【第15話】 世界を隔てる価値観
そもそもこの首輪、着脱するところが見当たらない。
それに嫌なくらい、私の首にフィットしているのも不安を掻き立てる。
「あ! トト。トウカお姉ちゃんの首輪を外してあげてよ」
「イヤです」
――トトさんから、キッパリかつバッサリなお返事を戴いた。
「……どうして? 僕はトウカお姉ちゃんを僕の友人として持て成し、僕と同じように接しろといったはずだよね?」
アルくんが不機嫌そうに言う。
「はい、承って御座います。ですから、坊ちゃまの愛玩動物として持て成し、坊ちゃまのように接しております。もちろん、お目付け役として。愛玩動物の過った価値観も修正するよう、お世話いたします」
「……確かに、わたくしの心情を汲み取っての行動、人間風情にしては見事なものでした。ですが、坊ちゃまに平手を見舞い、果ては破廉恥な行為まで……その行為こそ極刑に処するほどの大罪ですわ」
アルくんもトトさんも怒りのためか、わなわなと体を震わせる。
ヤバイ雰囲気再来。
せっかく、うまくまとまりそうでも争いの発端である私がいる限り収まりそうもない。
……どうしよう。
せめて、この首輪さえ外せれば――。
なんとか、外そうと試みるも無駄だった。
指を入れる隙間もなく白銀のように輝く首輪は刃物を通すことも敵わないように見える。
「無駄ですわ。その首輪は例え、坊ちゃまといえども外すことは不可能。まして破壊することもできません。諦めなさい、胴体からさようならすれば、可能でしょうけどね」
――ああ、アルくんが怒っているよ。
このままじゃホントに繰り返しちゃう。
なんとかしなくちゃ、けど、どうやって?
おろおろしている私にひょこひょこと歩いて来る人物がいた。
その天使は――
「そうじゃ。無駄じゃ。ババアの拘束は外せんよ」
マーリンさんだった。
そして――
「……ワシ以外にはな。ホレ」
マーリンさんが首輪に触れる。
すると首輪がパチッと音を鳴らし、私の首から外れ地面に落ちた。
「身内の嫌がらせで坊ちゃまの友達が困っておるのに無視はできんワイ。それに、かわいい孫の頼みを断れる祖父ちゃんはいないじゃろ?」
「このクソジジイィィィっっ!!!」
怒声を上げるトトさん。
「よくやった、マーリン」と喜ぶアルくん。
そして、お礼を告げることを忘れてボーっと落ちた首輪を見つめる私と三者三様の光景の中、騒乱の輪を断ち切った立役者はというと、
「イチゴお嬢ちゃんや。ワシと友達になってくれんかえ」
マーリンさんは私に手を差し伸べた。
断る理由なんて、もちろんない。
今にして思えば、もしかしたら険悪なムードを断ち切るためにワザとマーリンさんはおちゃらけた行動を取っていたのかもしれない。
「喜んで あと、私は悠久 桃華です!! イチゴじゃないですよ! それじゃ、あらためて、宜しくお願いします。マーリンさん」
笑顔で差し出された手を握り返した――もちろん、全力で力を込めて。
あいたたたたっとマーリンさんの声が響く中で「ありがとう」と私は感謝の言葉を伝えた。
バフッと音を鳴らし、私はベットに腰を下ろした。
あの後、私に首輪を着ける事を断念した? トトさんに私専用のゲストルームへ案内してもらった。
会話のない重苦しい雰囲気。
二つの足音しかない中でトトさんが口を開く。
トトさんの話が終わり、私が返答する前に、トトさんは「食事の準備ができましたら、お呼びします」と言葉を残し、去っていった。
マーリンさんは食事の準備、アルくんも自室へ戻ったみたい。
私に宛てられたゲストルームに入ると、場違いともいえる格式高そうな光景が眼前に広がった。
それはテレビや雑誌で見るどこかの王室かブルジョワご用達のスイートルームみたいだ。
部屋は客用のためかとても広く、天井にはシャンデリア、薔薇の香りが控えめに鼻腔をくすぐる。
テレビなどの娯楽物がなく部屋の中心には円卓のテーブルがあり、それを囲むようにソファーが四つ設置されてある。
染み一つでも付けたら、見たこともない金額が請求されそうだ。
もちろん、払えるわけないよっ! のオチしかないから細心の注意は払っておこう。
ベランダもあり、窓を開けると気持ちのいい風が頬を撫でた。
窓はそのまま開けておき、私は興味本位で部屋を探索、見たことある日常品から見たことも用途も分からない物もある。
部屋にはベランダを除くとドアが四つあり、廊下へと続く入り口のドア以外を順番に開いてみた。
一、トイレ。
正面に小便器、右手には個室があり中には洋風便器があった。
天使もトイレを使用するのね。
頭の中で天使のおしっこをする像が浮かぶ。
あれは実在するモデルがいたのね!?
