表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ROSA  作者: HATASUTA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/73

微笑の仮面7

「キティ。そこ、ひと目飛んでる」

「あ。……難しいですね」


 蝋燭の温かい明かりの下、ティティーヌはキティに編み物を教えていた。持ってきてもらった本も読み終わり、一人でせっせと編み物をしていたティティーヌを見て、キティが頼み込んだのだ。


「私にも、教えて頂けませんか」


 器用に指先を動かし、美しいドイリーを作り出す作業に、興味を抱いた。

 ティティーヌは快く引き受けてくれた。

 しかし、見るとやるとは大違いで、これがなかなか難しい。簡単なモチーフから編んでみようと言われたのだが、基礎の編み方を覚えるだけでも当分かかりそうだった。


「コツを覚えてしまえば簡単よ。基本は長編みと鎖編み。ほとんどはそれを応用したものだから」


 とは言われても、目を飛ばさないように数えるだけでもひと苦労だ。頭の中でひとつひとつ目を数えながら、輪っか状に長編みをしていく。模様を入れる場合は、間隔を開けたり、長編みを増やしたりするらしいが、聞いていてもいまいちよく分からない。この作業をティティーヌは、キティが読む本を聞きながらやっていたのかと思うと、信じられない気持ちだった。


「こういう丸いものを編む時は、必ず最初に糸輪を作るの。それから段の幅を決める鎖編み。次はぐるっと一周長編み。後はその繰り返しよ」

「なんか、大きさがバラバラな気がするんですが……」

「力加減が違うからよ。慣れてくれば均等に編めるようになるわ」

「慣れる時を思うと、気が遠くなりそうです」


 つい弱音を吐くと、ティティーヌはくすくす笑った。


「最初から上手に編める人なんていないわ。でもキティは飲み込みが早いから、きっとすぐに覚えるわよ」

「そうでしょうか……」


 つられてキティも弱々しく微笑み、再び視線を落として手を動かす。

 声が聞こえたのはその時だった。


「誰かいるのか?」


 キティは勢い良く顔を上げ、扉を見つめた。この声はクレイのものだ。


 見つかった。


 緊張した表情で見つめるティティーヌに振り返り、小さく頷いてから扉に向かう。声を聞かれてしまっては、いない振りもできなかった。


「……どちら様でしょうか」

「クレイという者だ。屋敷の主の従兄弟にあたる。女性のようだけど、君は誰だい? なぜこんなところに入れられているんだい?」


 キティは一瞬、言葉を詰まらせた。

 クレイはどこまで知っているんだろうか。何かの用で地下に来て、偶然自分達の声を聞いただけかもしれない。外の状況が分からない今、安易に答えるのは危険だった。


「私は……、侍女の一人です。仕事で失敗をしたため、ここに入れられております。これは罰ですので、どうぞお気遣いなく」

「では、君はミックスかい?」

「いえ。フランク様の侍女になります」


 ミックスならば、リュシアンは牢に入れたりしない。今の世の中、代わりがいくらでもいるのだ。新しいミックスに変えればいいだけで、処罰など与えたりしない。それを考慮した上で、キティは慎重に言葉を選んだ。


「期間が満ちれば、また復帰させて頂けます。ご心配は無用でございます」


 これで納得して欲しい。このまま早く立ち去って欲しい。切に願うキティとティティーヌの耳に、真逆の言葉が帰ってきた。


「それじゃあ、もう一人の女性もかい?」


 一瞬、ティティーヌがびくりと肩を弾ませた。振り返ったキティは、少しでも安心させようと無言で頷く。そして扉に視線を戻し、平然を装って答えた。


「そうでございます」


 言いながら、フランクに超音波を飛ばして助けを求める。大人しく去ってくれる気配はなく、じわじわと浸透する危機感を感じていた。


(クレイ様がいらっしゃっております。早くこのことをリュシアン様かヴィドック様に!)


