【第18話】 料理は愛情
「おいしい」
ストロベリーを基調にしているのか、甘く舌触りが滑らかで、とても飲みやすい。
素直に感嘆を洩らすと、マーリンさんはこぼれるような笑みを浮かべた。
「そうじゃろう。ワシの秘蔵の一品じゃからな。イチゴお嬢ちゃんのために今日は腕によりをかけて作ったから、たーんっと食べなさい」
「はい」と元気良く返事した後、細かく調整されたような黄金比の盛り付けで輝いているサラダをしゃりっと食べる。頬が落ちるほどのおいしさに思わず興奮する。次に香りだけで食欲を刺激し、口に含めば弾け蕩けるような肉汁と食感を与え続ける肉を食べた。
一品食す度においしいという単語を絶え間なく囀り、今日の不幸なでき事を塗り替えるかのように私の中で幸福感が満ちていく。
イチゴお嬢ちゃんで定着してしまってることも気にならないほどの多幸感だ。
おいしいものを食べる。
言葉にすれば味気なくも感じるけど、これは人間が生きる上で、とても大事なことなんだって実感する。
この幸福感を齎してくれたマーリンさんにはとても感謝だ。
「ありがとう、マーリンさん。私、今、とっても幸せ」
「なぁに、礼には及ばんよ。お返しのモンはたくさん頂いたからのう」
「え? 私、何も」
「ほっほ、さっきからおいしい、おいしいって食べてくれておるじゃないか。料理を作ったものにとってな。それが、至上の褒美なんじゃよ。それが大切な孫や友人ならなおさらのう」
立派な白い髭をさすりながら、マーリンさんはアルくんを見る。
「ホレ、見てみぃ。坊ちゃまなんて、一心不乱に食事を平らげていきおるじゃろう。あの姿を見るたびにもっとおいしい料理を作って喜ばしたいと思うわい。もちろん、イチゴお嬢ちゃんにもな」
二カッと笑うマーリンさん。
良いお爺ちゃんだな、周りの幸せが自分の幸せと捉えられる優しい天使だ。
「ちなみに食材はババア手ずからの菜園で採ってきたり、捕ってきたり、作ってきたりしているんじゃ。料理を作るのは致命的に下手じゃが、食材の育成や目利きだけは確かなんじゃよ」
余計なお世話といわんばかりの針のように尖った視線がトトさんからマーリンさんへ送られる。
「ま、まぁ坊ちゃまには変なものは食べさせられんとはりきっておるからな」
「へぇ、そうなんですか」
クス、なんかトトさんの自慢話のように聞こえる。
「ふん、ジジイは料理の腕は確かですからね。手塩にかけて作ったものが無駄にならないよう効率性を選んでいるだけです」
上品に食事を取っていたトトさんが手を止めて、会話に参加してきた。
「ふん、ワシだってイヤじゃ! ……ただ、ババアの作ったものが良質だから、仕方なく使っているだけじゃ。それより、イチゴお嬢ちゃん、そこの肉や野菜はおいしかったじゃろう?」
「はい、とってもおいしかったです。あれは何の肉だったんですか?」
「あれはユニコーンという馬の肉でな、味には一工夫いるのじゃが、そこをどうにかするのが料理人の腕の見せ所! うまく調理できれば、うまみは極上となり肉体の滋養や疲労回復に優れる希少性が高い肉なんじゃ」
ユニコーン、確か私の世界で神話に出てきた乙女に擦り寄ってくる馬さんだったような気がする。
そんな幻想世界の生き物もこの世界にはいるんだ。
「めったに食卓ではお目にかかれない一品なんじゃが、急にババアが厨房に持ってきてコレを料理しろといってな。他にも精神安定に効く薬草などを――」
「ジジイは余計なことは言わなくていい」
トトさんが会話を遮ろうとするが、空気読まないマイスター、マーリンさんは構わず続ける。
「ところで、イチゴお嬢ちゃん、心身の疲れはどうじゃ? 屋敷に着く前より回復しておるじゃろう?」
「え? 体ですか? そういわれてみれば」
疲労感は消えている。
精神の方も落ち着き、冷静に物事を捉える状態のように感じるし、筋肉痛確定と思えた足は、今日の二倍走ろうとも、余裕が残るほどの感覚だ。
「ババアが坊ちゃまに今日のでき事を聞いた後に、それを持ってきたからの。ババアの秘蔵の品ばかりでビックリしてボケたのかと思ったワイ」
つまり、この幸福感はマーリンさんだけではなく、トトさんの食材からもきているのだ。
「……ありがとう。トトさん」
感謝の心を込めてそれをトトさんに伝える。
「か、勘違いなさらないでくれます? わ、わたくしは坊ちゃまのために、食材を用意したのであって、トウカは失礼ですがオマケです。そう、オマケでねぎらってあげようと思っただけです」
「うん、ありがとう。トトさん」
即答する私に困惑するトトさん。
「だから、ババアのツンデレはかわいくないと言っておるじゃろ」
即効ツッコミを入れるマーリンさん。
「ええ、かわいいと思うなぁ。私は」
と、返す私に返答に詰まるトトさん――そして、わき目もふらずに食事をむさぼるアルくん。
――幸福感のきっかけを作ってくれたアルくんに今日、数え切れないほどの思いを乗せた言葉。
「ありがとう、アルくん」
そう伝えると、手にしてた肉を腹に収め、アルくんが自慢げに笑う。
「マーリンの料理も、トトの食材も最高でしょ? 執事として大切なものを持っている自慢の部下で家族だからね」
屈託なく述べるその言葉にマーリンさんもトトさんも誇らしげにほほ笑んだ。
