カジノの騒動《1》
皆様、あけましておめでとうございます!
今年もどうぞ、出来る限りで投稿続けていきますので、よろしくお願いします!
前回のあらすじ:カジノに潜入、悪の親玉達と話を付けた。
「痛つつ…………なんつー馬鹿力してやがるんだ」
「ったく……しばらくそこで頭を冷やしてるんだな」
「へいへい、悪うござんした」
そう言ってネアリアは、牢屋の中にぽつんと置かれた簡素な造りの椅子に、内心の不機嫌さを隠そうともせず乱暴に腰掛ける。
この短時間で彼女がどういう性格か大体把握した守衛の二人は、その様子に特に何かを言うことはせず、一人は羊皮紙と羽ペンを持って牢屋の近くに置かれた椅子に座り、もう一人はその近くに立ってそれとなく警戒をする。
「色々聞かせてもらうぞ。まず、名前と職業は?」
「ネアリア。職業は……あー、冒険者だ」
「冒険者だと?」
ネアリアの言葉に、守衛の一人が怪訝そうな声を漏らす。
「んだよ、何か問題でもあんのか?」
「冒険者は基本的に低賃金だ。それではこの金持ち専用エリアには入ることすら出来ん。高ランク冒険者ならそんな金もあるのかもしんねぇが……ここに来られるような有名な高ランク冒険者の中で、お前のようなヤツは知らんぞ。……まさか、その会員証は偽装したのか?」
「んな面倒なことしねぇっつの。アタシのボスがお偉いさんと知り合いで、そのコネで今日は遊びに来たんだよ。確認でも何でもしやがれ」
ネアリアは服に付けていた会員証を外すと、牢屋の中からピンと弾いてそれを、守衛に向かって飛ばす。
「……確かにこれは本物のようだな。全く、それならそれで、イカサマなんてくだらない真似をするんじゃねぇよ。そのボスの顔に泥を塗るようなものだろう」
「…………」
守衛の言葉に、自覚があるのか苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるネアリア。
「……反省はしているようだな。それで、お前の身内か知り合いかは、一緒に来ているのか? 来ているんだったら、身元確認をするから詳しい特徴を――」
「その必要はねぇ。もうそこにいる」
「は? ――おわっ!?」
振り返った守衛の視界に映ったのは――いつの間にか、音もなく近くに控えている、ドレスを着た仮面の女。
顔が見えないため正確な年齢はわからないが、しかしその華奢な体つきを見ると、少女程の年齢かもしれない。
警戒をしていたもう一人の方の守衛が、慌てて剣を構えようとするが、しかしその仮面の女が特に反応を見せないのを見て、とりあえず大丈夫だろうと、警戒はしたままだが腰の鞘から手を放す。
「い、いつの間に……」
「私の同僚がご迷惑をお掛けしてしまったようで、大変申し訳ございません、我が主からも、皆様に謝罪を、と仰っていました」
「あ、あぁ、そうですか。ええっと……では、彼女を引き取りに来たということでいいのですね?」
頭を下げる仮面の女――セイハに若干調子を崩されながらも、そう問い掛ける守衛だったが、しかしセイハは彼に対し首を横に振った。
「いえ、彼女には頭を冷やしていただくべく、二、三日程こちらに入れたままにさせていただければ、と。
何なら、上の留置場に連行していただいても構いませんので」
「いいんですか? こちらとしては別に構いませんが……」
「えぇ、そのようにお願いいたします」
「……え、マジ?」
と、思わず茫然とした様子で言葉を挟むネアリア。
「マジです。あなたはそこで、頭を冷やしているといいです」
「……悪かったよ」
「本当にそう思っていますか? マスターにもジゲルにも言われたのに、くだらないことをして」
「……悪いっつっといてくれ」
バツの悪そうな表情で、頬をポリポリと掻きながらネアリアはそう言った。
ネアリアも、最初からイカサマをしようと考えていた訳ではない。
ユウに対し言っていたことは流石に冗談で、最初は彼女も普通にカジノを楽しんでいたのだが……しかし、あるテーブルに座った時、同じテーブルに座っていた客の男が一人、イカサマをしていることはすぐにわかった。
ギルドの面々で、イカサマありのかけ事をしょっちゅうしていたため、相手が何か仕掛けをしているかどうかは見ればわかるのだ。
当然イカサマをされたネアリアは、勝負に負けてしまったのだが……彼女は、売られた喧嘩は買う主義である。
最初は勝ち誇った余裕のある表情を浮かべていた男が、負けが込むにつれどんどんと顔色を悪くしていく様子が面白く、つい調子に乗ってしまい……この結果である。
恐らく、勝ち過ぎてしまって疑惑を持たれ、バレてしまったのだろう。
「……反省しているならいいです。ですが、しばらくはここで頭を冷やしてもらいます――と、なる予定だったのですが」
「あ?」
――その時だった。
丸い何かが、彼女らのいた守衛所に投げ込まれる。
「なんだ――」