そんなことを考えながら、次のドアを開けた。
二、キッチン。
システムキッチンと呼ぶべきか。
ううん、それすら生温いほどの見たこともない機材がそこには広がっていた。
見たことあるコンロから冷蔵庫、他はなんの料理に使うか分からない機材が存在感をアピールしてくる。
触らぬ機械に故障なし。
興味はあるけど、触って壊しても困るので身近に感じる冷蔵庫の一番上の段を開けてみる。
中には野菜や飲み物、卵など見慣れた食べ物が目に飛び込んでくる。
真ん中の段を開けるとお肉や魚が所狭しと入っていた。
一番下の段はアイスや氷、冷凍食品が空間を埋め尽くしている。
食材を見る限り、食卓内容は天使も私と同じ世界の物をメインに構成していると分かった。
ほっと一息。
だって、もしかしたら見たこともないゲテモノ料理が毎日食卓に並ぶ可能性だってあるんだから、この冷蔵庫から得られた情報はとても大きい。
それにしても、なじみのある食料が有り過ぎたことも気にかかるけど。
今度はシンク下の収納ボックスを開けていく。
ナイフにフライパン、まな板とここも見慣れた調理器具が綺麗に敷き詰められている。
コンロ下の方の収納ボックスには調味料や粉類が多種多彩に仕切られて入っていた。
醤油や唐辛子、小麦粉となじみのあるものから、見たことも味わったことないものまで、まるでこのキッチン内で全ての料理を作成できると豪語しても誇張ではない気もするほどだ。
そんな中で目を引くもの、お菓子があった。
しかも、ドラ焼。
他にもたくさんの菓子類がある。
名前は見たことも聞いたこともないものばかりだけど、パッケージに掛かれてるお菓子たちには見覚えがあるものばかりだ。
これ絶対にパ○の実でしょ! チョコレートパイと安直なネーミングでパッケージには掛かれてるけど、もうどうみてもパ○の実にしかみえない。
これは本当はやっぱり夢なんじゃないのかと疑いたくなってくる。
小腹も空いたし、中身も気になるけど、さすがに断りもなく食するのも気が引ける。
それに、マーリンさんが食事の準備をしてくれているのだ。
おなかを空かせておくのも、礼儀でもあり極上のスパイスにもなる。
だったらここには長居は無用だ。
食欲をそそる食材たちは今の私には目の毒でしかない。
早々と立ち去る前に、ふと足を止める。
あまり料理をしない私でもなにか作ってみたい気持ちにさせてくれるほどの部屋だ。
料理好きな人なら嬉々《きき》として腕を振るってくれるだろう。
今度、機会があればここで料理を作ってみていいか、アルくんに聞いてみよう。
そう決めると私はこの部屋を後にした。
参、浴室。
大浴場といわんばかりのお風呂場だ。
お風呂場を歩き回れるという表現なんて、銭湯屋さんぐらいだと思っていた。
複数のシャワーに十人入っても大丈夫! といっても問題ない広さの浴槽。
浴槽にお湯を注ぐであろうマーライオンを目の当たりにする日が来るとは!?
これはお風呂の時間が楽しみだ。
浮き立つ心を今は抑えて、部屋を出た。
全ての部屋をまわった感想というと、この部屋から出なくても生活できますよ~っといわんばかりの至れり尽くせりのルーム。
うわさに聞く兵、ネトゲ廃人たちが見たら、泣いて喜びそうな完全装備間違いなしだ。
部屋の内装を把握したところで、人間が最も寛げる体勢を取れる所に移動した。
そして、今は体を寝具に預け、今日のでき事を振り返っていた。
今いる世界が自分がいた世界ではないこと。
妹がこの世界にいるかもしれないこと。
この世界では魔法があること。
天使のこと。
天使に襲われ、同じ天使であるアルくんに助けられ今に至ること。
この街の人間のこと。
天使に首輪を着けられ、犬畜生のように歩く人々。
首輪を付けていない人間はどう処分しても構わない風潮があることをあの人さらいの天使は言っていた気がする。
アルくんが言っていた通りに、この世界では首輪を着けているのが、天使のペットの証明であり、着けていないのが野良犬のようなもので人知れず処分されたりしているんだろうか?
――私の世界の動物のように。




