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ROSA  作者: 藤 子
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微笑の仮面6

 日が暮れると、ヴァンパイア達が起きてきた。

 昨夜と同じように、食卓には同じメンバーがついている。

 フィーナとサーガも、昼間の言い合いが嘘のように澄ましていた。

 と言っても、ねちねちと嫌味の言い合いは相変わらずだったが。

 リュシアンとクレイ、そしてヴィドックにとっては朝食である。メデューサの二人にとっては夕食だ。


「珍しいな。クレイと行くなんて」


 食後のワインを飲みながらつぶやいたのはリュシアンだ。

 朝食が済み、庭園の散歩に行こうかとフィーナを誘ったのだが、断られてしまったのだ。いつもなら屋敷の主であるリュシアンと行くのだが。


「昨日断ったのが不満だったか」


 推測してみるものの、答えてくれる相手はいなかった。

 サーガは汲んでもらったバケツの水で、相棒のポールに水浴びをさせている。


(俺のせいだ)


 内心ではリュシアンに悪いと思いつつ、説明できずに黙っていた。

 妹は、兄が落ちこぼれでいるのはヴィドックの影響だと思っている。サーガが庇ったことで、ヴィドックに対する印象は更に悪くなっただろう。そして彼と親しいリュシアンとも、今は関わりたくないと思ったのかも知れない。だからフィーナはクレイを誘った。大元の原因は自分にあると感じて、落胆していた。

 一方、ヴィドックにとってはじれったい状況だった。今すぐにでもリュシアンに昼間のことを報告したいが、事情を知らないサーガがいる。彼になら聞かれても問題ないと思ったが、リュシアンが納得するかどうかは分からず、口を開けられずにいた。

 外では、フィーナが自分達を嘲笑うかのようにクレイと一緒に過ごしている。今頃ティティーヌのことを話しているんじゃないかと思うと、気を揉まずにはいられなかった。しかも彼女は、昼間のことで苛立っている。自分達への腹いせに、クレイにバラしてしまう可能性は大いに考えられた。


(どうしたらいい)


 じわじわと、強い焦燥感に襲われる。

 いっそのこと、二人が外に出ている今のうちに、ティティーヌを別室に移動させてしまおうか。クレイに見つからないためだと言えば、リュシアンなら分かってくれるだろう。まずは一人で地下に行き、彼女に事情を伝えて移動してもらうか。

 そう考えたが、すぐに改めた。一度でもあの部屋から出せば、ティティーヌの匂いが流れてしまう。出血が止まっているとしても、室内には血の匂いが充満しているはずだ。扉を開ければ、必ずその匂いが漏れる。地下とはいえ、ヴァンパイアの嗅覚なら一発でバレてしまうだろう。


(どうしたらいい)


 焦りと苛立ちを誤魔化すために、欲しくもないワインを口に運んだ。

 ずっと、胸騒ぎが治まらなかった。


「どうした」


 無言で立ち上がると、リュシアンが不思議そうに声をかけてきた。


「……今日は二十七夜で気分が乗らない。大人しく部屋に戻る」

「そうか」


 人狼と、ヴァンパイアだからこそ分かり合える会話だった。二十六夜あたりから、月の欠けは大きくなる。三日月よりも細い月になり、夜行性の種族には気が沈む夜だった。人間で言うなら、曇り空か雨の日のような気分だ。リュシアンは素直に納得し、察したサーガも軽く手を振った。

