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第一話:潮招き(1)

 ――公海(こうかい)暦三年。

 その大陸を分割統治していた六大公国が滅びて、統一政府が生まれて、三年。


 ――ここも、ずいぶんとまぁ様変わりしちまったなぁ。

 老人は桟橋から、鋼鉄の軍船を眺めながらつぶやいた。


 港州(こうしゅう)旧渡瀬(きゅうわたせ)

 前時代のはじめごろは焼け野原でしかなかったというこの港湾は、海路の見直しによって価値が再発見され、対外貿易のための一大拠点として急成長した。


 土地の深くまで運河が開かれ、さらに枝分かれした水路が町中に入り乱れている。

 それを俯瞰すれば、まるでまじないに使う紋様のようで……


 ――と、いけねぇや。

 老人、鴨目(かもめ)士義(しぎ)は内心の想像を振り払った。

 彼の背後では、足並み乱れない警官隊の巡回がはじまっている。


「この世に神などいない」

「この世は秩序と法とが絶対である」


 それが彼らや軍内部にはびこる思想であった。

 いまは長く続いた寺社の癒着を引きはがすための法案が可決されただけだが、その思想が首脳部まで浸食すれば、いつ自分たちのような人間が、危険思想犯として捕らえられるか、知れたものではない。


 彼らだけではない。

 警官隊の反対側を、自警団が歩いてくる。


 鴨目よりもふたまわり以上年若い彼らは、洗いざらしのシャツや着物の袖に、藤色の腕章をつけていた。銀色の刺繍で、大鷲の横顔が縫われている。


 警官隊の制服組の何名かは、同様の腕章をつけていた。


「静謐なる銀夜(ぎんや)のために!」

「我ら、静謐なる銀夜のために!」


 そして向かい合って、あいさつを交わす。

 軍の敬礼ではない。右の手を槍のように突き出すそれが、彼ら〈銀の星夜会(せいやかい)〉なりの礼儀作法、であるらしい。


 他にもシンボルマークとしては銀髪紅眼の美少女というものがあるらしいが、それが彼らの唱える思想の源流となった、鐘山銀夜という名の戦国時代の姫武将であるらしい。


「……どっちが宗教なんだか」

 若いモンの考えることはわからん、とこぼしながら、老人は桟橋から海を見つめ直した。


 後ろの茶番がほんとうにバカらしくなってくるほど、海はその青さを変えない。

 その上を、小型軍船『みちひき』が進み、着港の準備を進めていた。

 老人はやれやれと大儀そうにそれを見上げ、自身の軍服に手を当てた。


『文正庁歴史編纂室長』

 それが新世界における、老人も覚えきれない肩書きだった。

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