【第12話】 マーリンさん、マジエロ天使
一体、いつの間に!?
「え!? トトさん、これは一体……!?」
うろたえる私を見て、満足そうにトトさんは頷く。
「ええ。とっっても、お似合いですわよ、トウカ。その、く・び・わ……。喜んでいただいてわたくしもうれしいですわ。それ、とっても高いんですわよ。ブランド品ですから」
「トトーーーーーーーーおおおぉォオッッッ!!!」
アルくんが怒髪天を衝ついたといわんばかりの咆哮を上げる。
転瞬、トトさんに飛び掛りそうなところを知らない誰かが押さえつけた。
あれは――だれ?
「離せ! マーリン!!」
マーリンさん? でも、アルくんを押さえつけているのは二十代前半くらいの若い男性だ。
温和さと柔和さが共存したような、理知的を与える顔立ち。
金色に輝くショートヘアの上には輪っかが宙に浮かんでいた。
天使の翼に並ぶもう一つの天使の象徴、エンジェル・ハイロゥ。
俗にいう『天使のワッカ』だ。
背中には四枚の翼があり、天使の様相を一段と強調してくる。
どこから見ても年老いたマーリンさんの面影はその男性からは見受けられない。
唯一、共通するのは身にまとう白いロープくらいなものだ。
――私は視線を床の方へスライドさせてみる。
そこにはマーリンさんがアルくんの折檻? で力尽きたのか床に前のめりにぐったりと倒れてる。
となると、やはりアルくんを羽交い絞めしているのは少なくとも、私の知っているマーリンさんではない。
けど、アルくんはあの男性をマーリンさんと呼ぶ? どうなっているの? 同名のそっくりさん?
「坊ちゃま。私たち、夫婦は臣下であると同時に、エルクリフ様から坊ちゃまのお目付け役も任されております」
「それがなんだっていうんだ!」
アルくんが声を荒げ反抗する。
「ですから、坊ちゃまが過ったことを起こす前に諌めるのも我等、臣下の勤め。ご理解くだされ」
声色もマーリンさんとは違う。
それに私の視界にはまだマーリンさんは床に伏せている。
――床に伏せている? 雪崩れ込む展開で置いてきぼりにしていたけど、マーリンさんはアレからピクリとも動いていない。
もとより、老人なのだ。
唐突にその身に悲劇が襲ってもなんらおかしくはない。
もしかして、死んで――――!?
「マーリンさん!!!」
私はマーリンさんへ向かって走り出す。
トトさんの掴んでいた首輪の先端がガシャリと地面にたたきつけられる音が響く。
突然の私の行動にトトさんは予想外だったのか抵抗もなく、駆け出せた。
まるで自由を欲し、散歩中、飼い犬が飼い主の隙を突き、首輪ごと走り出すかのよう。
現実、ジャラジャラと音を鳴らす鎖が今の私にそのイメージを抱かせるには充分すぎる効果を齎す。
けど、そんなこと構う暇はない。
人命が第一だ。
一驚するアルくんの横をすり抜ける。
「マーリンさん! マーリンさん!! マーリンさん!?」
マーリンさんの体の傍に座り込み声を掛ける。
返事は――ない。
マーリンさんの胸の中心に耳を当て、心音を確かめる。
――――――結果は、無音だった。
「そんな! そんなマーリンさんが……マーリンさんが!」
続きの言葉を発するのが怖かった。
その事実が確定しそうで。
この場合、アルくんが殺人犯になってしまう。
重すぎる事態に顔を俯く。
「マーリンさんが死んじゃった……」
小声で呟く。
マーリンさん、会って間もないけど悪い天使には見えなかった。
暗澹たる思いをする私の肩をちょんちょんと誰かがたたく。
振り返るのには少し時間が欲しい。
涙を見ればこの悲しい事実を悟られてしまうから。
そんなことは知ったことではないと私の肩をちょんちょんと相手はたたく。
服のそでで涙を拭い、肩をたたく主へ振り向く。
そこには――涙目なマーリンさんがいた。
嗚咽を混じえながら、搾り出すように出た言葉は――