その後も歓談は弾み、
「ほっほっほ、ワシは坊ちゃまが生まれた頃から見とるからなぁ。さっきも言ったが僭越ながら孫のように思わせて頂いておるよ」
「なにを馬鹿なことを仰るやら、私は坊ちゃまが生まれてすぐに目を合わせておりますから、私の方が付き合いは長いですよ」
「なにを言うとるんじゃ! 坊ちゃまはご家族の次にワシと目を合わせたんじゃ。おまえのはボケからくるただの勘違いじゃよ」
「ボケてんのはソッチ! この耄碌ジジイ」
「なんじゃと! この鬼婆めッ! 坊ちゃま、ワシですよね? ご家族の次にワシを見て笑いかけてくれましたよね?」
「なにを言ってんだか。坊ちゃま、わたくしですよね? ご家族の次にわたくしを見てほほ笑んでくださいましたよね?」
マーリンさんもトトさんも縋るように、アルくんに詰め寄る。
「……そんなの覚えているわけないだろう。僕、赤ちゃんだったんだよ」
「「………………」」
空気がお、重い。
話題を変えよう。
「そういえば、マーリンさんはなんか場の流れが分かっているような行動をとりますけど、なにかコツでもあるんですか?」
実際に今日のいくつかの場面を踏まえると、そう思わずにはいられない部分がある。
緊迫感が霧散できたのもマーリンさんだからこそできたことであり、破天荒な行動も効果覿面だったのがいまなら分かる。
アルくんも折れるつもりはなかっただろうし、トトさんは首輪を着けてない私を通して、アルくんが被るリスクを見ていたのだから結果、どっちも折れることはなかったように思えた。
あんな緊張感が張り詰めた場面を長時間体感したら、騒乱の源である私には耐えられずお城を後にする選択肢も出ていた気がする。
修羅場のような状況で最適な解を選んできたのはマーリンさんだったのではないだろうか?
「ん~? そりゃあ~、おまえさん。長生きするとな、相手の表情やしぐさだけでなにかと分かるもんじゃよ。……解りたくないことまでな。把握したなら行動あるのみじゃしの」
人生経験というものだろうか?
「便利に見えるんですけどね」
「基本は便利じゃぞい。特にイチゴお嬢ちゃんのように感情が素直だと行動も読みやすいしの。ホレ、言ってみ」
「なにをです?」
会話の脈絡が分からずに頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「ワシにお願い事があるんじゃろ。遠慮なんかいらん、いらん。友達のお願いじゃからな」
「それも魔法で分かったんですか!?」
――魔法、姿を消したり、何もないところから首輪を着けられたり、今日だけで濃密に体験させられたでき事の一つだ。
私の心が読めてもおかしくはない。
「イチゴお嬢ちゃんや。イチゴお嬢ちゃんなら相手の心を読める魔法を便利だからといって、友達の心を覗き見するようなことをするのかい?」
「そんなことできてもしませんよ!」
心を覗ける。
それはとても便利な能力だろう。
けど、個人の侵害を一方的に行えるその行為はあまりにも卑怯な手段にも見える。
私が怒りの声をあらわにすると、マーリンさんは対照的にうれしそうに頷く。
「そう、その素直な心だからこそ読めるんじゃよ。なぁに、悪いことじゃない。その愚直なまでに素直ゆえに坊ちゃまもワシも偏屈ババアでさえ惹かれとるんじゃから」
柔らかな笑みをたたえながら、それにとマーリンさんは続ける。
「ワシは心を覗くような魔法は使えんよ。そんな魔法より、おなごの風呂が覗ける魔法の方が欲しいのう」
そんなエロ天使マーリンさんの言葉を聞いて他の方々の反応はというと、
「マーリンは相変わらずだな」
「わたくしは惹かれてなどいませんよ。耄碌ジジイ。……ま、まぁ、他の人間より見所はあるかもしれませんけど……あと、死ね! 変態ジジイ」
個々人の反応を見せるなかで私の反応は別物だった。
ごめんなさい」
素直に頭を下げた。
「私、友達に対して最低なことを言ってしまいました。ほんとにごめんなさい」
友達の心を読む。
マーリンさんをそういう行為を行う天使と私は疑いかけたようなものだ。
実際に言葉に発した以上、私はそういう気持ちがあったのかもしれない。
なんでもアリな世界と受け止めようとしたけど、少なくても友人の心まで蔑ろにするのはやめよう。
下げた頭と一緒に心構えを修正する。
「うむ、許す。言ったじゃろう? かわいい孫を許すのも、お願いを聞いてやるのもお爺ちゃんの特権じゃ」
マーリンさんの許しを得た私は下げた頭を上昇させる。
視界が変更すると、そこにはほほ笑みを浮かべた天使達がいた。
私は素直に願いを口にする。
「ありがとう、マーリンさん。あのね、私に料理を教えてください。私もみんなに幸せを分けてあげたいの。トトさん、私に菜園を教えてください。私もみんなに喜びを分けてあげたいの。お願いします」
「お安い御用じゃ」
胸をドンとたたくマーリンさん。
「ふ、ふん。どうしてもというなら……考えてあげなくもないですわ」
悪態つきながらも了承? してくれるトトさん。
その様子を見て、「よかったね」と白い歯をこぼすアルくん。
こうして、私はこの世界でもう一つの『家族』を手に入れた。
いつかは別れが来るとしても、今はこの喜びとうれしさを噛みしめよう。




