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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
許さない!座ると触るは大違い
20/52

座席の運動について

 翌日。


 この日も二人で一緒に駅へ向かう。

 一週間分の荷物はすでに準備してある。どんな結果になろうともカオリを守る、最悪自分で犯人を捕まえる、エリはそれくらいの意気込みでカオリの元へ来ていた。

 しかし、初日から座太郎の教えが面白いようにハマり、二人は並んで座ることができた。

 昨晩のカオリも、今朝のカオリも明るい。自分のよく知る、いつものカオリだった。


「今日もいたらどうする?・・・改札に走って逃げこもっか?」

「エリ、ダメだよ!そんな言い方しちゃ」

 まるで不審人物の話でもするかのように座太郎の話題を出すエリ。

 昨日の朝、座太郎は何をしていたんだろう?結局、昨日はあれ以降会うこともなく、次元の調査とやらの確認をすることができなかった。


「ふふふっ、冗談冗談」エリは明るく言う。「私、決めてるんだ。第一声はお礼だって。スワリストだなんだって愚痴ばっかり言っちゃてたけど、今は感謝しかないから」

「うん、私も。そしてエリにも。本当にありがとう」

 カオリが明るい笑顔で言った。

「わ、私?私は何もしてないよ・・・」

「座太郎さんを連れてきてくれたじゃない、それに今もこうして一緒に居てくれてるし。これからもずっと一緒に、東京ライフ楽しもうね」

「うん!」


 そう、二人の都会での新生活はまだ始まったばかりなのだ。




 駅のホーム。混雑具合は特に昨日と変わらない。

「座太郎さん、いなかったね。期待してたんだけど」とカオリ。

「うん」

 エリも意外だった。

 何となく今日も改札の横に現れるかと思っていたが、今日は仕事なのかその姿を確認することはできなかった。

 そんな座太郎トークをする中、昨日と同じ時刻に電車が到着した。


 結果。

 今日は乗った駅では座ることができなかった。

 しかし、二人は高校生三人組の前に立つことができ、隣の駅に着いた時に並んで座ることができた。




 夜。時刻は午後8時30分。


「いやぁ、仕事疲れたぁ」

 エリは飛び跳ねるように駅のホームに出た。

「私も。まだまだ慣れていかないとなぁ」

 カオリが微笑みながら応じる。


 二人はエスカレータ横の階段を使い改札へ向かう。

 人の流れは一方向で皆が黙々と歩みを進めている。ここにいる全ての人が今日の戦いを終えたのだ。そして、また明日の戦いに備えていく。


「あっ!エリ、あれ!」

 改札を出る前にカオリが珍しく大きな声をあげた。

 エリはカオリが指す方向を見つめる。

 先日、お世話になった喫茶店。

 その壁のガラスに座太郎が腕を組んで寄りかかっていた。

 いつもと同じ白いTシャツ姿で。

「うわっ・・・カオリ、とにかく行ってみよう」


 二人は歩む速度を上げた。




「座太郎っ・・・さん!」

 エリはまだこちらに気がついていない座太郎に声をかけた。

「おう」座太郎は二人と順に目を合わせ、片手を軽く上げた。「俺も今、着いたとこだ」

「それは待ち合わせをしている人が言うセリフです!」

 エリは思わず感謝よりも先にツッコみをいれてしまう。


「冗談、冗談。それで、どうだ?席に座れているか?」

 その言葉に二人は目を見合わせ、互いに頷いた。


「「ありがとうございましたっ!」」

 エリとカオリは並んで深く頭を下げる。


 道行くサラリーマンらがこの光景を不思議そうに見ている。


「あっ・・・じゃあもう問題なく座れてる感じ・・・?」

 座太郎が二人のお礼に若干の戸惑いを見せながら言った。

「はい」カオリが明るい声で言った。「昨日も今日も座れました。これも全部座太郎さんのおかげです」

「それは良かった。でも俺のおかげじゃないよ」

「・・・?いえいえ、座太郎さんのおかげです!よかったら少しどうでしょうか?」

 カオリが喫茶店の入り口を指さす。


 三人は店内へ入った。




 四人掛けのテーブル。

 三人はそこに座る。

 まだ閉店まで時間はあるが客数はまばら。優しいジャズのメロディがいつものように空間を包んでいる。


「生徒会長はずっと一緒なのか?」

 座太郎がまず口を開いた。

「はい、ひとまず今週は一緒に通勤しようと思って。荷物もどっさりとカオリの部屋に持ってきてます」

「優しいんだな」

「・・・ども・・・あの・・・大切な親友なので・・・」

 真っすぐに褒められ、エリはしどろもどろになる。


「常磐さんはどうだ?これからもしっかり座れそうか?」

「はい、本当になんとお礼を言ったらいいか。それはエリにも。二人のおかげで、私、大丈夫だと思います」

 カオリが落ち着いた口調で答えた。


「座れているのは俺でも生徒会長のおかげでもないぜ」

 座太郎は一呼吸おいて続けた。

「座ろうとするアンタの意志だよ。座りたい、そして、座るんだ、まずはこの意志から全てが始まるんだ」


「私の・・・意志・・・」

 カオリが座太郎の目を見つめたまま噛みしめるように言う。

 そして何か自分に言い聞かせるように頷いた。


 エリはその光景に表現しがたい微々たる不安を覚え話題を変える。

「そういえば、昨日の朝とか今日もですけど、何をやっていたんですか?時間がなくて聞きそびれちゃったんですけど、『次元』とか言ってませんでした?」

 座太郎はその質問を聞いてブラックコーヒーを一口飲む。