「イチゴお嬢ちゃん。わ、ワシはまだ、生きとるよ……ぐすっ……勝手に殺さんでおくれ」
その言葉と同時に「クソジジイぃぃぃーーーーーぃイイィぃッっっ!!!」という叫びが食堂中に轟き、パァンッと乾いた効果音が後を追う。
乾いた音が食堂に染み渡ったあと、静寂が訪れた。
その静寂を破るマーリンさんが放った一言は――
「あ、やべ」だった。
「まったく、イチゴお嬢ちゃんが絡むと、緊迫した空気が台無しじゃの。お嬢ちゃんの能力はアレじゃな。空気読めない子じゃろ?」
すごく失礼なことをいわれているけど、頭がパニックになっており、それどころではない。
私が触れていたマーリンさんの体が忽然と消えているのだ。
私の背後にマーリンさんはいるのだからそれは当然ともいえるけど、そうじゃない。
マーリンさんは確かに心臓が止まっていた。
たとえば急に再蘇生し肉体が動作を勤め、起き上がり、私の背後に立ち肩をたたく。
これなら私の心境を無視すれば、納得いく。
けど、あらためていうけど、そうじゃない。
『私が触れていたマーリンさんの死体が湯気のように消えて、生き返ったマーリンさんが私の背後で肩をたたいていた』
これが現状、私が把握している事実だ。
マーリンさんが双子のマジャシャンの設定とかでもないと理解できない。
いや、それでも理解できないけど。
あと、空気読めない爺に言われたくない。
ダメだ。
いろいろと不明点が増えすぎてる。
あの若い男性は――いない? いなくなっている。
アルくんの姿は視界の奥に捉えられた。
「……マーリンさん。あの、さっき男の天使の方がいましたよね?」
「ん~? ワシのこと?」
「いえ、若い男性の方でした。あ! アルくんでもないですよ」
「だから、ワシのことじゃろ? ホレ」
――ぼわんっという効果音とともにマーリンさんはアルくんを抑えていた男性の姿になった。
「どうよ? ワシ、カッコイイじゃろ! じゃろ?」
よっぽど容姿を褒められたいのか、子供のように私の周りをちょろちょろし始める。
――まぁ、確かにカッコいい。
「カッコいいですね」
本音をそのまま口に出す。
「じゃろじゃろ?」
上機嫌になったのかマーリンさんは私の周りをさらに走り回った。
「…………ウザいです」
「………………」
急に立ち止まり、イジイジとなにかを呟き始める。
この出鱈目感と緊迫した空気が雲散していく感じは間違いなく、マーリンさんの存在そのものだった。
こうも印象がぶれないのはある意味称賛すべき事柄に思える。
「……ホントにマーリンさん? でも、え? けど、それじゃさっき、マーリンさんが……二人いたことに!?」
結局、若い男性の正体がマーリンさんだとしてもマーリンさんが死んでいた事実、消えた事実、生き返った事実、突然、背後に現れた事実。
全ての原理が解決したわけではなくパニくっている私に解答をマーリンさんは与えてくれた。
「イチゴお嬢ちゃんが触れておったのは、ワシの抜け殻じゃよ。ホレ、蝉が羽化するときに残すのと一緒一緒」
「脱皮ができるということですか?」
「そうじゃ。成長の過程はワシの場合は逆じゃがのう。ワシのすごいところは抜け殻は自動的に消滅するところじゃ」
マーリンさんは若く瑞々《みずみず》しい肉体を誇らしげにえっへんと胸を張り、饒舌に説明を続ける。
「これはあらゆる面で便利なんじゃぞい! 例えば、ワシのロマン探求を邪魔しようとワシを監視したところで、この方法ととっておきの能力があれば監視の網を抜けて、覗き放題」
「………………」
「……こほん! ロマンの探求ができるのじゃ!」
私の軽蔑した視線に気付きマーリンさんは一息、入れる。
「それに自動消滅じゃから証拠隠滅じゃなくて、エコじゃしな。まさに世界に優しいエコ天使じゃ! マーリンさん、マジ天使と言ってもよいゾイ」
「……マーリンさん、マジ天使」
最上級の軽蔑を送ることにした。




