散歩
暖かな陽気の中、俺は大きく伸びをしてその自然を堪能する。
「――うーん、良い天気だ」
「えぇ、本当です。シャナルにお弁当を作ってもらって、正解でした」
『シャナル殿、の飯は、美味いです、からね』
「あぁ。後でどこか見晴らしのいいとこにでも行って、ゆっくり飯を食おう」
――俺の左右の隣を歩くのはセイハと、ネアリアではなくレギオン。
『グルルルゥゥ』
『ギウウゥゥ』
そして、そのさらに俺達の後ろを、我がギルドのペット、キマイラのジグと、ブラッディ・ボーン・ドラゴンのレグドラが続いて進む。
――俺達は今、冒険者ギルドで依頼を受け、森の中を進んでいた。
依頼の内容はありがちなもので、王都近郊の森に棲息する魔物、『オーク』の討伐である。
と言っても、今回その依頼自体は、ついでだ。
ここんところ、王都に来て忙しくしていたため、我が家のペット達にあんまり構ってやることが出来なかったので、こうして散歩がてらコイツらを連れて森の中を歩いているのである。
ペットを飼う以上、その世話は責任を持ってしないとな。
ちなみに、現在の俺の冒険者のランクは、『Ⅶ』である。
まだ一回しか依頼を受けていなかったのだが、ネアリアがいつの間にかぶっ殺していた熊と、例の初心者狩りをしていたクソどもを討伐した実績で、一気に三つランクが上がったのだ。
ここから先は、ランクを上げるには一回一回昇格試験を受ける必要があるらしく、その昇格への基準もどんどん難しくなっていくとのことだが……まあ、実際のところほどほどまで上げたら、それ以上昇格するつもりはない。
俺の中に、最大ランクまで到達したいというゲーマー的欲求が無いと言ったら嘘になるが、しかしそこまで行くと、注目度が上がって確実に動きにくくなることが目に見えているからな。
俺達、結構普通に人とか殺しちゃってる、割とマジの犯罪者ギルドなので。
何でこうなったんでしょうね。
まあ、一般人を殺したことはないから、もしかすると大丈夫かもしれないが……いや、でもジゲルが、どこかの無法者の組織を壊滅させて、知らんところで配下として組み込んでいたか。
無理だな。衛兵にバレたら牢屋行きを免れ得る気がしない。
今の俺達が目立っていいことなど、何一つないだろう。
――と、そうして今後のことを考えながら森の中を進んでいると、隣のセイハがピクリ、と小さく反応を示す。
「――マスター、見つけました。進行方向に、オークの群れ。二十数匹程の集団です」
「お、聞いたな、お前ら。よし、行って来い!」
その俺の言葉に二匹は嬉しそうな鳴き声を上げると、若干小さくしていた身体を元のサイズに戻し、ジグはそのままドシドシと木々をなぎ倒しながら、レグドラは背中の骨の翼を羽ばたかせ、ジグの直上を飛んで、それぞれ目標へと向かって行った。
……なんか、ジグの通った跡が、ブルドーザーが通った跡、みたいな、デカイ道が出来てあがってしまったが……まあ、誰もいないしいいか。
セイハの索敵網には、他の冒険者が引っ掛からなかったようなので、周囲一帯には俺達以外誰もいないのは間違いない。
そこまで人目を気にせずにいても大丈夫なはずだ。
というか、そうなるようにわざと、王都周辺の森からさらにちょっと離れた奥地に来たんだけど。
「それにしても、残念ですね、ネアリアは。マスターのお供が出来ないなど。完全に自業自得ですが」
「賭けごとなんかやるからだ、アイツは。すーぐ顔に出るくせによ」
苦笑混じりに、セイハへと言葉を返す。
そう、今日ネアリアが付いて来ていないのは、賭けトランプに彼女が負けに負け、そのツケの清算を行うため、ジゲルにどこかへ連れて行かれたからだ。
その代わりが、レギオンという訳である。
なんか知らんが、俺のいないところで『俺と共に動くのは最低一人、基本は二人。それ以上は邪魔になるからダメ』みたいな規則が出来ていたらしく、そういうことになった。
……まあ、一応俺、ヤツらのトップだからな。
要人警護、ということを考えれば、それも普通のことかもしれない。クソ慣れないが。
あ、ちなみに賭けトランプで最も強いのは、メイド長のシャナルだそうです。
「ま、今度皆で、どこかゆっくり遊びに行こう。ピクニックでもするか」
「はい、とても楽しそうです。新しい子達の、歓迎会でもしましょう」
「お、いいな、それ」
俺が、クソブタの屋敷から連れ帰った双子の少女。
彼女らは当初の予定通り、我が家のメイド見習いとして働いてもらうことにした。
彼女らの中で姉であるらしい紅い瞳の少女、ルヴィは俺と普通に話してくれるし、他の面々とも会話が出来るが……彼女の妹の方、碧色の瞳の少女、瑠璃はかなり寡黙な子だった。
基本的には、首を縦に振って反応するか、横に振って反応するかしかせず、言葉を発しても一言か二言のみ。
その意思を正確に理解するには、ルヴィの通訳が必要となっている。
ただ、そのルヴィの方もまた、やはり奴隷生活が長かったためか、生活の節々でそういう面が見て取れる。
やはり、骨身にまで染みた習慣というものは、一朝一夕には取れないのだろう。
今は、シャナルが二人の面倒を見てくれているが……まぁ、アイツならば、上手くやってくれるはずだ。
我がギルドの、頼れるお姉ちゃんだからな。ネアリアが全く頭が上がらないぐらいだし。
早く、彼女らが我がギルドに馴染むことを願うばかりである。
「その内、あの子らの勉強とかも見てあげないとな」