 うまく誤魔化しつつ、ヴィドックは地下の様子を見に行こうと密かに考える。

 どうにも不安が拭えず、ティティーヌの元で待機していようと考え至った。

 バレてクレイ達が来るなら、自分の手で彼らを阻止する。時間稼ぎくらいはできるだろう。その間にリュシアンが駆けつければ、勝算は充分あった。

 ノブに手をかけ、部屋から出ようとしたのだが、


「フランク」


 扉を開けたそこに、コウモリ人間のフランクが駆けつけた。顔色はいつになく真っ青で、わずかに息を乱している。


「大変でございます……」


 中にいるサーガに聞こえないよう、フランクは小声でヴィドックに告げた。尋常ならぬ彼の様子と、その言葉だけで事情を察した。


「どけ!」


 突然走り去っていったヴィドックに、サーガがぱちぱちと目を瞬かせている。


「なんだ? どうしたんだ?」


 乱暴に開け放たれた扉から、フランクは室内の主へと言葉をかけた。


「ご主人様……、クレイ様が……」


 リュシアンもまた、血相を変えて立ち上がると、報告を最後まで聞かずに部屋から飛び出していった。


「ポール! なんだか分からねえが俺らも行くぞ!」


 サーガは水浴びしていた相棒を濡れたまま掴み、慌てて二人の後を追いかけた。

 数段ずつ飛ばしながら階段を下り、地下へと足を急がせる。広い屋敷が仇となり、焦りばかりが募っていった。


(頼む。間に合ってくれ)


 フランク達コウモリ人間は、超音波による交信ができる。ティティーヌについていた護衛の者は、おそらくすぐに報告をしたはずだ。扉は頑丈で、しっかり鍵がかけられているし、紳士を称するヴァンパイアが最初から手荒な真似をするとは思えない。運が良ければ、クレイが扉を開ける前にたどり着ける可能性もあったが――


 地面の底から、かすかな振動が伝わった。




 ◇◇◇




 ぴくりと、小さな耳が動いた。

 アンリは顔を上げ、傍らにいたバーンズを見上げる。


「ねえ。今音がしなかった?」

「そんなこと言って、さぼろうとしても無駄です。もう二度と見逃しませんよ」


 お守り役のフランケンシュタインは、胸を張って鼻息を荒くした。アンリはぶすくれて頬をぷっくりと膨らませる。


「嘘じゃないって。本当に音がしたんだよ。壊れる音っていうか、何かを無理矢理剥がして倒したようなさ」

「だとしても、アンリ様には関係のないことでございます。さ、手が止まっておりますよ」


 ヴァンパイアほど人間の知能もなく、獣ほど動物的機能が備わっていないバーンズには、何を言っても無駄なようだった。フランケンシュタインとは、難しいことを考えるのが苦手な、単純で鈍感な生き物だ。主人から命令を受ければ、忠実にそれをこなすことしか考えない、頭が固いところもある。だが愛情深く、温和な性質は子供のお守り役には適任だった。アンリと言い合いをしつつも、なんだかんだでうまくやっている。気が長いところもいい効果を生んでいた。


「これが終わらないと授業も再開できないんですから、頑張って下さい」

「分かってるよ」


 いつものごとく叱咤激励を受けたアンリは、いじけながらもペンを走らせる。アンリにとってバーンズは、屋敷内で唯一わがままを言っても罰が与えられない相手だった。と言っても、そこにミックスは含まれず、他にいる人と言えばフランクとリュシアンとヴィドックの三人くらいだ。フランクはリュシアンの手足となって動いているので、あまり関わりがない。保護者の二人は……、もう言うまでもない。結局、消去法で残るのはバーンズくらいだったのだ。彼と別れるのは、少し寂しい気もする。屋敷に来てからのいい思い出は、ほとんどがバーンズとのものだ。が、二度と会えなくなるわけじゃないし、この苦労ももう少しの我慢だと思うと、作業はいつもより気が軽かった。

 クレイは、アンリを引き取ると約束してくれた。彼のところなら、もっと自由にくつろげるはずだ。失敗をしたって、辛い罰を与えることなんかしない。これからはもっともっと楽しい毎日が待っているのだ。それを思えば、今まで受けた罰もいい思い出とさえ思える。クレイの言う通り、少しはここの人達にも感謝をした。なんといっても、クレイに会えたのはリュシアンが自分を拾ってくれたからなのだから。

 今後の明るく楽しい未来に思いを馳せ、上機嫌で書き写す作業を続けていたアンリだが、


「ねえ」


 彼はまた顔を上げた。


「血の匂いがする」


 これは人間の若い女性。ティティーヌの匂いだ。彼女の匂いが流れてるということは、どこかの密室から出たに違いない。アンリは今度こそ立ち上がった。いよいよ自分の旅立ちの時だ。


