五十話「カザフさん、ナナの成功を喜ぶ」
三つ編みと黒縁眼鏡といういかにも真面目そうな容姿の少女が帰ったところで、客の来店は少し落ち着いた。
今日は珍しく忙しかった。
ナナは、ふぅ、と溜め息を漏らす。
売り上げが多くなったことは、もちろん嬉しい。ただ、いつも以上に忙しくしていると、少々疲れてしまう部分もあるのだ。
光の眩しい昼が終わり、夕方になった頃、カザフが起きてきた。
「ごめんナナちゃん。寝ちゃってた……」
カザフは右手の甲で目を擦りながらナナのところまで歩いてくる。まだ眠そうな顔をしている。
「あ、起きられたんですね」
「うん」
「無理なさらないで下さいね、カザフさん。眠いならまだ寝ていても良いんですよ?」
ナナは気を遣って言う。
が、カザフは首を左右に振った。
「ありがとう。さすがにもう大丈夫だよ」
カザフはまだどことなく眠そうな顔。完全に起ききっているようには見えない。ただ、だからといってもう一度寝る気はないようだ。
「ナナちゃんは今日は何していたの? 店番?」
自ら話を振るカザフ。
嬉しい話題を振られたナナは、目をぱちぱちさせながら述べる。
「あ、はい! 今日はお客様が凄く多くて!」
それを聞いたカザフは「へぇ、それは凄い!」と返していた。
◆
翌日以降、ナナのアクセサリー屋に来店してくる人の数が爆発的に増えた。
「お邪魔しまーす」
「ココが噂の店なんだねっ」
「いいのあるかなぁ」
女性客がぞろぞろやって来ている。
想定外の展開に、ナナもカザフも、戸惑わずにはいられなかった。
「ママ、あれとあれ買って!」
「駄目よ。一つだけ」
陳列棚からみるみるうちに商品が消えていく。妙な魔法でもかけられたかのような、商品の売れ行きだ。
ナナは大忙し。
今まで経験したことがないような忙しさに、彼女はあたふたしていた。
「これとーこれとーこれとー、お兄ちゃん買って!」
「なんで俺やねん。彼氏に買ってもらえや」
「彼氏にはもう鞄頼んじゃったから!」
「えぇ……どんだけ強欲やねん……」
あまりに盛況で、ナナには商品を管理する時間がない。そのため、奥に置いてある商品を出してくる作業などはカザフが担当した。経験者ではないカザフだが、簡単な作業なら、ナナから説明を受ければある程度はこなせる。
その途中、三つ編みと黒縁眼鏡の似合う真面目そうな少女がまたもや訪ねてきた。
今日はベージュの襟つきワンピースだ。
襟にはレースがあしらわれており、袖は肘の辺りまで。裾は膝の高さ。そして、腰の両脇に当たる位置には、目立たないポケットがついている。
「こ……こんにちは……」
「あ! 昨日の!」
カザフは少女を知らなかった。が、ナナの反応の仕方を見たら、少女がナナの知り合いであるということはすぐに分かって。
「いきなりすみません……」
「いえいえ! 今日はどうなさいました?」
固い表情のままの真面目そうな少女に、ナナは明るい顔と声色で接していた。
「えっ、と……その、少し……宣伝をしてみたので……」
「宣伝……?」
「は、はい。丁寧で、と、とても……素晴らしい店だと……」
三つ編みの少女がナナと話している間、ずっと、少女の背後には一人の男性が立っていた。
身長を言うなら、カザフよりかは低いが一般人よりかは高い、というくらい。数字にするなら、一七○センチ後半くらいはありそうだ。
「じゃあもしかして……こんなにお客様が来てくれているのは、そのおかげなんでしょうか?」
ナナが首を傾げながら言うと、三つ編みの少女は弱々しく一度だけ頷く。
「恐らく……。実、は……うちの親は、こ、広告を……仕事にしていまして……」
「そうなんですか!」
「広告したいお店を探していたんです……。だ、騙すみたいに……なって……すみません」
少女は申し訳なさそうな顔をしている。
盛況になったのだから問題ないだろうに、と、カザフは密かに思う。
もちろんナナも怒ってなどいない。
「宣伝して下さって、ありがとうございます!」
「えっ……あ、えと……」
「凄く嬉しいです!」
ナナは感謝の気持ちを伝える。
すると少女は恥ずかしそうに返す。
「あ……い、いえ……」
◆
忙しい一日が終わった。
夜、ナナは床に転がり、「疲れたーっ」と急に叫ぶ。
「お疲れ様、ナナちゃん」
バタバタしていた疲れきっているナナに、カザフは声をかける。
「ふわぁぁ……疲れましたぁぁぁー……」
元気なナナだが、あれだけ忙しいと、さすがに疲れてしまったようで。今はだらけきっている。
「今日は凄い人だったね」
カザフは嬉しかった。ナナがこれまでやって来たことが評価されたことが嬉しくて、今はとても機嫌が良い。
「はい……カザフさん、手伝って下さってありがとうございました……」
ナナは瞼を閉じたまま感謝の気持ちを述べる。
「いえいえ。でも、これだけ収入があったら、当分はゆっくり暮らせそうだね」
カザフは穏やかな笑顔で言う。
けれどナナは既に次のことを考え始めていた。
「明日に向けて商品を作らなくちゃです……」
疲れ果てているにもかかわらず次のことを考えているナナに、カザフは「やる気満々だね」と声をかける。
「もし大丈夫そうなら、カザフさん、また手伝っていただけますか?」
「うん。もちろん」
巨体の冒険者カザフとアクセサリー屋ナナの日常は、これからも続いていく。
◆終わり◆
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。




