第一話:潮招き(3)
港州駐留軍のための官舎は、正月休みということで最低限の人数を除けば、ほぼ無人に近い。
いるとすれば秩序の守護者だかなんだか知らないが、妙なおしえにかぶれて自主的に巡邏している連中ぐらいだ。
その内部の武器庫は引火の危険性があるということで、火器の類がすべて別の場所に移送された。
かわいいお尻を振り振り、前を行く考古学者がそこを研究室として利用している。
閑職にあって、祈に歴史の講釈など聞いていると、一人前に歴史博士になった気分になってくる。が、どれほど知識をもらったところで、ここに散乱している物体がいつごろの、どういった用途のものなのかほとんど見当がつかない。
気に掛かったことと言えば、彼女が今かついできた小舟も含めて、なんか全体的に茶色いぐらいだ。
「なんか金目のモン、入ってると良いな」
「入ってたら軍に接収されるか博物館に寄付かのどっちかですよ」
「わかってるって。お目にかかりたいだけだ」
少女学士はハリガネの入ったケースを懐から取り出した。
針を二本取り出し、錠の鍵穴に差し込むと上下左右に操作しはじめた。
「ほう」
彼女の背に、鴨目は感嘆をもらした。
「器用なもんだ」
「これでもいくつもの史跡をめぐりましたからね、えっへん」
誇らしげにしている少女の手元、その「カチャカチャ」が
……バキリ、に変わった。
「あ」
背後から少女の解錠技術をのぞいていた鴨目は、祈のにぎる針が半ばほどから先が失われているのを見てしまった。
「折れた? 中折れ?」
やや卑猥な響きを持ってからかう彼の目の前で、若い学者は固まった。
ほっそりとした指を自らの下あごに絡め、思考したふうだった。
やがて、その指がはなれて、足下に転がっていた何かを手に取った。
「えい」
かけ声一発、錠前にそれを叩き込むと、さっきよりも破壊的な音がした。
砕けた錠前が地面に落ちて、鎖がたわむ。
「え、えぇー……」
批判じみた声をなさけなくあげる老人は、少女が錠前をブッ壊したその道具を見た。
やや型落ち気味の、十年ぐらい前の騎銃だった。
内紛で活躍した、中折れ式の輸入品。
短く、細い銃身は少しおおきめの拳銃と呼んでもいいだろう。射撃はともかく、持つだけなら片手でもできる。
見た目に反した頑丈さから当時は重宝がられたが、もはや骨董と言っても差し支えない。中も空砲だ。
「大丈夫ですよ。……ほんと、この銃そこらじゅうからゴロゴロ出てきますから、考古学的な価値はないです」
祈に言わせれば、ガラクタ同然らしい。
その彼女はと言えば、無造作に鎖を引きちぎっていく。
「……いやそうじゃなくて、まぁいいや」
彼女への抗議をあきらめて、鎖の撤去作業を待つ。
そうとう複雑に絡み合っていたらしく、彼女の腕力をもってしても悪戦苦闘しているようだった。
――こいつはひょっとしてひょっとすると、本気で埋蔵金か何かだったりするか?
自分のものにはならないにしても、目の前に広がる黄金を想像するだけで、思わず頬がゆるむ。
やがて、すべての鎖が解かれたようだった。
「それじゃ、開けますよ」
と声をかける祈も、どこか表情が硬い。
重厚感ある音が、海に沈んでいた歴史の重みを感じさせる。
筺のマストがとれて、上蓋が解放され、反射的に鴨目は目をすがめた。
「……あ、あれ?」
だが彼が期待していたまばゆさはいつまで経っても差し込んではこなかった。
フタを手にしたまま、少女も固まっていた。
だが彼女の硬直は予想を外された、ということよりも中のものそれ自体に衝撃を受けたようだった。
老人もそれに従い、目を開けて、おそるおそる内容物をのぞき込む。
そして、同じような顔を、祈の横に並べたのだった。
中で眠っていたのは、白無垢をまとった一人の花嫁だった。