「もうその手には引っかかりませんよ。クレイ様がまだ滞在されているのに、ご主人様が彼女を外に出すはずがないでしょう」


 匂いを感じ取れないバーンズは、またアンリの出まかせだと思い込み、強い口調で叱りつけた。しかし、匂いが流れているのは事実だ。アンリは焦りを感じた。早く行かないと、自分だけ置いてけぼりにされてしまう。


「本当なんだってば!」


 とっさに声を荒げたが、素早く考えを巡らせた。

 次の瞬間には力なく椅子に腰を落とし、落ち込んだ様子を装ってバーンズに話す。


「僕……、クレイにティティーヌのことを話しちゃったんだよ……」

「なんですって!」


 目を見開き、驚愕するバーンズに必死な表情ですがりついた。


「隠し事なんて耐えられなかったんだ……。だから、クレイはきっと、ティティーヌを見つけたんだよ。早くリュシアンに知らせないと!」

「それは……、本当でございますか」

「本当だってさっきから言ってるじゃないか! 嘘だと思うなら、そこのコウモリ人間に確かめさせればいいだろ! 超音波でフランクにでも確認すれば、すぐに分かるはずだよ! クレイはティティーヌを見つけてる! 血の匂いがすごいもん!」


 バーンズは躊躇った。自分で判断を下すには無理がある。とにかく事実の確認をし、主の指示を待つべきだと考え、見張りに立っていたコウモリ人間を仰ぎ見た。


「フランク殿に、確認をお願いします」


 部屋の入り口に立っていた一人がそれに答えた。


「……事実のようです。クレイ様は今、地下のティティーヌ様の元におられると」


 緊迫した様子で告げた彼に、バーンズは目を見開く。


「ほら! 言っただろ? 早くリュシアンに!」


 叫び散らすアンリにも、コウモリ人間は強張った声で答えた。


「リュシアン様も、すでに部屋を出たとのことです」

「なんと!」


 最悪の事態だ。それくらいはバーンズにも分かった。しかし自分達がどうしたらいいのかは分からない。このまま部屋で落ち着くまで待つべきか、それともすぐに主人の元に駆けつけ、事情を説明するべきか。

 困惑のあまり呻りだしたバーンズを、一喝したのはアンリだった。


「迷ってる暇はないよ! 僕行ってくる! バーンズはリュシアンに伝えて!」

「お、お待ち下さい!」


 バーンズは慌てて引き止めた。勝手な行動を起こして更にトラブルを生むことがあれば、リュシアンは今度こそ許さない。自分も罰を与えられるし、アンリは殺されてしまうかも知れないのだ。ここは慎重に考える必要がある。

 しかし、


「リュシアンはクレイが探ってティティーヌを見つけたと思ってる! クレイはリュシアンがティティーヌを独り占めしようとしたんだって思ってる! 早く誤解を解かなきゃとんでもないことになるよ! ここでじっとしてる間に、二人が喧嘩してもいいの?」


 アンリに急かされ、バーンズは重々しくうなずいた。確かに、言う通りだ。取り返しがつかなくなる前に、自分達が駆けつけて事情を話せば、まだ間に合うかも知れない。


「分かりました。地下に行きましょう。ただし、私もお供します」

「でも、でもリュシアンはまだ地下に行ったとは限らないんでしょ?」

「ですから、ご主人様への報告は彼らにお願いしましょう」


 バーンズは言いながら視線を上げた。目が合ったコウモリ人間の彼も無言でうなずき、他の仲間達に合図をした。


(途中で準備しようと思ったのに)


 アンリは密かに舌打ちした。行く前に荷物をまとめてから行こうと思っていたが、バーンズがいてはそれができない。まあ、仕方がない。クレイなら、必要なものは新しく用意してくれるだろうと思い、あきらめた。


「そうと決まれば早く行くよ!」


 この機会を逃せば、次はいつになるか分からない。クレイが迎えにくるまでの間、自分は間違いなく新しい罰を与えられるだろう。もしかしたら、リュシアンの逆鱗に触れて本当に殺されてしまうかも知れない。アンリは、なんとしてもこの機会を見逃すわけにはいかなかった。

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