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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座った席から見えるもの
50/52

ありがとう

 7月31日。金曜日。夜。


 座太郎はホームを歩く。その足取りは久しぶりに軽かった。最終日にようやく座ることができた。長く続いたどんよりとした梅雨が明けたようなそんな晴れやかな気持ち。帰宅でこの駅を使うのも最後、この駅とももうお別れだ。彼はいつも座っていたベンチに目を向ける。手前に女性が一人座っていた。彼女は待ち合わせていた誰かを見つけたのか立ち上がって走り出した。そしてベンチのその奥、ちょこんと腰を下ろしているエリの姿が見える。彼女はタワーマンションをまっすぐに見つめている。まるでいつもの座太郎のように。

 座太郎は声をかける前に自販機に寄って缶コーヒーを二本買った。そう、彼女を呼んだのは座太郎だ。朝、彼女から最後の挨拶をされた。でも、どうしても伝えなきゃいけない、伝えなきゃ後悔する思いがあり、メッセージをいれて呼び出していた。



 数日前、彼女からアドバイスをされた日を思い出す。

「一度スワリストとしての全てを忘れて。アナタはスワリストとして優秀すぎるから座れないの」

 意味の分からない導入でエリが喋り出し、自信満々に座る方法とやらを教えてくれた。座太郎の得意な分析をしないこと。頭の中では出鱈目な座席を思い浮かべること。

「何を言っている?それじゃあ、座れないだろ?」

「違うの、初心に戻って空いてる席に座ればいいの」

 分かっている。空いてる席に座るために事前に空く席を分析して最高のポジションを取り最短距離でその座席まで向かっているのだ。座太郎はエリに呆れながら熱弁した。今までのセキトリを見てきたならどうしてそんな初歩的なことが分かっていないのかと。

「そんなこと私だって分かってる。だからこそ言ってるの」エリは怯まずに続けた。「おそらく相手はそんな優秀なアナタだから余計に狙ってくる。その特別な力で」

「そんな力、あるわけないだろ!」思わず声を荒げる座太郎。

「じゃあ、スワリストであるアナタが急にここまで座れなくなったのはどうして?ずっと座れてた人間が何週間も突然座れなくなるなんておかしくない?私だって半信半疑だけど・・・」

「・・・」


 おかしいとは思っている。だからより一層精度をあげて分析をしているんだ。怒りを込めてエリを睨みつける。もしエリの考えが正しいとすればこの分析は逆効果になるだろう。街を見る、駅を見る、人を見る、ここから空く座席を炙り出す。全てにヒントがある。これは座教ハジメから教わったスワリストの鉄則だ。それを愚直に磨き上げ抜いたからこそ今の座太郎がある。


「じゃあ、どうやって座るんだ?まるで丸腰で電車に乗るようなもんじゃないか?」

「そう、丸腰、丸腰で電車に乗るの。座席に座ろうとしないで。席を狙わないで」

「狙わない?」

「うん」エリが静かに頷いた。「ガラガラの電車を想像してみて。その車両に乗るとき、そして座るとき、絶対にあの席に座るとか考えたり狙ったりしないでしょ?ただ、空いている席に座る。その時には何も考えていないはず。それをやるの」

「何も考えないだと?それじゃあ満員電車じゃ座れるはずがない。席が空かない可能性の方が高いからな」

「いや、絶対に席は空く」エリの声は確信に満ちていた。「アナタはまず乗る車両をいつものように分析して考えて。そのスワリストとしての卓越した力で。そして、その列に並んだらもう座席のことは考えない。いや、むしろ何か出鱈目な席のことをずっと考えて。一番空くことがないであろう座席を。出鱈目な席を狙いながら車両に入る。そうすれば座太郎の席を狙っている人はそっちに誘導される。その時に電車の中では最強のスワリストであるアナタが分析した座席がどこかで一つ必ず空いている。それならもうガラガラの電車と一緒。だって絶対に空いているんだもん。その時に何も考えずに、当たり前のように、ただ座るの。座るだけ。考えない」

「そんなことできるわけ・・・」

「できる!いや、やるの!今までは尊敬する座教ハジメがあなたの中で鎖になっていた。だから座教ハジメを無視して。スワリストなんて関係ない、ただ何も考えずに座るだけ、呼吸をするように。これで座れるはず。座太郎のためにみんなで考えたの、絶対に大丈夫っ・・・て座太郎?」


 その日は怒りでエリのアドバイスを受け入れることはできなかった。

 しかし、最終日である今日、最後にそのアドバイスを信じたことで無事に座ることができたのだ。




 座太郎は今朝の出来事を思い出す。メガネのスワリストとの闘い。

 座れた。この朝の座席の感覚、シートはこんなに温かく柔らかかっただろうか。そんなことも覚えていないくらい久しぶりに座ることができた。噛みしめる様に目を閉じてこれまでの苦悩を成仏させる。そしてゆっくりと目を開いた。


