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第一話:潮招き(2)

「おう、学者先生」


 と、てきとうに鴨目が手を挙げる。

 艦橋から現れた小早(こはや)(いのり)は、軍式敬礼で返した。


 ――なんだか妙な案配だな。

 素人がただしく敬礼をし、軍人が気軽にあいさつする。まるで正反対だった。


「今日はどこまで調査を?」

盤龍宮(ばんりゅうぐう)の大鳥居までっ!」

「あんな浮いてんだか沈んでんだかよくわかんねぇとこまでかい? ったくご苦労なこった」


 その女性、いや少女は、美しい飴色の髪をなびかせて、桟橋へと降り立った。

 ぱっちりとした目がまっすぐこちらへ注がれると、なんだか面はゆい気分になるし、逆に色恋のなんたるかを教えたくもなる。


 未だに二十にも満たない小娘だが、年号と国家体制が変わる前に海外留学の経験がある、希少な人材には違いない。


 そこで学んだという考古学の知識をもとに、自分の部署に協力してもらっている。

 表向きも……そして、裏側においても。


「で、どうだい? 成果は」


 いつの間にか少女の細腕には、彼女以上の大きさの物体が収まっていた。

 祈がそれを置けば、桟橋がおおきくたわんで悲鳴をあげて、水面に波が立つ。


「……あったみたいだな。しかも大物」


 鴨目は、モノそのものよりもまず少女の怪力に驚きを向けた。

 それから、彼女が置いた代物を注視する。


 ――小舟?

 いや、人が乗って海を渡るには、それは小さすぎた。

 それは、帆船をかたどった容れ物だった。見ればマストの下が、フタになっているらしく切れ込みが入っている。

 その上から、赤錆びた鉄鎖が二重、三重とくくられていた。


 材木は桐か。こびりつく藻や錆が、長く海中に放置されていたことを物語っている。


「ふっふっふー。これはちょっとした大発見ですよー少尉どの」


 得意げに背をそらすと、借りた軍服の上からでも少女の胸が揺れる。

 それに気をとられながらも、祈が熱弁することに耳をかたむける。


「筺の横の家紋、おぼえがありませんか?」

「丸にしゃれこうべ。順門府(じゅんもんふ)の神宮家、皆戸(みなと)家のものか」


 順門府、というのは三百年以上前、戦国時代における、この辺りの旧国名だ。

 そこを治めていた鐘山(かなやま)家は、幾たびにも渡る内紛の末に、盟主(たまき)の下に国内を統一。やがて天下を治める六大公国の筆頭格となったという。


 皆戸家といえば、その敗れた側に所属していたはずだ。


 ……なんてことまで、粗雑な白髪頭が記憶しているはずもない。懇切丁寧に、目の前の美少女が説明してくれた。


「わざわざの講釈どうもありがとうよ。だが、どうせなら空っ風の下じゃなくてよ、暖炉のきいた官舎で、な?」

 肩に伸ばしかけた老人の手は、

「あ、それもそうですねっ。コーヒーあります?」

 という、少女の身に切り返しにかわされる。

 思わずつんのめった鴨目は苦笑と共に、肩をすくめるのだった。


 ――偶然か、わざとか?

 だがその気まぐれが、天真爛漫さがなんとも愛らしい。


 鼻を鳴らす老人の足下で、小舟がカタリ、とちいさな音を立てる。

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