 伝えて、そして助けて欲しい。自分の力ではクレイには敵わない。もしこの扉を破られれば、自分ではティティーヌを守れない。

 この扉を破られれば――。


「君は嘘が上手だね。フランクが信頼して任せるだけのことはある」


 言葉と共に、金属に触れる冷たい音が聞こえた。おそらく、扉の鍵を掴んでいる。


(まさか)


 キティは後ずさり、ティティーヌを庇うように身構えた。


「どうするつもり?」


 扉の向こう側から、女の声も聞こえた。確信はできなかったが、キティの予想からして声の主はフィーナだ。メデューサの彼女までいるとあっては、キティに勝ち目がないのは明らかだった。


「もちろん。こうするつもりさ」


 大きな音を立てて、鎖が割れるような音がした。ヴァンパイアの怪力によって、鍵が壊されたらしい。しかし、扉はまだ開かない。牢の内側からも同じように強固な鍵がかけられているのだ。


(フランク様。我が主よ。急いで下さい)


 こちらの鍵が壊されるのも時間の問題だ。彼らが入ってくる前に、早く、誰でもいい。フランクでも、リュシアンでも、ヴィドックでも、誰か一人でも間に合ってくれれば、まだ助かる見込みはある。


「おや。開かないな。どうなっているんだ?」

「反対からも鍵がかかってるんじゃなくて?」

「ああ、そうか。リュシアンの奴。姑息な真似をするものだ」


 ミシっと、音が。


 分厚い木戸が、いとも簡単に歪んでいく。横からの重圧に耐えかね、湾曲した木の表面から裂ける音が響いていた。木枠についていた金具から、小さな釘がいくつも吹き飛んだ。

 蝶番がはずれ、鍵がねじ曲がり、分厚い扉が、大きな音を立てて倒れていく。

 埃が舞い上がり、白く濁った煙が薄っすらと広がった先に、嬉しそうに微笑む二人がいた。


「やっとお会いできましたね。我が姫」


 クレイはすぐにティティーヌを見分けた。肌の色を見れば、一目瞭然だ。一歩足を踏み入れると、目を閉じて大きく室内の匂いを嗅ぐ。そしてティティーヌに歩み寄ると、間を阻むキティを気にもせずに優雅に礼をとった。


「クレメンス・シュヴァルツと申します。クレイと、お呼び下さい。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。あなたをお迎えに参りました」

「クレイ……」


 ティティーヌが呟くと、クレイはにっこりと微笑んだ。

 リュシアンやヴィドックが目の色を変え、緊張した面持ちで危険だと言っていた男だった。


「こんな薄汚いところに押し込められ、さぞ辛い思いをされていたことでしょう。私が来たからには、もう二度とこんな思いはさせません」


 誘うように手を差し出され、ティティーヌは強張った表情で黙り込む。代わりに、キティが答えた。


「ティティーヌ様は、リュシアン様が助け、お引き取りになられた方です。勝手に連れ出すことは許されません」


 クレイは穏やかな微笑みを絶やさなかった。


「そのリュシアンは、従兄弟である私を騙し、陥れようとしていたんだ。彼は変わってしまった。久しぶりに人間の女性を得たことで、今の彼は自分を見失っているんだよ」


 そう言って、寂しそうに視線を落とす。


「だからこれは彼のためでもあるんだ。ティティーヌはこのままここにいれば、必ず不幸になる。血を与えるためだけに生かされ、自由を奪われ、屋敷から出ることも許されないだろう。それではあまりに可哀相だ。そうは思わないか?」

「……ティティーヌ様は、お怪我を負っています。外に出ることは不可能です」

「それには心配は及ばないよ。私は彼女を保護するために来た。なんの考えもなしに来ると思うかい?」


 再びにっこりと微笑まれ、キティはわずかに後ずさる。


「お渡しすることはできません。決して」


 クレイを真っ直ぐ見据え、頑として譲らないキティの姿勢に、クレイは小さなため息を漏らした。


「やれやれ。気の強い女性は嫌いではないけど、場合によっては困りものだね。フィーナ。助けてくれるかい?」


 彼が振り向くと、今までずっと様子を見守っていたフィーナが初めて動きを見せた。


 まずい。


 そう思った時には遅かった。近づいたフィーナに警戒し、視線を向けたが最後。キティは一瞬にして石と化した。


「キティ!」


 ティティーヌが叫んだ。石化したキティを後ろから抱き締め、恐怖と悲しみから涙を滲ませている。首の傷が開くのもかまわず、キティにすがりついて声を荒げるティティーヌを、クレイがそっと引き止めた。


