら造作も無いことだろう?」
僕の言葉に今度はトトが答える。
「トウカがいないことに気付き、急いで『三千世界を俯瞰する千里眼』で探しましたが、時、既に遅く、敵はもう街の入り口で城を離れなければ、追いつけぬ距離でした」
トトの淡々とした返答にも、憤慨しそうになる。
「おまえたちは友達より、ご主人である僕の食事の方が大事で留守番ですらまともにできなかったくせに、賊を撃退する力もありながら発見しても、賊を放置して城を離れなかったって言うんだな! 大した忠誠心だよ。うれしくて、涙が出てくるほどだ。クソ! …………もういい。最後にトウカお姉ちゃんをさらったのは誰だ? トト、大体の見当は付いているんだろ?」
トトが言っていいものか戸惑いつつも答える。
「姿は見えず、城内に入った気配すらなくトウカをさらった模様ですので、確信ではなく推測ですが……『いないもの』の仕業かと思われます。街の入り口でトウカを発見した際には、ひょろっとした男に担がれていましたから、恐らくこの男の仕業で間違いないかと」
そうか、と言葉を洩らし考える。
『いないもの』、この世界で異界人の人間を中心とした反抗組織のメンバーだ。
反抗組織名は『理想郷の鐘』。
すべての人間を天使から解放するのを目的とした組織。
天使を襲う野蛮な侵略者たちの集団。
こいつらにより、数え切れない仲間や同胞がやつらの手に掛かり、命を落とした――僕の大事な家族まで!!! そして、今また、僕の大切な人を奪おうというのか! 許せないっ!
もとより、この町に転移したもう一つの目的がやつら『理想郷の鐘』の殲滅だ。
目的は変わらないにしても、トウカお姉ちゃんがさらわれたとなると手法は変える必要がある。
殲滅を目的にすれば、苦戦を強いられようとも達成することはできるだろう。
けれど、トウカお姉ちゃんを救出し、殲滅となると悔しいけど不可能に近い。
僕は無事でもトウカお姉ちゃんはタダでは済まないだろう。
『理想郷の鐘』がトウカお姉ちゃんを味方として欲したとしても、天使側に付くなら、容赦なく殺すのは過去のケースから見ても間違いないと予想できる。
となると、救出のみに集中する――それならば、トウカお姉ちゃんも無事に助けられるかもしれない。
だけど、やつらと接触するチャンスは特異点から来た人間を確保するときぐらいしか具体的にないのが現状だ。
救出のみに専念すれば、やつらの大多数は取り逃がしてしまうだろう。
当然、今まで以上に警戒心を高めた上で在野で息を潜み、闇から闇へと天使を殺戮していくだろう。
今回はそれを止めるチャンスでもあるのは事実。
僕は――
「坊ちゃま」
決断を推し量っている僕にトトが恭しく言葉を告げる。
「私たちの言えた義理ではないのは重々承知の上で、申し上げます。どうか、どうか! トウカを助けてあげてくださいませ」
「……………………」
僕は即答できずにいた。
「あの子はいつも坊ちゃまや私たちに感謝し、それを行動で表し、私たちを喜ばそうとしてきた子です。見知らぬ土地で不安を隠しながら、それを臆面に出さず、笑顔で振る舞うあの子の顔を絶望の涙に染めるようなことは……うぅっ……」
言葉を詰まらせて泣き伏せるトトは悲しみのあまりにか、その場に頽れる。
人間嫌いなトトにここまで言わせるトウカお姉ちゃんの存在に驚いたけど、同時にうれしさとほんのちょっとの嫉妬心を持った自分にも驚いた。
同時にここまで思い詰めるトトが行動しなかったことも僕には合点がいった。
「本当に言えた義理ではないな。トト、自分でそこまで言っておきながら助けに行かなかった…………ふぅ、最初からそう言え。いたんだな? ヤツが」
泣きじゃくるトトに確認のせりふを投げかける。
「……はい。おそらく城からさらうのは『いないもの』が行い、それ以降はヤツが警護に付いていました。多分、トウカの潜在能力に気付いているからこそ、本人が出向いたのでしょう」
「そうか、僕らと同じだな……少なくともトウカお姉ちゃんの身の危険は減っただけでもマシか」
『理想郷の鐘』の中には、異界人の魔法覚醒を強制的に実行するやつらもいると聞く。
そいつらは魔法覚醒が済んでない異界人に魔法の潜伏期間にも変わらず、命の危険感が足りないと判断して、致命傷を超える傷を与え続け、その結果、覚醒できずに殺される人間もいるという報告もある。
少なくとも、ヤツに関してはそのような行為をしたことがあるという報告は受けていない。
立場的にもそのような行為はできないし、行わないだろう。
公には。
ヤツ自身がそのような行為により、覚醒したとは聞いことはあるけど、僕ら天使の手によって。
「坊ちゃま、どうか、どうかお願いいたします」
枯れる事のないかのように顔を涙で覆いながらも、トトが懇願してきた。
もう僕の中では取るべき行動方針は固まっていた。
「馬鹿だなぁ。大事なお婆ちゃんが泣いて頼んでいるのに、それを無碍にする理由はいらないだろ?」
事実、マーリンとトトが二人掛かりでもヤツには勝てなかっただろう。
