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遭遇《2》



「オイオイオイ、冗談だろ……?」


 思わず、そんな驚愕の声が自身の口から漏れていた。


 俺達、『晴風の剣』の前に立ちはだかる――ドラゴン(・・・・)


 ドラゴンの表情などわかろうはずもないのだが……しかし、そのドラゴンからは、こちらを下等生物として見下すかのような、そんな意思を感じる。


「レッドドラゴン……」


 そう、仲間の一人が、思わずといった様子で呟く。


 ――今回の目標は、龍種の可能性が高い、という話は、しっかりと聞いていた。


 だが……本当の正龍が現れるとまでは、流石に予想していなかった。


 オークの一団を壊滅させられる程の実力を持つ、という報告から、実力としてはワイバーン以上。

 ならば、考えられる敵の可能性としては、力を持って酔い痴れているワイバーンの亜種辺りか、もしくは飛行種のバジリスク辺りか。


 そこに、ドラゴンの想定が入らなかったのは、正龍とはそれだけ希少な存在であるからだ。


 大陸全体を見渡しても、その生息域は『龍の谷』と呼ばれる場所が一か所知られているのみで、それ以外の場所での目撃情報は数十にも満たない。


 その目撃例の中には、ドラゴンが出た、と一国全体で大騒ぎして、実際のところその正体はただのワイバーン亜種だった、といったような、偽りの目撃情報も多く含まれているため、本当の目撃情報はさらに少なくなるだろう。


 正龍とは、それだけ希少であり、そして一匹出現報告があっただけで国全体が大騒ぎするような、非常に強大な力を持つ魔物なのである。


 しかも、厄介なことに目の前にいるドラゴンの種族は、恐らく『レッドドラゴン』。


 四足歩行型で、全身を赤黒い鱗が覆っている、「火魔術」を得意とする火龍。


 目撃例が圧倒的に乏しいドラゴンの中でも、特に残忍な種として知られており、このドラゴンによって遊び半分に小国が滅ぼされた例もあるという。


 このドラゴンがここにいるという事実は、考え得る中でも最悪の事態である。


 ――自分達は、王都セイリシアにおいてトップクラスに近い実力を持つパーティだという自負がある。


 冒険者ランクはⅢ級であり、これ以上ともなると、この国全体においてすら片手で数える程しかいない。


 それぐらいの位置に登り詰めた自分達であるため、それ相応の実力はあると思っているし、実際に多くの功績も残して来たが――ドラゴンスレイヤーなどという存在は、英雄物語にしか出て来ないのだ。


 自分達よりも上のランクの者達でも、このドラゴンを倒すなんてことが、果たして可能なのだろうか。


「……シェキ、赤玉を使え。それと同時に、一斉に動き出す。無理に倒そうとするな、相手はこちらを舐めている。だったら、応援が来るまでのらりくらりとやるぞ」


「わ、わかったわ」


「……了解」


「そうするしかなさそうだ」


 仲間内から返って来る返事。


 その中で、軽戦士の女冒険者、シェキが目の前のドラゴンに視線を固定したまま、ゆっくりと腰の後ろに手を伸ばし――取り出した赤玉を、遠くへと勢いよく投げ飛ばした。


 瞬間、パァン、と高らかな破裂音が鳴り響き、その音の発生源からモクモクと昇り始める赤い煙。


 これで、森に散らばっている調査隊の者達がこちらの異変に気が付くだろう。


「行くぞッ!!」


 音の発生と同時、パーティの四人全員が一斉に動き出し、行動を開始する。


 まず、俺が正面から弓を引き搾り、矢を放つ。


 矢は刺さることなく、その強靭な鱗に弾かれるが、ドラゴンが鬱陶しそうに少し顔を背けさせる。


 顔に飛んで来る何かというものは、どんな生物であろうとも、嫌なものだ。

 ダメージは毛程も与えられないだろうが、今はどんな手段を用いても時間を稼ぐ必要がある。


「――『深き恐怖の霧(ディープ・ミスト)』」


 そして次に、敵の意識が自身から逸れている間に魔導士レイフェンが魔術を唱え、周囲一帯に濃密な霧を出現させる。


 重戦士ゴグはとりわけ耐久のないレイフェンを守る盾となるため、彼の前に鋼鉄製のタワーシールドを構え、そして軽戦士シェキが俺達全員の正確な位置を敵に把握させないため、霧の中を素早く走り回りながら俺と同じく連続で矢を放ち続ける。


 これが、俺達の対巨大魔物に対する基本戦術だ。


 ゴグはレイフェンを守ることに徹し、俺とシェキが敵を翻弄する。


 霧の中に四人の存在を紛れさせ、敵を攪乱することで、レイフェンの強大魔法を発動するための時間を稼ぎ、一撃必殺の攻撃を行うのだ。


 今回の相手は、デカい翼を持っているため、風を起こして霧を払おうとする可能性があるが、その場合も問題ない。


 この霧は、空間に含まれる魔力に干渉して発生している霧である。

 いわば空気とは別のレイヤーに存在する霧であるが故に、風起こしなどを行っても霧が晴れることはないのだ。


 仮に、その魔法でトドメを刺すことが出来ずとも、今は他にも仲間がいる。


 このまま時間稼ぎに徹していれば、体制を整えた味方が駆け付けて来てくれるだろう。


 大型の魔物を幾度も倒したことのある、俺達のこの連係に対し、赤黒い鱗を全身に持つドラゴンは――。




 ――一吹きした(・・・・・)ブレスで(・・・・)全てを薙ぎ払った(・・・・・・・・)