「生徒会長・・・」


 向かいの窓ガラスからエリが飛び跳ねんばかりに喜んでいる姿が見えた。座太郎と目が合うと彼女は満面の笑みで親指を立てた。

 車内は乗客で溢れかえりエリの姿は見えなくなっていく。

 しかし、座太郎は顔をあげたまま真っすぐに視線を正面に向けていた。まるで目の前に立つサラリーマンたちなど存在せず奥まで見渡せているかのように。


「ああ・・・これは・・・何だ・・・?」


 電車の中には座太郎しかいない。

 ホームにはエリだけがいるだけ。

 しかし、彼女もサムズアップをしたまま消えてしまい誰もいなくなる。

 そして世界が白黒のモノトーンになる。

 


 窓ガラスに映像が映し出される。

 まるで大昔の映画のようにフィルムのノイズを交えながら早回しで流れていく。

 明治か、大正か、そんな時代を思わせる光景。

 まるで何かのドキュメンタリー映画が上映されているかのようだ。


 次のシーン。

 10数人の老若男女がスーツや制服を着ている人間に囲まれている。

 戦っているのか、激しく揉みくちゃにされている。

 囲っている側には外国人も沢山いる。

 非難される小さな子供。よぼよぼの老人。同じ顔をした双子のオジサン。やけに現代的な服を着た女性。


 次のシーン。

 彼らが目隠しをされ一列に並び歩かされている。

 どこか見たこともない建物に入っていきそのシーンは終わる。


 映像の再生スピードが加速する。

 断片的な映像の羅列。

 さらに速く、速く、速く。

 目で追いきれないほどのスピードに達する。


 そこで世界が再び色を取り戻す。

 ホームには変わらぬポーズで立つエリが現れる。

 他の乗客も現れ、車内は毎朝の殺伐とした様相を呈す。


 一瞬の幻のような時間に戸惑いを隠せない座太郎。

 しかし次の瞬間、身体の奥底から熱いエネルギーが沸き上がりその戸惑いを吹き飛ばす。これは?座太郎は自分の両手を見つめる。まるでこの世界でできないことなど何もないような、そんな感覚。

 今ならウサイン・ボルトよりも速く走れる。

 藤井聡太よりも将棋が強い。

 イーロン・マスクよりも大事業を成し遂げられる。

 大谷翔平よりも国民から愛される。


 これは・・・?

 でもどうして・・・?

 もしかして、これが・・・?

 そうだとしたら、俺も行かないといけないのか、あの駅に。

 それでも、どうしてもまだ分からないことがある。


 座ることの本当の意味。


 ハジメさん・・・俺は・・・

 

 

 

「生徒会長」

 座太郎はタワマンを見つめるエリの横顔に声をかけた。

「座太郎!」彼女は笑顔だ。「よかったね、最後に座れて」

 彼女に缶コーヒーを渡し、二人は無言で蓋を開ける。

「ここでコーヒーを飲むのも最後だね、もう引っ越しかぁ。来週からは会社に近いからゆっくり眠れるじゃん。いいなあ、朝30分長く眠れるってとてつもなく幸せだよ」

「・・・あ、ああ、そうだな」何かを言いかけた座太郎はそれをコーヒーで押し流す。「まあ俺の引っ越しはいいとして、生徒会長も引っ越しだろ?いつ引っ越すんだ?」

「えっと、9月の半ば過ぎかな。10月から正式配属だからそのちょっと前に」

「じゃあ、あっという間だな。寂しいだろ?」

「全然」エリが即答した。「だってこの駅全然座れないんだもん、本当に毎朝しんどくて・・・」

「ははっ、この駅は大変だからな」

「次は座れますようにって神様にお願いしてるもん。スワリストじゃないけどやっぱり朝座れるかどうかって本当に大切だから。そうだ、もし次の駅で座れないようだったら連絡するから教えてよ、座れる席を」

「ああ、もちろんだ」

 二人は同じタイミングでコーヒーを口にする。


「そう言えば、話って何?それで呼んだんだよね?」とエリ。

「あ、ああ」

 座太郎は呼吸を整え、エリの方を向く。そして真っすぐに見つめた。

「ちょ、何よ、改まって・・・」

 エリがもじもじしながら視線を逸らす。

「生徒会長・・・」座太郎は緊張で喉を鳴らした。「その・・・」

「うん・・・何・・・?」

「あれだ・・・お」



「おーい、お嬢ちゃん、座太郎!」



 遠くから二人を呼ぶ声が聞こえる。

「あっ、お爺さんだ」

 エリが遠くの師匠の姿を確認して言った。


「あの、座太郎、話って・・・」とエリ。

「あ、ああ」座太郎は改めてエリを見つめる。「生徒会長・・・うん、そうだな」


 何か清々しい表情をする座太郎。

「生徒会長、ありがとう、ちゃんとお礼を言えてなかったから。おかげで座れたよ」

 今はこれでいい。


「・・・ふふっ」エリが微笑む。「うん。いいって、いいって。次は私がピンチのとき助けてよね」

「ああ」

 座太郎は力強く頷いた。


 エリの座るベンチの奥から師匠がゆっくりと近づいてくるのが見える。


「そう言えば私が生徒会長してたの座太郎に話したっけ?」

 エリが今更な疑問を口にした。


 次の瞬間、師匠の姿はもうそこにはなかった。

 稲妻のような光が二人の横を駆け抜けた。


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