30話
五年という歳月が流れた。
各国の情勢は、一応の安定を見せている。
預言者なしでもみんな、やっていけるみたいだ。
……とは言え、魔王になった俺をまったく蚊帳の外に置いてくれるかと言えば、そうでもない。
顕著なのは、妖鬼族。
彼女らは、一族全体が呪いを解かれた事件以来、すっかり俺の部下みたいに振る舞っている。
……実は、クレーターの中央付近に、俺用の城を建ててもらったのだが。
妖鬼族の兵士やメイドが入り浸り、熱心に俺の世話をやいていた。
「魔王様、我らは妖鬼族から『魔族』に種族名を改めようかと考えておるのですが、いかがじゃろう? 魔王様への感謝を忘れぬため、必要かと思ってのう」
勝手にしてくれ、とゴーサインみたいなものを出す。
扱いがぞんざいなのは勘弁して欲しい。
常日頃からまっすぐすぎる感謝の念を向けられるというのは、照れるものなのだ。
照れ隠しの結果、ついつい偉そうになってしまうのだとどうかご理解いただきたい。
オフィーリアは、すっかり大人の女性に成長した。
気弱さは相変わらずだけれど、芯はしっかりしているみたいで、他種族をまとめている。
それでも、たまに相談に来る。
「魔王様、民が、不作で、あ、あえいでおりまして……」
こういう、人力ではどうしようもないことをどうにかするのが、最近の俺の仕事だ。
魔法で土地を豊かにする。
「あ、ありがとう、ございます……これで、来年も、みな、生きられる、でしょう……」
俺にとっては簡単なことだが、みんなには感謝される。
だから俺のライフワークは、魔法を研究することになっていった。
より効率よく。
もっと効果を高く。
次第に、人の身でも使えるように研究していく。
神の末裔ということで、適正がありそうな真族に、魔法を教えたりもした。
中でもベリアルは、とてもすごい適正を見せた。
「あら魔王様、ベリアル様ね、最近気付いたんだけど、魔法の才能あったみたいなの。……かわいくて高貴で魔法も使える、魔法少女ベリアルちゃんとしてこれからは生きていくわ」
彼女は相変わらずだ。
ただ、見た目はやっぱり、大人になっている。
そして、俺の魔法研究を手伝ってくれているのだった。
研究は、一応順調だ。
でも、今は真族しか魔法を使うことができない。
そのうち他の種族も使えるような、簡単な魔法を開発しようと、俺とベリアルは研究の日々を送っていた。
半獣族の姉妹は、仲むつまじく暮らしているらしい。
が、たまに、ノイは持ち前の考えなしさで妹に怒られるようだ。
そういった時に避難所となるのが、俺の住む魔王城だった。
「………………妹が、結婚するの、やだ。せめて魔王どのがもらってくれたらいいのに」
彼女の最近の悩みは、それらしい。
体はすっかり大人だが、彼女はまだまだ子供のようで安心する。
安心。
時間の流れですべてが変わる中、俺は『変わらないもの』に対して、安心感を覚えるようになっていった。
……最近、思うことがある。
なるほど、これが『神』の苦悩か、と。
無限の寿命。
老いることのない体。
でも、まわりのみんなはいつか老いる。
いつか死ぬ。
今はまだ五年程度だけれど、きっと、もっと長い年月が経っていけば、もっとつらいことにもなっていくだろう。
……寂しいという思いは、禁じ得ない。
そんな心の隙間に入り込むように。
突然、魔王城に現れた女神が、言う。
「あなたの苦悩がわかるのは、わたくしだけですよ」
悪魔みてーなタイミングだった。
俺は、玉座に肘をついて彼女を見る。
「……俺さ、魔王になってから今までがんばった気がするんだよ。人の生活を豊かにしたり、魔法について研究したりさ」
「そのようですね」
「自分にできる精一杯はしてきたつもりだ」
「はい」
「もういい加減、俺は駄目人間じゃないよな?」
「いいえ、まだまだ立派な、駄目人間です」
「お前、もう俺のこと駄目扱いしたいだけだろ」
「ちゃんと根拠もありますよ」
「……どんな?」
どうせ、トンデモ理論が来るんだろうと身構える。
女神は慈愛に満ちた笑みを浮かべて、言った。
「昔も今も、あなたは出自に振り回されています」
昔も、今も。
前世も、今生も。
「どんな産まれになろうとも、なじめない魂のかたちをしているのです。お気づきになられませんか? 前世は無能すぎてなにをしても駄目だった。今生は、有能すぎるご自身に嫌気がさしてはおられませんか? 長すぎる寿命。老いない肉体。かつて人間だったあなたが望んだすべてで、あなたは苦しんでおいででは?」
「……まあ、そうだけどさ」
「普通の人は、慣れるのです」
「……」
「あなたが駄目というのは、『順応できない』その一点に尽きます。いらない疑問を抱き続け、不相応な不満を抱き続け、必要ないことで悩み続け、受け入れるべき現状を受け入れられない」
女神は優しい声で語る。
俺は、なにも言えず、彼女の言葉を聞いた。
「あなたはなにも悪くない」
女神は言う。
俺は、なぜだろう、涙が出そうになった。
「ただ、あなたは、どんな入れ物にも、魂のかたちが絶望的に合わない人なのです。……人とは順応する生き物なのに、あなたはいつまでも順応できない。これを駄目人間と言わずどう言いましょうか」
「……」
「その結果、毎日不満だらけで、愚痴をこぼして、現状が悪いんじゃないかとあれこれあがいて、でも失敗を続ける。客観的には成功していても、主観的には絶対に成功できない人。それがあなたで――それこそ、わたくしの好む駄目人間です」
「……そんなことは」
「頼ってみませんか、わたくしを?」
本当に悪魔のささやきだった。
うん、まあ、反論も試みようとしたが、おおむね言う通りだ。
今が不満だから、色々やり方を探して。
女神を頼れば、ひょっとしたら全部うまくいくんじゃないかと、思ってしまう。
そして俺は、この誘惑を振り払えない。
「わかった。頼らせてくれ」
「神と魔王のカップルが誕生ですね! ひゃっほーい!」
……女神がひゃっほーいとかはしゃぐのか。
世も末だな。
「いやー長かった! あなたが素直なら三行ぐらいで終わりましたよこの話!」
「どういう比喩だ」
「でも言い方が曖昧でいまいち伝わりませんね。ほら、わたくしのことが好きなんでしょう? はっきり言ったらどうなんですか?」
「たとえお前に恋焦がれていたとしても、今の一言は充分に心を冷ますものだったぞ……」
クッソうぜぇ。
早まったかなという気分だ。
だが、まあ。
きっちり言葉として伝えるのが、礼儀だろう。
……でも少々の異種返しはしてやる。
「まあ、その」
「はい!」
「なんて言うか――月が綺麗ですね」
それは『愛している』の再翻訳。
『I love you』の、俺が知る中でもっとも小粋な訳し方だ。
女神はぽかんとする。
「いえ、太陽の方が好きですが」
「通じろ!」
女神はどうやら、あまり日本の昔の小説を読まないようだった。
やっぱりろくなもんじゃねえ。
預言者やめて正解だ。
だって。
どれほど大事な想いをこめても、再翻訳じゃ伝わらないから。