 まるで、地獄の業火を思わせるような、紅蓮の炎。


 それは全てを燃やし尽くし、レイフェンが発生させた霧もまた例外なく炎の中に取り込み、消失させる。


 凄まじい熱量が辺り一帯に充満し、空間の温度が著しく上昇する。


「あつッ――!?」


 慌てて転げるようにして地面に身を低く倒し、一薙ぎにするようにして放たれる火龍のブレスをどうにかギリギリで避けるも、襲い来る熱量で皮膚や髪の一部が焦げたのを感じる。


 炎が通り過ぎてから即座に周囲へと視線を向けると、シェキはどうにか避けられたようだが……レイフェンを守っていたゴグが、重傷を負ってしまったらしい。


 どうやら自身の大盾でブレスを斜めに受け流すことにより、背後にいたレイフェンは守ったようだが、鋼鉄装備の一式を身に付けていたゴグはむしろそれが仇となり、熱せられて高熱を持った鎧により大火傷を負ってしまったようだ。

 レイフェンが慌ててその装備を脱がし、攻撃魔法の呪文を中断して治癒魔法の呪文を唱えている様子が視界に映る。


 ――つまり、俺達の作戦は、火龍の一手によって潰されてしまった訳だ。


「クッ……!!」


 ――一筋縄でいかないことはわかっていたが、ここまでか!!


 霧はすでにブレスによってほとんどが消失し、ドラゴンの姿もこちらの姿も、明確なまでに露わになっている。


 見ると、ヤツは追撃を仕掛けるどころか、こちらの様子を見て「グルフゥ……」と、息を吐き出している。


 嘲笑って(・・・・)いるのだ(・・・・)


 そのことを理解した瞬間、全身を包んだのは、強大の敵に対する絶望ではなく――まるで遊びであるかのような態度を取る、クソ生意気な敵に対する激しい怒り。


「――トカゲ風情が、調子に乗りやがって……ッ!!」 


 怒声と共に身体を起こすと同時、俺は手に持っていた弓を投げ捨て、一気に走り出した。


 ――自分が、時間を稼ぐ必要がある。


 ゴグは重傷で、レイフェンはその治療のため動けない。


 シェキは……駄目だ、レッドドラゴンの強さに圧倒され、燃え盛る周囲の様子に唖然としてしまっている。


 胸の内を湧き上がる怒りを前面に押し出しながらも、頭の一部は冷静にさせて周囲の分析を行い、俺は仲間達へと指示を出す。


「レイフェン、ゴグは頼んだぞ!!シェキ、お前は二人を守れ!!」


「あぁ、任せろ!!」


「っ、わ、わかったわ!!」


 と、距離を詰める最中で背中から抜き放った剣を構え、その呪文を唱える。


「『我が身、我が刃に風神の加護を』!!」


 その瞬間、俺の身体の動きがまるで爆発したかのように加速し、構えた剣の刀身が暴風を纏う。


 急激な加速により、油断していたドラゴンは一瞬ギョッとしたような表情を浮かべ――剣の刃が、そのままドラゴンの前脚を斬り裂く。


 血飛沫が舞い、装備を濡らす。


 だが……。


 ――硬い!!


 剣の入った角度も良く、勢いも乗っており、そして風の加護を纏っていたため相当に斬れ味の増していたクリティカルヒットの攻撃だったのにも関わらず、刀身はドラゴンの体表面を軽く削るだけにとどまり、想像以上にその鱗が硬いということを伝えて来る。


「チッ……!!」


 そのまま走り抜けるようにしてドラゴンの脇腹の横を抜け、再度攻撃を仕掛けようとしたところで、敵の動きに変化が訪れる。


「グルルルァァァッッ!!」


 大した傷ではないとは言え、侮っていた相手に血を流させられたことが気に食わなかったのだろう。


 怒りの滲む咆哮を上げると、先程までとは打って変わって俊敏な動作でグルンと身体を回転させ、こちらに向かって尻尾を鞭のように(しな)らせて攻撃を放つ。


 周囲の岩を砕きながら迫る、大木のようなその尻尾の攻撃を、風の加護を発動していた俺は大きく飛び上がって回避。


 ――グルンとこちらを向く、ドラゴンの首。


 その(あぎと)は大きく開かれ、炎を纏い、次にどんな攻撃を仕掛けて来ようとしているのかが、容易に理解出来る。


 ブレスである。


 ブレスを放ち、俺を骨の髄ごと消し炭にしようとしているのだ。


 だが――俺は、未だ空中。


 回避は、間に合わない。


 ――あぁ、死んだ。


 まるで、一秒が数十倍にも加速されたかのような意識の中、火龍の口の炎がどんどんと膨らんで行くのが見え――。



 

 ――グシュ、と何かが火龍の片目に(・・・・・・)突き刺さり(・・・・・)、刹那の後、突如爆発した(・・・・・・)






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