29話
どんなすごい儀式をやらされるのかと思ったが、なんにもなかった。
寿命が無限になったかどうか、老いることがなくなったかどうか、まだわからない。
ただ、この世界の情報がどこにいたって望むまま手に入ることだけは、わかった。
実感の欠片もないが――
どうやら俺は、魔王になったらしい。
なので初仕事として、妖鬼族の症状をどうにかしようとしたのだが……
「なんにもしなくても、今ごろ呪い……と彼女たちが呼ぶ現象は、終わっていると思いますよ」
女神はそんなことを言った。
俺は首をかしげる。
「そうなのか? まだ本当になんにもしてないけど」
「ご自分で見てみては? もともとあふれた魔力が勝手にやったことですし。あなたが魔力を制御しているのですから、大丈夫だと思いますよ」
「ふーん……まあいいや。みんなを『預言者の間』に戻せばわかることだろ」
「せっかく手に入れた力を試したりはなさらないので?」
「ちょっとやってみたけど、あんまり慣れない。ディスプレイなしでネットサーフィンしてるみたいだ。脳味噌に直接情報叩きこまれる感じ。酔わないようにするにはもうちょっと練習が必要かもしれない」
「人は不便ですね。でも、慣れた方がいいと思いますよ。あなたはもう、人以上なんですから」
人以上。
なんだろう、今までが別に人並だったかと言われると、あんまりそんな気はしないが……
「女神も同じような感覚でやってるのか?」
「そうですね。わたくしも、いちおう、神ですから。平成ベビーが産まれた時からインターネットをできるように、わたくしは産まれた時から世界中の情報を自由に閲覧できます」
「平成ベビーってなんだその、妙に古い……でもさあ、さっき端末みたいなの使ってたよな?」
「いつも珈琲を飲んでいると、たまに紅茶を飲みたくなるでしょう? それと同じですよ」
「どう同じなのかはさっぱりだが、まともに答えが返ってこないのはわかった」
そもそも、女神とまともに会話できた記憶がない。
小粋かもしれないが、無意味なトークばかりしてきた気がする。
「でも、わたくしは嬉しいですよ」
と、女神がそんなことを言った。
また意味のない冗談みたいな話が始まるのだろうか。
俺はやや警戒する。
「なにがだ?」
「あなたと、わたくし、これで同じ立場になりましたね」
「……まあ、そうなるのかな」
「そろそろ結婚しません?」
「なぜ長年付き合ったカップルみたいな切り出し方をされたのか、さっぱりわからないが……」
「あなたみたいな駄目人間、今を逃したら二度と捕まえられないと思うんです」
「いや、駄目人間を捕まえるなよ。いい人見つけろよ」
我ながらもっともなことを言ったと思う。
でも、女神は首を横に振った。
「ただの駄目人間なら、わたくしは嫌いですよ。現に、ベリアルさんのことは嫌いでしたし」
「そういやそうだったな」
「わたくしが好きなのは、駄目でも、駄目さと向き合う人です」
「……」
「あなたは、自身が駄目であることを、最初から、深く認識していました。反省はありませんでしたけれど、それは、自分の駄目さを理解している裏返しです。努力しても駄目。神頼みしても駄目。なにをしたって駄目。でも、あなたは最期まであきらめませんでした」
「えっと」
「あなたが自殺せず、事故死というかたちで死んだことを、わたくしは本当に評価しているのですよ。人を恨まず、生を嘆かず、精一杯生きたあなたの輝きを、わたくしはモニターしました」
「その」
「ですから、これからも素敵な駄目人間でいてくれるなら、あなたの世話は、わたくしがやきますから。考えておいてくださいね」
「……あの、一ついいか?」
「なんでしょう?」
「もし俺が駄目人間じゃなくなったら?」
「死ねばいいんじゃないですか?」
「お前からの告白は受けられない!」
やっぱり女神の精神は歪んでいた。