「ティティーヌ。落ち着いて下さい。彼女は別に死んではいない」

「お願い……。キティを元に戻して。どうしてこんなことをするの?」

「言ったでしょう。あなたを保護しに来たのだと。彼女に恨みはありませんが、あなたを助けるためには仕方がなかったのですよ。ああ、むやみに触れてはいけません。もし倒して砕くようなことがあれば、それこそ彼女の命は絶たれてしまいます」


 そっと腕を掴んで引き寄せられ、ティティーヌはキティから離された。


「本当に……、キティは死んでないの?」

「もちろんです。メデューサがその力を持って再び見つめれば、彼女はすぐにでも元に戻ることができるでしょう」


 優しく抱き締められ、ティティーヌは不思議な感覚に陥った。


「一緒に、ここを出ましょう」


 耳元でささやく彼の声が、心地良く体に染み渡っていく。


「や、いや……」

「あなたのことは、私が守る」


 思考が薄れ、頭の芯が熱く疼いた。


「安心して、私に任せて下さい」


 体の力が抜け、崩れ落ちる自分を支えようとして、彼の服にしがみついた。


「やめ……て」


 気持ちとは裏腹に、身体が言うことを聞いてくれない。

 その気持ちさえも、何か得体の知れないものに呑み込まれていくような気がした。


「ティティーヌ。私を信じて」


 クレイの甘い声が、頭に心地良く響いてくる。耳元に小さく息を吹きかけられ、背筋にぞくぞくと震えが走った。


「私はあなたの味方だ」


 なぜか、本当にそうなのかもしれないと、思い始める自分がいた。クレイはあくまでも紳士で、優しく接してくる。信じられる根拠など何もないのに、こうして彼にささやかれると、全てを委ねてしまいたくなる。

 支えてくれる腕が、触れ合う互いの胸が、彼の全てが陶酔の渦へと誘った。


「愛しているよ」


 しっかりと抱き締められ、ティティーヌはうわ言のように呟いた。


「わ、私、も……」


 首元に顔をうずめていたクレイは、にやりと口元を上げる。鋭い牙を剥き出し、その瞬間を今か今かと待ち侘びながら言葉の続きを促した。


「私も? なんだい?」


 しなやかな指先をティティーヌのブラウスへと伸ばしていく。上のボタンをそっとはずし、襟をめくると白い鎖骨が露になった。


「愛して……る……」


 か細い声で言い切った言葉を聞き取り、クレイはティティーヌの首の付け根に食いついた。交渉は成立した。彼女はクレイを受け入れたのだ。クレイには、彼女の血をもらう権利が与えられた。


「あ……」


 歯を立てられ、ティティーヌが小さく声を漏らす。

 クレイは夢中になって血を飲んだ。


(ああ、これだ)


 この味だ。やはりこの味に勝るものはない。長年渇望していたものを手に入れ、クレイはうっとりと目を細めた。全身に、もの凄い勢いで活力が漲ってくる。ティティーヌの怪我はまだ治ってはいない。あまり血を奪いすぎると、彼女の体に障る。そう分かっているのに、なかなかやめられない。

 しかし、間近で呟かれたティティーヌの言葉に、クレイはわずかに反応した。


「ヴィドッ……ク……」


 それは、様々な受け取り方ができる言葉だった。

 ティティーヌが愛しているのはヴィドックかもしれない。朦朧とした頭でクレイにヴィドックを重ね、彼から愛の告白を受けたと思い込んで受け入れた可能性がある。

 もしくは、自我が強いために洗脳しきれず、クレイを受け入れはしたものの、そこから逃れようとしてヴィドックに助けを求めた可能性も。

 他にも、ヴィドックがティティーヌに想いを寄せていて、その気持ちを知っているがために、裏切りの罪悪感から呟いたとも。

 どちらにしろ、ヴィドックの名を呼ぶまでには間があった。ティティーヌの言葉は、そこで一旦区切られる。


(交渉に支障はない)


 大して時間をかけることもなく、結論に至るとクレイは更にティティーヌを貪った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