警戒に当たっていた男が疑問の声を漏らした瞬間、投げ込まれた丸い何かから煙が噴き出し、一瞬にして
周囲を白く染め上げる。
「うわっ、ゲホッ、ゲホッ、な、なんだ、こ、れ……は……」
「煙玉か!? 警報を、なら、さ……」
部屋にいた守衛の二人は、その言葉途中で呂律が回らなくなっていき、やがてバタリとその場に倒れる。
そして――数秒が経過した後、部屋に現れる、顔を隠した三つの人影。
「……制圧完了。つギっ――」
「完了していませんよ」
部屋に人影が入って来た瞬間、その背後へと忍び寄っていたセイハが、闖入者の一人の首筋を掻き切り、意識を永遠に飛ばす。
「っ――!」
「チッ!」
残り二人の闖入者は、突然の事態に一瞬だけ動きを止めるも、しかしすぐに意識を切り替えて動き出し、セイハに向かって斬り掛かるが――。
「油断し過ぎだ、カスども」
牢屋の中で、隠し持っていたハンドガンを引き抜いたネアリアが、闖入者二人に向かって引き金を引く。
布を切り裂くような、発砲音。
数瞬の後、正確に心臓を撃ち抜かれたその二人は、血をまき散らしながら声もなく地面に倒れ伏した。
「……結構強力な睡眠の魔法が掛かった煙玉ですね。状態異常の対策をしていなければ、私達もやられていたでしょう」
「あぁ、状態異常耐性は、頭領に嫌ってぇ程育てられたしな。――で、ソイツらはなんだ。アンタのことだし、敵が入り込んでいるのはわかってたんだろ?」
「何者なのかはわかりません、ネアリアがここに連れて来られた後にカジノへ潜り込んで来た者達です。まあ、大方は強盗か、人攫いの類かと」
「あぁ、ここ、腐った権力にしがみ付くブタどもの巣窟だもんな。へぇ……そりゃあ、タイミングの悪いヤツらだな。アタシらがいる時に襲いに来やがるとは」
「全くですね。この者達以外にも、仲間だと思われる数人がカジノの方に入り込んでいます。本当はあなたにはしばらく頭を冷やしてもらうつもりでしたが、仕方ありません。その代わり、人一倍働いてもらいますからね?」
「へいへい、せいぜい頑張りますよ」
そう言ってネアリアは、鉄格子の隙間から腕を伸ばし、近くに倒れていた守衛の腰から牢のカギを抜き取ると、牢の扉を開けた。
* * *
「――よ、ルヴィ、瑠璃。楽しんでるか?」
「おにい、さん! は、はい、こんな煌びやかなところ、初めて来ました。見たことないものばかりで、目が回りそうです」
「…………」
いつもよりテンション高めでそう答える姉のルヴィに、妹の方の瑠璃は相変わらず無言だが、しかしどことなく興奮した様子でじぃっと俺を眺めている。
うむうむ、楽しんでくれているようで何よりだ。
「ハハ、そうかい。君らが楽しんでくれているならよかったよ。じゃ、俺も仕事終わったし、一緒に遊ぶか――って、言いたいところだったんだがな」
「? どうかしたのですか?」
「あぁ、ちょっと問題が起こったみたいでな。ごめんな、二人とも。今日は多分カジノが店仕舞いになるかもな。危険があるかもしれないから、しばらくウチの子達と一緒にいてくれ。――燐華、夜華、二人を守ってあげてくれ」
「はーい!」
「……わかった」
「それと、誰かファームと玲を見なかったか? アイツらにも集合を掛けたいんだが」
そう彼女らに問いかけるも、このVIP専用エリアが結構広いためか、今どこにいるかは誰もわからなかった。
ただ、二人が一緒にいるところは見かけたらしい。
ふむ……今も一緒に行動してくれていると助かるな。
「……ファーム、玲、聞こえるか? ちょっと問題が発生した。合流したいんだが、お前ら、今どこにいる? 二人一緒にいるのか?」
念話を使用し、そう二人に話し掛けると、すぐに声が帰って来る。
『あ! ご主人だー!』
『主様! はい、ウチとファームは二人でおります。問題というのは……カジノに入り込んだ賊、ですね?』
「あぁ、そうだ。よくわかったな」
そう、何だか知らないが、今このカジノに、組織だった賊が入り込んでいる。
最初にセイハが気が付き、俺の索敵にも反応があった。
敵対的な意思を持ち、何事かを起こそうとしているのは確実。
全く……わざわざ俺達がやって来た日に、やめてくれよ。
何かするつもりなら邪魔してもいいんだが、マッチポンプだと思われるだろ。
俺達が呼び寄せたんじゃないと言っても、確実に疑われはするだろう。
『では……多分ウチらの前にいるのが、そうかと。守衛でもないのに武器を隠し持っておりんしたので、怪訝に思いファームと監視を。現在位置は西側のるーれっとの台が多数置かれた場所です。制圧なさいますか?』
「いや、いい。まだちょっとどうするか悩んでるんだ。わかった、じゃあそっちにシャナルを送るから合流してくれ。大丈夫だとは思うが、何があるかわからんから、気を付けろよ?」
『わかった、ご主人!』
『了解しんした、主様』
そして、念話は切れた。
……よし、我が部下達も各々考えて動き出していることだし、俺も動くとしようか。