「ああ、そうだ。今日はその報告なんだ。やはり生徒会長、アンタには才能があるかもな。スワリストの才能が」


「・・・」

 エリはカフェラテのストローを咥えたまま反応しなかった。

 数日前のエリならここで大きく否定をしていただろう。

 しかしスワリストの実力を知った今、そして親友を助けてもらった今となっては否定できない。

 もちろんスワリストになるつもりは毛頭ないのだが。


「じゃあ始めるぞ。よく聞いてくれ」

「はいっ」

 カオリが目を輝かせてキャラに合わない大きな声で返事をし、背筋をピンと伸ばした。

 エリはその様子を訝しげに見つめ、ストローを咥えたまま首肯した。


「俺たちはどの車両がいいか?どの扉がいいか?そこから戦略を立てたな。もちろんそれは大切で基本中の基本だ。だが一つ完全に考慮していない部分がある。何か分かるか?」

「えっ、なんだろう?」カオリが考え込む。


「・・・時間ですか?」

 エリはパッとストローから口を離し、答えた。

「何時の電車に乗るか?座太郎さんから『次元』って言葉を聞いてから、ちょっと考えてみたんです。そしたらあとは利用する電車の時間かなって・・・」


「・・・凄い」カオリが感嘆の声を漏らした。

 パチン、と座太郎は指を軽快に鳴らした。

「その通り!さすがだ、生徒会長」

 座太郎が嬉しそうに言う。

「・・・あの・・・どうも」

 嬉しくなくはない、が、嬉しくもない。

 なんとも言えないこの感情。

 エリはまた隠れるようにストローを咥えてカフェラテを飲み始める。


「汝、何時の電車に乗り込むか?こんな格言もスワリストの世界にあるくらいだ」

「・・・汝、何時の電車に乗り込むか・・・」

 カオリが反芻した。味わうように頷いている。


 ダメ、エリは声には出さないがカオリに視線でストップをかけようとする。

 そんな言葉を反芻しちゃダメ。


「ああ。それくらい大事な考え方だ。極論を言えば昼の12時の電車に乗れば座れるわけだろ?細かい戦略や分析なんか関係なくな。もちろん昼や夕方の電車というわけにはいかないが、許容範囲内の前後の電車でベストな時間を選ぶんだ。常磐さんは少し電車の時間を遅らせても問題ないか?」

「はい。遅延とかに備えて余裕を持って着くようにしています。始業の30分前には職場の最寄り駅に着いて、近くのカフェで仕事の準備したり。あと、心を整えたり・・・」

「なるほど」座太郎は続ける。「なら、もう心を整える必要はないな。もう大丈夫だよ。それに仕事は職場でやるもんだ。新入社員は頑張ろうとしすぎなんだよ。ほどほどにな」

「ふふっ、はい」

 カオリが笑顔で返事をした。


「俺はこの二日間、そのために朝の時間の状況の変化を観察してたんだ」

 サラッと言う座太郎。

 声には出さないが驚くエリ。

「それで導き出した答えだ。電車を二本を遅らせろ。15分後の電車に乗れ。これで完璧だ」

「何がそんなに変わるんですか?」

 エリは我慢できずに聞いた。


「サラリーマンの数は変わらなかった。ほぼ同数くらいだ。だが、前の駅から乗っている高校生の数がここで一気に多くなる。11号車の座席は連中が分校のごとく支配している」

「ぶ、分校」とエリ。

「そうだ。だからこの駅で座る確率70%で攻めるんじゃなく、次の駅で100%座っていく。状況から考えてもこれがおそらくベストだろう」


「はい、私、頑張ります」

 カオリが立ち上がって力強く返事をした。




 その後、三人は電車や仕事について他愛もない会話を続けた。

 そして、カオリの提案でそれぞれ連絡先を交換した。


「じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな。明日からは仕事だからな。結果はあとで連絡してくれ」

「はい、明日から時間も変えてチャレンジしてみます」とカオリ。

「じゃあ、私たちもそろそろ行こうか?」エリが言った。


「う、うん・・・」カオリは立ち上がらずに何かを言おうとしている。「あ、あの・・・座太郎さんっ」

「ん?なんだ?時間変更に伴う車両の再考慮は不要だから安心しろ。時間が変わっても早く乗っていいポジションに立つ、その戦略は変わらない」


「い、いえ・・・違うんです。・・・あの・・・」

 もじもじしながらカオリが続けた。

「今、お付き合いしている人はいるんですか?」

 カオリの顔は真っ赤だった。



 その言葉を聞いた瞬間、エリの頭は真っ白になった。



 その後の記憶も曖昧だ。


「えっ?い、今?今はいないかな。・・・うん、いないよ」

 座席を語るときから想像もできない歯切れの悪さで座太郎が言った。

「ふふ、そうなんですねっ」

 カオリが笑顔で言った。

 エリは思わず彼女を見つめ、視線が合ってしまう。

 カオリが何か照れるような表情でゆっくりと頷いた。

 

 その後、どんなやり取りをしたか覚えていない。

 そしてその真意を親友に聞くタイミングを完全に逃し、エリはカオリの隣の布団で眠れぬ夜を過ごした。




 それから週末まで、エリとカオリは当然のように座って通勤することができた。

 座太郎の言った通り11号車の半分以上の座席を高校生が占領して、次の駅で一気に降りていく。

 これなら今後もほぼ100%座ることができるだろう。

 エリとカオリは最終日である金曜日にそれを確信して、座太郎に報告と感謝のメッセージを送った。


【了解】


 シンプルな短い言葉がスワリストから返信された。


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