伏兵もいれば、逃げることも適わず、命を落としていたのは間違いない。
危うく、僕は大事な家族をまた失うところだった。
せめて、こちらのテリトリーである城内ならば、撃退はできなくても、足止めか膠着状態にはできたかもしれないけど、それを見越した上での『いないもの』だろう。
虚を衝かれたように見えたけど、こちらの陣営を踏まえた上で、適した人材を選んできている。
これは一筋縄ではいかないみたいだ。
「おお、このような失態を犯したわたくしめをお婆ちゃんと呼んでくださりますか。勿体ないお言葉でございます。坊ちゃま……」
もう一年分の涙は流したであろうトトはそれでも、泣きやむことを知らないように見えた。
こういう一面があったんだな。
生まれついた頃から僕のお世話に尽くしてくれたトト、そして、マーリン。
マーリンの方を向くと、トトと同じように声を殺して涙を流していた。
トウカお姉ちゃんが来てから、知らないことが増えていく。
今まで知っていると思っていたことの裏側まで見えるかのように、僕にいろいろと教えてくれ、色んな角度で、色んな視点で見る外側と内側はこんなにも違い、さらに世界が広がっていると教えてくれる。
トウカお姉ちゃんがいたから見れた二人の一面、なら、トウカお姉ちゃんが戻ってきたら、さらにどんな一面を見せてくれるのか。
そして、僕はどんな一面を開けるのだろう? 迷う理由はない。
理由を上げればキリがないから。
けど、解ってることもある。
数ある理由の箱を開ければ、そこにはトウカお姉ちゃんを助けなきゃいけない理由が詰まっているってこと。
泣いている二人の祖父母に僕は宣言する。
「いいか? 今から当主として絶対的な命令を下す。僕とトウカお姉ちゃんが帰るまで、この城を死守しろ。そして、帰ってきたらおいしい料理を用意し、今までと変わらぬ日々を送るように。いいな?」
「はっ、次こそはお任せくださいませ。この命に代えましても坊ちゃまたちの帰る場所は死守いたします」
「……命令変更。何があっても死ぬな。これは絶対だ! 例え、城を捨ててでも生き延びろ!! マーリンやトトがいるところが僕のこの世界ではトウカお姉ちゃんの帰る所なんだからいいな! 絶対に絶対だぞ!!!」
僕の言葉にマーリンもトトも大きく目を瞠いた。
この表情も初めて見る顔だ。
なんだ。
僕でも新しい一面を開けるんだ。
――ううん、開いてもらった僕の新しい側面があったからできたことなのかもしれない。
頷いた二人の姿に満足した僕は背中の翼をバッと広げる。
「お待ちください。坊ちゃま。コレを」
トトが僕を呼び止め何かを差し出している。
それは銀色に輝くアミュレットだった。
「コレは?」
トトからアミュレットを受け取り質問する。
「それは共鳴のアミュレットです。そのアミュレットに魔力を流せば、もう一つの対となる金色のアミュレットの位置が分かります」
説明を受けながら僕は左腕にアミュレットを身に着ける。
「ですが、効果範囲は広いようで狭く、言ってしまえばアバウトでこの町程度の範囲でしたら、対の金色のアミュレットがあれば反応を示しますが、あくまでこの町にあることが分かるぐらいです」
「ふんふん」
「ただ、機能としてさらに魔力を注げば、金色のアミュレットに近づけば近づくほど輝きは強くなります。この対の金のアミュレットを昨日、わたくしがトウカにプレゼントしておりますので手掛かりにはなるかと」
「ありがとう、トト。というか、これって確か販売中止になったアイテムだよね。ストーカー対策にもストーカーアイテムにもなるという問題作。トトはどっちの目的でトウカお姉ちゃんにプレゼントしたの?」
僕の質問に慌てるトト。
「えっと、どっちでもいいではありませんか! トウカは落ち込んだり、なにか失敗すると庭園かテラスに行く傾向がありましたから、さりげなく紅茶を持って偶然をよそえるようにって、なにを言わせるのですか!?」
ぶんぶんと腕を振り回すトトから、笑って逃げ出す。
逃げ出す先はドアの向こう、空々漠々《くうくうばくばく》たる青空だ。
玄関のドアを開き、一度だけ後ろを振り返る。
「じゃ、お爺ちゃん、お婆ちゃん。必ず、トウカお姉ちゃんを連れて帰ってくるからおいしい料理を作って待っててね。いってきまーす」
翼を広げ、大空を飛び交う鳥よりも早く、一本の光の矢となって僕は飛び立った。
主の姿を見送った二人。
トトがポツリと呟く。
「トウカ、ごめんなさい」
今日何度目となるか分からないほどの謝罪。
そのトトの頭にそっと、手を乗せるマーリン。
「そう自分を責めるな。責めるならおまえを止めたワシを責めろ。あの男はワシらより強い。行けば喜々として、おまえを殺していただろう」
重い事実を肯定するようにトトは何も言わない。
「じゃが、ワシらより遥かに強い坊ちゃまなら、きっと、無事にトウカ嬢ちゃんを連れて帰ってくれるはずじゃ。なんせ、ワシらの孫は強いからの」
マーリンのその言葉にトトはゆっくりと頷く。
天使の飛び立った軌跡を二人の夫婦は眺めながら。




