閑話:ポヴェル
――おっかねぇ人達だ。
「では、その王子の方々に二心があった場合の対応は、如何様に?」
「ただ利用されているだけなら、別にいい。こっちも利用するだけ利用するつもりだしな。ただ、嵌められた場合は……まあ、その程度によるが、彼らにも痛い目を見てもらおう」
交わされる会話に耳を傾けながら、ポヴェルは、内心でそんなことを考えていた。
彼の前にいるのは、彼の現在の上司と、その上司が「主」と仰ぐ、黒のコートを纏った男。
歳若く、未だ青年の域を出ないような見た目だが――どうやらあの青年が、自分達の頭であるらしい。
正直なところ、違和感を拭えない、というのがポヴェルの思うところだ。
自分達が死ぬ程恐れているあの老執事が、ああして敬愛している様子を見る限り、彼が自分達の主であるというのは本当なのだろうが……あの青年は、どう見てもカタギにしか見えない。
こんな場所にいる以上、ただのカタギという訳ではないことはわかるが、しかしかと言って裏の人間には見えないし、貴族のような身分の高い者達特有の高慢さも見られない。
何だかひどくちぐはぐで、不気味な存在だ。
「了解致しました。是非とも、良い関係を築きたいものですな」
「あぁ、全くだ」
そして、聞こえて来る会話の内容もまた、出来ることなら聞きたくないものばかりだ。
サラリとこの国の第一王子、そして宰相と会談した、などという会話に始まり、何か協力を取り付けたという。
しかも、不敬罪で捕まってもおかしくないんじゃないかというような、不遜な会話ばかりを交わしている。
普通であれば、酔っ払いが話すような眉唾物の話であるが……本当にそうならば、どれだけ良いことか。
何故、自分はこんな場所にいるのだろう。
場違い過ぎて、ヘンな笑いが零れそうだ。
「あと、そうだ、実は会談中にまた襲撃されてよ」
「それは、災難でしたね。その賊共は、また黒尽くめの?」
「あぁ、黒尽くめに例の紋章付きの武器。昨日の今日で悪いが、こっちで何か、ソイツらの正体について進展はあったか?」
「まだそこまで大したことはわかっておりませんが、色々とこちらで情報を纏めてみたところ、恐らく貴族の私設部隊ではないかと」
「へぇ……? それなら、大分対象は絞れるな。私設部隊ってことは常備軍だろうし、そんなのを持てるのは金のある大貴族だけだろ」
「えぇ、その可能性は高いでしょう。タイミングから見て、ユウ様と第一王子の陣営が接近することを、嫌がった者。とするとやはり、今回の選定戦で、国王候補に挙がっている者の内の誰かかと」
「やっぱり、そうなるか。国王候補どもの情報は?」
「申し訳ありません、流石にガードが固く、未だ満足に情報が得られていない状況です。ただ――ポヴェル君、説明を」
「へ、へい!」
と、急な振りに慌てて返事をし、ポヴェルは口を開いた。
「二日後に、『地下賭博場』で、どうも裏の組織の首魁達が集まるようでやす。今後の展望について、話し合いの場が持たれるとか」
「地下賭博場?」
青年の質問に、ポヴェルはコクリと頷いて言葉を続ける。
「国内最大の、どデカい賭博場でやす。一般にも開放されていて、入ろうと思えば誰でも入れるんでやすが……ただ、地下賭博場には裏の顔もありやして」
「裏の顔ね。金持ち専用の、趣味の悪い賭け事があったりとかか?」
「自分は行ったことがないんで詳しいことはわからないんでやすが、しかしVIP会員のみが参加可能な、違法賭博場もあるそうで。恐らくは、そんなものもあるかと」
「へぇ……それで、その賭博場で、悪の親玉軍団が雁首揃えて会談をすると?」
「えぇ。地下賭博場が、完全な中立組織によって運営されているため、会場に選ばれたようでやすが……ここ最近、貴族連中のいざこざで色々と荒れているもんで、一度話し合いで地域の安寧を図ろうという名目だそうでやす」
「ハハ、犯罪組織の元締め達がそれを言うとは、なかなかにギャグだな」
さもおかしそうに、そう言って笑う青年。
「そんで、その親玉連中の裏には、今回の国王選定の儀に絡んで勢力争いをしている貴族連中がいるって訳だな?」
「よくお分かりで。どこまで名目通りに会談が行われるかわかったものじゃあないですし、何かしらの情報は、確実に得ることが出来るかと」
まあ、それにはその場に居合わせるということが必要になるのだが……彼らにはきっと、そんなことは些末事なのだろう。
「わかった、説明ありがとな。――よし、次の予定は決まったな」
「誰が向かいますかな?」
「うーん……カジノだしな。どうせなら、パーっと皆で遊びに行こうぜ。勿論、情報収集のために」
「ほう、それは良いですな。皆様お喜びになられますでしょう。勿論、情報収集が目的ですが」
「お前とレギオンも、二日後は一緒に行こうぜ。是非とも荒稼ぎしてもらおう」
「フフ、ご命令とあらば、そのように」
青年と老執事は、そう言って互いに笑い合う。
ポヴェルは、二人の笑みが何故か、非常に恐ろしいものに見えていた。