未だかつてないマジな告白にドキッとした俺の心拍数を返してほしい。
○
紆余曲折はなかった。
預言者の間に呼び戻したスイテンは、女神の言う通り、もうすっかりオーラがなくなっていた。
悪い表現みたいになってしまったが、いいことだ。
「預言者様……我らの呪いは、解かれ申した。妖鬼族一同、永遠の忠誠を誓いまする」
スイテンが深くこうべを垂れる。
俺がやったわけじゃない――わけでも、ないのか。今回は。
俺がやりました。
だから、今までのどの感謝よりも、スイテンの言葉は、胸に刺さった。
預言者の間に全員がそろったころ。
俺は、みんなに向けて宣言する。
「俺、預言者やめて魔王になった」
ちょっとだけざわめくが。
オフィーリアがたずねる。
「あ、あの、い、今までと、どう、変わるん、でしょうか……?」
「預言なしで困り事を解決できるようになったってだけかな……あと、樹木化とか、石化とか、謎のオーラによるバーサーカーとかは、俺が生きてるかぎり起こらなくなったっぽい?」
「つ、つまり……生き神様になられたのですか?」
「いや、魔王だ」
神様とかやめろよ。
横にいる女神と同類みたいだろ。
「よ、預言……い、いえ、魔王様……それでは、我らは、これから、なにを指針に行動していけば、いいの、でしょう、か……?」
オフィーリアが不安そうに言う。
そういや、この世界は預言で政治が動いてたんだっけ。
そうだなあ。
「好きにやればいいんじゃないか?」
「そんな……! み、見捨てないでください……!」
「いやいや。見捨てるとかじゃなくってさ。最初からみんな、自分の力で行動を起こせるすげーやつらじゃん。妹が危ないから預言者を拉致してみたり、もうすぐ死にそうだから結婚相手を拉致してみたり、一族が危ないから拉致してみたり……拉致ばっかりか! ……えっと、まあ、そんな感じで、ノリと勢いはあるみたいだし、しばらく普通にやってみなよ」
「で、ですが……」
「困ったら、俺がどうにかする」
「……」
「預言者だったころには、大それすぎてて言えない言葉だったけど、今の俺には力があるから。きちんと、約束するよ。本当に困ったら俺を頼ってほしい。それまではみんなでがんばって」
預言拝聴者たちは、ざわついた。
でも。
ノイが言う。
「……考えるより、感じるままに、やった方が、いいかも」
ベリアルも、言う。
「いいじゃない。預言に頼る無能生活は終わりよ。ベリアル様もいい加減、預言拝聴者っていう立場の名前どうかと思ってたし。舌噛みそうじゃない? ちょうどいいわよ」
スイテンは言う。
「魔王様の仰せならば、一族一同、異存ございませぬ」
最後がただのイエスマンなのが、ちょっと微妙なところだったが……
とにかく。
まずは、みんな、納得してくれたみたいだった。
「そ、それでは、魔王様のおっしゃる、通りに……まずは、みんなでやってみましょう」
結論は出た。
この世界に預言者はいらない。
人の行動は、人が自分で切り開くものだ。
……まあ、それは、できる人とできない人がいるんだけど。
俺はできないタイプで。
みんなはきっと、できるタイプだろう。
『預言者の間』に集った各国の……もう預言拝聴者ではないみんなは、会議を始める。
俺は、女神を見る。
「……じゃあ、行くか」
女神は首をかしげた。
「はい? どこへです?」
「いやいや、もう会議に俺は必要ないみたいだしさ。約束があったろ?」
「……なんでしたっけ」
「どうしてちょっとずつポンコツなんだよ……お昼ご飯、食べようって言ってたじゃないか」
「……あ、そうでしたね」
「行くか」
「はい」
会議の中をこっそり抜け出す。
俺は女神と連れだって、昼食を食べに繰り出した。
これで俺の役目は、終了だ。
あとは悠々自適な魔王生活が始まる。
――と。
思っていた時期が、俺にもありました。