『ふむ……武芸でし、たら、私が見ま、しょう』
「では、私は、毒殺などの暗殺技術をお教えします」
「お前ら、あの子らをどういうメイドに育てるつもりなんだ」
苦笑を浮かべて俺は、我が家のペット二匹によって出来た道を通り、その先へと進んで行った。
――それが、今日の午前のことである。
* * *
夕方。
「……大型魔物が出現?」
「あぁ。正体は誰も見てねぇからわからねぇがな。ただ、相当デカいヤツが森の奥地に出現したらしい。今、その調査のために、手の空いていた手練れが数人向かって居る」
ペット達との散歩を十分に堪能してから王都に帰り、討伐したオークの清算をいつもの凶悪ヅラのおっさんに頼んだところ、おっさんから深刻な顔で聞かされたのが、その話だった。
……それって、もしかして。
「……誰も正体は見てないんだろ? だったら、何でそんなヤツが出現したってわかったんだ?」
「たまたま依頼で森に入っていたヤツらが、森の奥地に、何かが通った跡のようなどデカい道を見つけたんだ。んで、その痕跡を辿ってみたところ、どうやらその森の奥地に巣食っていたらしいオークの群れが壊滅させられているのを発見した。腐敗の具合から経過数時間程だったと」
「……つまり、そこに至るまでに出来ていた道も、今日出来た新しいものであると?」
「そういうことだ。そして、群れ、ということは、上位種の統率者がいた可能性も十分に考えられる」
――魔物の上位種ね。
ゲームでもあったが、まあそのモンスターの進化形と考えていいだろう。
オークの進化だったら、オークジェネラルとか、オークキングとか、そんな感じか。
……それらしいヤツは、いたな。
他のオークどもより一回り身体が大きく、巨大なハンマーのようなものを装備していたヤツ。
俺が言い含めるのを忘れたために、久しぶりに外に出てはしゃいだジグとレグドラがオークの集団をグチャグチャにしちゃって、ちょっと触りたくない感じになってしまったので、「まあ元々今日は遊ばせてやるのがメインだし……」と、ソイツらから討伐証明部位は刈り取らず、放置しておいたのだが……。
「統率者のいるオークの群れの壊滅なんざ、Ⅲ級以上の冒険者でも骨が折れる仕事だ。本来ならその壊滅は、手を叩いて喜ぶところだが……問題は、何がソイツらをミンチにしたのか、という点だ」
「……森に新しい道が出来る程どデカく、厄介なオークの群れを壊滅させられる魔物が出現した可能性があると」
「そうだ。しかも、かなり残虐な質だと考えられる。滅茶苦茶に殺すだけ殺して、食われた形跡が何もなかったからな。つまりその魔物は、ただ殺したいがためにオークの群れを殺した、という訳だ」
……まあ、ブラッディ・ボーン・ドラゴンのレグドラは肉は食わないし、キマイラのジグはオーク肉、口に合わなかったようで、一口かじってペッて吐き出したからな。
グルメなのはいいが……確かに、殺すだけ殺して、ペッ、は良くなかったか。
いや、でも、オークを殺れって言ったのは俺だったしな……俺の指示の出し方が悪かったのだろう。
もう少し、回収可能な形で彼らに殺すよう言っておくべきだった。
……そういう問題じゃないですね。はい。
「当ギルドは、これを脅威と判断した。恐らく、明日にでも『緊急依頼』が出される。お前達のパーティの内、すでにⅦ級に上がっている三人は、参加してもらうことになるだろう」
「緊急依頼の規則か」
「そうだ。冒険者として登録してもらった以上、こちらが認められるやむを得ない事情がある場合を除き、原則としてこれには参加してもらう」
冒険者は緊急依頼が発令されると、強制的に召集され、戦闘に駆り出されることがある。
今回のように、王都に対する脅威が確認された場合が、そうだ。
まあ、その強制は何も冒険者に限った話ではなく、他のギルドや一般市民などに緊急依頼が出ることも時折あるそうだが。特に、戦時など。
そりゃ、その緊急依頼というものが、王都全体に対する危機に対して発令されるものであるという性質上、そういうことも往々にしてあるのだろう。
最初の冒険者の規則の時に説明されなかったのは、別にそれが冒険者に限った話ではない、街に住む者として当たり前の義務、ということだ。
と言っても、やはり魔物退治を生業にするというその仕事柄から、冒険者に緊急依頼が飛ぶことは多いのだそうだが。
だって、正規兵を動かすより金が掛からないだろうからな。
冒険者は腐る程いて、仮に死んでも自己責任の、お手軽な武装集団な訳だし。
実際に上の方々がそう考えているのかどうかは知らないが、事実として冒険者には、そういう金が掛からないという、為政者にとっての大きなメリットが存在するのだ。
「わかっていると思うが……これを拒否、もしくはばっくれた場合は、冒険者の資格は永久に剥奪される。お前達のような旅団の場合、王都追放もあり得るだろう」
と、そう言ってから少しだけ表情を緩め、おっさんは言葉を続ける。
「だが……逆に言えば、お前達はこの王都出身ではない。そして、命の危険がある緊急依頼だ。その選択肢を取ったとしても、責められはしない。今日一日、よく考えておけ」
……こうして、忠告をしてくれる辺り、このおっさんは良いヤツなんだろうな。
でもね、おっさん。
その大型魔物、もう家に帰らせたので、森にはいないんですよ。
お騒がせして、本当にごめんなさい。




